第六話

 ルーブラウの村での出来事から数日が経ち、俺たちはまたいつもの日常に戻っていた。


「いやー、こう平和だとのんびり出来ていいねー。」

俺は民家の屋根の上で日向ぼっこをしている。


「こらー、レオ!ちゃんと探してるのかー⁉︎」

うーん、何か聞こえてきたような気がするがきっと空耳だろう。ゴブリン共と戦った傷がまだ癒えてないのかもしれない。もう少し休もう。

 俺は声の聞こえてきた方と反対の方向へ体を横に倒した。


「無視、するな!」

ゴン!

ドサッ。


「イテテ、何すんだよー。死んだらどうするー。」

全くこの女は俺が鎧を着てるからって物を投げつけてくるとはなんて凶暴なんだ。お前はもしかしてゴブリンの仲間か!


「あんたが人の話を無視するからいけないんでしょうが。で、ちゃんと探しているの?」

「アン、あれはちょっと危ないんじゃないの?レオさん大丈夫ですか?」


 俺を屋根から引き摺り下ろしたこの女はアンブロシア。数ヶ月前から俺に付き纏っている自称冒険者だ。だが戦闘の腕が立つわけでもないし特に冒険者としてこれといった特徴もない駆け出しだ。一体何を勘違いしているのか俺を英雄か何かと勘違いしてる痛い子だ。仕方なしに俺は冒険者稼業を付き合ってやってる。

 そしてその隣にいるのが我がアイドル・ルディちゃん。彼女がここにいるからこそ俺はここでこんな冒険者もどきを続けられているのだろう。


 ここアリアには冒険者ギルドも建ってないしモンスターの討伐なんて滅多にない。こんな辺境の地はモンスターすら見向きもしない訳だ。たまに馬鹿な奴が迷い込んできたりするくらいだろう。


 仕事は総合ギルドが扱う雑用全般をやる訳だ。つまり何でも屋だ。今日だって依頼があったのは飼い猫が脱走したから捕まえてくれ、って依頼だしな。

まぁそれ自体に不満はないんだかな。こうやってゆっくりしていられた時間は幸せだ。


 だが、どんな依頼だろうと謎のやる気を出す人物が一名いる事によってその時間はごく限られたものになってしまうのだ。全く、あと少しくらいお日様と会話していたかったよ。

 俺はひどく緩慢な動きで起き上がる。ついでに投げられた物を目の端で見てみる。


「おい、アン。レンガって当たりどころ悪いと死ぬ可能性があるって知ってた。」

「うーうん、知らなかったー。」

アンは満面の笑みで答えてくれる。

知らない訳ないだろうが!本当に分からないならいっぺん自分の体で試してみろや!

俺たち二人はあーでもない、こーでもないと言葉の応酬を続ける、


「それでレオさん、猫さん見つかりました。」

ルディちゃんは俺たち二人のやり取りを意に介さず本題を進めようとする。意外にクールだよな。


「いや、まだ見つからないんだルディちゃん。……でもルディちゃんが一緒に探してくれたらすぐに見つかると思うな!」

「そんなんで見つかるなら最初から見つかってるでしょ。ちゃんと本気出しなさいよ。」

「ネコ探しに本気も何もないだろう。それに猫なんて気まぐれなんだからそのうち帰ってくるんじゃないの?」

俺が身もふたもない事を言う。

「それじゃ私達の仕事がなくなっちゃうじゃないの!」

「そうは言ってもこの前のゴブリン騒動でそれなりにお金も貰えたんだし、少しはアンも休んだ方が良いんじゃないか。ルディちゃんと二人で里帰りとかしたらどうだ。最近帰ってないだろう?」

「休みもいらないし、里帰りなんて必要ない。私は帰ってもする事ないし、ルディだって神官見習いとして経験を積む方が良いの。そんな事言って自分が休んでたいだけでしょ!」

うーん、アンは頑なに休む事を拒否するなぁ。どうしたもんか。


「じゃあルディちゃんはどう思ってるの?」

「私は人々のお手伝いができる今の生活が気に入ってます。たまにはお休みも欲しいですけどでも見習いとして頑張らないといけませんので。」

「二人はどうしてそんなにいい子ちゃんなんだか。……分かりましたよ。ちゃんと探しますよ。取り敢えずお昼になるから二人は飼い主さんの所に行って猫が戻ってきてないか確認して、その後昼休憩する事。俺は街の西から探して飼い主さんの自宅の方辺りまで探すから。後は三人で東の方へ徐々に探す範囲を狭めて行こう。そうすりゃ街にいれば見つかるはずさ。」

「それじゃあんたは昼食べれないじゃないの。」

「俺は今まで寝てたからすぐに食べる必要はないから大丈夫。んじゃ、そう言う事でっ!」

「分かった。」

「はい。」

俺は二人を残して西側へ移動する。


「どうして、あんないい子達が俺についてくるんだか……全く困ったもんだ。」

俺は一人事を呟きながら探査魔法の《索敵リコナイター》を発動して、猫を探す。

「そろそろ、二人とは距離を置こうかな。いや、それは無責任すぎるよな。どうしたもんかな。」

建物の屋根を移動しながら周囲を見ていく。《索敵》は通常の視界では建物や木々などの障害物で見えない生物の動きを赤く透視させてくれる便利な魔法だ。発動中は常時魔力を消費するのが難だが。まぁ俺には微々たるもんだから気にならないが。


 俺は猫らしき姿を見つけては近づいていき目当ての猫かどうか確認しながら少しずつ東へ移動していく。


うん?あの猫は。


俺は野菜などを売っている店の裏路地に何匹か猫らしき姿が見えたのでそっと近づいていく。

「おっ、茶色と白のマダラで首輪は赤、尻尾の先端は……ほーら尻尾をこっちに見せてーっとオッケーだな。取り敢えずあれを飼い主さんに確認してもらおう。」

俺は屋根を飛んで、猫達の元へダイブする。そのまま地面にローリングする時に猫を抱き上げる。他の猫は驚いて蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

「よし。お前が俺たちの探していた猫であってくれよな。ってやめて引っかかないで!」

俺は抱き上げた猫から鋭い一撃を鼻に喰らってしまう。

「ひどい。さっさと引き渡してルディちゃんに診てもらわなくちゃ。」

俺は飼い主の家に駆け出した。




アンとルディは二人で店先でパンを食べていた。

「おーい、二人とも。猫様は飼い主のところに帰ったから依頼は完了だ。今日はもう仕事は終わり。報告は俺がこのまましとくから、あと自由にしていいぞ。」

二人は俺に振り向いた。

「流石ね。こんなに早く探せるなら最初から本気出してよね。三人でご飯食べれたじゃない。ってあんた……」

「お鼻どうしたんですか?」

二人とも俺の鼻に出来た切り傷が何か察しがついたのかクスクス笑い出した。

「ルディちゃーん、痛いよぉ。治してー。」

俺はオロオロとよろめくようにルディちゃんにしなだれ掛かろうとする。

アンが止めようとするが、向かい側の席に座っているアンの位置からはどうすることもできない。

全ては計算通り。

俺はそのままルディちゃんの太ももに頭を乗せる。

「こ、こら!何してんの⁉︎早く離れて!」

「今回は猫を見つけた分という事で許しますが次はダメですよ。」

「はーい。」

 久しぶりのルディちゃんからはいい匂いがする。ここが極楽浄土という所だろう。

俺は《回復》をかけてもらい満面の笑みを浮かべた。


 治療を受けた俺はその後光の速さで隣に立っていたアンに蹴りを入れられボーナスタイムを終了させられた。

その後一人でギルドに報告に行こうと思っていたが、アンがまた他の依頼がないか見に行くと言うことで一緒について来た。

「ほんと、あんたはルディにセクハラばっかして困らせるのもいい加減にしなさい。結婚前の女の子にベタベタしないの!変な噂が広まったらどうするの。」

「その時は僕がルディさんを幸せにしますお父さん。」

「誰がお父さんだ!」

肩を殴られる。


「もう。ところで話は変わるけど剣の修行はいつになったら教えてくれるの?魔法だって学んでみたいし、そろそろ色々教えてくれてもいいじゃない?」

「だから、それは何度も言ってるだろうが。俺の剣は我流だから教えられる型なんてないんだって。そう言うのはどこかの道場やお国の養成機関に入らないとダメなんだって」


またこの話か、俺はいつもの断り文句を言った。別段嘘でもなんでもなくほんとに教えられることが俺にはない。村の子供がちゃんとした剣技を学ぶことなんて普通ないし、その例に漏れず俺もどこぞの何何流派みたいな型にはまった動きができない。

戦いではいわばガムシャラに剣を振り回しているに過ぎない。こういうのは積み重ねて来た経験のみが教えてくれるもんだ。

「あたしは型とかそういうのはいいからあなたの技を教えて欲しいの。稽古をつけてもらえればそれで。」

「だから、そう言う付け焼き刃的なもんじゃ、いざって時に役に立たないんだって。はぁ、剣に関してだったら英雄アーサー様に教えてもらう事が一番なんだけど、こんな田舎に来る事なんて一生ないだろうしな。公国の騎士団養成所にでも行ってみるか?」

「もう、そういうのじゃないって言ってるのに。まぁ、いいわ。……ところで時々他の英雄の事を言うけど会ったことあるの?よく知ってる風に言うけど。」

「何人かだけどな。よぅく知ってるさ。いや思い知らされて来たさ。さっき言ったアーサーなんてとんでもない化け物だったよ。あいつは……」

それから俺が英雄アーサーに会ったときの事をアンに話しながらギルドに向かう。


 そうしているうちにギルドの前まで来た。

「それでアーサーは一人鎧もつけずにリネンのシャツにズボンしか着てなかったんだよ。戦場に。ほんとどうかしてるよ。その時は木の棒で敵を斬り伏せていってたよ。あいつにはもはや剣なんか不要だったんだよ。その気になれば腕一本で敵を真っ二つに出来てしまうんだ。

…そうそうちょうどあそこに座っている人みたいな格好してたんだ。おかしいだろ、こんな田舎にいるのが似合っている格好で戦場に出てくるんだぞ!どうかしてるだろ。」

「ほんとね、それはどうかしてるわ。」


「そんなに僕の格好はおかしいかな?」


「そりゃそうだろ。あいつの格好はいつだって戦場で浮いてるからな。あいつの部下達は慣れたもんみたいだったけど他の国から援軍に来ていた奴らの中には『我々を侮辱している』ってブチ切れていた奴もいたからな。」


「そうか、それは気が回っていなかったな。でもそんなに言わなくても良いんじゃないかな。」


「いや、まだ言い足りないくらいさ。まぁ、それが英雄アーサー様だからな。英雄なんてどれも変わった奴らしかいないさ。」

「…ねぇ、レオ。さっきからあの人私たちに返事してるみたいだよ。」

アンが小声で俺に話しかける。

えっ、と俺は先程似ていると指差した人を見る。彼は座ったままこちらに笑顔を向けている。

そしてよく通る声で言った。


「久しぶりだね。レオナルド。そんなに僕の悪い噂を広めないでもらえるかな。」


大陸の英雄、帝国の秘密兵器リーサルウェポン、無敵の剣士アーサー=ルドルパフがそこにはいた。

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