第七話

 アーサー=ルドルパフが田舎町アリアにいるなど誰が信じるだろうか。俺は信じない。

 彼はロンバルディア帝国が誇る三大英雄様の一人であり、血風騎士団の団長様でもある。またロンバルディア帝国の貴族、ルドルパフ男爵家の次男でもあるのだ。つまり肩書きからして俺とは天と地の差が存在していると言うことだ。

さらに帝国一の剣の使い手であり、容姿端麗、才色兼備などあらゆる世辞が彼のためにあると言っていいほど完璧なのだ。

 そしてそんな完璧英雄様は日夜魔王討伐の為、大陸南方で戦争に明け暮れているはずであり、北方のこんな田舎町にいるはずがない事を俺は知っている。この人たらしな笑顔がどれだけ似ていようと存在できないものは存在できないのだ。さっさと化けの皮を剥いでこの胸のざわつきを解消しようではないか。


「おい、あんた。お前がアーサーの名を騙る事は別段咎めようとは思わんが、俺達に関わらないでくれ。俺達はたまたまアーサー=ルドルパフの話をしていただけで知り合いでも何でもない。真似をするならもっと都会に行ってやるといい。こんな田舎じゃあ楽しめないぞ。都会ならそれなりにファンがいるはずだ。」

「君は相変わらず元気そうだね。そうだ、久しぶりに手合わせでもしようか?そうすれば僕が本物かどうか分かるでしょ。」


自称アーサーはゆっくりとテーブルに置いてあった釣竿を右手に持った。なんの変哲もない釣竿に見える。どこからか毒針が出るような仕掛けも、魔法の触媒になりそうな魔石類も付いていない。俺は先ほどからの胸のざわつきがより一層強くなるのを感じた。

そう、アーサーは自分の獲物に頓着しない。何を使っても何で塞がれようとも斬ろうと思うものは大抵斬れてしまうからだ。だからこそこの目の前の男がなんの変哲もない釣竿を持ったことがただただ恐ろしく感じるのだ。


「い、いやそんな必要はない。俺達は急用を思い出したからもう帰るところだ。イチャモンをつけて悪かったな。それじゃ。」

俺はアンの肩に手を回し、入ってきたばかりのギルドの入り口に向かって歩き出し、再びそのドアを開けようとした。

「えっ、ちょ、ちょっとレオ。」

急に肩に手を回され身体を引き寄せられ、強引に連れ出されたことにアンは顔を赤くして俯いてしまった。怒らせてしまったようだ。後で謝ろう。


「そう、つれないことを言わないでくれよ。手合わせが嫌なら他のことでもいいよ。せっかくこんな所で君に会えたんだ。食事でもしながら積もる話でもしようじゃないか。」


くっ、こんな素っ気ない態度を取ってるのに怒るどころか笑顔を絶やさず調子も変えずに話しかけてくるとは認めたくはないがこいつは本物じゃないかと思ってしまっている自分がいる。だがここでこいつと偶然の邂逅をはたしてしまったらこの先どんなピンチが訪れるのか想像するに恐ろしい。俺はまた死にそうな目にあってしまうだろう。いや、下手をしたら今回で死んでしまうかも知れない。それだけは避けなければならない。どうにかこのまま無視を決め込んでギルドを出よう。そうして隣町までダッシュで逃げるんだ。全力を出せば何とか逃げ切る事は出来るはず。


俺が逃走経路について考え込んでしまった一瞬を奴は見逃さなかった。


「レオ、お前も遂に連れ添いが出来たんだな。僕は嬉しいよ。君も一緒に食事に来てくれないかい。二人の馴れ初めなんか聞かせてくれよ。」

「はい、喜んで!」


一瞬、俺の肩は置いた手をすり抜け、何人もの通行人を避けてアンはアーサーの目の前へと移動していた。なんとも嬉しそうな笑顔を浮かべている。

くそ、奴はいつから人を操る呪術の類を身につけたというのだ。


「レオ。この人はきっと本物よ。私たちの関係性を瞬時に見抜いてしまったんですもの。」

ダメだ。アンはもう奴の術中にハマってしまったようだ。ここで俺だけ逃げてしまうこともできるが、そうしてしまうとアンがどうなってしまうか分からない。まぁアーサーが手荒な事をするはずが無いのでそんな心配は必要ないが。

だが逃げた後が怖いからな。しょうがない。


「はぁ、いいだろうさ。だがまだお前をアーサーと認めたわけじゃないからな。単純に食事をするだけ。それだけだ。」

「ふふ、それで構わないよ。」

「あ、アーサーさん。もう一人呼んでもいいですか?」

「ええ、もちろんです。」


そうして俺は英雄アーサーとの邂逅を果たしてしまったのだ。この先訪れるだろう不幸を先取りして深いため息をついた。

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