第28話 『巡礼者の試練』


 それからしばらくしてティコは復活をした。外からは昨日と比べ物にならないくらいの頻度で炸裂音が響いて来る。


「ううう、まだ耳がジンジンする……」


 どうやら、音には慣れてきたようだ。しかし、手でお腹を押さえているところを見ると振動の方はまだ未対応なのだろう。


「ティコ。先程カロンとかいう少年が来てこれを置いていったぞ。護身用だそうだ」


 俺はティコへ剣を差し出した。


「あ、それあたいの剣だ。兵学校で使ってたやつだよ」


 そう言ってティコは剣を鞘から抜いた。装飾も無く持ち手は布が固く巻き付けられている。刃を見つめてから一振り。ヒュッ! と軽く刃鳴りした。

 力みの無い自然な動作。今の一振りだけでティコが相当剣に慣れていることが分かった。おっかなびっくり新聞紙を振るっている俺とは大違いのようだ。

 ティコは手慣れた手付きで剣を鞘に納め、それを腰のベルトに差した。


 俺たちは二人で下の階へと降りてみた。若い男性は誰もおらず、奥さんと子供たちと老人だけが残されたようだ。皆壁の方に固まりうずくまっている。



「ちょいと、あんた。巡礼者なんだろ。施しを恵んでやるから手伝っとくれ」


 背後を見ると恰幅の良いおばさんがエプロン姿で立っていた。えらい言われようだが、この世界の巡礼者はこんな扱いなのだろうか……。まあ、いいか。


「あ、マルエラおばさん」


 ティコが女性に声をかけた。どうやら知り合いのようだ。


「えーと、何をすればいいでしょう」

「お昼を作るんだよ。ちょいとこっち来て手伝っとくれ」

「え、こんな時に……」

「何言ってんだい、こんな時だからこそ飯を腹いっぱい食って落ち着くんだろ。つべこべ言わずに手伝いな。ティコも手伝っとくれ」

「うん、わかった」

「……」


 俺は無言で頷いた。



 俺たちはおばさんに連れられて奥の部屋へと入った。どうやらここは作業室のようである。八畳ほどの室内に大きなテーブルが設置されている。テーブルの上には様々な魚や野菜が置いてある。


「ティコは魚をさばいとくれ。あんたは裏の竈で大鍋に湯を沸かしとくれ」

「うん」「はい」


 俺は扉を開き裏庭に出た。裏庭には調理場が設けられておりそこにかまどやオーブンが設置されている。俺はすぐ脇のポンプで水を汲み、竈の上に鍋を置いた。竈に積んであった薪を入れ隣のオーブンから火を移した。

 西の方角からは頻繁に炸裂音が響いて来る。ここからでも建物の向こうに黒い煙が立ち昇るのが見えた。


「お湯は沸いたかい」


 声に振り返るとおばさんが大きなザルに魚の切り身や野菜を満載して出てきた。


「えーと、もうすぐです」

「そうかい。うん、まあいいかい。あんたもこんな事に巻き込まれちまって大変だね」


 おばさんはそう言いながら鍋に野菜だけを入れた。


「いいえ、仕方ないです」


 本当のことをいえばこんなところにいきなり放り込んでくれた会社には怒っているが、それをここで言っても仕方ない。


「ふ-ん、これも試練てことかい。まあ、いいよ」


 そう言いながらおばさんは塩とハーブらしき調味用で味付けを始めた。


「あ、あのどこかに身を隠した方が良いのではないですか」

「どこへ行けって言うんだい。ここはあたしたちの街だよ。こそこそ隠れたりはしないさ」

「ですけど……」

「あたしたちの事を心配してくれてんのかい。でも、いいんだよ。あんたはティコの様子をしっかり見とくれ。あの子に面倒見てもらってんだろ」

「あ、……はい」


 一応、自覚はある。大変に迷惑をかけている。


「街の事はあたしたちに任せて、あんたは自分の為すべき事をしな。それがあんた等の試練ってやつだろ」

「はい……」


 どうやらここでは試練を受けるのが巡礼者の仕事らしい。俺としては仕事がもらえればそれでいいのにと思っている。どうして、こうなった。


 おばさんは煮立った鍋の灰汁を取り魚を入れた。そして、スパイスを投入して仕上げした。

 そこへティコが裏口から顔を出す。


「マルエラおばさん。こっち終わったよ」

「あいよ、すぐ行くよ」


 おばさんはオーブンの窯を開け鉤の付いた棒でトレーを引っ張り出した。トレーの上には薄く平たく焼かれたトルティーヤに似たパンが乗っていた。おばさんが次々とトレーを引っ張り出してパンを大皿の上に積んでいく。


「あんたはその鍋を持ってきておくれ」

「はい」


 おばさんは皿にパンを乗せて作業場へと入っていった。俺は大鍋を抱えて作業場の方へと移動した。

 作業場へ入るとティコとおばさんがパンにケチャップの様な赤いソースを塗り付けていた。ソースを塗り付けて刻んだ干し肉と香草を乗せて三つにたたみ皿に盛っていく。どうやらブリトーを作っているみたいだ。俺は近くにあった器に鍋のスープを注いだ。

 そして、約三十食分の料理が完成した。


 料理を前におばさんが言い放つ。


「ちょいと、あんた。巡礼者なんだろ。この料理に祝福を与えてやっとくれ」

「え?」


 ――祝福? ってなに?


「どうしたんだい、祝福だよ」

「えーと……。はい」


 食事に祝福って何だ? ハラルフードみたいなものか? どうすればいい! 俺に最初の試練が訪れた!


「多くの命と、皆さまのおかげにより、このご馳走を恵まれました。深くご恩を喜び、ありがたく頂きます」


 俺は合掌してそう唱えた。


「変わったお祈りだね。最近の流行りなのかい。まあ、いいさ。ティコ、皆に配っとくれ」

「うん」


 ふう、なんとかなった……。幼稚園が仏教系で良かった。

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