第2話『リベレーション』


 ――俺は一体、何をどう間違ったというのだろう……。ちょっと整理してみよう。俺は慌ててポケットの中の書類を取り出した。


『聖女マルイット奪還作戦:異世界イルバースから強引に連れ出された聖女を奪還せよ。依頼主:主神イルバリス』

『聖女マルイットは異世界ネムリアのホーネス王国の王城に召喚された。探し出して連れ帰れ』

『ネムリアの主神アウケラスの承認済み』

『期限は百二十時間。達成成功報酬十万円』

『免責事項……云々……』


 うん、良かった、俺が間違えた訳では無いようだ……。


 ――いや、違うだろ! とはいえ仕事の内容としては奪還の依頼なのだからこれで間違いでは無いようだ。あれ? どこが間違ってるんだろう?


「うーん……」


 俺は草原にしゃがみ込み頭を抱えた。


 ――ああ、そうだ、何故ここに俺が居るかわからないのだ! いや、居る理由は俺が仕事を受けたからなのだが……。ああ、そうだ……。


「これ、ゲームじゃないの!」


 その声は吹き付ける穏やかな風に乗り、広い草原へと響き渡った。


 足元に揺れる草の感触。肩に食い込む荷物の重み。穏やかな日差しを肌で受け、吹き付ける風が頬を撫でる。紛う事なきリアルな感覚――。

 もし、仮にこれがヴァーチャルリアリティーと言うのなら全く現実と変わらない。物を食べれば味がするだろうし、歩けば疲れる。怪我をすれば痛いだろうし、死ねば……。俺は思わず喉を鳴らした。冷汗が頬を伝う。


 俺は地面に体育座りで座り込み頭を抱えて考えた。なにも思いつかなかった。取り敢えず、何か口にしよう。そう思い持ってきたボストンバッグを開けて、ディスカウントショップで買ってきた六十四円のコンソメ味のポテトチップスと四十五円の緑茶のペットボトルを取り出した。そうして、秘技である四枚重ねと絶技であるアヒル食いを交互に繰り出して食べきった。


 ――さて、異世界も堪能したし、帰るとするか……。


「……って、どうやって帰ればいいんだよ!」


 あー、どうしよっかなー。

 その時、ふとある事を思い出した。

 大きなオッパイ。揺れるオッパイ。いや、違う――「わからない事があれば連絡をくれればウチのサポート課が全力で支援してくれるから、から、から……」――。


「それだぁ!」


 俺はスマホを取り出した。当然のごとく電波は無い。どうしよう? そう言えば、書類に……。次にもう一枚の書類を取り出した。


『装備品――通信機リベレーション:骨伝導式通信機。リアルタイムでの通信が可能』とある。どこにある?


 そういえば出発前に安っぽいウエストバッグを渡された。慌ててボストンバッグからウエストバッグを引っ張り出した。

 いかにも百均でいつまでも売れ残っていそうなチープなバッグ。ファスナーも少し壊れている。金具を摘まんでこじ開ける。そこには……。


 黒々とした空間が広がっていた。覗き込んでも底が見えない。こんなに小さなバッグなのに……。どういう事? 俺はもう一度書類に目を通した。


『装備品――アイテムボックスパンドーラ:収納無限のアイテムボックス。生物は入らない』


 ――ほー、成る程成る程、これが噂に名高いアイテムボックスという奴か……。


 何かもう色々突っ込みたい所はスルーして、早く通信機を取り出さなくては。

 逆さにして振ってみた。出てこない。


「通信機リベレーション出でよ!」


 叫んでみた。それでも、出てくる気配は無い。


 ――やっぱりあれか! 猫型ロボットの様に手を突っ込んで……。やりたくない……やりたくは無いが仕方ない!


「えい、ままよ!」


 俺は意を決しウエストバッグに手を突っ込んだ。


 ずぶずぶと手が中へと入って行く。腕を外へと弾き出そうと抵抗する感触がある。背筋がぞわぞわする! それでも無理やり手を突っ込んだ。肘を通り過ぎ肩までも……。


 ――あれ? あれ? 何もない? どうして? 


「通信機はどこへあるんだよ!」


 思わず発したその声と同時に指先に何か引っかかった。俺は急いで摘まみ引っ張り出した!


「チャッチャラー! リベレーション!」


 出てきたそれはネックレスだった。先端にサルの頭ほどある髑髏のついたネックレスだった。


「……」


 ふざけてる。何が骨伝導式だ、これはただの頭蓋骨だ。


 しかし、これはどう使うのだろう。スイッチらしきは見当たらない。可動部分は顎だけの様だ。顎を下へと引いてみる。〝カチッ〟と小さく音がした。


「もしもし! もしもし!」


 俺は大きな声を出し呼び――。


「うっさい! 大声出すな!」


 若い女性の声に怒られた。


「あ、あの! 美空井です! 助けてください!」

「ゲンザイコノデンワハ、シヨウサレテオリマセン。バンゴウヲオタシカメノウエ、オカケナオシクダサイ」

「いやいやいやいや、今、あんた『うっさい!』て言ったよね。それにこれ電話じゃねーし。番号ねーし」

「チッ! なによ」


 ――思いっきり舌打ちしやがった。何でそんなに不機嫌なんだよ。


「そちらサポート課ですよね。助けてください」

「だから、なによ」

「いや、今、絶対聞いてましたよね。助けてください」

「だから、何からよ」

「帰してください、俺をそっちの世界へ」


「だったら、死ね!」


「へ……」


 今こいつ、死ねって言った……。可愛い声してるのに。


「死んだら即、退場」

「……」


 確かにそれは聞いてたけれど……。普通は人に言う言葉じゃない。


「……も、もっと他の方法を……」

「だったら五日待ちなさい」

「……」

「それが嫌なら聖女を救え」

「……な、何か別の方法を……」

「無い」


 プツリと音を立てて通信は切れた。


 ――俺にどう、しろと……。

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