第17話『夕餉の支度』


 ティコはさらに一匹を追加し六匹の小鯵を釣りあげた。一方、俺は……もちろんゼロだ。異世界の魚の習性なんて知らんよ……。ちなみにこの小鯵の名はスケトルだそうである。


 釣りを終え俺たちは浜へと移動した。


「にーちゃん、ちょっと魚、捌くから海から水を汲んできてくれよ」


 そう言ってティコは木桶を差し出した。


「うん……」


 ――大丈夫なのか?


 俺は恐る恐る浜を歩いて波打ち際まで行った。波が寄せてきたタイミングで一気に木桶を振るい水を汲んだ。よし、逃げろ!


 ティコは石の台の上でポケットからナイフを取り出して器用に魚をさばき始めた。せいごを切り取り鱗をはいで頭を落とす。腹を開いて内臓を取り出し水で洗う。しっぽの方からナイフを入れてあっという間に三枚におろして見せた。


「やけに手慣れてるんだな……」

「まあ、いつも漁師のおっちゃんたちを手伝ってるからな」

「そっか」


 どうやらティコの方が俺なんかよりよっぽど大人びて生活力もあるようだ。自分の駄目さを痛感してしまった。


 その時丁度、西の海に日が沈み始めた。波に夕日が反射してキラキラと煌めいている。何処も同じ秋の夕暮れと言うが、それは異世界でも変わりがないようだ。いや、むしろ自然の多く残るここの方が地球より美しいのかもしれない。この星に秋があるのか知らないが……。


 気が付くとティコはすでに作業を終えていた。


「にーちゃん帰ろうぜ」

「おう」


 俺たちは夕暮れの中、夕餉の支度のために家へと向かった。



 俺はキッチンに立ち調理を始めた。

 まずは麦ごはん。大麦を鍋に入れ、水を注いで火にかける。沸騰したらしばらく放置してから、鍋に蓋をして火から下ろしそのまま二十分。時間が来たら水を加え、ぬめりをとって水を切る。少量の水と塩を加え焦げ付かないように混ぜながら温めれば完成。


 スケトルは大葉に似たハーブがあったので、塩を振り叩いてなめろうを作った。バターと小麦粉があればムニエルにしたかったがどちらも無かったので、残りは塩を振って素揚げにした。薄切りのタマネギにイタリアンドレッシングのようなものをかけていただく。家にいるときは自炊もするので一応これくらいは出来るのだ。


「すげーな、にーちゃん。こんな料理見たことねえや」

「ん、まあな。いつもはどうやって食べてるんだ」

「串に刺して塩焼きにするか、野菜と一緒に煮込んでスープにするか、たまに切ってそのまま生で食べてるな」

「ふーん」


 意外に普通の食べ方だった。明日はぜひ生姜を手に入れてつみれ汁を作ってみたい。


「よし、食べるか」

「うん」


 スケトルは味も鯵の味だった。子供のティコになめろうはどうかと思ったが、普通にパクパクと食べている。素揚げの方はほぼ南蛮漬けに近い味わいになっていた。ちなみに鯵は白身のたんぱくな味わいを持った赤身魚である。刺身からフライまでどんな食べ方でも美味しく頂ける魚である。ごちそうさまでした。


「ふう、うまかったぜ、にーちゃん」

「そっか」


 二人でまったりと食後の米茶をいただく。外は日も沈み暗くなってきた。この世界へやってきて二日目の夜が来る。俺は後片付けを始めた。


「ティコ、終わったら風呂に行こう」


 皿を洗いながらティコに尋ねる。


「うん、でも今日はやってるかな……」


 結論から言えばやっていなかった。昨日と同じ順路で風呂屋へやってきた俺たちは、その前で巡回の兵士へかち合った。


「皆、避難してるんだ。人が居ないのに風呂屋がやってるわけねえだろ。とっとと家へ帰れ!」


 若い兵士にそう言われ俺たちはおずおずと来た道を引き返し始めた。



「ちょっと、にーちゃん。ここで待っててくれ」


 ティコは突然そう言うと一軒のお店らしき建物へと入っていった。


 ――ああ、この建物は確か昨日開いていた飲み屋だったはず……。

 窓から店内を覗くと僅かに明かりが見える。中に人が居るようだ。ティコはその人と話をしているようだ。しばらく待っているとティコは大きな瓶を抱え店から出てきた。俺は無言でティコから瓶を奪い取り持ってやる。


「ありがと、にーちゃん」

「どうしたんだ、これ」

「餞別に貰ったんだよ。おいちゃんは店を守るんだってさ」

「ふーん……」


 ――ん? 餞別?



 俺たちは再び暗い夜道を歩き始めた。


「あのお店はさ、兵士がいつも仕事終わりにたむろする酒場だったんだ。親父が生きてるときには毎晩のように通ってたんだ」


 ティコは歩きながら呟く様に話し始めた。


「そう言えば、ティコの親父さんはどんな人だったんだ」

「あたいの親父の名前はロック・アーバイン。この国一番の剣士だったんだぜ」

「この国一番?」

「そうだぜ、何せ元騎士だったんだからな」

「騎士……だと」


 ――カッコいい。


「そうだぜ、剣技大会で何度も優勝して騎士になったんだ。だけど城勤めが性に合わなくてすぐやめたらしいけどな」

「ふーん」

「毎晩酒を飲んで喧嘩して、人に剣を教えて、あちこちに女を作って、戦があればすぐに志願して、いっつも大声で馬鹿話ばかりしてた」

「ご、豪快な人だったんだな……」

「ああ、面白い人だったぜ」

「なあ、ティコは寂しくないのか」

「まあ、親父が死んじまったのは自業自得さ。なにせ戦いが始まると真っ先に戦場に駆けつけて一人で斬り込んでいく人だったからな。仕方ないさ。何時かこうなると思ってた」

「そっか……」


 多分、昼間見た須佐と同類の人だったのだ。だからあの時ティコは興奮していたのだ。


「なあ、他に身寄りはいないのか」

「うーん、親父の妹はいるけどお城勤めしてるから一度しか会ったことねえんだよ。こっちから会いに行くわけにもいかねえし……」


 何故かティコはその話を囁くような小さな声で話した。


「そっか……」


 この国の実情は知らないが、きっとお城の中は簡単には連絡さえも付けられないのだろう……。


「まあ、あたいはこれまで一人でやってきたんだ。大丈夫だよ。にししし」


 暗くて見えなかったが、きっとティコは太陽な笑顔でほほ笑んだ。

 俺は瓶を左手で抱え右手を差し出した。

 ティコはそれに気づき一瞬歩みを止めてから手を握り返してきた。


「にーちゃんは変な奴だぜ」

「まあ、そう言うな」

「にしししし」


 俺たちは手をつなぎ星の明かりを頼りに家路を急いだ。

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