第44話『聖剣エクスカリバー』


 俺たちは街壁の上へと転がった。街壁の高さは約五メートル。それに対して壁にぶつかってきた地竜の高さは七メートルはあるだろう。身を乗り出してくれば間違いなく噛みつかれてしまう……。


「に、にーちゃん……」


 目一杯まで外側ににじり寄りながらティコが震える声を上げた。

 地竜はゆっくりと頭をもたげた……。


「おい、てめえ。分かってんだろうな!」


 先程見せた地竜のしぐさに知性を感じた。だから俺は一応対話を試みた。

 それに対して地竜は嬉しそうに目を細め喉をグルグルと鳴らし始めた。


 ――駄目だな、これは……。多分、獲物を狩る喜びしか感じていない。


「そっちが、そのつもりなら……エクスカリバー」


 俺は立ち上がりながらウエストバッグから新聞紙を丸めた聖剣を取り出した。

 それを目の当たりにした地竜は確かにほほ笑んだ!

 俺は聖剣を振りかぶった。

 そして、地竜は大きく口を開け……。


「エクス……カリバー!!!」


 俺は大きく振りかぶりその頭上に聖剣を叩き落とした。まっすぐに伸びた眩い光が地竜の頭に落ちて来る。

 シューと何かが激しく蒸発するような音が聞こえて、一瞬にして辺りに肉の焼け爛れる匂いが充満した。


 地竜の体がぐらりと揺れた。頭を縦に割られた地竜が、壁にもたれかかるようにして崩れ落ちていく。そして、周囲にその巨体が倒れる音を響かせた……。


 相変わらず物凄い威力だな。使いどころが難しい。頭部を失った地竜が脚を激しく痙攣させている。


「にーちゃん、やったのか……。それ、すげーな……」

「ああ、これは聖剣エクスカリバーと言う」

「そっか、でも……」


 ティコは言葉を飲み込んだ。俺は街壁から街を見回した。


 上空には無数の飛竜。街のあちこちで蠢く地竜。そして、街の外にも地竜が荒れ地を徘徊しているのが見えた。


 ――ああ、これはすでに詰んでいるな……。流石に数が多すぎる。そして、もうどこにも逃げ場がない。いや、あるいは船に乗る事さえできれば海から街を離れる事が出来るかもしれない。


「なあ、ティコ。近くに船は無いか」


 ティコは無言で首を振った。


「そっか……」


 その時、先程の詰め所の方角から悲鳴が聞こえてきた。どうやら詰め所が破壊された様だ。建物から飛び出した人々が逃げまどっているのが見えた。今、その方角には五匹の地竜が集まってきている。


 誰一人助からない。鈿女うずめの言葉を思い出した。これがこの街の定められた運命だというのだろうか。


「なあ、この壁はどこまで続いてるんだ」

「海までだよ」

「行ってみよう」

「うん」


 俺は左手でティコの手を引いて起こした。何か船の代わりになるものを探しながら街壁の上を南へと歩いた。


 しかし、街壁は海に突き出す堤防となって終わっていた。結局船の代わりになりそうなものは見当たら無かった。

 俺は街壁の端の矢除けのブロックへもたれかかり座り込んだ。もう、体力も限界だ。ティコも相当に疲れている様子だ。


 そう言えば……。

 俺はウエストバッグに手を突っ込んだ。


「リンゴ……食べるか」


 それは最後に残ったリンゴだった。


「良いよ、にーちゃんが食えよ」

「だったら、半分ずつだ」


 俺はリンゴを一口齧りティコへ渡した。ティコは一口齧りそれを返した。


「なあ、ティコ。お前はこの戦いが終わったら何したい?」

「うーん、いつも通りかな」

「いつも通り?」

「うん、朝起きて、港に行って水揚げを手伝って、朝食をもらう。それから酒場のおっちゃんの所に行って仕事を貰って配達に行く。お昼は市場の食堂で済ませて昼からは桟橋で釣りをする。魚を家に持って帰って夕食を作る。それからお風呂に行って眠るんだ。そんな毎日だよ」

「そっか……」


 何故か街壁が振動で揺れている。


「でも、大きくなったら兵士かな。戦場に行って親父みたいに活躍するんだ。そんであたいも騎士になってやる。騎士になればお城にだって入れるんだぜ」

「そっか……」


 壁の上、随分と北の方角に何かが見える。


「でも、本当はあたいもっ……」


 ティコは言葉を詰まらせた。視線は壁の先の方を見つめている。



 ――まあ、そうなるよな……。


 こいつらは感情を持つほどに知能は高い。仲間が殺されたことには簡単に気が付くだろうと思っていた。最優先で排除すべき敵だと認識されてもおかしくはない。


 壁の上を比較的小さな地竜三体がこちらに向かって迫ってきている。さらには飛竜までも上空についてきた。いや、他の地竜も後ろにいるようだ。そして、これからお話合いという訳にもいかないのだろう……。敵として対峙する事になる。


「に、にーちゃん……」


 ティコがおびえた様子で声を震わす。


「ティコはそのブロックの後ろに隠れてろ。そして、いざとなったら海に飛び込んで浜に逃げろ」

「う、うん……」


 俺は最後にティコの体を抱きしめて優しく背中を叩いた。


 簡単に仲間を葬った俺を警戒してか、地竜はゆっくりとこちらに近づいてきている。

 俺は壁の中心に進み出て両手で新聞紙のエクスカリバーを構えた。


 その時、海を渡る一陣の風が吹きつけてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る