第7話『兵舎へ向かう』


「なあ、にーちゃん。物は相談なんだが……。そろそろ宿を探すのをあきらめて、ウチに泊まらねーか」


 ティコは呆れたように声を上げた。


「そうだな……」


 それに落ち込んだ声で俺は答える。


 食事を終えた俺はティコに案内してもらっておすすめの宿にやって来た。しかし、教えてもらった宿はどこも固く戸を閉ざし、休業中だったのだ。ぶらぶらと日の出門の近くまで歩き、ようやく見つけた宿は足止めを食らった行商人たちでごった返していた。


 宿代はほぼ通常料金の銅貨三枚。これで、他の行商人たちとロビーの床に雑魚寝になるらしい。皆が椅子やテーブルをどかし床に敷物を敷いて寝床を確保している様は、どこぞの避難所を想像させる。これで金を取るとは、まったくぼったくりすぎだ……。ここはティコの提案に乗るのが正解だろう。


「お願いできるかティコ」

「おう、任せときな。でも、お金は取るからな。銅貨一枚だ」


 俺はポケットに手を突っ込み、飯屋で受け取ったお釣りの中から銅貨一枚を取り出し手渡した。


「まいどあり。にししし」


 ティコは嫌らしい顔でほほ笑んだ。



 ティコの家は港の近くの一般兵士の宿舎にあるらしい。俺たちは日の暮れてすっかり暗くなってしまった王都ルクリアーの街を歩いた。


 街並みはひっそりと静まり返っている。冷たく乾いた石畳。窓からこぼれるランプの明かり。時折、通りの向こうに家路を急ぐ人だろうか……が見受けられる。所々の家の前には主を迎えるためらしいランプの明かりが掲げられ温かいともしびを輝かせている。


 こうしてみるとやはり日本とはずいぶんと違う。しみじみと外国に来たのだなと実感した。いや、異世界だった……。


「でも人、少ないんだよな……」


 俺は歩きながら思わず呟いた。


「何、言ってだい、にーちゃん。これから戦争がおっぱじまるって言うのに」

「え? でも、これから隣国に攻め込むんだろ。だったら別にそんなに厳戒態勢にしなくても良いんじゃないか」

「はーーーー。それ誰から聞いたんだよ……」


 呆れたようにティコが言う。


「うーん、確か日の入り門のところで出会った爺さんだったかな」

「それって多分王宮の人間だよ。大方、不審者の監視でもしてたんだろ」


 うーん、確かにあんな厳つい漢達の居る場所に一人でいる爺さんは不自然だったかもしれない……。


「でも、それだったらどうだって言うんだ」

「だから、攻め込むじゃなくて、今、こっちが攻められてるんだよ」

「え? どういうこと!」


 思わず声を荒げてしまった。


「だ・か・ら、今この国は周辺の国々から一斉に攻め込まれてるんだよ」

「え?」


 ――えー! それって、どういう……。もしかして俺、騙された? いや、ふらりとやってきた不審者に本当の事を教える訳はないのか。そう言えばティコは街の人間が避難していると言っていたな……。


「にーちゃんは何も知らねーんだな……。日の入り門から入ってきたんだろ。兵士がいっぱい集まってるの見たろ。もう隣の街まで敵が来てるらしいから、あと数日の内にこの街でも戦争がはじまるんだよ」

「嘘、だろ……」


 この街で戦争が始まる? どうやら俺はとんでもない所に来てしまったみたいだ。


「でも、心配しなくても大丈夫だよ。兵士もいっぱい集まってきてるし、この街には立派な街壁があるんだから」

「そうか……」


 しかし、どおりで街の様子に違和感があるわけだ。逃げられる方法のある人は逃げた後だから人が少ない。もっと事前に情報をくれよ。一体あの会社は何を考えているのか。あと五日間……。はたして俺は生き延びることはできるだろうか。


「どうしたんだい、にーちゃん。今にも死にそうな顔して」

「ティコは平気なのか。戦争始まるんだろ」

「なーに、この国じゃ戦争なんて当たり前だよ。それに言ったろ、あたいの親父は兵士だったんだぜ。家にいるときはいつも戦の話ばかりだったぜ」

「……」


 こんな子供までもが普通に戦争とか言っている。一体この世界はどうなっているのだろう。



 低い石壁を超えると地面が石畳からまた砂利の道に戻った。すぐに兵士の宿舎らしき建物が見えてきた。木造平屋、二棟続きの同じ形の家が何十軒も並んで建っている。街の南東に位置するこの建物は既婚者の一般兵士に与えられる建物であるらしい。建物の大きさからすると2LKくらいの間取りだろうか。柱に板壁、窓はガラスでなく木戸で閉じてある。どの家の前にも小さな庭があり木の柱にロープが張られ物干し台になっているようだ。わずかに数軒の家から明かりが漏れているが、辺りに人気は無く静寂に包まれている。


「人、全然居ないじゃないか」

「まあ、実家のある奥さん連中は皆、実家に帰っちまったからな」

「……」


 多分、この街で一番正確な情報に通じているであろう兵士の家族までもが避難をしている……。これってまずくないだろうか?


 しかし、ティコは釣り竿と称する木の棒を掲げたままスタスタと元気よく暗い夜道を進んでいった。


 ティコの家は町の南端の浜のほど近くに建っていた。浜には修理中の小さな漁船が幾艘も並んで置かれているのが見えた。

 同じ造りの家の中でもひときわ古そうに見える建物。続きの家は空き家のようだ。ティコは手慣れた手つきで首から下げた鍵を差し込み扉の錠を外した。


「おう、狭い所だけどにーちゃん。入ってくれ」


 そう言ってティコは明かりも無い暗い家へと入っていった。

 何だか近所のおじさんみたいな言いぐさだな。そう思いながらも俺はティコに続いて家へと入っていった。

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