第12話『神殿巡礼』
籠城戦とは城に立てこもり敵を迎え撃つ戦闘の形態である。ちなみにこの街で戦が始まると聞いて最初に思い浮かべたのはこれだったりする……。
「なあ、ティコ。籠城戦の何がまずいんだ」
「別にまずくはねえよ。でも、何の戦闘もせずにいきなり籠城戦をするってことはそれだけ戦力差があるって事なんだよ」
「それって、この街が危ないって事か」
「うん。多分、それを知って兵舎の奥さん連中が皆、逃げ出してたんだと思う……」
「この街の中に安全な場所は無いのか」
「一番安全なのはお城だろうけど、そこに行くのには貴族街の隔離壁とお城の城壁を通らないとたどり着けない。次に安全なのは色町かな」
「ん? あれ? 神殿は?」
「にーちゃん、すでに自分の設定忘れてるだろ」
ジト目でティコが言い放つ。
「な、何の事かなー?」
指摘に思わず目が泳ぐ。
「神殿で安全なのは神官だけだよ。神官は神に仕えているから国に属してないんだ。だから戦争で殺されることもないし、国を跨いだ巡礼ができるんじゃないか」
「ああ、そう、そうだった忘れてた、ハハハハ……」
俺、ティコには巡礼者って言っていた……。
「まったく、しっかりしてくれよ。まあ、いいけど。だから、あたいたち一般人が避難してもあんま意味ないんだよ。良い所って言えば救護の炊き出しにありつけるくらいかな」
「そっか……。それで、これからどうする」
「どうもしねえよ。家に隠れてじっとしてる方が安全だよ」
「そっか……。なあ、だったこれから神殿と色町の様子を見に行かないか」
「うん、いいけど……」
ティコはジト目のまま呆れたように返事した。
別に観光に行くんじゃない。これも情報収集の一環だ。生き残るために必要な事なのだ。
俺たちは日の出門近くの広場から北へと向けて歩き出した。
ティコの話によると、どうやらこの異世界ネムリアにおいて神殿とは様々な神に祈りをささげる場を指す言葉であるらしい。いろいろな宗派の神官が一つ所に集まり神殿と呼ばれる場所を形成しているようだ。日本でいえば寺町のようなものだろうか。通常は町の東側に形成され、その規模が街の大きさを表す一つの指標になっているらしい。そして、その中で最も多くの信仰を集めているのがアウケラス神。この世界の主神と呼ばれる神様だそうである。
「どこかで見たような……」
神殿と呼ばれる地域に通じる通りの中央に、雄々しく槍を振りかざす一つの石像が立っている。流れるような長髪にすらりと通った鼻筋。太い眉毛に鋭いまなざし。説明会の時に前でふんぞり返っていたもう一人の男にそっくりだ……。
「まさか、にーちゃん。アウケラス神まで知らないなんて言わないよな……」
ティコが呆れたように声を上げる。
「まさか、アウケラスだろ。知ってるよ、会ったことだってある。ハハハハ」
「はあ~」
何故かティコはため息をつき、さらに呆れたという表情をした。
それから、通りを進み神殿と呼ばれる地域に着いた。
「なんだ、これ?」
思わず声を上げた。
中央にアテナイのアクロポリス風の石の柱の神殿が建っており、その周りを取り囲むように木造の神社風の建物や教会風の建物が乱立している。この雑多感。しっとりと落ち着いた雰囲気のあるこの王都ルクリアーの中でも特に異彩を放っている。まるで、どこかの万博のミニチュア模型のような光景だな……。
そして、これまでの光景が嘘のように大勢の人が居る。それぞれの建物の中や軒下に敷物を敷き、荷物を抱えた人たちがいる。物凄い数の人がひしめいているのが見渡せる。恐らくこの一区画に数万の人が避難しているのだろう。
「これでは、まるで東京ビッグサイトの某イベントだよ……」
「とーきょーびっぐさいと?」
「ティコはまだ子供だから知らなくていいぞ」
「何だい、ちぇっ!」
ティコは頬を膨らませ横を向いてしまった。
いや、神殿なのでむしろ初もうでの混雑と言った方がよいのかも知れない。
「おっ、あっちの方では炊き出しやってる!」
焚火の上に置かれた大鍋の前に多くの人が並んでいるのを見つけ声を出してしまった。よく見るとあちこちの建物の前で同様の事をやっているようだ。どうやらこれでまともな朝食にありつけそうだ。
「言っとくけど、にーちゃんは並んだら駄目だかんな」
ティコは冷めた声で言い放つ。
「ん? どうして」
「どうしてって……」
ティコが呆れ返った声を上げた。
「炊き出しは宗教勧誘だからな。食べるんだったら改宗しないと駄目だかんな」
「ああ、そういう事」
タダより高い物はないという事か……。世知辛い。
「どうして、知らねーんだよ。にーちゃん一体どこの生まれだよ」
「ハハハ……」
と笑ってごまかしておく。
いや、そもそも見ず知らずの宗教の巡礼者という設定に無理がある。うちは宗教お断りなので俺は立派な無神論者だ。宗教ぽい事を何もしたことがないので、どうすればよいかすらわからない。
「結局、朝飯食いそびれちまったな……」
「ご飯食べたいなら色町の方がいいかもしんねえぞ」
「ん? そうなのか」
「あそこなら飲み屋や飯屋がいっぱいあるからな。まあ、どっか店も開いてんだろ」
ああ、スナックとかキャバクラとかがあるのかな?
「よし、行こう」
「あのな、ご飯食べに行くだけだかんな。遊びに行くんじゃねえからな」
「うん、わかった。すぐ行こう」
「本当にわかってんのかよ……」
俺たちは色町のある西へと向けて歩き出した。
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