第32話『神々の黄昏』
俺たちは次々と燃え上がっていく王都ルクリアーを見続けた。大きな建物が黒い煙に飲まれ最後に炎を上げながら崩れていく。
「あっ! あれは、まさか……」
右の方を見ていたティコが絞り出すような声で呟いた。俺もそちらを覗いた。
東の方角に新たに煙が上がり始めた。日の出門市場の辺りだろうか……。いや違う、もう少し向こうで少し北……。あれは、神殿のある方角だ!
「まさか奴ら神殿まで攻撃してんのかよ! どうして……あそこにいるのは普通の街の人なのに……」
ティコが肩を震わし呻くように呟いた。
「……」
俺にもそれを答える事はできない。ただ、アンラマンユの目的が最初から人を殺すことにあったのならば、人の集まる神殿は絶好の狩場となったことだろう……。
「もう嫌だ……」
ティコはその場で膝を抱えて丸くなった。
俺は自分の荷物ににじり寄り、中から毛布を引っ張り出してティコに掛けた。俺には何も言ってやれる言葉が無い。いや、元来ボッチ気質の俺にはこんな時にかけてやる言葉が思いつかない……。ただティコの横に座りぼんやりと外を眺めた。
街から立ち昇る煙が空を覆い、次第に暗くなっていく。そこへ傾いた日差しが当たり街全体が黄金色に輝き始めた。
〝神々の黄昏〟とは不謹慎かもしれない。
だが、不意にそう思ってしまうほどの美しい光景がそこにはあった。街のどこかから響いてくる叫び声。
その光景を俺は只ぼんやりと眺め続けた……。
毛布に包まったままのティコの体がしな垂れ掛かってきた。小さな寝息も聞こえる。どうやらティコは丸まったまま眠ってしまったようだ。俺はその肩にそっと手を置いた。
その時、胸元の通信機リベレーションがブルリと震えた。まるで、この瞬間を見越していたみたいだ。
「緊急連絡よ、
稲田姫の声がそう言った。
「今更、何だよ」
俺は低い声で答えた。
「良いから聞きなさい。アウケラス教団に設置されていたマーカーが破壊されたわ。これで街からの転移が出来なくなったわ」
「それで」
「回収のために最初の地点の草原に戻りなさい」
「戻らないとどうなる」
「帰れない」
「それも良いな……。なあ、質問だ。こちらから人を連れ帰「それは出来ない」……あ、っそ」
「そんなこと許可できない。明日の昼までにアウケラス神殿跡地に行きなさい。じゃ」
プツリと音を立てて通信は切れた。
――許可できないか……。
「昼までにアウケラス神殿跡地集合……。これも最初から決まってた行動かもな……」
俺は思わずつぶやいた。
「それは違うわね……」
まだ通信は切れていなかった……。
「……マーカーは本来人の手で壊せる代物ではないわ。これはいわゆる嫌がらせをされたのよ。いえ、単に遊ばれただけなのかもしれないわね」
「誰に」
「決まってるでしょ」
「アンラマンユ……。なあ、もしかしてこいつも社員なのか」
「いいえ」
「だったら何者なんだ」
「元は地球の神よ」
「そんなものが何故ここに居るんだ」
「それは神としての仕事を全うする為よ」
「神としての……」
神としてのアンラ・マンユは創造神の対極としての破壊神だ。破壊と混沌を司る神である。もし今、神としての振る舞いをしているのならばきっとこの戦いに勝者はいないという事になるのだろう。すべてを破壊しつくす、それが目的なのだから。最悪だ。もしかするとこの戦いは周辺国を巻き込んで延々と繰り広げられるのかもしれない……。
「もし、間に合わなかった場合は死ぬまでその世界に居続けることになる。いいわね、じゃ」
稲田姫はそう言い放ち、そして、プツリと音を立てて通信が途切れた。
「……」
死ぬまで帰れない……。ティコと二人で廃墟となったこの街で慎ましやかに静かに暮らす。そんな想像が頭をよぎる。色々と教えてもらいながらなら、なんとかなるのかもしれない。それも良いかもしれないな。
いよいよ本格的に日が沈み、夕焼けに染まったのだろう。黄金の輝きが次第に赤みを帯びてきた。漂う煙と舞い上がった埃の所為で視界全てがフィルターを掛けた様に真っ赤に染まっていく。
その時、街の中心部から一際大きな炸裂音が響いてきた。ガラガラと何かが崩れる音も聞こえてきた。大きく喊声も響いて来る。
これで遂に英雄の門が崩された。残すは王城のみである。
ティコに聞いた話では王城は堅牢らしい。侵入を阻む深い堀に高い城壁。行政を執行するための小さな町を内包していて税として納入された備蓄も揃っているらしい。さらにこの国の最精鋭部隊の騎士団や魔法兵に守られている。
通常であれば数万の兵に取り囲まれようとも落とされることはないという話だ。
そう、通常であれば……。
明日の朝。夜明けとともに通常で無い事が起こる。
俺は腰のウエストバッグに手を置いた。アイテムボックスパンドーラ。この中には形代という形でその権能を移された聖剣エクスカリバーが入っている。採用試験に臨む為に持たされた武器である。
今、王城内に潜んでいるだろうウチの社員たちはどんな武器を持たされているのかは知らないが、この王都に来る途中で見た切り開かれた森の跡。あの惨状からすると、これより弱いという事はあり得ない……。そして、街から逃げ出すためにそれを振るうのは想像に難くないだろう。
全ては明日の朝に終わる。
俺はティコの方へと寄りかかりそっと目を瞑った。
「んかっ、ん? 何だ」
いつの間にか眠っていたみたいだ……。
もう辺りはすっかり暗くなっている。壁の隙間から外を見ると燃やされた街の明かりで空が赤く輝いていた。
俺の目覚めた原因は――ティコが体にしがみついてきている……。――この所為だ。
「どうした?」
俺は質問してみた。
「うん、ちょっと何だか急に寂しい気持ちになって……」
「そうか……」
これだけの事があったのだ、まあ、無理はない……。――ん?
外からは街が燃えている音、歩き回る靴音が聞こえて来る。それに混ざって何か聞こえる……。
「ティコ、お前何か聞こえるか?」
「……うん、
俺は耳を澄ませた。
〝ガハジン……カバードシャール……タリキ…………ガフテン……。〟
澄み切った少女の声。風に乗りどこからか聞こえて来る。誰かがお祈りでもしているのだろうか? しかし、聞いたことも無い言葉だな。勿論このホーネス王国の言葉ではない。発音が違いすぎる。
だが、俺にはその言葉が翻訳されて聞こえてきた……。
悲しき英雄たちよー、歴史は綴るー、そのー詩をー――。
悲しき英雄たちよー、私は歌うー、そのー身をささげー、帰ーらぬ思いー――。
悲しき英雄たちよー、私は思うー、夢ー見し希望ー、そのー果てをー――。
悲しき英雄たちよー、私は願うー、そのー身が朽ちてもー、安らかなることをー――。
俺は毛布をかぶりティコの耳を押さえた。
――これはお祈りなんじゃない! その歌声は歓喜に満ち溢れていた……。間違いない奴が謳っている。
〝アンラマンユ!〟
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