第31話『告白』
「ここは元は船の修理工場だったんだ。でも、今は波止場の方に大きな工場が出来たから放置されてたんだよ」
ティコはそう説明してくれた。
「よくこんな所見つけたな」
「たまたまだよ、以前に探検してたら偶然見つけたんだ」
「ふーん」
「ここなら外から見られることもないし、身を隠すのには打って付けだろ」
「そうだな」
確かに……。落ちた屋根の下に残ったわずかなスペース。床が板の間なので火を焚くことはできないが眠るくらいのスペースはある。崩れた壁の隙間から外の様子を見渡すこともできる。
俺は荷物を床におろしその場に座り込んだ。緊張したまま全速力で走ったので結構疲れた。
「ちょっと休ませてくれ」
「うん……」
そう言って俺は壁に寄りかかり目を瞑った。もう門が崩れたからだろうか、外からはいつの間にか炸裂音も喊声も聞こえてこなくなっている。このままここに隠れて時間までやり過ごそう。そう考えている時だった。
「あっ!」
ティコが小さく声を上げた。
目を開けてみるとティコは壁の隙間から外を覗いていた。
「どうした」
「煙……」
ティコの頭の上に顔を乗せ隙間から外を覗いた。
日の入り門の方角を中心に街のあちこちから煙が上がっているのが見えた。
「きっと街に火を放ったんだよ……」
震える声でティコが囁く。
「でも、どうして……」
「それは戦争だからだろ」
戦争とはそういうものだろう。
「違うよ、にーちゃん。さっきも街の住人を殺してた……。人も街も失ったら戦いに勝っても得るものが何も無いじゃないか」
「そうか……」
そういう事か……。この世界の常識ならばそうなのだろう。しかし、この戦争には裏で糸を引いている奴がいる。そして、そいつはこの世界でない知識を持っている。殲滅戦に焦土作戦……地球ではそう呼ばれる戦いもある。
「ティコ、すまない。俺は最初からこの戦いがこんな風になる事に気が付いていた」
俺は意を決しついに告白した。
「どういう事だよ、にーちゃん!」
ティコがこちらを振り返り、緊迫した表情で問うてきた。
「お前たちが賢者様と崇めているアンラマンユは多分俺たちの世界では邪神と呼ばれている存在なんだ」
「邪神? 世界? にーちゃんはやっぱり御使いなのか!」
「いいや、違う」
俺はきっぱりと答えた。
「採用試験で来たのは本当だ。だけど他にも同じ会社の人間ならこの街に来ている」
「それなら、にーちゃん達が街の皆を助けてくれよ」
「すまない、それは出来ないんだ。俺たちの目的は聖女の奪還だ。それ以外は多分動くことはない」
「そ、そんな……」
「それに、もし俺たちがアンラマンユを討ったとしても、もうこの戦いは止められない」
「だったら、あたい達やこの街はどうなるんだよ」
「すまない、ティコ。それは俺にもわからないんだ。どうする事も出来ないんだ」
「……」
ティコは黙ったまま壁際に座り込みそのまま膝を抱えてしまった。すまない……。
俺にもこの街の住人を助けたいと思う気持ちはある。しかし、そのために敵国の兵士を殺すのであればそれは間違いだとも思っている。別に命の価値が同じとか言うつもりはない。だが、多分俺には街を救うという理由で人を殺すことはできないだろう。きっと、自分やティコの命が危険に晒されない限り……。
俺もティコの横の壁に寄りかかりながら座り目を瞑った。
しばらくすると遠くから悲鳴のような声が聞こえてきた。近くに石畳を走る靴音も聞こえる。俺は壁の隙間からそっと外を見渡した。
煙の数と量が増えている。きっと街のあちこちに火を放ったのだろう。足音の聞こえる方を見ると例のチェーンメイルを着こんだ男たちが剣を持って走り回っているのが見えた。
その時、街の北側から〝ドーン!〟と大きな音が響いてきた。一瞬遅れでお城の塔の方角に黒い煙が沸き上がる。
「ティコ」
俺は膝を抱え丸くなっているティコを呼んだ。ティコは顔を上げこちらににじり寄ってきた。
「あれは、英雄の門の方角だよ」
割れ目から覗き力ない声でティコが囁く。
「奴らこのまま貴族街へ攻め入るつもりなんだ」
「そうか」
「英雄の門はパレード用の門だから、きっとすぐに破られるよ」
「そうか……」
城を落とすまでは戦いが続くという事か……。
殲滅戦は相手に回復不可能な打撃を与える戦い方だ。もし仮にこのまま城を落としきれなかったとしても、もうこの国は駄目なのだ。国を維持していくには街と人は不可欠な要因なのだから……。
街中から上がる煙がどんどん増えていく。そのたびにティコが小さく肩を揺らす。俺は彼女の肩にそっと手を置いた。
俺にしてやれることは何もない。
きっと事前にアンラマンユの事を話していたとしても誰も信じてはくれなかっただろう。それでも、ティコにだけは正直に話すべきだったのかもしれない。それで、たとえ結果が変わらなかったとしてもだ……。後悔の念が湧いて来る。
この戦いが俺の責任だとは思わない。しかし、そのことをティコに話さなかったのは俺がティコを信用しきれていなかった所為なのだ。
俺はしっかりと目を見開き外の光景を目に焼き付けた。
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