第19話『大賢者』
「なあ、ティコ。それって場所はどこだか聞いているか」
「さあ、知らない」
まさか日本ってことは無いよな。日本じゃなくても地球であれば科学の知識があってもおかしくは無い。しかし、その大賢者という奴は明らかに異世界から聖女を呼び出す魔法を使っている。となると地球人の可能性は無いのか……。
「その大賢者の名前はどう言うんだ」
「名前? うーん、何だったかな? 前に聞いたんだけど聞きなれない名前だったからな……えーと」
「そうか……」
もし名前が分かれば日本人かどうかぐらいわかると思ったのだが……。
「ああ、そうだ思い出した! 〝アンラマンユ〟だよ、にーちゃん」
「!」
――日本人どころか、人間じゃあ無かった!
アンラ・マンユは確か古代ペルシャのゾロアスター教に出て来る邪神の名だったはず。別名はアーリマン。以前に読んだ小説で見た覚えがある。何故そんなものがこの世界にいる? ほ、本物なのか!
「なあ、ティコ。そのアンラマンユはどんな人物なんだ」
「うーん、長い黒髪で真っ白な肌の見目麗しい少女だって聞いたぞ。それで、色々な事を知っていて魔法で何でも作り出すそうだぜ」
「そうか……」
それだけでは本物かどうかはわからない。しかし、人でないとすれば実際に魔法が使える可能性は出て来る。単にその名を名乗っている可能性も捨てきれないが、邪神の名前とわかっていて名乗っているだけで超嫌な予感しかしてこない。そんな奴がまともな事をするはずがない。もしかすると、この戦争さえも……。だったら俺の取るべき行動は……。――あれ? おかしい。
そう言えば俺たちの仕事は聖女の奪還だ。邪神の討伐なんてどこにも書いていなかった。これは一体どういう事なのだろう……。
「もう眠いよ、にーちゃん。あたいはもう寝るぜ」
目をしばしばとさせながらティコは言った。
「ああ、俺もこれを飲んだら寝るよ。おやすみ」
「おやすみ、にーちゃん」
そう言い残しティコは自分の部屋へと帰っていった。
俺はカップを手に取りそれを
もし仮にそのアンラマンユとやらが元から地球の神様ならば、恐らく会社の連中は知っている。なにせ俺たちと同じように地球からこの世界へとやって来てるのだから。知っていて聖女の奪還だけが目的なのだ。
もしかして、アンラマンユも同じ会社の人間なのか? いや、それは無いだろう。同じ会社の人間ならば奪還などというような強引な手段はしないはず。
だけど、それだと俺たちのしてる事は期限切れのリース商品を強引に持ち帰る取り立て屋のようじゃないか……。
俺はカップを洗い竈の蓋を閉め隣の部屋へといった。シーツを整えてからベッドへ入り毛布を掛けた。
俺自身の目標は後三日を生き残る事……。だが、やはり嫌な予感がする。
ベッドサイドに手を伸ばしアイテムボックスパンドーラを引き寄せた。「リベレーション」そう唱えながら手を突っ込む。指先に引っかかったそれを取り出す。骨伝導式通信機リベレーション。
俺は猿の頭ほどある頭蓋骨の形をしたそれを首にかけた。邪魔になるけど仕方ない。一応、念のため……。
俺は毛布を頭から被り目をつぶった。そして、眠りについた。
――あ、暑い……。
あまりの暑さに目が覚めた。毛布の中を覗いてみる。やっぱり居た。ティコだ……。
お前な……。子供だから体温高いんだよ!
窓の隙間から外を覗く。まだ外は暗いようだ。一日の長さが二十時間ちょいくらいなので、すでに持ってきたスマホの時刻は当てにならない……。感じとしては四時くらいだろう。
横には小さな寝息を立てて眠るティコがいる。
――俺がここにいるのは後三日……。その後、こいつはどうするのだろう……。
「ん?」
外から何か聞こえる。
カンカンカンカンと高い音。ドンドンドンと低い音。金属をハンマーで叩くような音が聞こえてくる。
「おい、ティコ。起きろ」
俺はティコの体をゆすった。
「ん~~~。何だよ、にーちゃん……」
ぐずりながらティコが目覚める。
「外で音が聞こえる」
「音……? んー、これは……北の街道の関所の通信だよ……っは!」
ティコは慌てた様子でベッドから飛び起きて窓を開いた。
「どうした?」
「しっ! にーちゃん、静かに!」
音を聞きながらティコがつぶやく。
「三……万……接近……」
どうやら音の正体はモールス信号の類のようだ。いやトーキングドラムだろうか? 音の種類と間隔で内容を伝えているのだろう。
「どうしよう、にーちゃん! 三万の敵兵が接近中だ!」
いや、俺にどうしようとか言われても……。
「あ!」
突如ティコがそう言い残し走って部屋から出て行ってしまった。今度はどうしたというのだろう?
俺も後を追い部屋を出る。玄関の扉が開いている。ゆっくりと近づくと外にティコは立っていた。空を見上げるように佇んでいる。
北の空。王城の五本の塔がライトアップされている。その向こう側……。
空が赤いインクをこぼしたように染まっている。見たことがある。あれは火事だ。あの空の下で何かが盛大に燃えている。
「山向こうの北の関所にある砦だよ。きっと火を放たれたんだ……」
ティコがそう説明してくれた。
その時、俺の頭に『戦争』という言葉が浮かんだ。
戦いの足音があの山の向こう側に迫っている。今になってようやくそのことが実感出来た。
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