第39話『救出作戦の真相』


 俺は草原へと歩きながら鈿女うずめへ質問を続けた。今、大国は俺たちの後方で威嚇しながらガルガル言っている。きっと前世は犬だったのだろう。多分こいつと俺は相性が悪い。


「あの、今回の仕事はどういうものだったのですか」

「あら、姫ちゃんから聞いてないの。おかしいわね、あの娘そんな子じゃないのだけど……。何かあったのかしら。まあ、いいわ。今回のお仕事は他の世界から召喚された聖女であるマルイットを連れ戻すのが目的だったのよ」

「はい、それは知っています。でもそれって何になるのですか」

「何って? ん? 〝聖女が助かる〟それだけよ」


 鈿女は訝し気な表情をしてそう答えた。


 聖女が助かる。あれ? 何かがおかしい。聖女は王城の中で保護されていたはずだ。ティコの様子からも尊敬の念が感じられた。王城の中にいる限りは安全だったはずなのに……。言葉のニュアンスに微妙に違和感を感じる。


「アンラマンユの目的を妨げるとか。結果王国を救う事になるとかではないのですか」

「あー、成程、成程。そういう事ね。理解したわ」


 そう言って鈿女はこちらを向いて立ち止まった。俺もそれに合わせて歩みを止めた。


「今回のこの仕事の依頼主は異世界神のイルバリス。彼の巫女であったマルイットを連れ帰るのが依頼内容よ。だから、アンラマンユの仕事の邪魔も、王国を救う事もしないの」

「アンラマンユの仕事?」


 そう言えば稲田姫もそう言った。神としての仕事と……。やはり何か微妙に言葉のニュアンスの違いが出ている。どういう事だ?


「そう、このアンラマンユは元破壊神よ。あれの行動は破壊を起こすのよ」

「そういう風に言われると、誰かが何かを破壊するためにワザと連れてきたみたいに聞こえますけど」

「ええ、そうよ、〝幻の王国ホーネス〟この国は約百年後に書かれる創世の書にそう記載されるのよ」

「え? それってどういう事ですか」

「ホーネス王国が滅びるのは決定事項ということよ」

「決定事項……」


 決定事項とはどういう事だろう。国が亡びるのが決まっている。まさか最初から戦争によって滅びることが決まっていたという事か? だったら、それを決めたのは誰だ……。そんな事が出来るとすれば……。


「ま、まさか……アウケラス神が……」

「ええ、そうよ。でも勘違いしないでね。確かにアンラマンユをここへ連れてきたのはアウケラスだけど、もし、連れてこなかったとしてもここで国が亡びるのは大昔から決まってた事なのよ」

「決まっていた……。でも、どうして!」

「様々な事情はあるのだけど、一番の問題はこの世界自体が地球に比べると随分と若いという事かしら」

「若いとどうなるのですか」

「色々と無理が出るのよ。だから、神々が直接手を下し管理をしているの」

「でも、だからと言って国を亡ぼすことはないでしょう」

「魂が足りないのよ……。地球では約二百億人分のストックがあるけど、この世界、ネムリアではもう限界が近いの」

「だからその魂を回収するために……」

「そう、もしアンラマンユを連れて来なかったとしたら、突然火山が噴火したり、疫病が流行ったかもしれないわね」

「そんな理由でこの戦争は始まったと言うのか……」

「気持ちはわからなくもないけど、神々と言うのはそう言うものよ。良くも悪くも世界の維持が目的なのだもの」

「……」


 馬鹿げてる。魂の回収が目的で人同士が殺しあう。そんなものが正しいわけはない。だけどこの世界の維持のために必要な事だと言われると納得してしまう自分がいる。もっと他に選択肢はなかったのか? 俺にできる事など何もない。


 だが、それでも俺にはどうしても許せないことがある!

 そんなものの為に、ティコが人を殺す羽目になったと言うのかっ!

 そんなものの為に、彼女は傷ついたのかっ!



「それに、このルクリヤーが消滅するのは戦争の所為じゃないわよ。戦争はあくまで舞台装置の一部よ」


 鈿女はこちらを見ずにぽつりと呟いた。


「それは、どういう事ですか」

「気が付かない? この森、今、生き物がいないでしょ」

「!」


 それは先程から気になっていた。魔獣や動物はおろか虫の気配までないのは可笑しいと……。


「街の騒動に驚いて皆、森の奥へと逃げたのよ」

「え?」

「そして、今、森の奥では大型の魔獣たちが蠢いている」

「……」


 そう言えばここに来る途中にティコに聞いた。森の奥にはやばい魔獣が住んでいると。


「それを起点にして、もうすぐ起きるのよ。〝海嘯〟が……」

「!」


 海嘯とは海の水が川を逆流する現象のことである。しかし、この場合の海嘯は恐らく別の意味を指す。


 〝スタンピード!〟集団暴走を意味するこの言葉はゲームなどで度々目にかける。ダンジョンなどのモンスターが溢れ返り、周囲に被害をもたらす現象だ。それが今、この魔獣の住む森に起こりつつあると……。


「街は……街はどうなるのですか……」

「〝灰塵と帰す〟かしら」

「街の人はどうなりますか」

「誰一人、助からないわ」

「誰一人……」

「ええ、今後百年間、このあたり一帯は魔獣の跋扈する禁足地となり森に飲まれるの。そして、百年後に再発見される」

「……」


 それが神よって定められた運命だというのか……。周囲には俺たち以外、何の気配も感じられない。ただ、森を抜ける風の音だけが聞こえて来る。こんなにも静かで穏やかなのに、あの街は滅んでしまうというのだ。


 ――俺はどうしたい? 俺の望みは何だろう。

 俺の脳裏に浮かぶのはあの太陽の様な笑顔……。



「……すみません鈿女うずめさん。俺、街に戻ります」

「あら、採用試験を放棄するの」


 別段驚いた風もなく鈿女は答える。


「ええ、放っておけない奴が居るので」

「まず間違いなく誰も助からないわよ」

「それでも……。俺は行きます。あいつを一人にさせたくないので……」

「帰れなくなるわよ」

「それでも行きます」

「そう、でもいくつか言っておくけど、こちらの世界の死は実際の死と同じものよ。自分は死なないと勘違いしないでね」

「どういう事ですか」

「こちらの世界であなたが死ねば、こちらに死体が残って、地球で新しい肉体と魂が復活するということ」

「それは俺が死んでコピーが蘇るという事ですか」

「いいえ、魂も同じルーツで記憶の連続性もあるから同一人物なのだけど、これだけは言える。確実に死と言うものを経験することになるという事よ」

「死を……」


 いや、正直言ってそんな物は経験したくもない。それでも……。


「わかりました」


 俺はしっかりとした声でそう答えた。


「姫ちゃんが何も話さなかったのは、多分こうなる事が予想できたからね。あの娘、勘のいい子だから」


 本当にそうなのだろうか? 多少疑問に思わなくはないが、この人がそう言うのだからそうなのだろう。


「あの、鈿女さんは止めないのですか」

「どうして? 止めてほしいの?」

「いえ」

「まあ、現場に居るとね色々見えてくるのよ。引けない時とか、覚悟を決める時とか……」

「はあ」

「それに、人間てそういうものでしょ……」

「何がでしょう」


〝運命に逆らう〟

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