1章6節2節(34枚目) 一晩明けた後の屋敷の状況①

 昨夜、ホコアドクは火事に見舞われたが、そこを根城とする仮面暴徒ブレイカーの被害は軽微で済んだ。

 町の最奥さいおうにある屋敷とその敷地内は全く焼けていない。屋敷の敷居を超えた場所は火のあおりを受け、被害に及んでいたが、町を牛耳る暴力組織が拠点とする場所だけは奇跡的に助かっていた。

 そのおかげで組織の構成員の多くは生き延びた。町唯一の出入口にいた者たち、4人を除けば、被害にわなかった。夜の町を出歩くのを禁じ、屋敷に引きこもる、首領の命令により被らずに済んだ。命を明日へとつなげることができた。

 しかし気休めでしかなかった。

 炎の中で命を落とした町の人たちのよう、どうすることもできず、死んだ方がまだマシに思える状況である。

 現在、仮面暴徒ブレイカー仮面装属ノーブルに狙われている。統治領域フィールドの秩序を乱す悪逆として討伐されそうになっている。

 おおよそ100対500。ただでさえ戦力差が大きかった状況下で火災が起きた。

 屋敷に直行できない町並みを利用した、相手の侵攻を遅れさせる作戦や物陰から攻撃する作戦を考えていた。

 また人質である町の人たちを盾にして、仮面装属ノーブルの攻撃を防ぐと同時にその行動を躊躇ちゅうちょさせる作戦を考えていた。

 地の利を活かした戦法を駆使して、仮面装属ノーブルと交戦つもりだったが、昨晩の火事の被害により、その目論見が崩れてしまった。

 状況は逼迫ひっぱくしている。物理的障壁と精神的障壁が失われた今、籠城ろうじょうするのは危険である。

 相手を誘き出すために引きこもる算段を立てていた。その作戦が崩れた以上、そこにこだわる必要はない。

 仮面装属ノーブルを町中に踏み込ませるために仮面暴徒ブレイカー最奥さいおうにある屋敷に留まっていた。突撃させる狙いを持たせていたから拠点とする場所から大きく動くつもりはなかった。

 全てはホコアドクに出向いてきた仮面装属ノーブルを返り討ちにするための作戦であったため、前提が崩れた以上、作戦を考え直さなければならず、また根本を見直さなければならなくなった。

 返り討ちにするも逃走するにしても決断は急がなければならない。

 方針を決めかねていれば、間違いなく、潰されることになる。討伐におもむ仮面装属ノーブルの攻めを一方的に受け止めることになる。

 数が劣っているため、耐えられるのも時間の問題である。打開策を以ってして、行動を起こさない限り、相手のいいようにやられるだけである。

 討伐を喧伝けんでんしている以上、仮面装属ノーブルが手を引くことはありえない。

 失敗を認めてしまえば、輝かしき権威けんい失墜しっついする。統治領域フィールドの管理者としての立場が危うくなる。

 相手の事情を考えれば、撤退することはない。見苦しくなったとしても、援軍を派遣して、事態の収拾に走ることは容易に想像できる。

 選択さえすれば、潰されることはないとは言わないが、少なくとも勝ち目は拾える。何を見据えるかによって、勝利の定義は変わってくるが、こまねいていてもらちが明かない。

 だから町の最奥さいおうにある屋敷は大騒ぎになっている。

 配下に組織としての方針を話さないため、静まらない。

 仮面装属ノーブルに対する基本骨子が大きく揺らいだ今、その場所を拠点にする仮面暴徒ブレイカーの構成員は慌てふためいている。予想外の出来事により、混乱の極みに達している。町を大胆に焼き払う手際に驚愕きょうがくして、落ち着きがなくなっている。討伐される前に逃げ出したい気持ちでいる者もいる。

 そのような状況下でも外に飛び出さないのは仮面の適合者バイパーが立ちはだかっているからだ。

 役どころに就く副首領と現場監督兼執行者の2人、そして役どころに就いていない、仮面の適合者バイパーの資格を持つ者たちがにらみを利かせているから屋敷から飛び出せた者はいなかった。

 先の3人から出された待機命令を破った者もいたが、既に気絶させられている。見本がすぐそばに転がっているため、逆らえずにいた。同じ目にわされることを嫌い、控えていた。

 並大抵ではない者たちを相手取っても勝てる気がしないため、仮面暴徒ブレイカーの構成員は屋敷に留まっている。

 仮に外に出られたとしても、仮面装属ノーブルが待ち構えている。

 その問題を解決しなければ、命は助からない。手段を持ち合わせていなければ、死ぬだけである。

 奇跡的に慈悲が与えられ、生かされることになったとしても、縛られた生活を送る羽目になる。選択の幅が限りなく狭まった、死に体として一生を過ごすことになる。

 どちらにしてもいいことではない。仮面装属ノーブルを退けなければ、どうにもならない。今すぐ不遇に陥るか、それとも先延ばしにするかの違いである。

 だから歯向かおうとする者はほとんど出なかった。

 どうしようもない障害を片付けない限り、自身が望む未来は訪れない。個人で行動するより仮面暴徒ブレイカーとして行動する方がまだ助かる可能性は高いため、下された命令を破ろうとする者はほとんどいなかった。実現する可能性は限りなく低いが、それに賭ければ、従うのもやぶさかではなかった。

 しかし暴動に至る可能性はぬぐいきれていない。

 不安を晴らさなければ、無謀むぼうな行動を起こされる。少数ながらも命令を無視した者たちはいたため、その可能性は十分にある。

 いつまでも現場を抑えていられない。意味を持たせた説明を口にしなければ、事態は解決しない。

 団結する仮面の適合者バイパーを除いた全員を気絶させれば、当座の問題は解決するが、それでは仮面装属ノーブルに対する行動が取れなくなる。作戦の幅が狭まると分かっているため、そのような真似はしない。

 何よりも役どころに就く3人は仮面暴徒ブレイカーの首領たる、アストロン・イルルイドに配下を必要以上に眠らせないよう、命令されている。その3人を介して、協力する者たちにも伝えられているため、限度を超えた手段に打って出られずにいる。

 今後の方針を固めるための時間を稼ぐように命令されているとはいえ、過剰な制裁は禁止されている。仮面装属ノーブルとの戦力差を広げない厳命を受けているため、やろうにもやれない。

 自ら危機に晒すのは愚行であり、また減った分だけ自分たちが余計に働かなければならないと理解しているため、役どころに就く3人とその者たちに味方する仮面の適合者バイパーは命令を遵守している。暴動に発展する危機を抱きつつも向き合っている。

 解決は全て首領に任せる。自分たちは自分たちの務めを果たすだけ。役割分担で事に当たるだけ。

 そのような認識で動いている。

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