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 頭上には灰色の雲が漂っていた。今日は校外学習で、高校の最寄駅に集合した。クラスメートが三千円くらいのリュックサックを肩から下げている中、小林恵はプラダのバックを手に持っていた。小林恵の態度に変化はなかった。何か主張したいことがあれば涼に耳打ちして、涼がそれをわたしたちに告げる形でわたしたちと伝達行為を行っていた。わたしと涼もあの日から変わらなかった。涼は相変わらずで、わたしはあの日のことを必死に口にしないようにしていたからだ。点呼が終わって、学校のために貸切にされた電車に乗った。座席は二人掛けで、わたしだけ別のグループの子たちと一緒の席になったが、始終眠っていた。


 鎌倉に着いて、解散になった。わたしたち五人は円形になり、班でつくったマップを涼が広げた。


「最初はここだね」と言って涼が歩き出す。小林恵は涼の指に指を絡めて彼女の隣から離れようとしなかった。よしみとふゆは楽しげに話をしていたけれど、わたしは胸が苦しくてたまらなかった。


 一か所行き終えて、昼食のためにキャラウェイというカレー屋さんに入った。店内は仄暗いが、なんとなく可愛らしい雰囲気が漂っていた。小林恵は一言もわたしたちに対して言葉を発していなかった。四人で先ほど行った寺の話をしているとカレーが出てきた。ご飯を少な目にしたけれどそれなりに多かった。


「ご飯の上のは、レーズンかな? 珍しいね」と涼は楽しそうだったが、一口食べたところで小林恵の機嫌が悪くなった。彼女は黙って、スプーンを乱暴において、店を出て行ってしまった。


「え? ちょっと、めぐ」


 焦っていたのは涼だけで、よしみとふゆはイライラして、わたしは困惑していた。涼は即座に黒い合皮のお財布を机において「わたし、見てくる。二人分これで払っといて」と言って走って店を出て行ってしまった。


「もー、なんなのアイツ? もう耐えられない」


 よしみの甲高い声に、他のお客さんがわたしたちを見た。


「ほっとこ、ほっとこ」


 ふゆはマイペースに皿の上を綺麗にしていく。


「もとはと言えばさぁ、仁美が」


「え」


 よしみは今まで見たことがないくらい恐ろしい顔をしていたけれどすぐに俯いた。


「なんでもない」


 カレーを食べている空気でもなく、わたしもカレーの料金を置いて二人を探しに行くことにして、立ち上がった。「ちょっと、仁美」というふゆの声は無視して。


 予報通り小雨が降り出してきた。リュックサックの中から折りたたみ傘を取り出し、広げた。大通りから小道に入って、二人を探した。路地裏に背の高い二人が一つの影になっていた。涼の唇が小林恵の唇を塞いでいた――というか、小林恵のほうが涼の唇を欲しているようだった。気づかれないようにわたしはすぐに逃げた。どこに行くわけでも、よしみとふゆの二人のところに戻るわけでもないけれど、雨がかかるのを気にすることなく走った。水滴なのか涙なのかわからない。すぐに電車に乗って帰りたくなった。多分涼にとってキスなんかただのスキンシップのひとつでしかなくって、あの日わたしにしてきたのは頭を撫でるのと同じ感じだったのだろう。わたしにとってはファーストキスで、特別に思えたとか、涼にはそんなの関係ない。拭っても拭っても涙が止まらない。どこに行けばいいのか、わからなくなってしまった。


 知らない寺の石段に一人、座っていた。地図を眺めながら駅までの行き方を考えていた。時間を見ながら適当に歩いて、駅に行くと人が少しずつ集まってきていて、よしみとふゆもいた。


「ちょっと、どこ行ってたの?」


「なんでメール返さないの?」


 必死の剣幕の二人に心が少しついていかなかった。


「ごめん、ちょっと。ぼーっとしてて」


 少し向こうを見ると小林恵と涼がいた。また、涙が出そうだ。


「戻ってこないから二人で長谷寺行っちゃったんだからね」


「へぇ、そうなんだー。残念」


 足元を見た。靴の先に泥がついたから、必死で取り払った。

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