第41話『再会』
俺は風呂屋の前から南にある波止場へ向けて歩き出した。通りにあるお店や住宅はどれも荒らされ火を付けられていた。
「!」
道端に革鎧を着たこの国の兵士らしい遺体が打ち捨てられている。一体、二体、三体……隣国のチェーンメイルも混ざっている。どうやら波止場に近づくにつれて頻度が増えているみたいだ。これは、この辺りが戦場になったってことか……。
ティコが街に戻る前に言っていた波止場に集まった兵士の仕業かもしれない。俺は急いで波止場へと向かった。
ようやく以前に通りかかったときに兵士たちがたむろっていた堤防のところまでたどり着いた。この堤防の向こう側が波止場のはず……。俺は堤防へのスロープを駆け上がった。
波止場には燃え残った王様の船がそのまま横付けされている。周囲に人の気配は……いや、北の方にあるレンガ造りの倉庫のような建物の扉が大きく開いている。そこに何か動く気配を感じた。俺は足音を忍ばせて建物に近づきそっと中を覗き込んだ。――おや? 首筋に何か当たっている……。
「おい、ゆっくりとこっちを向け」
不意に背後から声が聞こえた。首筋に当てられているのはどうやら槍の穂先らしい。俺は声に従いゆっくりとした動作で後ろを振り向いた。
「何だお前は……ん? お前さんこの前ティコと一緒に居た巡礼者じゃねえか、どうした」
「え?」
兵士の顔をよく見ると見覚えのある顔だった。――えーと、確か先日会った巡回の兵士。名前は確か……。
「……マリウスさんでしたっけ?」
「ああん、違うぞマテウスだ。んで、どうした」
そう言ってマテウスは槍を引いた。
「ティコ、ティコはここに来ませんでしたか!」
「いいや、ここには来てないぞ。あいつは兵役は免除されてるからな。ここに来る理由はないぞ。どうした、はぐれたのか」
「はい、はぐれてしまいました。どこか心当たりはありませんか」
あいつ! 報告があると言っていたくせにどこへ行った!
「うーん、もしかすると親父さんのロックの剣を取りに行ったのかもな。あいつはあれを大事そうにしてたから」
「それはどこですか」
「家だよ。家のどこかに隠してあると言ってたぞ」
「家に……わかりました、行ってみます」
その時、建物の中から若い兵士が駆け出してきてマテウスに声を掛けた。
「マテウス兵長、第三班準備できました」
「よし、すぐ出発だ」
「あのどこへ」
俺はマテウスに質問した。
「反撃だ。門を破られて一気に攻め込まれちまったからな、こっちも体制を立て直してたんだ」
「あの……」
俺は意を決し先程、
「今、魔獣が群れを成して街に迫ってきているそうです」
「あん、それは誰に聞いた」
「街から離れていく人間です。でも、確証を持っているみたいでした」
「うむ、一応記憶にとどめておく。だが、今はそれどころではないな」
「でも、出来れば避難を……。いえ、何でもないです」
本当はちゃんと説得をしたい。しかし、今はとてもではないがそんな雰囲気ではない。多分、この様子ではこれ以上言っても無駄に終わる。
「まだ街中は敵兵がうようよいるからな気を付けろ。ティコの事はお前に頼んだぞ」
「はい」
そう言い残しマテウスは建物の中へと入っていった。
すぐに中から声が聞こえて来た。
「よし準備はいいか!」「「「「おう!」」」」「出発だ!」
男たちが手に槍を持って隊列を組み建物から姿を現わした。俺はその後に付いていった。堤防を越え部隊は北を目指して進軍する。俺はここで別れ東にある兵舎を目指した。
海岸沿いを東へ進む。すでに日は高く昇っている。丁度お昼を越えたくらいだろうか。集合時間はもう過ぎた。これで俺は日本へ帰る事は出来なくなった。稲田姫からの連絡が無い所を見ると俺は完全に見捨てられたようだ。仕方ない、それも俺の選択だ。
魚河岸の前を通り過ぎ浜が見えてきた。この辺りは元から打ち捨てられた船や桟橋しかなかったので以前と変わりない様子だ。風向きが悪くなったのか煙で視界がかすむ。浜に打ち寄せる波の音だけが聞こえて来る。魔獣が押し寄せて来るまでに、後どれくらい時間が残されているのだろうか。俺は再び震え始めた足に鞭打って先を急いだ。
この浜の東にティコの住んでいる兵舎があったはず……。
しかし、見えてきたその場所は一面の焼け野原になっていた――。
炭化した柱や梁が積み重なっている。こんなところにまだティコはいるのだろうか? 不安がよぎる。
その時、俺の耳にカシャカシャと金属音が聞こえてきた。チェーンメイルの音だ。俺はすぐさま瓦礫の間に身を隠した。
「おい、居たか」「くそ、見つからねえ……」
こいつら何かを探しているみたいだ。
「もっとよく探せ」「おい、奥の方まで探しに行くぞ」
カシャカシャと音を立ててチェーンメイルの一団が走り去っていく。視界が悪くて助かった。見つからずに済んだみたいだ。俺は這うようにしてティコの家があった方角に向かった。
――確かティコの家はこの辺りだったはず……。
建物が燃えているので分かり難いが浜の景色に見覚えがある。俺は身を低くしたまま辺りを見回した。まさか、先程の兵たちはティコを追っていたのだろうか? だとすると……。
「こんな所で何やってんだよ、にーちゃん」
その時、背後からティコの呆れ返ったような声が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます