第5話

 俺は再び森の中を駆け抜けていた。森に入った時よりも一層闇が深くなった森の中は《夜目ナイトサイト》を使っていなければ走る事など出来ないだろう。

 ゴブリンが洞窟を出て行ってからまだそれほど時間は経っていないから。まだ村に到着する前に追いつけるはずだ。

しかし、助け出した女の子を連れて(脇に抱えてしまっているが)走るのはどうしても全力を出せないな。全力で走ったらこの子にどれくらいの衝撃が伝わってしまうか試すのも怖い。

今はただ出来る限りの速さで森の中を疾走する。


 幸運な事にゴブリン共はまだ村に到着していなかったみたいだ。森の中を移動しているところを発見した。

俺は、少女を近くの草むらに隠し防御呪文と偽装呪文を掛けた。これで少女は草むらの一部にしか見えなくなった。これで心置きなく(と言っても周りに影響が出ない魔法しか使えないが)戦える。

一応、あれを仕込んでおくか。魔力がゴッソリ持っていかれるが念のためだ。ゴブリン相手にって英雄さま達に笑われるだろうか…。



 俺はわざと奴らが気付くように音を出して姿を表す。何事だとゴブリン共が振り返ってくる。

 俺を見るや否や直ぐに近くのゴブリンが持っている剣や槍で襲いかかってくる。俺は剣を引き抜き、襲いかかってくるゴブリンの首を順番に落として行く。武器の扱いが雑なんだよ。


 走り出して行った奴らが直ぐにやられてしまって残りのゴブリン共はこちらの様子を伺っている。突っ込んできてくれないならこちらから行くしかない。俺は奴らに向かって歩き出す。


 するとあのデカいゴブリンファイターが目の前にいたゴブリンを捕まえて俺に向かって投げつけてきた。

俺は咄嗟に右に避けながら投げられたゴブリンを切り裂いて行く。

それでもゴブリンファイターは二匹、三匹と続け様にゴブリンを投げつけてくる。7匹目を避けながら斬り殺した時、奴は両手でゴブリンを投げつけた。

流石に二匹いっぺんには俺も斬れず、左のゴブリンだけを斬り捨てる。

 ゴブリンは自分は投げられたくないとゴブリンファイターから距離を取った。さて、これであいつも自分で戦うしかないわけだ。


 俺が剣を肩に掛けトントンと余裕をかましている時に、背中に振動が走った。

後ろを振り返ると杖を持ちローブを身に纏ったゴブリンがいた。ゴブリンメイジだ。気配を消して俺の背後に回っていた。何か魔法を放ったらしいが、俺の鎧はたかだかゴブリンの魔法くらいじゃあびくともしないんだな。

俺は剣を肩に乗せたままゴブリンメイジのところへ走り出して、首をはねた。


 今回のゴブリン共はあの人間の女に操られていたくらいだ。そんなに魔物として強くない。これなら残りのゴブリンファイターも一太刀で倒せるだろう。


 またもや俺は油断し、余裕綽綽でゴブリンファイターの方に向きをくるりと変える。こういう戦場においての余裕を見せる行為は俺の悪い癖だ。いつもこれで失敗する事が多い。

 そして運悪く、それとも自業自得だろうか。今回も失敗してしまったようだ。振り返った先の光景を見て俺は思った。


 なんとゴブリンファイターが他のゴブリン共を襲い喰らっていた。


「おいおい、それは反則だろ……」

俺は嘆息する。


 共食い。魔物がごく稀に見せる行為の一つで、種全体の危険を感じた時、自分達の種を存続させる為に種の一部を犠牲にし強制進化によって生き残ろうとする防衛本能とでも言えばいいだろうか。

簡単に言ってしまうと、敵の代わりに仲間を殺してレベルアップする方法だ。

 俺という脅威が奴らの本能を刺激してしまったらしい。さっさと倒さないからだよな。俺の馬鹿ぁ。


 ゴブリンファイターがみるみるその体を大きくさせていく。ゴブリンがあと十匹程度しかいなくなった時、やっと共食いを辞めた。

その大きさは3mはあるだろうか。森の木々とほぼ同じ高さになってしまったゴブリンファイターはニタニタ笑いながら俺を見下ろしてくる。自分の方が強くなったんだぞ、と言わんばかりだ。


「はぁ、それくらいで俺に勝った気になるなよ。」

「オデ、オマエヨリツヨクナッタ。ナッタ。オマエナンテコロシテヤル。ヤル。」

知能まで上がってる。こりゃもうファイターってレベルじゃなくなってるな。


 先手必勝。俺は奴に向かって駆け出して行った。

だが、奴の拳が俺のスピードに合わせて振り下ろされる。俺は急ブレーキを掛け左に避ける。


 地面に奴の拳が炸裂し、ドォンと森の中に爆音が響き土煙を上げあとには地面がえぐれていた。


「そんなの受けたら死んじまうだろう、が!」

俺は地面に放たれた腕に剣で斬りつける。

「グァ、イタイ。イタイ。」


 奴は斬りつけられた左手を引っ込め、右手で同じ攻撃を仕掛けてくる。

芸がないな。俺はまた左に避け…られない!

他のゴブリン数匹が俺にしがみついてきた。俺は身動きが取れず奴の拳をもろに喰らう。

「がはっ!」

 俺は拳の勢いも殺せず後ろに吹っ飛ばされてしまう。もちろんしがみついてきたゴブリン共は今の一撃で死んでいく。


「くそっ、中々やるじゃないか。チームプレーも出来るようになるなんてな。」

ヤバイな、今ので兜の左半分がベコベコになってしまった。視界が左半分見えなくなってしまった。さらに身体の至る所を打ち据えられたせいでどこもかしこも骨が折れている。


全く、酷いもんだ。だから油断しちゃいけなかったんだ。

こんな無様な姿を英雄さま達に見られたら一体どんな言葉を言われるか分かったもんじゃない。ここが辺境の森の中で良かった。


 なんて事を考えてるうちに奴は俺の前、ちょうど俺を殴れる位置にまで歩いてきていた。

「マダシンデイナイナンテ、ニンゲンハニンゲンジャナイノカ。ナイノカ。」

「俺が人間じゃないって、そんな訳あるか!英雄さま達じゃあるまいし俺は普通の人間だぞ。あーいてー、ほんと死んじまいそうだ。」

俺はおどけた調子でゴブリンファイターに言い返す。だが頭からは血を流しているわ、身体はボロボロだしで、もう一発食らったら本当に死んでしまいかねない。あれを使うしかないか。


「ツギデコロス。コロス。」

奴が腕を振り上げる。

俺は焦る事なく落としていた剣を拾う。

俺が剣を構え直す前に奴の攻撃が振り下ろされる。

俺は拾った剣をそのまま奴の拳に向ける。


 拳と剣がぶつかる。当然勢いに乗った奴の拳が俺の剣をへし折る筈だった。


だがぶつかり合ったそれらは何の衝撃も痛みも両者に与える事なくピタッと動きを止めた。


「はあ、まさか本当に使う事になるなんてな。準備ってのはしておくもんだな。」

俺は悠然と歩き出す。ゴブリンファイターは拳を振り下ろした状態のまま動かない。まるでだ。

今のゴブリンファイターと俺とのやり取りを見て、俺には勝てないと悟ったのだろう残りのゴブリン共が逃げ出して行った。俺は小銃を抜いて、魔法の弾を打ち込んでいった。

逃げ出した全てのゴブリンを処理した後、俺は動かなくなったゴブリンファイターの胸と、頭にも銃弾を撃ち込む。

最後に宙に浮いたままの剣を取り、奴の腹を横一線に斬った。

ここまでやれば流石に死ぬだろう。

剣を鞘に納める。


途端、ゴブリンファイターはズゥンと大きな音を立てて地面に倒れ伏した。


「ふぅ、何とか勝てたな。ゴブリン相手に苦戦するとは俺もまだまだだな。イテテ、早く治さないと。」

俺は自分に《回復》を掛ける。身体の痛みが消えていく。

「さてと、早く村に戻らないとな。皆心配してるだろうな。」


気が付けば、空に輝いていた星々がその姿を消そうとしていた。

俺は少女のところへ戻り、魔法を解除した。今度は脇に抱えず、両手で少女を抱き抱え村へと歩き出した。



村に着いたのは空がすっかり青みがかってきた頃だった。

アンとルディが遠くから俺を見つけ村の外まで走って迎えにきてくれた。


「レオ、お帰り!二人とも無事で良かったわ!」

「レオさん、お疲れ様でした!」

「アン、ルディ。二人とも村をありがとな。おかげで女の子は無事に救出出来たよ。まぁ俺は死ぬかもしれなかったけどな。」

「何言ってんのよ、くせに。冗談言ってないで早く村に戻ってこの子の両親に無事を教えてあげましょ。」

「そうだな、早く会わせてあげよう。」

 そうして、俺たち四人は村へと入っていく。村ではゴブリンを倒した俺たちに感謝を込めて宴をあげてくれるらしい。亡くなった者達への弔いもあるのだろう。


 今日一日は村に残って明日街に帰ればいいか。久しぶりに血を流して俺も疲れた。アンでもからかいながら、ゆっくりしていくとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る