異世界英雄未満騒動記 〜どんなに頑張っても英雄さま達には勝てないよ〜
アザラシ
第1話
この世には魔王よりも恐ろしい、いっそ化物と言って差し支えない人間達がいる。
例えば、剣も持たずに魔物を斬る剣士。
例えば、体一つでどんな攻撃も受けきる戦士。
例えば、どんなに離れてもコンマ一秒で相手を確実に撃ち抜く銃士。
例えば、国一つを吹き飛ばすほどの魔力を秘めた魔女。
例えば、たとえ死んでしまったものさえ蘇らせる治癒士。
例えば、聖剣に選ばれ魔王達を倒す勇者。
全くなんだってそんな奴らが同じ時代に生まれたのか不思議なくらいだ。
そしてそんな奴らと同じ時代を生きることになった俺の事を少しは神様も哀れんでほしいもんだぜ。
何せ俺にはあいつらのような化物じみた力なんか持ってないんだからな。
剣がなければ敵を斬れず、
鎧がなければ攻撃を受けられず、
よく狙わなければ銃弾を当てられず、
普通の人より多めの魔力しか持たず、
死んだ人間は生き返らせられず、
聖剣なんて引き抜けなかったし、
おまけに女にもモテない。
最後のは余計だろうが、つまり俺みたいな普通の人間に活躍の場がこれっぽっちも用意されていない訳なんだ。
既に魔王を何体も倒している彼らに今更追いつくことなんて出来る訳がないしそんな事はもう諦めた
。
せいぜいそこら辺の魔物退治や人間同士のいざこざを解決するくらいが関の山だ。
あぁやだやだ。こんな事なら村で大人しく畑でも耕していればよかった。
意気揚々と村を出たのはいいが、気づけば二年過ぎ、こなれた冒険者稼業を俺は続けていた。
遠く離れた故郷を思いながら、今日も俺は全身を鎧で固め、片手に剣、もう片方に杖を持ち、腰には小銃を下げ、懐には持てるだけの薬草や魔力回復薬を仕込むというなんとも節操のない格好をしている。
今日も魔物を倒してその体の一部を討伐の証として持ち帰る。それで依頼完了だ。
いつもと変わらない日々。まぁそんなに悪いもんでもないけどな。
「おい、なにぼーっとしてんだよ!ちゃんと見ててくれよな!」
俺に声をかけてくるのは、ここ数ヶ月一緒に魔物退治をしているパーティー仲間のアンブロシアだ。
数ヶ月前に俺のところにやってきて、なにを勘違いしたのか、俺の事を英雄だなんだと騒ぎ自分を鍛えてくれなんて言い出すから困ったもんだ。
俺には化物じみた強さもなければ度胸もない、まして英雄だなんて呼ばれるような事をした覚えはない。
そんな勘違いを正そうと一緒に魔物退治をしているわけだが、何かにつけて前に飛び出していく彼女を後ろから追いかけるのが最近の光景だ。
今回も彼女は敵を見つけると一目散に飛び出していくんだよ。
全くお前が傷ついたら怪我を治すのは俺なんだぞ。
毎回無償で治してやってるんだから、お前のあの可愛い友達をいい加減紹介してくれよ。紹介してください。お願いします。
……ってそんな事を考えている間にまた行っちまったよ。
どうしてそう向こう見ずに飛び出していくんだよ。少しは相手の様子を確認するとかあるでしょうが。
はぁ、取り敢えず俺も行きますか……
「やっぱりあんたはすげー強いな!噂通りだよ!」
「アン、お前が突っ込みすぎなんだ。もっと相手を観察しないと勝てる戦いも勝てないぞ。」
結局吹っ飛ばされて怪我を負ったアンに代わって俺が魔物を倒すことになったじゃないか、その後で傷を治したのも俺だし。
俺が強いんじゃなくてアンが弱い敵相手に油断しているだけなのに、毎回こうやってすごいすごいともてはやされても、そうじゃないだろうとツッコミを入れたくなる。
「よくそんな鎧を着込んで走れるよな。重くないの?」
そんなの重いに決まっている、誰が好きこのんで全身鎧に兜まで被るか!
俺だってなんかすごい力が有れば、こんな鎧脱ぎ捨てて素顔晒して走り回るわ!
だが、現実問題これがなければ敵の攻撃をまともに受ける事も出来ないし、兜がなければ相手に弓や銃なんか使われた日にはそのままゴートゥーヘルだ。
本当は盾も装備したかったが、残念ながら俺の手は二本しかない。なんとか魔法でシールドを張っているが、どうにか三本目の腕を生やす事は出来ないだろうか。
あの本物の英雄さま達ならそんな心配も不要なんだろうが生憎こちらはただの冒険者だからな。
全く何かにつけて彼らをやっかんでしまうのは俺の悪い癖だな。
「ふつうに重いから。アンの方が速く走れるだろ。」
「そりゃあたしは革の胸当てくらいしか身につけてないしね。そんなの着たら走れるわけないじゃない。」
「けど、何かあった時に鎧を着ていた方が安全だぞ。」
「あんたが危険を感じるほどならあたしはもう何したってダメだろうよ。」
くそ、何故この鎧の安全性を理解しない。しかも俺が危険を感じただけでお前がダメな理由が分からん。
アンもそれなりに冒険者としては活動しているし、戦いも向こう見ずな所があるだけで筋はいい。
本当にアンが思うほど俺は強くないんだけど、今のところそれを訂正する機会が訪れない。
どこかでちゃんと言っとかないとな。
変に期待されても困るし。
「あ、おーいルディ!こっちこっち!」
後ろから追いかけてきていたアンの仲間ルディがやってきた。アンとは対照的におっとりとした性格で、スタイルもスラッとした体型のアンとは違って実にしっかりと育ったあれが荒んだ俺の心を癒してくれる。
「ルディちゃーん!怖かったよー!」
「なんであんたはすぐ抱きつこうとするのよ!」
すぐさまルディに駆け寄る俺に高速で移動してきたアンが背後から蹴りを入れる。
この時のアンのスピードは俺すら凌駕しているだろう。戦闘中に出せよ。そのスピード。
「お二人ともご無事で何よりです。討伐対象のレイジボアはもう倒されたみたいですね。」
ルディは目の前で起こっているやり取りを気にした様子もなく話をする。
「えぇ、今回もレオが倒してくれたわ。やっぱりレオの力はすごいわ。」
「ゼンゼンスゴクナイヨー。」
全く人を蹴っ飛ばしておいて何を言うんだか、そんな事を言ったら俺を蹴ったお前の方が凄いじゃないか。
「うふふ、お二人は仲良しさんですね。」
「バッ、そんな訳ないでしょ!ルディ待ちなさい!」
二人は追いかけっこをしながら街に帰っていくようだ。俺を残して。
ゆっくりと立ち上がった俺は倒したボアを担ぎ、二人の後を追う。
100kgはあるだろうこいつの肉が有ればしばらく食事には困らないだろう。
酒場のマスターにでも分けてやれば喜んでくれるだろうしな。
じゃあ帰りますか。
あぁー、街に可愛い彼女でもいたら飛んで帰るんだけどなぁ。
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