第15話『喧嘩勃発』
ん? 何かが俺の右袖を引いている。
「に、にーちゃん!」
うわー、ティコが超~行きたそうに目をキラキラと輝かせている! だけど……。
「危ないからダメだぞ、ティコ」
「でも、でーもー……」
「巻き込まれて怪我でもしたらどうする」
「にーちゃーん!」
甘えた声を上げるティコ。
「だーめ」
えーい、駄々をこねるな!
「うひゃー!」
その時、ひときわ大きく悲鳴のような声が聞こえてきた。同時にガシャーン! と窓ガラスの割れる音が鳴り響いた!
通りの向こうのお店の窓から革鎧の男が飛び出してきた。え? 人って宙に浮くものなんだ……。そう思うくらい見事な放物線を描きスローモーションで人が飛んでいく。集まった人々の頭上を越えて離れた地面に叩きつけられ、そして、気を失った。
「「……」」
俺とティコは思わず目を合わせ声を失った。店の中に野獣でもいるのだろうか?
次の瞬間、そのお店の扉が盛大な音を立てて弾け飛んだ! 周囲を囲む兵たちも声を失い呆然と佇んでいる。男がゆっくりとゆっくりと店の中から現れた。
筋骨隆々! 下駄にジーンズに黒のTシャツ。上に真っ赤な柄の羽織を着こんでる。ぼさぼさの頭に鋭い眼光。眉間に深い皺を寄せ右手を前に突き出し、そして、どすの効いた声で叫んだ!
「うぉらー! 掛かってこいやー!」
うん、この人は知っている。うちの会社のエース・
――何やってんだよ……。
周囲を取り囲む兵士たちが一斉に飛び掛かった。しかし……。
一斉に飛び掛かった男たちの姿が逆再生フィルムのように弾き返されていく。全員が弾き返されのけぞって、そのまま地面に倒れ込んだ。
「……」
皆が一斉に息をのむ音が聞こえた。
次に槍を持った男が駆け込んだ。穂先を地面すれすれから跳ね上げるようにして胸元へと向ける。須佐はその穂先を裏拳で叩き、軌道が変わった瞬間に前へ出た。そして、槍の柄をすり抜け男の顔面へとチョーパン(頭突き)をぶちかました! 男が盛大に鼻血を天空へ吹き出しながら沈んでいく。
「うら、うら、うら、どうしたー!」
須佐が笑顔で兵士を挑発している。
――うわー、この人こんな人だったんだ……。
「ほへー」
横に立つティコの目がハートマークでキラキラしている。こいつはマッチョ好きだったのか……。
周囲を囲んでいる兵士たちが須佐にボコられて次々と沈んでいく。
「ハハハハハハァー!」
血塗れの形相で高らかに笑い声をあげる須佐。
阿鼻叫喚の地獄絵図になってきた。あちこちの地面に血だまりが出来、うめき声をあげて転がる兵士たち。須佐はさらに手当たり次第に飛び掛かり、殴りつけ、蹴り上げる。
すでに自分から前に出る兵士はもういない。皆、状況がつかめず呆然と立ちすくんでいる。
その時、須佐の背後にいる一人の兵士だけが槍を振り上げた。しかし、振り上げたその槍は須佐の方へ向く前に音もなく真っ二つにへし折れた。
――今、一瞬だけ半月状に何かが光ったように見えた。その光が槍を叩き切ったように見えたが……。
「あわわ……!」
槍を折られた兵士が尻餅を突き声を上げた。状況が分からず折れた槍をくっつけようとアタフタしている。周囲の兵士たちもその光景を眺めている。
「「「「うわー!」」」」
兵士たちが一斉に叫び声をあげた。そして蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
ある者は手にした槍を取り落とし、ある者は転げた仲間を踏みつけて駆けだした。
「ちっ! つまんねえ」
盛大に舌打ちした須佐は落ちていた槍を拾い上げ、色町の出口である門の方へと歩き出した。こっちの方へと向かってくる……。
目をキラキラと輝かせ見つめるティコ。俺は彼女の肩をしっかりと押さえた。眼前を肩に槍を乗せた須佐が悠然と通り過ぎていく。
「ひっ!」
目が合った! 明らかにこっちを睨みつけていた。どういう事? 俺、何か恨まれることした? いや、逆か……今、仕事してないから怒ってるのかも……一応は自覚がある。
しかし、何事もなく須佐は通り過ぎ、悠然と門を出て街の方へと去っていった。
「すげー。にーちゃん、今のすごかったな!」
興奮したティコが目をキラキラさせながら語りかけて来る。
「うん、そ、そうだな……」
まだ動揺が隠せない。
「良いなー、今の良いなー。あたいも何時かあんなになれるかな」
「ははは……」
止めておきなさい。
――ん? 今、奥の壁の上に人が見えた気がした……気のせいか?
「帰るか」
「うん」
そう言って俺たちも門を通り色町を後にした。
なんて物騒な街なのだ。これはやはりティコの言う通り家に閉じこもるのが正解かもしれない……。
色町を出て一旦中央広場へと戻り広場の中を南へと向かう。広場ではいつの間にか集まった兵士たちがテントを設営していた。恐らく日の入り門の外にあったのが全てこちらへ移ってきたのだろう。皆、緊張の面持ちで木材を縛ったり柱を立てたりしている。恐らく百張り以上の大型テントがこの広場を埋め尽くそうとしている。ちょっとしたイベント会場のようだ。
俺とティコはその設営中のテントの隙間を縫って家へと向かった。丁度、昨日ティコと出会った噴水の前まで来た。
少し離れた場所で盛大に煙が上がっているのが見えた。食事の準備をしているのかと見てみると、そこにはレンガが積み上げられて大きな炉が作られていた。
そこで鍛冶職人らしき上半身裸の男が古びた鎧や剣を投げ込み、熱しているのが見えた。すぐ脇には大量の細い木材が積み上げられている。
――矢だ。恐らく籠城戦では大量の矢が必要になるのだろう。だからその
俺とティコは無言で足早にその場を去り、家路を急いだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます