第2話

俺がここアルメド公国のアリアの街に来たのは半年くらい前だろうか。

あの時は伝説の英雄さま達に自信もプライドもズタズタにされ、何もかもが嫌になって魔王達との戦いを投げ出して来てしまったが、今思い出しても情けなくなって泣けてくる。

こんな北方ののほほんとした街で冒険者をやっているなんてバレたら、あいつらにはなんて言われるのやら想像したくもない。


しかし冒険者になって思うのはこう言う暮らしも悪くないなって事かな。人から依頼をもらってそれを解決して報酬に金や物を貰う。最後に感謝の言葉をもらえたならやって良かったと思えてくる。

以前の俺だったら人助けどうこうより自分の活躍の為だけに魔物を倒し悪人を成敗していただろう。

そう思えばあいつらに自信もプライドもズタズタにされた意味もあるってもんだ。


今日も今日とて平和な日々が続いている。

何か今日はのんびり過ごすのもいいかもしれん。ガードンの店に行って昼間から飲み散らかすのもいいかも知れん。うん、今日はそうしよう。


「あー、レオ。どこ行こうっていうのかな?今日は私と依頼を受ける約束よね?」


俺の背後にいるのはアンブロシアという女冒険者だ。数ヶ月前より俺を色々な依頼に巻き込んでは後始末を俺にさせるトラブルメーカーだ。


俺が一体何をしたというのか、この女は俺を英雄だ何だと嘯いて、やれ剣を教えろだの、やれ魔物との戦い方を教えろだの付き纏ってくるのだ。


初めのうちは持ち上げられて調子に乗っていたが、段々と俺の心の中で、伝説の英雄さま達(俺の空想の産物だ、奴らがこんな事を言うわけがないとわかっているが)が『お前は英雄じゃない。勘違いするな雑魚』って攻めてくるもんだから、俺は英雄でもなんでもない小心者の臆病もんだってさっさと吐き出したい衝動に駆られている。


しかし、中々上手いタイミングを得られず、ずるずるとアンブロシアと依頼を行なってしまっている。


だが、今日こそ俺は自分がいかにひ弱で情けないかという事をこの女に一切合切虚勢を張らずありのままを伝えてやろうじゃないか!

言ってて恥ずかしいが仕方ない。

まぁ、これでアンとの関係も終わりを告げ、それはつまりアンのパーティーメンバーであるルディちゃんとの関係も終わってしまう事を意味している。


ルディちゃん、それは現在俺にとって唯一の癒し。

その小柄な体躯にみのる神秘的な、それでいて完璧と言ってもいいほどのお胸が彼女の神聖性を飛躍的に高め、もはやこの地上に彼女以上の存在はいないのではないかと盲信している。

それほどに俺の中で至高の人なっており、その胸に飛び込めたら必ずや極楽浄土に行けるのではないかと最近では真剣に考えている。

確かにそれは魅力的であり魅惑的であるが、だからといってアンがいる限り極楽浄土への道は閉ざされており、こうやって依頼だなんだと俺の自由を制限されるのは如何ともし難い。

だからこそ、今日ここで俺はビシッと言ってやろう。


「おう、アン。実はお前に隠して来た事なんだが、俺は英雄でもなければ凄い奴でもない。ただの小心者なんだ。うすうす感づいていたと思うが片手に剣持ってもう片手に杖持ってるやつなんて見た事ないだろう。あれこそが俺が臆病者である証。いいんだ、俺を庇おうとしなくていい。俺は今までお前を騙していたんだ。恨み言の一つや二つ甘んじて受け入れやう。そしてこれからお前は自らの道を自分で切り開いていくのだ。さぁ、行け。お前の輝かしい未来を俺は陰ながら応援している。」


情熱的な身振り手振りを駆使し、如何に俺が弱いかという事を十二分にアピールできただろう。

これでアンも俺から離れていってくれるだろう。

惜しむらくは、誰か女の子を紹介してもらいたかった。あぁ、それだけが悔やまれる。だがこの苦しみもアンとの依頼漬けの日々からの解放に比べれば耐えられる辛さだ。

さぁ、気を取り直して酒場に行こう。

俺は一人納得してその場を去ろうとした。


「はいはい、何言ってるか分からんし。さっさとギルド行くよ。」

「えぇーーーー」

俺の恥ずかしいまでの独白はアンには全く届いていなかったというのか。もしやこの女には理解力というものが足りないのだろうか。それならば依頼よりも先に勉学をさせなければならないのだろうか。

アンに首根っこを掴まれ引きずられながら俺は真剣に考えた。


そうして引きずられる事十分、ギルドに到着した。

以前の俺はこう言った場所に立ち寄る事はなかったがこの街に来てからはここが俺の生命線ともいえる。ここには商人やら役人やら冒険者やら様々なジャンルの人々の問題や依頼の仲介をしてくれる場所だ。


あ、ルディちゃんがいる。どうやら俺を待っていてくれたらしい。

「ルディちゃーん。おはようーのハグぅぅぅぅ、首!首しまってるから!」

俺の動きを察知したかアンが鎧掴んでいた手を俺の首飾りに移しそのまま締め上げて来た。

全くその洞察力をなぜ戦闘の時に生かさない。ルディの胸は近くて遠い。生殺しとはこういう事を言うのだろう。


「アン、レオさんおはようございます。朝から二人とも元気ですね。」


「ルディちゃん、俺は元気じゃないよ。」


「はいはい、ルディさっき話してた依頼受けててくれた?」


「うん、私たちで向かうってリンダさんに伝えてあるからもう出発して大丈夫だよ。」


「ありがと、じゃあ早速行きましょう。」


何だ、俺の知らないところで勝手に依頼を受けおってからに。いったいどこに行くと言うんだ、全く何の準備もしてないぞ。


「おい、アン。今日はどんな依頼を受けたんだ。俺は何の準備もしていないぞ。日にちが掛かるなら食料だって買わんといかんし。」


「大丈夫よ。今回はゴブリン退治にルーブラウ村に行くから、食事と寝床は村で用意してくれるって。ってそれにレオはいつも懐に色々隠し持っているでしょ。大丈夫大丈夫!」


一体何が大丈夫なんだか、しかも俺の懐にあるのは緊急時用の物でそんなほいほい使う物ではないんだぞ。分かっているのか。全く。

ルーブラウか、地図でしか確認したことはないがそれほど大きな村じゃないか。ゴブリンが出たとしたら早めに退治しておかないとな。

しかしゴブリンがここら辺に現れるなんて珍しいな。南方での戦いから逃げて来たのだろうか。

うむ。取り敢えず一匹残らず倒さないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る