第10話『メロウのミルク』
「あ、俺の名前は
「おう、そっか。あんま聞いたことない名前だな」
「まあ、良く言われます……」
俺の名前もあまり一般的ではなかった。
「さて、そんじゃ、そろそろ汗もいっぱい掻いたし出るとすっか」
そう言うと建比良はスクリとベンチを立ち上がった。どこがとは言わないが……で、でかい!
「んじゃな。ま、がんばれや」
「ども……」
そう言い残し建比良は巨大な物をぶんぶんと振りながらサウナを出て行った。うん、あれだ、超やばい見た目と違い結構良い人そうだ。まともな人がいてよかった。これで、何とか少し状況が分かった。あれ? でもどうして俺は異世界に来てるんだっけ……? だくだくと汗が流れる。しまった! ここはサウナだった。考え込んでる場合じゃない!
俺は慌ててサウナを飛び出して湯舟のぬるま湯を頭から被った。ふう、危なく脱水症状になるところだった……。
俺は湯舟でしっかり汗を流してから脱衣所に行き体を拭いて服を着た。浴室の外、ティコと待ち合わせした待合室でベンチの上に横になった。
――ふう、もうヘトヘトだ……。久しぶりの仕事だというのにいきなり目いっぱい歩かされてサウナまで入ったのだ。仕方ない。泥のように体から疲れが滲み出してくる……。ね、眠い……。もう今日は動きたくない……。
「にーちゃん! にーちゃん!」
どこからかティコの声が聞こえる。
「んかっ!」
――いかん、そのまま眠っていた。
「もう、起きてくれよ」
目を開けるとティコが腰に手を当ててぷんすかと怒っていた。
「ああ、悪い悪い、ちょっと眠ってた……」
そう言いながら俺は口から垂れていたよだれを拭いた。一体どれくらいの時間眠っていたのだろう? 結構な時間寝ていた気がする。でも、ティコの体からは風呂上がりのようにぽかぽかと湯気が上がっている。まあ、いいか……。
「もう、しっかりしてくれよ。寝るんなら家に帰ってからにしてくれよ」
「ん、もういいのか、よし、帰るか」
「おう」
「ん? いや、ちょっと待て。ティコあれは何を売ってるんだ」
入ってきた時には気が付かなかったがカウンターの丁度真裏のテーブルで恰幅の良いおばさんがビールジョッキの様なものを売っているのが見えた。
「何だよにーちゃん。あれは風呂上りに飲むと健康になるって言うメロウのミルクだぜ」
「メロウのミルク? 牛乳か?」
「牛? って何だよ。家畜のメロウだよ。メロウ、メロウって鳴くやつだよ。知らねえのかよ」
「うん、知らない」
鳴き声からすると羊だろうか? コーヒー牛乳でないのは残念だが、ちょっと飲んでみようかな……。
「ティコも飲むか」
「おごってくれるなら飲むぜ」
俺はおばちゃんに近づきそのメロウとかいう謎生物のミルクを注文した。
「おばちゃん、ミルク二つくれ」
「あいよー」
おばちゃんはテーブルに置いた金属製の樽からジョッキへとミルクを注いだ。俺はお金を払いそれを受け取った。色は白色、水のようにさらさらしていて匂いはしない。一口飲んでみる。
――ああ、これはカルピスだ。カルピスに牛乳を足し水で割ったような少し酸味のある味がした。それにしても……。
「結構冷えてんだな……」
ジョッキの中のミルクはキンキンとはいかないまでも、冷蔵庫で冷やしたくらいに冷たくなっている。
「にーちゃんはよそから来たから知らねーだろうけど、この王国では保存の魔道具が普及してんだぜ」
ジョッキでぐびりとミルクを飲みながらティコが教えてくれた。
「保存の魔道具って何?」
「あの樽だよ。あれに魔法が掛けてあって中に入れておくと物が腐りにくくなるんだ」
「ふーん、冷蔵庫みたいなものか……」
「冷蔵庫ってのはわからないけど、何でも物が保存の状態になると温度が下がるらしいぜ。あたいにも理屈はよくわかんないけど……」
「ふーん、成程」
温度を下げて物を保存するのでなく、状態を保存にすると温度が下がるという事なのだろうか? 活性化を奪うとかいう感じなのだろう……。それにしても、あるんだなこの世界――魔法が。
俺たちはベンチでゆったりとくつろぎながらミルクを飲んだ。そして、ミルクを飲み終わりティコの家である兵舎へと戻ることにした。
公衆浴場の扉を開ける。――ん? 外が少し明るい……。
「何だあれ?」
街の北側。小高い丘の上に建つ五本の塔に明かりが灯っているのが見えた。
「ああ、あれはルクリアー王城だぜ。今年から光の魔道具でライトアップが始まったんだ」
「ライトアップだと……」
まるで日本のお城のようだ。
「ああ、そうだよ。魔道具はこのホーネス王国の特産品だからな」
「そうなんだ」
どうやら本当に魔道具とやらは普及しているようだ。
暗闇にぽっかりと浮かぶように照らし出された五本の塔のルクリアー城。もしかすると連れ出されたとされる聖女様もあそこにいるのかもしれない。まあ、今回の俺には関係ないことだが……。
俺たちは来た道をたどりティコの家へと帰っていった。
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