第18話『入浴に行きたいか』


「風呂は駄目だったけど体なら洗えるぜ、にーちゃん」

「ん、そうなのか。どうやって?」


 家に着くと同時にティコはそう言ってきた。

 俺は持って帰った瓶をテーブルの上に置きながら聞き返した。


「家の裏の洗い場でたらいにお湯を張るんだよ。いつもそうやってる」

「お、いいなそれ。よし、やろう」


 今日もあちこちを歩き回り、海風にもさらされたので、ぜひ体を洗いたい。日本人たるものお風呂は大事なのだ。


 ティコは早速、竈に火を熾し始めた。俺は表の井戸へ行き水を汲んだ。先ずはたらいに水を張る。その間にティコは大鍋でお湯を沸かす。俺は何度も井戸を行き来して水瓶を満水にしておいた。

 三度ほど沸かしたお湯をたらいに継ぎ足し、お風呂の準備が整った。


「よし、にーちゃん。体を洗うぞー!」

「え? もしかして一緒に……」

「いや、当たり前だろ。何度もお湯沸かせねえからな」


 うん、まあ、そうか……。べ、別に裸を見られるのは恥ずかしくは無い。そして、もちろん子供であるティコの裸を見るのを意識しているわけでもない……。


 俺たちはランプを掲げ、家の裏手に設置されている物置小屋へと入っていった。石造りの流しの中へたらいがセットしてある。普段はここで衣類の洗濯をしているそうだ。

 そして、ランプを柱に掛けた。するとティコは何の戸惑いも見せずダブダブのズボンを脱ぎ始めた。次に袖のすり切れたシャツを脱ぐ。


 ――うわ……。実は部屋に干してある洗濯物を見て気が付いていたのだが、ティコの下着は日本で言うところの腹掛けによく似ている。金太郎のそれである。ひし形の大きな布を肩ひもと腰ひもで結んで下着にしているのだ。色気もへったくれも無いな……。

 ティコは紐をほどき下着も脱いだ。健康的に焼けた小麦色の肌が露になる。


「にーちゃん、どうよ。色っぽいだろ」


 ティコは裸でおどけながら体をくねらせシナを作って見せた。


 ――どうと言われても……。正直に答えてしまえば、まだコカ・コーラの瓶の方が色気を感じる……。


 それは見事にツルペタだった。ツルとペタが同時存在として同居している。むしろ良く動いているせいか脹脛ふくらはぎと肩回りの筋肉が発達している。そっちの方が気になった。


「はいはい、馬鹿やってないで体、洗うぞ」


 俺も服を脱ぎ裸になった。


「ちぇ、何だい、もう。サービスしてるのに」


 そう言ってティコは頬を膨らませた。


 ティコはどこからか瓶を取り出し自分の頭へと振りかけた。


「ティコ、それ何だ」

「シャンプーだよ」

「俺にもくれ」

「あいよ」


 そのシャンプーは柑橘系の匂いのするオイルのようなものだった。手の平で湯を掬い、二人並んで髪を洗った。


「流してやる。頭こっちによこせ」

「ん、あんがと……」


 俺は木桶で湯を掬いティコの頭へぶっかけた。二度、三度。そして、自分の頭にも掛ける。次にタオルを湯に浸し体の汗を拭いていく。最後に体にかけ湯しておしまい。ふう、これでさっぱりした……。

 気が付くと隣で無言のティコが体を拭いていた。


「どうした?」

「……な、なんでもねえよ……」

「そっか」


 どうしたのだろう? 微妙に赤い顔をしていたけど……。そのままティコは黙って服を着て物置小屋から出て行った。


 服を着て家へ入るとティコはキッチンに設置された竈の前で膝を抱え丸くなっていた。ぼんやりと立ち上る炎を見つめている。


「なあ、ティコ。先程飲み屋でもらってきたのはお酒だよな。ちょっと分けてくれないか」

「あたいはお酒飲まないから全部飲んでいいよ」


 俺は椅子へ座りカップを手に取って瓶からお酒を注いだ。一口飲んでみる。味は麦焼酎のようだ。癖は無く飲みやすいがアルコール濃度はやや高い。

 ティコはまだぼんやりと炎を見つめている。ちびちびと酒を啜りながら聞いてみた。


「どうした」

「別になんでもねえよ。ただ……ちょっと親父の事を思い出してただけだよ……」

「ふむ」


 そうか……。


「なあ、にーちゃん。今度はにーちゃんの事を教えてくれよ」

「ん? 俺の事?」

「ああ、そうだよ」


 俺の事ね……。と言っても前の仕事を辞めてからは家に閉じ籠っていたから特に話すことは何も無い。こういう場合は、そうだな……。


「俺の居たのは日本と言う国だ」

「ニッポン? 聞いたことない国だね」

「まあ、ここからは随分と遠い国だからな」


 一応、嘘は言っていない。


「ふーん」

「ここよりももっと多くの人が住んでて、街は賑やかだったぞ……」


 俺は当り障りのない日本の情景をティコに語って聞かせた。


「……そんでな、日本にはアニメというのがあってな絵を一杯組み合わせて動いてるように見せてんだよ!」


 ――はっ! しまった! つい興に乗ってしまい、いらない事まで語ってしまったー!


「にししし、にーちゃん何馬鹿な事ばっかり言ってんだよ。そんなに沢山絵があったら見せる方だって大変じゃねーかよ。もう勘弁してくれよ!」


 ――ふう、良かった……。どうやら冗談を言ったと勘違いしてくれたようだ。


「ま、まあ、そんな感じのところだよ……」


 ――ふう、危ない危ない異世界人だとばれるところだった……。


「ふーん、にーちゃんは面白い奴だな。でも、そういえば大賢者様の生まれた国も不思議な魔道具がいっぱいある国だって聞いたことあるな」

「え?」


 何ですと!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る