第26話『港の集会所』


 正直言ってあまり眠れなかった。別に隣ですやすやと寝ているティコの所為ではない。戦場に居るという緊張感が俺の眠りを妨げた。

 窓の閂を外し覗いてみる。時刻は夜明け前。うっすらと明るい。外からは一晩中、怒号と槌打つ響きが聞こえていた。補修だけでなく追加でバリケードでも作っていたのだろう。今日も何事もなく過ごせればよいのだが……。


 俺はベッドから起きだしてキッチンに移動した。一昨日ティコが貰ってきた籠の中に麻袋があり、その中には乾燥したトウモロコシの様なものが入っていた。大麦で粥を作りそこへ投入した。同じく貰ってきた魚の干物は軽く火で炙る。


「ん~~、おはよー」


眠そうに眼をしばしばさせながらティコが起きてきた。


「ご飯できてるぞ」

「ん……」

「食べたら出発するからな。頂きます」


 俺は干物に齧り付いた。

 こうやってのんびりと食事を取っていても、常にぞわぞわとした不安感と焦燥感が湧いて来る。これが戦場というものなのだろうか……。


「にーちゃん、それあたいにもくれよ」

「ほらよ」


 俺は干物を炙った物を手渡した。すごいなこいつはこんな時でも平常心だ。それはそれで間違っている気もするが……。


 俺たちは早々に食事を終え後片付けをした。



「ティコ。準備終わったか」

「うん、終わったよ」

「よし、行こう」


 少し寒いようなので上に黒のウインドブレーカーを着こみ、しっかりと戸締りをして家を出た。時刻は日の出直前。街は朝靄あさもやで霞んで見える。朝食でも作っているのだろう街のあちこちから細く白い煙が立ち昇っているのが見渡せた。

 その時、東の山際から朝陽が顔を出した。長く伸びた山影が街の半分を隠している。まっすぐに伸びた光芒が街の半分を照らし出している。俺たちはそんな凛とした空気の中を港の集会所に向けて歩き出した。


 突然、胸元がブルリと震えた。


「定時連絡……定時連絡……」


 機械的な音声が頭に響く。


「……聖女は王城の北東オリアスの塔にて存在を確認。明朝、日の出と共に作戦を開始する。明朝、日の出と共に作戦を開始する」


 それだけ言って通信は途切れた。


 奪還作戦の本番は明日になるようだ……。わざわざ一日を空けることに今更、別段の驚きはない。作戦は五日間、百二十時間と決まっていた。まるで、最初からシナリオでも在るかの様に……。


 一般兵士の宿舎街を抜けて建物の隙間を西へと向かう。港の集会所は魚河岸の北側、倉庫街の端に建っていた。レンガ積み白漆喰の二階建ての四角い建物。ちょっとしたオフィスビル程のサイズがある。

 建物の正面に四人の十代後半らしき少年が手に鉤の付いた銛を手にして立っている。


「お前たちは何者だ!」


 こちらに気が付いた少年の一人が銛をこちらに向けて叫んだ。


「ちょっと、待て! そっちの子供はロック隊長の娘さんのティコだ」


 背後に居た少年がそれを制した。


「えっ、ロック隊長の……」


 ――ん? ロック隊長? 確かティコの親父さんの名前はロック・アーバインだったな。


「カロンにーちゃん。久しぶり」


 ティコが擁護してくれた少年に気さくな調子で話しかける。


「おう、ティコ。後ろの男は誰なんだ。怪しい風体だな」

「神殿に入れなかった哀れな巡礼者だよ。ウチで保護してるんだ」

「そうか、二階ならまだ全然空いてるぞ」

「うん、あんがと」


 哀れなと言われた気がするが、どうやら巡礼者に対する慣用句のようなので気にしない。


「今のは?」


 俺はティコに聞いてみた。


「あたいの親父が兵学校で剣を教えてた生徒だよ」

「ふーん、兵学校ね」

「ちなみにあたいも兵学校の卒業生だぜ、えへへへ。成人してないから予備役に就けないけどな」

「何ぃ!」

「別に驚くことはないよ、ここの兵学校は年齢関係なく単位制だから、時間が掛かっても単位さえ取れば卒業できんだよ。読み書き・算術・用兵学に剣術・槍術。弓術だけは弓が引けなくて取れなかったけど。全部習ったぜ」

「ふーん、すごいんだな」

「にししし、まあな」


 ティコは得意げに無い胸を張った。


 二人で集会所の扉を開いた。煉瓦積みの柱が並び中央に大きな階段が見える。十組ほどの家族連れがそこかしこの床に集まって座っている。


「何か、雰囲気暗いな……」


 俺は思わずつぶやいた。


「しー! にーちゃん!」


 ティコに怒られた。


 ――いや、お通夜の様な雰囲気だったから思わずつい言ってしまった……。


「ここの人たちは沖の小島に避難しようと人たちなんだよ」


 ティコは耳打ちするように小さな声で語り始めた。


「街から逃げたとか言われて神殿に行けなかった人たちだよ」


 ――成る程、そういう事か……。


「ティコはいいのか」

「あたいは事前に知ってたし、誘われたのも断ったんだ。でも、顔見知りの家族や知り合いの漁師のおいちゃんが大勢帰ってこなかったから、ちょっと居たたまれないだけだよ。ほら、にーちゃん二階上がるぜ」

「うん」


 俺たちは中央の階段を上った。

 二階には一家族、奥さんらしき人と小さな男女の兄弟だけが壁際に座っていた。


「ども」


 俺は一応家族連れに挨拶した。奥さんが会釈を返す。

 俺たちは部屋の奥へと行き窓際に荷物を置いた。


「あたいはちょっと下へ挨拶に行ってくるよ」

「おう」


 ティコはそう言い残すと駆け足で階段を下りて行った。

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