第14話『海鮮スープ』
ティコは戸惑いも無くお店の扉を開けた。
六畳ほどの狭い店内。カウンターに五つの小さなテーブル。椅子らしきは見当たらない。いわゆる立ち飲み屋という奴だろう。四人の男たちが奥のテーブルに固まってスープらしきを啜っている。
「おいちゃん、海鮮スープ二つ」
ティコは元気よく注文した。
髭面で恰幅の良い店主が無言で器を盛り始める。どんぶりをドンとトレーに乗せて最後に声を発した。
「石貨八枚」
俺は銅貨を差し出してお釣りを受け取った。二人でトレーを抱え入り口のところのテーブルへと運んだ。
とろみの付いた乳白色のスープにハマグリの様な貝殻が浮かんでいる。
俺はそれをレンゲで掬った。うん、これは間違いないアレだ〝クラムチャウダー〟。
ミルクの優しい甘みに海鮮から染み出した出汁の旨味。スープのとろみは大麦を潰したもののようだ。タマネギと人参も入っている。
ティコはトレーに乗ったクラッカーのような堅パンを浸しながら食べている。俺も真似をして食べてみる。成程、クルトンを入れたような味になった。
「どうだい、にーちゃんイケるだろ」
「ああ、うまい」
「このお店はここで働く人たちのための食堂なんだ。味もイケるし精も付くんだぜ」
確かに亜鉛を豊富に含んだハマグリは滋養強壮にはよいだろう。でも、子供が精が付くなど言ってはいけません。
「でも、どうしてここだけお店が開いてるんだろう」
「さあ? 元々色町は外とは隔離されてる場所だから、こんな時こそ稼ぎ時とか考えてるんじゃねえか」
「ふむ……」
確かにその辺をうろついていた兵士たちをお客にすれば、今こそ稼ぎ時なのかもしれない。英雄色を欲するではないが、戦いで昂った人間は生存本能が増すというのも聞いたことがある。それにしても兵士に色町か……。
「もしかしてティコの母親は……」
しまった、スープを口に含んでいたので思わず考えていた事を口に出してしまった!
「あたいはかーちゃんの事は知らねえよ。気が付いた時には親父と二人で暮らしてたさ」
「ごめん……」
「いいよ、いつも人に言われてる事だから別に気にしてねえよ」
そう答えたティコの顔はどことなく寂しげであった。
二人でスープを啜り店を後にした。
表通りに戻るとちょうどお昼になったのか、そこかしこで兵士たちが食事をとっていた。
「ん?」
兵士たちに食事を配っている荷車が置いてあるのが見えた。大きな寸胴の鍋の横に昨晩見た保存の魔道具が設置されている。
「なあ、ティコ。あの荷車に設置されてるのは保存の魔道具だよな」
「ん? そうだぜ。大賢者様が考案した魔道具だぜ」
「そっか……」
昨晩は気が付かなかったが金属の筒の両端に陶器の蓋が閉めてある。丁度、給仕をしている兵士がそこへ柄杓で水を掛けていた。
――あれって、まさか気化熱を利用しているんじゃないのか?
気化熱とは水分が蒸発するときに周囲の熱を同時に奪う現象の事で、冷蔵庫の場合はそれを電気を使って起こしている。
「なあ、ティコ。光の魔道具ってどんな代物なんだ」
「あれだよ、にーちゃん」
そう言ってティコは通りの真ん中に立っているガス灯を指さした。
確かにガス灯ならばオイルランプに比べ明るさも炎の安定度も格段に高い。
――だが、これは一体どういう事だろう?
魔道具と呼ばれているものは実際には魔法が使用されているわけではないようだ。ちゃんとした科学知識があれば説明が付く代物だ。俺が持っている新聞紙のエクスカリバーの方がよっぽど異常な代物だ。そもそもただの新聞紙に力だけ移し替える発想が可笑しいが……。まあ、それはよいとして。
何故、大賢者は魔法を使っていると嘘をついたのだろう? ティコの話では極大魔法とやらで実際に聖女を召還している。とすれば魔法が使えない訳ではないはずだ。道具を普及させるため? 国王に取り入るため? 単に説明するのが面倒臭さかった? うん、よくわからない……。まあ、実際に使える便利な道具なのだから問題はないだろう。
「他にはどんな魔道具があるんだ」
「後は炎の魔法杖かな。先端から炎が噴き出す道具だぜ」
「それってまさか武器なのか……」
「ああ、そうだよ」
話を聞いた限りでは火炎放射器かバーナーの類だろう。これも実際に魔獣の脅威があるこの世界では便利な道具と言えなくもない。しかし……。
――戦争が起こる訳だ。そんな派手な武器が戦場で使われたら嫌でも目立つ。それを排除しようという気になってもおかしくは無い。
何故だろう、この大賢者とかいう奴の行動には違和感がある。目的がよくわからない不気味さがある。
俺はティコの説明を聞きながら色町の中をぶらぶらと歩いた。
色町と言っても日本の遊郭の様に淫靡な雰囲気は無い。むしろ、あっけらかんとしていて街の空気にもなじんでいるように見える。高い壁さえなければ商店街の一角と言われても気が付かないことだろう。
「なあ、ティコ。どうしてここだけ高い壁で覆われているんだ」
「ここは、貴族も出入りするのさ」
「貴族?」
「うん、奥の方に〝花の門〟っていう名の扉があって貴族街に通じてるんだ。夜になると扉が開いて貴族が遊びに来るのさ」
成る程、だから街側に門を設けて入場を制限してるのか……。兵士が多いのは警備も兼ねているからだろう。
「なあ、ティコ。俺たちもここに留まった方が良いんじゃないか」
安全そうだし……。
「にーちゃんお金はいくら持ってんだ。せめて金貨くらい持ってないと一晩で放りだされちまうぞ」
確か、持ち金は銀貨三枚と銅貨数枚……。残念。
「い、行こうか……」
気落ちした俺はとぼとぼと入ってきた門へ向けて歩き出した。
その時、兵士たちが慌ただしく動き出した。
「誰か暴れてるぞ!」「喧嘩だ! 喧嘩だ!」「おい、捕縛縄持って来い!」
あちこちから怒鳴り声が上がっている。兵士たちが街の奥の方へと駆けていく。
どうやら通りの向こうのお店の前に人が集まっているようだ。
――何もこんな時に喧嘩なぞしなくてもいいのに……。
俺はそう思いながら大きくため息をついた。
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