第8話『港の様子』


 扉を越え家の中へと入ると、そこはいきなり土間のキッチンだった。薄暗い室内に煉瓦で作られたかまど、大きな水がめ、広いテーブルが微かに見える。


 ティコは扉のすぐ横に積んである藁束を一掴みし、それを竈に放り込み火打石のような道具で火をつけた。ポッと室内に明かりが灯る。


「ちょっとそこの椅子に座っててくれよ。お茶入れるからさ」


 ティコは竈に火をおこしながらそう言った。俺はテーブルの椅子を引き腰かけた。

 竈には鍋とフライパン。テーブルにはいくつかのコップとお皿。部屋の隅にはティコの服らしいのもが干してある。他にはあまり物は見当たらない。実に質素な生活をしているようだ。


「なあ、ティコ。お前はここで一人で暮らしてるのか」

「ああ、そうだよ」

「寂しくはないのか」

「うーん、昔からこうだったからなー。別にどうって事ないぜ。それに、ここの皆は孤児院に行けって言うけど、孤児院に入っちゃうと港やここの人たちの仕事を受けられなくなるからな」

「ん? 仕事?」

「そうだよ、補償金だけだと生活苦しいからさ、お使いとか手紙の配達をして稼いでるんだよ。今日もにーちゃんに出会ったのは配達の後だったぜ」

「え、えらいんだな……」

「馬鹿だな、にーちゃん。ちゃんと働かないと良い生活は出来ないんだぜ」

「へ、へえ~……」


 ――はい、今まで仕事をしていなかったのは俺です……。今はちゃんと仕事してるけどな! 知らない間に異世界来てるけどな!


「ほい」


 ティコは大きなジョッキの器になみなみと注いだお茶を差し出した。


「あんがと」


 一口飲んでみる。お茶……?

 味は玄米茶に近い気がする。わずかにとろみがついていてやや塩味を感じる。


「これ何のお茶?」

「米茶だよ。にーちゃんの国では飲まないのかよ。炒った米を潰して茶葉と一緒に沸かすんだ」

「へえー」


 ――あるんだお米……。


 玄米茶と言うよりお茶粥に近いのかもしれない。俺は両手でジョッキを抱えそれを味わった。焦げたお米の香りが香ばしい。どことなく懐かしい味がした。そう言えば最近はカップ麺と即席麵ばかり食べてご飯を食べていなかった気がする……。



「そんで、にーちゃんはこれからどうすんだ。もう寝るか」

「ん? ティコはいつもこの時間は何してる」

「うーん、いつもならまだ料理の支度してる時間かな。あとは港の酒場の手伝いしたり……。他は港で夜釣りかな。うーん、それ以外だとお風呂に行くこともあるかな……」

「それだ!」


 そうだよ旅と言えばお風呂だよ。日本人なら欠かせない。何か足りないと思ってた。


「よし、一緒にお風呂に行こう!」

「にししし、にーちゃん期待させて悪いけどよ。ここのお風呂は男女別だぜ」


 ティコが嫌らしい笑顔を浮かべる。


「え? 期待? 何に?」

「ん? あたいは女だよ。裸、見れなくて残念だな」

「はあ? いや全然。馬鹿言ってないで早く行こうぜ、金は出してやるから」

「あっそ、ふんっ」


 そう言ってティコは頬を膨らました。

 ――あれ? 俺は何かこいつを怒らすことを言っただろうか? まあ、良いか今はお風呂が先だ!



 俺は荷物であるスポーツバッグを隣室に置かしてもらい、タオルと着替えと例のウエストバッグ:アイテムボックスパンドーラだけ持って外へ出た。


 碌に明かりの無いこの街の空には満天の星が広がっていた。いや、満天すぎる……。見える星の数も明るさも倍以上違っている。星明りだけで前を歩くティコの姿がうっすらと見えている。わかってはいたがどうやらここは地球とは別の星のようだと実感した。


 兵舎の並ぶ通りを抜けて海沿いの道を歩く。浜の様子は日本に似ているのだろう。まあ、あまり浜に行ったことがないので想像だが……。壊れて捨てられた木造船に、魚を干す物干し台。太いロープに漁網。木でできた桟橋。ごくありふれた港町の光景だ。だけど……、桟橋にほとんど船が繋がれていないのはやはり変か……。すでに避難でもしたのだろうか。


 暗い夜道をしばらく歩くと大きな建物に明かりが灯っているのが見えてきた。高い木の柱に屋根が乗っている。建物の大きさと構造が駅のホームを思わせる。沢山の木箱が積んであるところを見ると魚河岸というところだろう。ランプの明かりの下でエプロンをかけた数人の男たちがブラシをもって床を磨いているのが見えた。


「まだ仕事してんだな」

「何言ってんだい、にーちゃん。いつもならもっと活気があって、この時間だと酒盛りとかしてるんだぜ」

「そっか……」


 それはそれで仕事とはちょっと違う。



 建物を通り過ぎ大通りに出た。通りには石造りの立派な建物が並んでいる。その建物の向こう側。背の高い石の堤防がありそのさらに向こうに大きな帆船のマストが見えている。その堤防の登り口で焚火を囲み槍を持った兵士がたむろっているのが見えた。――何だろう?


「にーちゃん、あれは王様の船だよ。あんまじろじろ見てっと捕まるぜ」

「そうか、先を急ごう」


 見ているだけでしょっ引かれるなんて嫌な国だな……。


 俺は急ぎ足でティコについて大通りを歩いた。

 通りの店はやはり明かりを落とし閉まっている。わずかに一軒だけ煌々と明かりを灯し開店しているお店があった。どうやら飲み屋のようだ。お店に入りきれないお客がジョッキを片手に店の前の地面に座りお酒を飲んでクダを巻いている。それをあまり近づかないように横目に見ながら歩いていると、通りの先に見えてきた……。


 四角い石造りの大きな建物。屋根に沢山の煙突が建ち白い煙を上げている。多分これがお目当ての風呂屋だろう。

 ティコはスタスタと先を歩き建物の扉を開けて中へと入っていった。

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