第13話『色町拝見』


 歩き出してすぐにティコと初めて出会った中央広場の北側へ出た。

 広場の中心辺りに結構な数の槍を持った男たちがたむろっているのが見える。日の入り門の周りにいた兵士だろう。こっちへ移動してきているという事はやはり籠城戦になるというティコの見方が正しいのだろう。


「なあ、ティコ。そもそもこの戦争は何で始まったんだ」


 俺は聞いてみた。

「うーん、そうだね……。元々、この周辺の地域は小さな国が集まっていていざこざが絶えなかったんだよ……」


 ティコは語り始めた――。


 どうやらこのホーネス王国の周辺は日本の戦国時代のように群雄割拠の状態が長く続いているらしい。新しく国が興り滅んでいく。そんな状態が何百年となく続いている。それらはひとえにこの地域に生息する魔獣と呼ばれる生き物のせいであるらしい。人では抗う事さえも難しい生き物――魔獣。それらのせいで人の住める地域は限定されて、狭い土地や少ない水の利権をめぐっての争いが絶えないのだそうだ。


 そして、約二年前――。

 突如、どこからともなくこの国に〝大賢者〟と呼ばれる人物が現れた。

 その大賢者は魔道具と呼ばれる技術をこの国にもたらした。大賢者はたちまちこの国の国王、タルミタ・ルンデン・ホーネスに気に入られ、このホーネス王国の重鎮となった。ちょうどその頃から、周辺国との摩擦が大きくなり諍いが頻発し始めたそうである。

 当初の原因は通商上のトラブルであったようだが、何故かいつの間にか魔道具の技術開発の話になったそうである。隣の芝生は青く見える。誰も直接口にはしないが、次第に豊かになっていくホーネス王国を妬んで起こった戦争とみているようだ。そして、約一年前の国境沿いでの大戦を経て周辺国との休戦協定が結ばれた。


「……だけど、半年前……。その大賢者様が極大魔法と呼ばれる魔法を使って別の世界から聖女様を召還したんだよ」


 ティコは説明を続けた。


「聖女を召還だと……」


 成る程、ここで出て来るのか……。


「聖女様は成人したての見目麗しい乙女で、どんな傷でもたちどころに治してしまうんだってよ」

「ふーん、それで」


 うん、それはちょっと見てみたい。


「それを周りの国々が休戦協定違反だと言い出して、今、一斉に周囲の国から攻め込まれているんだ」

「……」


 成程、異世界から連れ去られた聖女は戦争の火種になっているのか。だったら……。


「なあ、ティコ。その聖女とかいう奴が居なくなれば戦争は回避できると思うか」

「まあ、無理だろうね。聖女様なんて戦争を始めるきっかけに過ぎないよ。元から周囲の国とは仲が悪いんだ。一人いなくなったくらいじゃ戦争は終わらないよ」

「そっか……」


 何か色々と引っかかるところがあるが……まあ、そうだろう。もしかすると俺たちがこの世界へ派遣されたのは〝戦争を回避するため〟とも思っていたのだが違っていたのだろう。では、何のための奪還なのだろう……。うむ、よくわからない。



 右側に外壁とほぼ同じくらいの高さの石壁に覆われた一角が見えてきた。高さは五メートルほど、一抱えはある岩を積み上げ隙間をコンクリートの様なもので埋めてある。外壁ほどしっかりした造りではないがそれなりに防御力はありそうだ。しばらく歩くとアーチ状の石積みに鉄格子の門が見えてきた。

 門の前に革鎧を着た五人の兵士と青いロングコートの男二人が立っている。


 ――もしかして、また通行証を出さないといけないか? それともお金を払うのか?


 そう思っているとティコが前をスタスタ歩き、ポケットから木札の様なものを出してロングコートに見せた。ロングコートが一瞥して頷く。


「入ろうぜ、にいちゃん」

「うん。今の何?」

「あたいは手紙の配達もしてるから通行手形を持ってんだ」

「ふーん」


 俺たちは門をくぐった。


 何と言うか……普通だ。普通に西洋風な街並みの商店街だ。人も普通に歩いてる。色町と言うからにはもっと煌びやかな場所を想像していた……。

 特に派手な看板もなく道端には花も植えられている。ただ、あまり大判なガラスが無いせいだろう、どの建物にも大きくガラスの嵌った窓枠が設置されており中が覗けるようになっている。その中には品の良い椅子やテーブルが置かれているのが見て取れる。家具屋さん? とも思わなくはないのだが、今は昼前なので人が居ないだけだろう。色町と言うからにはそこに女性が座ってお客を待つシステムなのだ。しかし……。


「つまらん」


 期待してたのに。


「まあ、昼に来るところじゃねえからな。飯、食うんだろ。食べれるお店は奥の方にあるぜ」


 ティコはそう言うと急ぎ足で先に歩いて行った。


 酒瓶の並んだパブ・通常の飲食店に見えるスナック・豪華なソファーの並んだキャバレー風の飲食店もあるようだ。しかし、昼前のこの時間はどこも営業をしていない。通りの真ん中にはガス灯らしきも設置されている。避難してきた人たちだろうか、荷物を抱え噴水やベンチに腰掛け休んでいる。多くの革鎧の兵士たちも巡回している。これなら日本の繁華街の方がよっぽど刺激的だったな……。


 ティコはいきなり通りを曲がり路地裏へと入っていった。表通りとは違い一気にスラムな雰囲気になった。場末感が半端ない細い路地を歩き、一軒のお店の前に立ち止まった。


「ここの海鮮スープは絶品なんだぜ」


 ティコが元気よく店を指さし自慢気に言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る