第42話『魔獣の襲撃』
「何、戻ってきちまってんだよ。せっかく仲間の所へ送り届けたと思ってたのに……」
呆れたような声が聞こえた。背後を振り返るとそこにはダブダブシャツの上に、簡素な革鎧を身に着けたティコが剣を背負って立っていた。
「ティコ!」
俺はすぐさま立ち上がりティコに抱き着いた。柑橘系のシャンプーの匂いがする。
「もう、しょうがねえな、にーちゃんは。とりあえず、こっち……」
そういって俺たちは壊れた船の隙間に移動した。
「そんで、何で戻ってきちまったんだよ、にーちゃん」
「ティコ、よく聞いてくれ。今、魔獣の群れがこの街に迫ってきている」
「それって、本当かい!」
「本当だ。だから今すぐに街からなるべく遠くに逃げないといけない」
「そうは言ってもな……街の中見たろ。今、あちこちで敵兵と戦になってるんだぜ」
「それでも一刻も早く街から逃げ出さないといけないんだ」
「うーん。もう敵兵が自由に街に入って来てるからな。日の出門に行けば開いてもらえると思うけど……」
「よし、だったらそこに行こう」
「うん、でも、それを伝えにわざわざ戻ってきたのかよ。呆れたぜ」
ティコはそう言って大きくため息をついた。
ティコが廃船の間から顔を出す。素早くあたりを見回した。
「大丈夫そうだよ、行こう」
「うん」
俺たちは元兵舎であった焼け野原を慎重に進んだ。兵舎を取り囲む低い石造りの壁を越え、俺たちは商店の多い東地区へやってきた。この辺りは石やレンガ造りの建物が多いせいで比較的無事なようだ。街自体の造りも古く路地が入り組んでいる。近くの路地のどこかから靴音が聞こえてきた。壁に張り付くようにして警戒しながら前に進んだ。
「今、生き残った街の住人は日の出門市場に集まってるんだ」
歩きながらティコは説明してくれた。
「そうなのか」
「うん、結局神殿に避難した人たちも、焼け出されてそこに合流したんだ。あたいもそっちに行こうかと思って剣と防具を取りに行ったんだ」
「まさかお前も戦う気だったのか」
「うん、まあ、こんな状況じゃ仕方ないよ」
「また人を……」
「あたいだって嫌だけど、それでも生きるために戦うのは仕方ない事だと思ってる」
俯き寂しげな表情でティコは言った。
「そうか……」
多分、それがここでの普通の感覚なのだ。異世界人の俺にそれを責めることはできない。
「だけど、もうすぐそんな事言ってられなくなるぞ」
「魔獣かい」
「ああ、群れが押し寄せて来るんだ、人間同士が戦ってる場合じゃなくなるはずだ」
「確かに、その話が本当ならそうなるね。もう何年も前の話なんだけど、北の関所にハグレ地竜が現れたんだ。そん時は百人の兵士が戦って多くの死傷者を出して討伐したんだ」
「ハグレ地竜てなんだ」
「でっかいトカゲさ。人の背丈の倍以上在ったって話だぞ。ちなみに止めを刺したのがあたいの親父だよ」
「すげーな、お前の親父さん」
「まあな、にししし」
「ん?」
その時、不意に周囲を覆う煙が晴れ始めた。地表を漂う煙が風に飛ばされて上空へと舞い上がっていく。どうして今頃になって急に風が吹いてきたのだろう?
次第に視界が広まっていく。
「あっ!」
通りの先にチェーンメイルを着こんだ五人の男たちが見えた。
「おい、居たぞ!」
男たちが一気に色めき立つ。一斉にこちらに向けて駆けだした。
――ま、まずい。
「ティコ!」
「にーちゃん、動くな!」
「え?」
こいつは何を言ってる? すぐに逃げねば! ティコ!
「にーちゃん、ゆっくり後ろに建物の陰に入るんだ」
尋常でなく震えた声でティコが言う。
「何言ってんだ! すぐ逃げないと……」
通りの向こうの三人の兵士たちが突然、立ち止った。
――え? あれ? 三人……。
兵士たちは剣を立てて周囲を見回している。
――あとの二人はどこ行った?
「にーちゃん、ゆっくり、ゆっくり」
「ああ」
俺は訳もわからずティコに言われた通り、ゆっくりと後ずさり商店の軒の下へと入った。
その時、目の前を黒い影がものすごいスピードで通り抜けた!
いつの間にか、通りの向こうの兵士の数が二人に減っている。何が起こってるのだろう?
「にーちゃん、上だよ」
――上? 俺は軒からそっと顔を出し空を見上げた。
白く霞む視界の中に何か居る。黒いシルエットが見えた。
――あれは……。蛇?
翼のある蛇が空に舞っている。俺はそれを知っている。あれはケツァルコアトル。アステカの翼のある蛇神だ。
「あれは飛竜だよ、にーちゃん」
そうティコが教えてくれた。
「飛竜だと?」
「空を飛ぶ魔獣の総称だよ。走って逃げる奴から襲われるんだ。よく山越えの商隊が襲われるんだ」
どうやら、ここではデフォルトの生き物らしい。空を飛んでいるのでサイズ感がいまいち掴めないが、全長が五メートルはありそうだ。
「あれが来たって事は本当に魔獣の群れが来るんだね」
「どうして、そう言える」
「あの飛竜は元来地竜のおこぼれを狙うんだ」
おこぼれを狙う……。だったら地竜もこっちにやって来ているという事か。地竜が狩って飛竜が後を追いかける。そんなの逃げ切れるわけはない。だが、襲撃はもう時間の問題だ。どうする?
「う、うわー」
残ったチェーンメイルの男たちは北の方角へ向けて慌てて逃げ出した。
「ティコ、近くに丈夫な建物は無いか」
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