第34話『日の出』


 ティコによれば小舟の係留場所はここから西側。魚河岸を挟んで反対側の水路になるそうだ。ティコの案では見晴らしの良すぎる魚河岸は通らず、南の海岸線を船陰に隠れながら少しずつ進むつもりであったらしい。

 段ボールでもあればそれも可能かもしれないが、頻繁に敵兵が巡回している最中さなか、聞いただけでも難度が高そうな話なのでそれは却下した。

 俺としてはやはりティコを危険に晒してまで帰る気にはなれない。もし時刻を過ぎて帰れなくなったとしても、それはそれで仕方がないと思っている。その時は覚悟を決めてここで暮らしていくつもりでいる。


 二人で周囲を警戒しながら夜明けを待った。相変わらず敵兵の警戒は厳しい。およそ十分に一度くらいの頻度で巡回が現れる。これは通りを常に監視し、反撃の芽を事前に摘むのが目的と思われる。すでに今の時間までに五度ほど街中から呼子の様な笛が鳴らされるのが聞こえてきた。


 ようやく東の空が明るくなり始めた。

 俺はウエストバッグに入れたリンゴを取り出し、朝食代わりに二人で食べた。


「ところで、にーちゃん。その騒動はどこで起きるんだ」

「王城だ」

「王城?」

「俺たちの目的は元から聖女の奪還なんだ」

「そんで、にーちゃんはここで何してるんだ」

「俺は一人だけ採用試験だ」

「もしかして、ハブ……「違う!」」


 それは言ってはいけない事だ、ティコよ。俺はハブられている訳ではない、採用試験を受けているだけなのだ。多分……。



 東の空が次第に赤色に染まり始め、それがどんどん明るくなっていく。寒い。俺はティコと一緒に毛布に包まった。


 突如、街中からガンガンと金属を打ち鳴らす音が響き始めた!


「何だ! 何が起こった?」


 俺は壁の隙間から辺りを見回した。


「ああ、そうか、こいつらも兵士だから日の出と共に朝食の時間なんだよ」

「朝食の時間?」

「そう、兵士の食事は一日二回。朝と夕だけ配給される。それ以外は自分たちで勝手に食べるのが普通なんだ」

「ふーん」


 通りを歩いていた巡回の兵たちが街の中心へ向けて急ぎ足で移動を始めた。これはチャンスかもしれない。そう思い俺は腰を浮かし周囲の通りを確認した。


「駄目だよ、にーちゃん。こんな時こそ兵を潜ませておくもんだよ。食事は交代制だし、ああやって音を立てるのはわざとなんだから」

「そっか……」


 多分、ティコがいなかったら俺は十回は死んでいる……。


 俺は足早に去っていく兵士たちを眺めた。朝焼けは赤から黄色へ……。暗かった空が青に変わる。もうすぐ夜明けだ……。



 東の山際から太陽が顔を出した。眩い光が王都ルクリヤーに降り注ぐ。焼けただれた建物。焼け残った建物。それらが朝日を受けて一斉に輝き始める。


 その時、俺の胸元の通信機がブルリと震えた。


「これから、聖女奪還作戦を開始する!」


 低い漢の声。この声は確か須佐英雄すさひでおだったと思う。


 それから僅か数秒。いきなり地面が揺れ始めた! 崩れかけているこの建物がミシミシと音を立てて揺れている! 震度で言えば五くらいだろうか、今にも天井が落ちてきそうだ。


「にーちゃん! 地震だ!」


 ――いや、違う! あまりにタイミングが良すぎる。


「あっ!」


 ティコが叫んだ。


 その視線の先……。

 王城に建つ五本の塔。その内の二本が白煙を上げて崩れ始めた!

 さらに、もう一本が眩い閃光を放った! その光が球になり次第に巨大化していく!


「ティコ! 伏せろ!」


 俺はティコに覆いかぶさるようにして床に伏した。ゴゴゴゴと音を立てて地揺れが近づいて来る! 目の前の建物が次々と壊れていく。次の瞬間。


 無音だった……。

 この建物の屋根が吹き飛ばされた。壁のレンガが上から順に飛ばされていく。一体何が起こったのかわからないまま俺は気を失った……。



「に……に……にー……にーちゃん……にーちゃん! にーちゃん!」

「んかっ!」


 すまない、一瞬、意識が飛んでいた……。


 心配そうなティコの顔が目の前にある。見上げると青い空。冷たい風が吹いている。この建物はかろうじて残っているみたいだ。屋根は無くなり壁の高さは半分ほどになっている。


「何があった?」

「わっかんねーよ! 気が付いたらこんなんなってた」

「うむ……」


 何かは起きると思っていたがさすがにこれは想定外だった。いや埒外と言うべきか、常識はずれ……。放射能とかは大丈夫なのだろうか……。怪我は? 周囲の状況は……。

 どの建物もちゃんと形は残っているみたいだ。意外に被害は少ない。今のは衝撃波みたいなものだったのだろうか?


 しかし、周囲の建物の物陰から次々とチェインメイルの男たちが通りに出てきて騒ぎ出した。「王城の方で何かあったみたいだぞ」と言う声がここまで聞こえて来た。男たちは一斉に北へ向けて駆けだした。


「チャンスだよ、にーちゃん」

「ああ、行こう」


 俺たちは床に落ちていた荷物を拾い上げてあわてて階段を下りた。ここに来た時と同じ空き地の壁をよじ登る。すばやくティコが壁の上から周囲を見渡した。


「誰もいないみたいだ」

「うん」


 俺たちは壁を越えて通りへと躍り出た。

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