第3話『遭遇謎生物』


 俺は草原に座り込み打ちひしがれた。


「帰りたい……」


 開始十五分目の感想である。

 しかし、このまま待っていても何も起こらない。俺は顔を上げ前を向いて歩き出す決意をした。


 ――そう、最初の一歩を!


 愛用のグレーのパーカーのフードを目深にかぶり、首から髑髏のネックレスを下げ、腰にチープなウエストバッグ。下はワークショップで買ったカーキの作業ズボン。靴は黒のスリッポンの安全靴。背にはスポーツメーカーの派手なボストンバッグ。正直、相当駄目な格好だ……自覚はある。

 こんな事になるつもりではなかったので全然意識してなかった。いや、言い訳をさせて貰えば書類にラフな格好でと書いてあったので俺の所為ではない。


 俺は周囲を見渡した。背後は草原が途切れ森が迫っている。正面はなだらかな下りが続き、海へと向かっている。右手側は少し歩くと森に着く。左手側は小高い丘になっていて、上に上がれば見晴らしがよさそうだ。よし、取り敢えず左の丘へ登ってみるとしよう。


 正直言って不安だらけだが、それでも家に引き籠っているのとは違い、今の俺は少しワクワクしている。これは今まで自分の知らない奇妙な感覚だ。


 草の茂りの少ない場所を選んで歩き、丘を登る。次第に周囲の地形が見えてきた。どうやらここはこの丘を中心に森を切り開いた場所の様だ。森に囲われた草原が広がっている。所々に大きな岩が転がっている。丘の麓の方に左右に走る小道が見える。


「あ!」


 左手側の森の向こうに僅かに建物らしき物が覗いている。どうやらあちらが王都の方角のようだ。


 さらに草原の端の方へ牛のような生き物が草を食んでいるのを見つけた。――ここは牧場のようだな……。

 そうするとあれは乳牛なのかな? しかし、縮尺がおかしいような気がするが……。サイズが大きい。いや、サイズが大きすぎる。角も鼻の上に一本足して三本あるようにも見える。牛と言うよりサイ? 体長五メートル位の角が三本あるサイのような謎生物。果たして乳は絞れるのだろうか? 絞った乳はサイ乳なのだろうか?


 ――うん、気付かれないように気を付けよう。俺はそっと足音を忍ばせて、草むらに隠れるようにしながら麓の方へと進んだ。


 視界の範囲に謎生物は三匹いる。草を熱心に食んでいる様子から草食動物と思われる。全身が茶色の毛で覆われ体つきは牛に似ている。頭は牛にしては大きく頭から横に張り出した左右の角と鼻の上に大きな角がある。


 ――よし、こいつを犀牛さいうしと名付けよう! あっ! やばい目が合った!

 俺は慌てて草むらの陰に身を隠した。

 そっと草葉の陰から覗いてみる。――ほっ……。どうやらこちらに興味はなさそうだ。俺は身をかがめそっとその場を離れた。



「ふう、一安心だ……」


 俺は草原の中をひたすら歩き、何とか無事麓の小道まで辿り着いた。


 それにしても、ここから王都までは距離にして五~六キロはあるように見えていた。てくてく歩くのはちょっとしんどい。この道はバスは通らないのかな? お金は確か書類のアイテム欄に銀貨五枚支給と書いてあった。どれくらいの価値があるか判らないがバスくらいには乗れるだろう。

 だけど、この道幅ではバスは無いかな。丁度、車一台分の幅の土の道だ。そして、道の向こうは崖になっている。その向こうには大海原が広がっていて、下から吹き付けて来る潮風が心地よい。


 ――ん? 地震? 微妙に地面が揺れている。いや、何か異様な音も聞こえて来る。俺は恐る恐る振り返る。


「ぴぎゃー!」


 変な声出た! 犀牛が突進して来る! しまった、丁度、風上に立ってしまったので臭いで気づかれた! 

 俺は一目散に駆け出した。土の小道を王都へ向けて全力で疾走する。

 しかし、犀牛はドンドンと近づいて来る!

 こっちはもう息が上がっている。速度が違う! これでは絶対逃げ切れない!

 ドンドンと言う足音が近づいて来る! 


〝ブイモーーーー!〟鳴き声がすぐ背後で聞こえた!


 ――ひっ! もう駄目!


 その時、俺は意を決した。右手をアイテムボックスパンドーラへと突っ込み声を上げた。書類に書いてあったアイテム名――。


「出でよ! 聖剣エクスカリバー!」


 右手で掴んだそれを俺は必死にパンドーラから引き出した!


 しかし、出てきたそれは新聞紙だった。某有名新聞社の新聞紙を丸めてセロファンテープで止めたものだった……。


「……」


 ――ねえ、バカなの? 死ぬの? いや、死ぬのは俺かー!


 犀牛の荒い鼻息がすぐ背後から聞こえてきた!

 俺は涙を流しながら背後に向けてその新聞紙を振った。


 瞬間! 轟音が響き渡る。

 新聞紙の先端から眩い光が飛び出して、背後に迫る犀牛を両断したのだった。



「えーと……」


 状況はよく理解できない……。

 地面がまだプスプスと音を立てて燻っている。


「ふーん、権能は使えるのね。和久田さんにスカウトされた理由はそれね」


 首から下げた髑髏から若い女性の声が聞こえる。この声は先程の俺に〝死ね〟と言ったサポート課の女性の声だ。


「どういう事……」

「それは伝説の聖剣エクスカリバーの力だけを移した〝形代かたしろ〟と言う物よ」

「形代? 何故そんな……」

「本物は持ち出せないでしょ、だから力だけ移し替えたの。所謂レプリカよ」

「いや、そうでなく、何故それを新聞紙に移し替えたかを激しく聞きたい!」

「考えてもごらんなさい、もし街中で本物の剣を持った人を見かけたら貴方はどうする」


 俺は間髪入れずに答えた。


「警察に通報する」

「だったら新聞紙を丸めて持ってる人が居たら」

「危ないから近づかない」

「ほら」

「……」


 ――ほら、と言われても……納得できない。もう少しまともな物は無かったのか?


「貴方、権能も使えるようだしもう私のサポートは要らないわね。ここからは一人で頑張りなさい」


 そう言い残すとプツリと音声は途切れた。


「……」


 ――いや、仕事しろ! と言うかここまでも何一つサポートは受けてはいない。ただ単に罵倒を受けただけである。それよりも、もし俺がその権能とやらを使えなかったら、どうなってたと思ってた。それに……。


 目の前に転がる頭から両断された犀牛の死骸。


「どうするんだよ、これ!」

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