第九話

翌日、俺とアーサーはゴブリンが現れた森に来ていた。アンとルディにはついてこないようにお願いして来た。アーサーと行動を共にすると必ず何かが起こるからだ。

 今までで一番肝が冷えたのは魔王に認定された竜王に出くわしてしまった時だろう。あの時は生きた心地がしなかったな。良く生き残れたもんだ。しかもアーサー自身は人を奥に探索に向かわせといて最後まで助けに現れなかった。あの時は精魂尽き果てていて何も思わなかったが、今思うと今更ながら復讐してやりたくなってくる。

まぁ、俺の力じゃあこいつに向かって行っても返り討ちに遭うだけだから出来ないが。


「レオナルド、連れて来てもらったけど言ってた通りただの森だね。本当にゴブリンがここに溢れかえっていたのかい?」

「あぁ、言った通りだろう。それにゴブリンがいたのも本当だ。嘘ついてどうする。」


「まぁそれもそうだね。それで相手はどうやってここにゴブリンを引き連れてこれたのかな?君ならもうタネも仕掛けも分かっているんだろう。」

「おいおい、俺を魔術師か何かと勘違いしているんじゃないか?そんな芸当ができるとお思いですか。?アーサー様。」


「つれないことを言わないでくれよ。」

「それじゃ手伝ってやる代わりに俺の頼みを聞いてくれないか?」


「僕に出来る事なら協力するけど無茶はさせないでくれよ。これでも色々と体裁があるんだからね。あまり恥ずかしい事は出来ないよ。」

「お前は俺がそんなに酷いことをさせると思っているのか?」


「いや、そんな事はないと信じたいけどね。以前部下の前で川に突き落とされた事があってね。あの時は大変な目にあったよ。あれは誰にやられたんだっけかな?」

「それはお前が俺を竜の巣に突っ込ませたのが悪い。お互い様だ。」


以前竜王と戦わされた腹いせにアーサーを結構大きな川に投げ込んだ事があった。後で分かったのだがアーサーは泳げなかったらしい。こいつの唯一の弱点と言っていいだろう。もしこいつと戦うことになったら俺は海上で戦うと決めている。この場合も帝国の船で来られたら俺が準備できるどんな船よりも巨大であろうからそれを決行することもないだろうが。


「それでお願いってなんだい?」

「昨日一緒にいたアンの事なんだがあいつに剣を教えてやってほしい。基本的なところだけでも良いんだ。」


「えっ、そんな事で良いのかい。君は根に持つタイプだからてっきり竜王の片割れを倒してこいとか言われるかと思ったよ。」

「それもやってくれるなら付け足すが。あれはお前でも簡単にはいかないぞ。俺じゃあどうやっても倒せん。」


「いや、アンさんの修行に付き合わせてもらうよ。でもそんな事で良いなら僕がわざわざ見なくても君が教えれば良いんじゃないかな?」

「アンからも言われたが、俺の剣は所詮田舎剣術。いや剣術というのもおこがましい我流だからな。理論立てて剣を振ってるわけじゃないから人に伝えるのが酷く難しいんだ。」


「うーん、僕から見れば君の剣も十分剣技として完成していると思うけど、君がそういうなら僕が帝国の騎士団の一般的な型をアンさんに教えることにするよ。」

「それで頼む。それでここにはどれくらいいられるんだ?そんなに長くは滞在できないだろう?」


俺の言葉にアーサーは少しいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「それはこの件がどれくらい掛かるかによるよ。長引けばすぐ帰らなければならないし、君が協力してくれて早く解決すればそれだけ余裕を持ってアンさんの修行に付き合えるからね。まぁどちらにしても一週間くらいはいられると思うよ。」

「はいはい、精一杯英雄様のお手伝いをさせて貰いますよ。」


俺は魔法触媒になるヤギの血肉やイモリの黒焼き、毒蛇から抜き取った体液などを混ぜた物を以前転移魔法が展開されて来た辺りに間隔を空けて置いていった。


「君がどうしてそういうことを知っているのかいつも不思議に思うよ。理由は聞かないけどね。」


アーサーは話してくれても良いんだよ、とでも言いたげな顔をしている。もちろん俺は話す気などない。


俺は黙々と準備を進め転移魔法の呪文を唱えた。


「彼方より来訪を望む異邦者を此方へと導きたまえ。《転移ゲート》」

呪文を唱えると俺の正面一帯にうっすらと白い霧のようなモヤが現れた。俺は一歩前へ進み霧の中に入っていき、向こう側を確認しアーサーに呼びかけた。アーサーには霧の中に俺が消えたように見えているはずだ。すぐに姿が見えなくなったのに声は聞こえるという奇妙な光景に思っているだろう。


「取り敢えず以前ゴブリンを操っていた女がいた洞窟には繋がったぞ。」

「本当かい。流石だねレオナルド。君がいてくれて助かったよ。」

アーサーはなんの疑いもせず霧の中を俺の後を追って進んできた。すぐに周りの景色が変わった事に少しは驚いていたようだ。


「へぇ、中はこういう風になっているのか。やっぱり魔法は凄いもんだね。僕も使ってみたいんだけどなぁ。」

「お前が魔法も使えたら世界も滅ぼせるだろうよ。」

「僕なんかじゃあ力不足だろうよ。」

全く、謙遜が過ぎるぞアーサー。少なくとも俺よりは十分可能性がある。


「それで来たは良いが。もうあいつもここにはいないだろうよ。一度俺に侵入されているからな。」

「それはしょうがないね。せめて手配犯の痕跡とかが見つかれば御の字さ。十年以上も帝国から逃げてるみたいだし捕まえられなくても特に問題はないよ。」


「アーサー、お前捕まえる気あんのかよ。」

「それはイエスと答えておくよ。」

「何がイエスだ。やる気がないなら最初から俺を呼ぶな。」

「まぁまぁ、実際こっちに来る時は休暇のつもりで一人になりたくて部下達も置いて来たんだけど、君がいると分かってからはそれなりの成果が出せそうな気がして来たんだよね。何か持ち帰る事ができれば宰相から小言も言われなくて済むしね。」


俺のせいでやる気出たとか迷惑なんだけど。俺のどこにやる気が出る要素があんだよ。巻き込まないでくれ。こちとら一介の冒険者風情だぞ。


「取り敢えず探すだけ探しますか。俺は左の道から見てくるからアーサーはそっち側を頼むよ。取り敢えず一通り見てくるからまた此処にいてくれよ。それといないとは思うがゴブリンに気を付けろよ。」

「あぁ、分かった。ゴブリンかいてくれた方が助かるよ。耳でも持って帰ればそれで良いわけが立つよ。」


そんなんで良いなら帰りの道中の森にでも寄って行けよ。

全くとんだ迷惑だよ。だがまだ俺は今回酷い目にあっていない。今回こそは俺もアーサーの呪縛から解き放たれ安全に同行を終える事が出来るのだろうか。

そんな事を考えながら進んでいると以前女がいた部屋の所まで来ていた。


「此処で装身具の一つでも置いてれば万々歳だな。」

俺は抵抗もせず開いていくドアの先に、もういるはずのないあの女が呪文を詠唱してる姿が見えた。


「紅蓮の炎をもって我が怨敵を虚無の彼方へと還したまえ。《業火ブレイズ》」


俺は目の前に現れた巨大な火の玉を前に驚く事も恐れる事もなく、ただただアーサーの呪縛から解放されていなかった事をしみじみと実感していた。


「あぁ、今回はこれで終わってくれると良いな。」


俺は女の放った呪文に燃やされた。

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異世界英雄未満騒動記 〜どんなに頑張っても英雄さま達には勝てないよ〜 アザラシ @tonacai

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