第9話『テルマエ』
建物の大きさは体育館ぐらいはある。屋根の上には近所の町工場のようにそれほど大きくない煙突がいくつも建って煙を吐きだしている。俺はスタスタと建物に入っていくティコに付いて中へと入った。
中へと入るといきなり目の前に仏頂面のおじさんがカウンターの向こう側へ座っていた。
「一人石貨三枚」
おじさんはそう一言だけ言って押し黙る。
俺はポケットから銅貨一枚を取り出しおじさんの目の前に置いた。
「二人分で」
お釣りを受け取りカウンターを越えた。
入ってすぐは男女共用の待合スペースになっているようだ。あちこちの柱にランプが据えられ暖かい光を放っている。病院の待合室のように長椅子が置かれ何組かの家族連れがくつろいでいるのが見えた。
部屋の奥へと進むと大きく▽と△のマークの付いた扉があった。
「これは……」
「にーちゃんは男だからこっちだぜ」
そう言ってティコは▽のマークを指さした。
「風呂上がったらここで待ってるからな」
「おう」
ティコはそう言い残すと△マークの扉を開けて中へと入っていった。俺は▽マークの扉に手をかけ押し開いた。
どうやらここは脱衣場のようだ。六畳ほどの室内に蔦で編まれた籠がたくさん置かれている。前にいたお腹の出たおじさんが素っ裸になり着衣を籠に詰めて、それを抱えて奥の扉を開き出て行った。――成程、そういう方式か……。
俺も真似をして籠を一つ手元に引き寄せてタオルと着替えを入れてから服を脱いだ。籠を抱え奥の扉を開いた。
カポーン! とは言ってない……。
広い室内に沢山の石の柱が立っている。部屋の隅に暖炉が焚かれ気温が高い。中央には噴水の設置された湯舟があり数人がその周りで体を洗っているようだ。湯舟に人が入る様子はない。皆そこから桶でお湯を汲みかけ湯しているようだ。石のベンチに腰かけているおじさん、寝そべっているおじさんも見える。
――うーむ、どうやらここにはお湯に浸かる風習は無い様子だ……。お風呂
俺は中央に設置された湯舟の元まで歩いた。お湯に手を付けてみる。――やっぱりだ……。
お湯がかなりぬるい。これでは湯に浸かっても体が冷めてしまうだろう。俺はその辺に置いてあった桶を手にして体にかけてみた。室内が温かいので冷たくはない。あれだ、お風呂と言うより温水プールだな……。ちょっと残念。
その時、湯舟の向こうにある扉が開き赤い顔でフラフラになったおっさんが出てきた。ゆらゆらと歩き湯舟のぬるま湯を掬い体にかけ始めた。あれは……。
俺は扉に近づき手をかけ少し開けてみた。
ブワッと熱気が噴出した。これは間違いない! 大人の社交場〝サウナ〟である! 大人になってから社交自体したことはないが……。
俺は早速、籠を抱えてサウナに突入した。
肌がちりちりと焼けるほどの暑さ。蒸気が籠っていて視界も悪い。しかし、それ以上に暑さでまともに目を開けていられない。中には数人の先客がいるようだ。
俺は棚状に並んで設置されたベンチへと腰かけた。
「あれ、どっかで見たことある奴と思ったら説明会に居た奴じゃんか」
――ん? 説明会? 俺は声の聞こえた後ろを振り向いた。
「うわ……」
背後にやばい奴が居た!
年齢は俺と同じくらいだろうか。髪は長髪の金髪。体格はよく引き締まった筋肉質。首には太い金のネックレス。右手は何もないが、左の腕にはごつい宝石の嵌った腕輪をしており三つも大きな指輪を付けている。髪にはレゲエミュージシャンのように細く紐を編み込んだ三つ編みが何本かあり先端に鈴が下がっている。右肩には鷹のマークのタトゥーが見えた!
「……ども」
絶対、武闘派のドヤンキーだ! 普段なら絶対こちらから話しかけない。目を合わせるのも駄目だ。でも、今、確か説明会って言ったよな……。
「も、もしかしてワールドアドベンチャーの人ですか……」
しまった! 同い年くらいなのについ敬語で話しかけてしまった。
「ああ、社員じゃなくてたまに仕事受けてる関係だけどな」
――な、関係者!
「なあ、これってどうなってんだよ! 何で俺、異世界来てんだよ!」
またしてもやってしまった! 思わず頭に血が上り怒鳴ってしまった。まずい……。
「ん? ああ、成程。おめえ採用試験だったのか」
ヤンキーは別に気にした風もなく答える。
「採用試験?」
「ああ、最近じゃ口先ばっかで度胸もねえ奴が多いからよ。いきなり現地に放り込んで、実際働けるかどうか見るようにしたって言ってたな」
「いったい誰がそんな事……」
「天野さんだろ」
「天野さん?」
「
「あ……」
あの、おっぱいお姉さんかー!
「……な、なんてことをしやがる……」
「でも、おめえ。ちゃんと街までたどり着けてるじゃねーか」
「そ、そんなの少しくらい説明してくれても……」
「こんなの説明なんて受けてもわかんねーべ。実際現地に来てどれだけ動けるか見ねーと」
「確かに……」
いや! 確かにじゃない! 一体何てことしてくれてんだ!
「……そ、それでもちょっとくらい説明してくれても……」
「だったら聞けばいいじゃねーか。通信機持ってきてんだろ」
あの頭蓋骨の通信機は今ウエストバックに収めている。でも……。
「でも、聞いたとしてもはたして説明してくれるかな……」
「はあ? 何言ってんだ? おめえいったい誰とパートナー組んでんだ」
「名前は知らない。若くて口の悪い奴」
「ぎゃははは!」
ヤンキーが腹を抱えて笑い始めた。笑いながらバシバシと背中を叩いて来る。痛いって!
「ああ、そりゃ、
「稲田姫?」
「稲田が名字で姫が名前だ。あいつは仕事できるけど男には態度があれだからな、今まで誰も決まったパートナーがいなかったんだ。丁度いいじゃねえか」
「全然よくない。状況が全然わからない」
「まあ、気にすんな。どうせ今回は誰もおめえを当てにしてねえからよ」
「なっ……」
「だから言ったろ。おめえは採用試験だから五日後まで生き残ればいいじゃね。なんか仕事があれば指示があんだろ」
「いいのかよ、そんなので……」
「いいんじゃね。どうせ状況わかんねーべ。それに今回はオッサン来てるからよ。やる事はねえよ」
「オッサン?」
「居たろ説明会時に。筋肉達磨のオッサンが。名前は
確かに一人だけ質問しているゴツイおじさんが居た。多分あの人の事だろう。でも、本当にそんな事で良いのだろうか……。と言っても指示がなければ何をすればよいかもわからないか。
「おう、それと、オレっちの名前は
建比良鳥と名乗ったそのヤンキーは、元気よく自分の顔の方を親指で指しニカリとほほ笑んだ。
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