第16話『釣りをする』


 一般兵士の宿舎街まで戻ってきた。ここにも兵士たちが巡回している。


「おい、ティコじゃないか」


 兵士の一人が声をかけてきた。


「あ、マテウスさん」


 どうやらティコの知り合いの兵士らしい。


「お前、まだ神殿に避難してないのか、早く行け」

「あたいはいいよ。どうせ神殿にも入れないし……」

「んぐ……そうか、そうだったな……すまん。だったら気をつけろよ」

「うん」


 兵士たちは去っていった。


「なあ、ティコ。お前はどうして神殿に入れないんだ」

「あたいは生まれた時に洗礼を受けてないんだ。だから、どの宗派にも改宗できないんだよ」


 ティコは寂しそうに俯きそう答えた。


「そうか」


 何か複雑な事情があるのだろう。さすがにこれを根掘り葉掘り聞くのは躊躇われる。

 押し黙ったまま歩くティコ。俺はそっと横に立ち一緒に家へと向かった。



 家に着いた俺は扉を入りテーブルへリンゴの詰まった紙袋を置いた。


「さて、ティコ。今晩の食事はどうするつもりなんだ」

「うーん、どうしようにーちゃん。配給の大麦だけはあるけど粉挽き小屋も開いてないからパンも作れないぞ」

「だったらそのまま焚いて麦ごはんにするとか麦粥にすれば良いんじゃないか」

「ん? 麦ごはん? 麦粥? って何だ」


 ――あれ? ちゃんと伝わらない? もしかしてそのまま食べる習慣がない? さらに言えば、この街に着いてから食べたあの固いパンと思っていたものは、大麦の粉で作った大麦クッキーだったと言う事か……。クラムチャウダーに入ってたのも荒く潰した押し麦だったし、麦粥くらいはあるのかと思っていた……。


「よし、だったら今晩は麦ごはんにしよう。何かおかずになる物は無いか」

「うーん、それなら今から釣りに行くってのはどうだい、にーちゃん」

「おっ、良いな、それ。よし、行こう!」

「わかったすぐに準備する」


 こうして、俺たちは近くの海で釣りをすることに決定した。

 ティコはキッチンの戸棚を開き、釣り針を取り出した。手慣れた手付きで針に糸を巻き付け仕掛けを次々と作っていく。流石だな。あっという間に五つを仕上げた。


「にーちゃん、竿はどれにする」


 ティコは奥の部屋に行き何本もの木の棒を持ってきた。どうしよう? 長さの違いは多少あれどどれも同じように見える。


「これだな」


 適当に長い奴を選んだ。


「お、中々見る目があるな、にーちゃん。それは、聖剣トライビリアだぜ」


 ――まさかの名前が付いていた! こいつはきっと新聞紙を聖剣にしてしまう奴と同類なのだろう。


「お次は餌取りだぜ」


 そう言うとティコは玄関脇の道具入れから木桶と熊手のような道具を取り出した。


「早速、浜辺へ行こうぜ、にーちゃん」

「おう」



 裏口から家を出て通りの向こうの浜辺にやってきた。修理待ちだろうか、浜には壊れた船が幾艘も引き上げられている。それにしてもこの船の壊れ方、何か変だ……。経年劣化で壊れたわけでも座礁して壊れたようでも無い。


「にーちゃん、先に言っておくけどあんま波打ち際まで行くなよ」


 しげしげと船を眺めているとティコが話しかけてきた。


「ん? どうして?」

「この辺りは最近海竜が増えてんだ」

「か、海竜? って何だ?」

「海竜も知らねえのかよ。よく今日まで生きてこれたな。海竜ってのは海に棲む魔獣の総称だよ」


 ティコにまた呆れられてしまった。


「それって、危険なのか」

「その船は五日前に家族を連れて逃げ出した漁師たちの船だぜ。ここの沖にある島に避難しようとして襲われて逃げ帰ってきたんだよ」

「なに……」


 ごくりと俺の喉が鳴った。六メートルほどの大きさの船が上から何かを叩き付けられた様に壊されている。どうやったら、こんな風に壊される? これではいざとなったら海に逃げるという訳にもいかなそうだ。


 ――超危険な世界じゃないか! 早くお家へ帰りたい……。


 ティコはその辺の石をどかし熊手で土を掻いて餌を穿ほじりだした。


「お、いたいた」


 そう言ってティコは出てきた虫を素手で手づかみした。


 うっ、ゴカイだ……。しかも、日本産の三倍くらいサイズがある。よく手で触れるな。


「にーちゃんも見てないで手伝ってくれよ」

「うむ……」


 俺も石をどかすのを手伝った。

 それから十匹ほどのゴカイを集めた。


「こんだけいれば釣れんだろ。よし、にーちゃん始めるぞ!」

「おう……」


 俺のテンションはダダ下がり気味だ。



 俺たちは浜へ設置された木製の桟橋の先端で釣りを始めた。ティコからはもし沖の方から何かが近づいてきたらすぐに浜へと走るようにと教えられた。常に海の様子を監視しながらの釣りである。釣りがこんなにも命がけのものとは知らなかった……。


 ――海竜って何だよ……。こんなに緊張感のある釣りは初めてだ。


 釣り方はいわゆるミャク釣りである。針とおもりだけの仕掛けで手の感覚で釣りあげる。本来であればそれなりの経験とテクニックが必要となる漁法なのだが……。ティコはいきなり一投目を投げ込んですぐに釣り上げた。


 どうやら獲物は小鯵のようである。魚体のしっぽ側にはせいごも見えるのでほぼ同じものだろう。ティコはあっという間に五匹を釣り上げた。俺の方は……全然、釣れない。


 ――聖剣トライビリアよ……仕事しろ。

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