第38話『遭遇別社員』


 岬の上の森は太い木が切り払われ歩きやすくなっていた。切り株同士を繋ぐように獣道が出来ている。ティコはまるでここに人が全く近づかない風に言っていたが、実際には割と頻繁に人の行き来があった様子だ。俺は右手に新聞紙のエクスカリバーを持ち北へと向けて歩いた。


 しばらく進むと、樹木が生い茂り森が鬱蒼としてきた。逆に獣道はしっかりとした山道になっている。この雰囲気は来た時に通った小道によく似ている。


「あれ? そう言えば来るときに分かれ道は無かったな……」


 分かれ道が無かったという事は、この道が最後まであの道に合流しない可能性がある。記憶違いだろうか?

 それに、あの道と違うところもある。周囲には生き物の気配が全くしない。

 王都に着くまでは確か鳥の声や生き物のうごめく気配が頻繁にあった。それが無い。どうしてだろう? 少し不安になってきた。

 俺は緩やかな登りの山道を進んだ。


 約二十分歩いた。ここまで生き物の気配はまるで無い。訝しみながら歩いていると、突然、目の前の森が開けた。木々がなぎ倒されている。


 ああ、ここは来るときに見た猿に似た魔獣が死んでいた場所だ。結構広い範囲の木々がなぎ倒されていて道もわかりにくくなっている。

 確か来るときは二体くらいの死骸しか見ていなかったが、よく見ると同じような猿の死骸がそこかしこに落ちている。俺はそれらを避けながら木々の合間を歩き、草原へ続く道を探した。

 根元から断ち切られた巨木の上を越え、枝の茂みをかき分ける。十分ほど歩き回りようやく最初に通った道らしきを見つけた。なんとなく覚えがある。俺はその場所へと降り立った。

 ここから西へ向かえばアウケラス神殿跡地の草原に出られるはずだ。


「ん?」


 王都の方角から何か聞こえて来る。足音だろうか?

 俺は急いで藪の裏側に回り両手でエクスカリバーを構えた。一体何が近づいて来る? 緊張が走る。

 暗い小道の奥から人影が次第に近づいて来る。


「なっ!」


 流石、魔獣の住む森! とんでもないのが現れた!


 茶色のホットパンツに黒ビキニ……。現れた人影は半裸の女性だった。いやよく見ると手には植物の巻き付いた鉾を持ち、背に黒いマントを背負っている。これではただの危ない変質者だ……。正直言えばあまりお近づきになりたくない風体だ……。しかし、彼女は恐らくワールドアドベンチャーの社員だろう。


 年の頃は三十歳台。よく引き締まったボディーに小ぶりな顔立ち。長いポニーテールを風になびかせて、こちらへ颯爽と歩いて来る。


 突如、その女性の背後から黒い小さな人影が現れた! 黒忍者? 頭巾で顔はわからない。


あねさん、何か居ます!」


 そう言って忍者は背中から大きな木槌を取り出して、構えて見せた。声から察するに若い女性だろう。


「もう、分かってるわよ、下照したてる。分かってて面白そうだから無視してたのよ」

「そうですか、すみません……」


 何だ、こいつ等は……。あの会社にはまともな人物は居ないのだろうか?


「そこの人、出てきなさい」


 半裸の女性がそう言った。忍者の方はまだ注意深く木槌をこちらに構えている。

 俺はエクスカリバーを下ろし茂みをかき分けた。


「あの、ワールドアドベンチャーの社員の人ですよね。俺は美空井烈みそらいれつと言います」

「そう、あなたが鳥の言っていた新人のれっ君ね」


 半裸の女性がそれに答える。

 もう情報が回っていた。しかもすでにニックネームを付けられている。


「私の名前は鈿女舞子うずめまいこ。こっちの小さいのは大国下照おおくにしたてるよ、よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 そう言って俺は会釈した。

 鈿女はそれに合わせてウンと小さく頷いた。黒忍者こと大国下照は会釈すらも返しはしない。注意深く大きな木槌を構えたままだ。


「それじゃ、先を急ぎましょうか」


 そう言って鈿女はスタスタと道を歩き始めた。大国はこちらを警戒したまま着いていく。



「あの作戦の方はどうなりました」


 俺は歩きながら質問してみた。


「うまくいったわよ。須佐と鳥と咲耶さくやは聖女を連れて先に行ったわよ。私たちは殿しんがりよ」

「そうですか」


 この人は須佐を呼び捨てにしている。という事は立場的に同格か上の人間と見てよいのだろう。咲耶って誰? よし、聞いてみよう……。


「あの、鈿女うずめさんは責任者ですか」

「うーん、責任者ではないけどこのチームのリーダーは一応、私ね」

「だったら教えてください。ここはどこですか」

「あら、聞いてないの。簡単には説明しづらいのだけど、私たちのいた地球とは時間も空間も離れた場所という事ね」

「それは異世界という事ですか」

「ニュアンス的には別世界と言った方が合ってると思うけど。その認識で概ね間違いないわ」

「それって何か違いが」

「うーん、端的に言えば同じ物理法則の宇宙にあるけど、ここの方がまだ若くて法則に揺らぎが多いってことかな」


 それは遠い宇宙のどこかという意味だろうか? 星座も違うし、そう思ってよいのだろう。


「どうやって俺はそんなところに来てるんですか」


 俺は質問を続けた。


「簡単に言えば神の御業と言ったところかしら」

「それは科学で説明できないという事ですか」

「今の科学では無理があるかな。物体の位置情報を書き換えたと思ってもらえば理解できる?」

「はあ……」


 うん、理解はできないがなんとなく意味は伝わった。量子コピーとかの話だろうか? 聞きかじり程度の知識では詳しく聞いても意味は分からないだろう。


 それにしても、この鈿女と言う人は半裸である事を除けば随分と親切でまともな人のようだ。リーダーとしてまとめ役のような仕事をしているのだろう。もっとも、大国の方は鈿女に話しかけるたびに無言で威嚇をしてくるが……。

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