1章6節3項(35枚目) 一晩明けた後の屋敷の状況②

 首領を除く、仮面暴徒ブレイカーが抱える純粋な仮面の適合者バイパーが現場を治めている一方、配下に命令を下した首領は書斎しょさいに詰めていた。首領の懐刀であるレクタ・オーンと外部顧問を務めるコレクターと一緒に閉じこもっている。

 昨日と同じ位置にある椅子に腰かけて3者は意見を出し合う。今後の方針を決めるための話し合いをしていた。

「ひとまず確認だが、昨夜の出来事は仮面装属ノーブルの差し金か」

 一悶着ひともんちゃくを起こすような質問をアストロンはレクタに投げた。

 柔らかく訊いてはいるが、疑っている。にらみつけ、怒気を声に乗せ、いかにも怪しんでいる態度を表には出していないが、昨日立てた作戦が台無しにされれば、そのような意味で受け取れてしまう。事情を隠して、自分たちを追い詰める真似をしているのではなかろうかと責めているように見える。

「私が聞いていた限りですと、町とそこに住まう人たちを焼き払う作戦はありませんでした」

 即座に誤解を解きにかかるレクタ。余計な言い回しをせずに首領の疑念を晴らしにかかる。食いかからず、極めて冷静に対応する。

 仮に仮面装属ノーブルが起こしたことであったとしても、自身の預かり知らぬうちに行われたものにした。決して仮面暴徒ブレイカーを裏切っていないことを表明した。

「それに考えてもみてください。仮面装属ノーブルが自身の勢力を揺るがす火種を生むとは思えません。敵対する組織を討伐するためとはいえ、大規模な被害を自ら引き起こすわけがありません」

 身に降りかかる害悪が分かった上での問題解決には走らないと口にするレクタ。

仮面装属ノーブルの裏切り者の抹殺だったり、ルートの回収だったり、表沙汰おもてざたできない事情に目を向けさせないためとはいえ、自らの権威けんいを手放しかねないことをやるとは考えられません」

 人々の安寧あんねいのために動いていると喧伝けんでんしている以上、取ってはならない策である。他者を思いやっていると口にしておきながら、加害しているように映れば、反発を生みかねない。大衆をだましてまでやることではない。

 大衆の命を使い捨てにして、問題解決に図れば、暴動が起きる。

 明日は我が身に起きることではないかと思い込まれれば、そのような未来もありうる。過ごせたであろう未来が奪われた実例がある分、思い込むなとは言えない。否定できない材料の存在のせいでなだめるのも難しい。

 近くに集落がなく、暴力組織が根城にする町に訪れる者が少ないとしても、選択できることではない。目撃者を排除できているとしても、爪痕つめあとは残るため、悪評を流すには十分条件を果たしている。

 裏付けはなくとも、憶測おくそくは広められる。人々が抱く疑問が尽きない限り、回答が求められる。に落ちる情報が提供されない限り、静まることはない。

 事実か否かは関係ない。重要なのは自分たちに利益がもたらされるか否かである。

 あるがままに受け止めると口にしても、到底信じられない内容が報じられれば、否定に走る場合もある。踏ん切りがつかなければ、拒絶する。

 自身にとっての悲劇であったとしても、決別するための材料を手にしない限り、探求は終わらない。

 自身にとっての祝福であったとしても、疑い深ければ、納得する材料を手にするまで行動する。

 以上の事を踏まえ、実際に事を起こせば、仮面暴徒ブレイカーが背負っていた悪評を引き継ぐ形になることは明白であるため、周囲を傷つける真似は冒さないとレクタは断言する。そのことを丁寧ていねいに解説している暇はないため、大分、省力して周囲に伝えた。

「それに」

「そのくらいで結構。貴様が裏切っていないと信じているから安心しろ。熱弁しなくてもよい」

 まだ言い足りなかったようだが、アストロンはレクタの話を区切った。下手に話がこじれるかもしれないと判断して、止めに入った。

 これ以上、弁明に付き合う必要はないと判断してのこと。

 裏切っていないことを口にして欲しかっただけなので、話を誘導にかかる。

「俺も所属していたから、そのくらい想像できる。仮面装属あいつらがお高く留まっているのは知っている。踏ん反り返れる立場を崩しにかかる真似を積極的に打たないことなど、十分に理解している」

 レクタが口にした内容に信憑性しんぴょうせいを持たせることで余計なツッコミを封じた。コレクターが責め立てないよう、牽制けんせいした。

「お前の言葉を信じるなら、既に見限られたことになるな」

 しかし意図を介せず、コレクターは疑問を投げた。

「耳にしなかったのは暴力組織に与していると判断されたからじゃないか。策を台無しにされないためにも秘密裏に進められていたんじゃないのか」

 疑いの目をレクタに向ける。下手を打ったせいで自分たちが追い詰められているんじゃなかろうかと訴えていた。証拠はないものの、置かれている状況を考えれば、思いつくことであり、また納得してしまうことである。

「いや、それだと大人しすぎる」

 レクタが反論するよりも先にアストロンが先に口が開いた。

「いや、十分にうるさいが。下から聞こえる騒ぎ声が聞こえないのか」

「そういう意味じゃない。分かってて言っているだろう」

「さて、何のことやら」

「ともかくだ、こいつが裏切り者扱いされているのなら、今、攻められていないのが可笑おかしい」

 茶々を入れるコレクターの言動を無視して、話を進めていくアストロン。

「今から4日後に攻めて来ることをレクタから聞いていた。それまで動き出さないと」

 レクタは訳あって仮面暴徒ブレイカーに味方しているため、侵攻してくる仮面装属ノーブルの作戦をアストロンに教えている。

「その日に向けて、俺たちは対策をいていた」

 もたらされた情報を基にアストロンは作戦を考えていた。

 もしもその情報がなければ、仮面暴徒ブレイカーは町の人たちを自分たちの手元で管理していた。

 仮面装属ノーブルの攻撃を躊躇ちゅうちょさせる作戦を死守するため、盾の役目を果たす人質を大事に扱っていたに違いない。

 攻め込まれる時期を把握していなければ、人質を盾にする前に攻撃を受けてしまう展開が起こりうる。管理することなく、町中にばら撒いたままにしておけば、敵に襲撃されるタイミングで必ず盾になってくれるとは限らなくなる。

 自分たちの意図する位置に配置していなければ、盾の役割は果たされない。思い切った行動を相手に取らせない作戦が機能しなければ、純粋にぶつかりあっていた。仮面装属ノーブル蹂躙じゅうりんできず、戦況を有利に進められる機会を1つ失っていた。相手が慎重ならざる得ない状況を自ら壊すことになっていた。

 また人質を管理していなければ、仮面装属ノーブルに救出される恐れがあった。

 交戦時、仮面装属ノーブルの足手まといになるとしても、仮面装属ノーブルの攻撃が緩む要因がなくなっていた。人質がいなくなれば、仮面暴徒ブレイカー遠慮えんりょする必要がなくなる。仮面装属ノーブルは弱みに付け込まれることなく、仮面暴徒ブレイカーを痛みつけることに専念できていた。

 仮にかくまった町の人たちを守るために仮面装属ノーブルが犠牲になったとしても、増援が到着すれば、その犠牲も意味をなさなくなる。派遣した軍勢とは別の戦力がホコアドクに集結すれば、戦力を補充できない仮面暴徒ブレイカーはさらにボロボロにされていた。盾を果たす役割を持つ人質が取り上げられれば、そのような状況に追い込まれていた。

 人質の存在はそれだけ戦局を揺るがす。戦力が仮面装属ノーブルより劣っている仮面暴徒ブレイカーはその存在をないがしろにするわけにはいかない。地の利も含め、大事にしなければ、仮面装属ノーブルとの戦いは厳しい。

 しかし仮面装属ノーブルが攻め込む日にちをアストロンたち上層部は知っていたため、町の人たちを放置していた。

 さらわれる危険性が低かったため、わざわざ手元に置く必要はなく、生かすための世話を焼く必要もなかった。余計な仕事を増やさずに済んだ。

 さすがに野放しにしていれば、町から飛び出していたため、見張る労力は当てていたが、それはいつもと変わらない。

 相手の出方をうかがうための監視と牽制けんせいの意味も兼ねていたから、決して無駄ではなかった。

 逆に無警戒でいれば、仮面装属ノーブルに怪しまれるから、そのように見せていた。

 動き出すきっかけを与えないためにも装っていた。情報が筒抜けであることを仮面装属ノーブルに気取らせないためにも配下に警戒するように促していた。

 警戒させる意識は表面上の狙いだけでも十分に機能するため、裏の狙いは明かさなかった。

 交戦の決行日を知らせば、外に対する警戒がおろそかになるため、えて伝えなかった。気の緩みのせいで想定が崩されるのも嫌だったため、アストロンは情報を制限していた。知るのはこの場にいる者たちだけにした。

仮面装属ノーブルがこやつを裏切り者扱いしているのであれば、対策できていない、このときを狙って攻めていたに違いない。構えていないときに襲撃を仕掛け、一気に畳みかけていたに違いない」

 昨晩の出来事が仮面装属ノーブルの筋書き通りであれば、今頃、襲撃されていた。火事と同時に屋敷に攻め込まれていた。

れ違いを起こさせ、混乱におとしめ、仲間割れに持ち込む算段にしておきながら、俺たちを落ち着かせる時間を設けることはありえない。分断を解消する機会を与えることはありえない。再び団結させる真似は見逃さない」

 仮に仮面暴徒ブレイカーの作戦がれ、地の利と人質を潰すために火事を起こしたとしても、仮面装属ノーブルはこの状況を放置するわけがない。仮面暴徒ブレイカーが有利に進めるための手札がなくなったとはいえ、ややこしい状況をそのままにするわけがない。立て直しに図らせる機会を与えるはずがない。

 秩序を守るために動いているわけだから、早々に片付ける事案であることは間違いない。周辺地域には悪影響が及んでいるものの、これ以上、見過ごせないが故に討伐に動いているから、悠長ゆうちょうに構えていられるわけがない。

 下手に長引かせれば、仮面装属ノーブル権威けんいを揺るがす情報が世間に浸透しかねないから早期解決に動くのは目に見えている。仮面暴徒ブレイカーの討伐に決着をつけない限り、筋書きも決められないから余裕な態度でたたずんでいる時間はない。

「その点を考えれば、まだ見限られていないと断言してもいい」

 だからアストロンはレクタをかばう。

 敵と判断するには材料が揃っていないため、見限らずにいる。あからさまな証拠が浮き出てもいないから表面化させていない。

 先の言動と裏腹な行動を起こせば、かばう気はなくなるが、まだそのときではなかった。

 だからコレクターの追及を取り下げようとアストロンは動いていた。

 使えるこまを残したいため、衝突しょうとつを和らげようとしていた。いがみ合いの空気を霧散させようとしていた。揉め事の種を増やさないためにも摘み取りにかかっていた。

「それに昨日の出来事は演出とは思えないから、こやつは裏切っていないと断言できる」

 また作戦の穴を突かない戦法を仮面装属ノーブルが取らない以外にも理由があるから、アストロンはレクタを処分せずにいる。

「せっかく構えた陣地を壊し、さらに怪我人や死者も出している。物資や労力や人材を台無しにしてまで、演技をするとは思えない」

 外の様子を見回らせた者たちの報告で仮面暴徒ブレイカーは町とその外の被害を知った。見張りの交代にやるための人員で回らせ、現況をつかんでいた。両陣営が受けた損害を見積もれていた。

 いくら統治領域フィールドの最上位に位置する組織だとしても、物資調達と人員補充はそれなりの手間がかかる。

 何より派遣された立場にある。本部や支部の管轄かんかつ内で活動しておらず、また融通が効きにくい場所で活動しているため、余計に手間がかかる。

 仮面装属の統治領域ノーブル・フィールド内とはいえ、派遣された場所は資源がとぼしい場所である。仮面暴徒ブレイカーしぼり取られる場所では調達も補充も簡単にはいかない。

 そのことからして、不容易に捨てていいわけではないことくらい、すぐに思い至れる。余分に用意していたとしても不足の事態を想定していれば、無駄にしていいわけではないことくらい、考えつく。

 任務を遂行した後に訪れる高揚感で無駄な浪費に走るのであればまだしも、まだ何も終わっていない。過去と現在と未来の負債、どれ1つも片付いていない。浮かれるには気が早い。

 そのような観点からしても昨晩に起きた、町の外での出来事は仮面装属ノーブルの演出ではないと判断できる。アストロンもそう思っている。

「それに弱みを触れ回る真似もしないと言っていい。奴らは恥を晒す真似だけは絶対にしない」

 被害にったのは町だけではない。外に構えていた自分たちの陣地も被害を受けた。どちらも共通して、仮面暴徒ブレイカーのせいで手痛くやられてしまった。

 そのように広める気が更々ないとアストロンは思っている。やられ放題だった醜聞しゅうぶんを広めることに加担する気はないと考えているからこそ、今回の出来事は起き得ないと判断している。

 長きの沈黙を破り、討伐に動いたと思えば、敵に泡を吹かされるとは情けない。自身が定めた秩序に逆らうことを容認するようであれば、統治機構として上に立つ資格はない。粛清しゅくせいを満足にできない存在に運営を担わせるわけにはいかない。

 自分たちの特権が奪われかねない状況に陥らせ、盟主として相応しい存在は己だと宣誓せんせいする存在に決起される事態に発展させてまで冒すことではないと理解しているからこそ、アストロンは仮面装属ノーブルの仕業ではないと言い切れる。

 それはなりふり構わず、デタラメに行動を起こしたがる、ゆがんだ思想を持つ弱者の戦法であり、物事の筋道を描き、実現にはげむ、理知高し強者の戦法ではない。

 仮面装属ノーブルは結果だけに着目する愚物ぐぶつではなく、道程を含めた結果まで追求する有識者である。

 どこまでの道程を含めるかの議論はあるものの、少なくとも甚大じんだいな被害を算出でき、その負債を抱え込む有益性が感じられないことを把握しておきながら、行動を起こす組織ではない。

 自暴自棄じぼうじきな結論で動く組織ではないことをアストロンは理解している。暴力組織を立ち上げる前まで、その組織に所属していたから身に染みている。

 だからこそレクタはまだ見限られていないとアストロンは結論付けている。

 仮面暴徒ブレイカーに構っていられないほどの出来事が起きているから、仮面装属ノーブルが考え得る想定の動きではないと判断している。

「それは同意です。決してありえません。私が知らない作戦を持ち出すことはありましても、自身の評価をおとしめる行為だけは自らしません」

 レクタも同意する。元と現役、2人の証人により、昨晩の出来事は仮面装属ノーブルが起こしたものではないと結論付ける形になった。組織の体質を知っているが故にありえないと断言できる自信を持てていた。

 両陣営が預かり知らぬ存在による仕業と考えている。

 レクタはそのように考えているかは知らないが、少なくともアストロンはそのように思っている。状況と様々な想像から鑑みた結果、それが一番妥当だと考えている。

「裏切ってもいない、見限られてもいない。百歩譲ってそれは信じるとして、この場所はもう見捨てるべきじゃないか。敵に対する有利な要素が消え、して居座ってでも守る価値がなくなった真っ新な土地からさっさと離れるべきじゃないか」

 利用価値のなくなった場所を捨て、新天地での活動に目を向けるべきではないかと提案するコレクター。

 先ほどの話が心から同意できないようだが、納得するまで時間をかけているほど、暇でもないため、話題を切り替えた。追求を取り下げ、差し当っての危機に備えた対策へと移らせようとした。

 その1つとして意見を述べた。

 自分たちがままに振る舞うため、わずらわしい苦労を誰かに押しつける。

 その押しつけ先がなくなった今、この場所に拘る必要もないとコレクターはアストロンに訴えた。組織の気力が低下している今、やる気を鼓舞こぶするためのえさを与える方針を進言した。

「わざわざ動かなくていい。それでは敵の思うつぼだ」

 しかしアストロンはその意見を却下する。

「いや、考えてもみろ。何の価値もない場所を必死に守り、勝利したとしても大した利益は出ないだろうし、その代償に支払うものの方がはるかに多い」

 それに対してコレクターは食い下がる。損益を計算した結果、割に合わないから手を引くべきだと助言する。

「どうせ脱出するなら、戦力が万全の今であり、ここに仮面装属あいつらが押し寄せていない今であろう。敵の態勢が崩れている今しかない」

 仮面装属ノーブルが手付かずであり、こちらの突破力が最高潮に達している時に仕掛ければ、十分にいけると進言する。

 後で逃げに転じようと考えた場合、その時に抜けられる保障がないため、勝算のある今を狙うべきだと忠告する。

「町の外に拠点を構えられた時点でその作戦は詰んでいる。多少、あっちに想定外のことが起きたとしても、出入口を固められていることには変わりない。今さら動いても意味がない」

 執拗しつように構うコレクターの意見をぶった切るアストロン。彼が想定する未来は既に訪れており、自分たちを捉える包囲網が完成していることをさとした。

「逃げる気はさらさらなかったが、俺たちが逃げ出せないように仮面装属あいつらは拠点を築いていた。町唯一の出入口を監視するため、中に展開せず、外で構えていた。戦況的に追い詰め、敗走してくるであろう俺たちを取り逃がさないため、敢えて外に陣取っていた」

 良くも悪くも町からの脱出口は1つ。仮面装属ノーブル仮面暴徒ブレイカーを取り逃がさないつもりでいるのなら、その場所を押さえておくのは当然と言える。

 名目として、秩序を脅かす害意を刈り取るために仮面装属ノーブルは部隊を派遣している。広義で取れば、その思惑で射ているため、取りこぼしが起きないように策を練るのは必然である。

 相手が逃げるつもりはなくともそこに人員を割かなければならない。無視できないことである。

 今回の行動にける、仮面装属ノーブルの表向きの事情は情報として広く知れ渡っていたため、その想像は容易い。特別、難しいことではない。

「改めて説明しなくても分かっている。わざわざこいつが教えてくれたことでもあるから丁寧ていねいに言わなくてもいい」

 コレクターはレクタを指差しつつ、アストロンに食いかかる。

 分かった上で引きこもる作戦を取るから腹ただしく思っている。一応は同意したものの、状況が変わり果てた今も変えようとしないからコレクターは怒っている。

「貴様の気持ちは察している。自分の利益優先で動きたいことは理解している。最も大切とする所有の仮面をあいつらに奪われたくないから、口にしていることは分かっている」

 先ほどもっともらしい台詞を吐いたのはアストロンが指摘した思惑を隠すため。組織全体のことを考えてのこととしているが、実情は自分のため。

 コレクターは仮面とその使い手の両方を欲している。相応しき存在が装着し、その姿を愛でたい。その願望が叶えるため、仮面暴徒ブレイカーに協力している。

 その至福の時間が壊されそうになっているから、逃げ出そうとするのは当たり前と言える。自身の望みを可能とし、念願だった仮面を手放したくないと思えばこそ。

 もちろん集めた仮面とその使い手も手放したくはないが、最悪、やり直すことができる。仮面暴徒ブレイカーに預けている仮面はどれもこの世界に複数枚存在するブランチであるため、今回の騒動で失ったとしても決して手に入らない代物ではない。

 またその使い手もこの世界のどこかに必ずいるため、今、適合している者たちを失ったとしてもそこまでの痛手ではない。

 探し回る手間さえかければ、見つかるため、最悪見捨ててもいい。引き込む算段に頭を悩ませることになるが、自身が生き残ることを前提にしていれば、致し方ないことである。楽しみを捨てたくなければ、割り切る以外、他にない。

 それに今は手元に占貌せんぼうの仮面があるため、使い手は探しやすい。相応しい仮面の情報がつかめるため、集め直した仮面を1枚1枚被せる必要はない。時間をかけず、的確に仮面を当てはめられる手段があるため、コレクターが望む観賞も近い将来で再実現できると考えていい。

 人材との巡り合わせが問題ではあるが、それは占貌せんぼうの仮面が手元になくても同じことである。その苦労は変わらないが、その先の手間が愕然がくぜんと減らせる。偶然に任せることなく、進められる分、まだ楽観的に考えられる。

 仮にその仮面も取り上げられたとしても、複数枚、世界に存在するため、まだ諦めきれる。再び手にすることは難しかったとしてもまだえられる。手付かずの仮面だったり、取りやすい仮面がある可能性を思えば、手放せられる。無理をする必要はない。

 しかしコレクターが大事にする所有の仮面は世界に1つしかない。

 この世界に存在する17枚のルートは1種類につき、1枚だけだから他の仮面よりも希少である。代替が利かない代物であり、その使い手も1人しかなれないため、他よりも優先するのは当たり前と言える。

 共同で使う可能性もあり得るが、独占される恐れを持っていれば、その可能性は限りなく低い。特にこの男は独占欲が強いため、余計にない。

 世界唯一の仮面の1つであり、コレクターの欲深い性格を思えば、1度たりとも渡したくない気持ちは読み取れる。仮面の価値をよく知る、仮面の蒐集家しゅうしゅうである彼の立場で考えれば、理解できる。付き合いがあれば、察せられる。

 ルートが統治機構の管理下にある場合、手に触れるのも困難である。仮面の特異性を考えれば、ブランチよりも厳重に扱われていることは十分に予想できる。ブランチも雑に扱われているわけではないだろうが、ルートがより大事にされると考えてしまうのは特別不思議なことではない。

 どちらの仮面であったとしても警備と警戒が厳しい中、奪い取るのも簡単ではない。

 前回は偶然にも入手できる経路が整い、試みが成功したから、コレクターは手にできている。のどから手が出るほどに欲しがり、念願叶って、仮面の適合者バイパーに至れた事情も分かっていれば、あせる気持ちも理解できなくはない。

 コレクターと約束したアストロンがその辺をよく知っている。

「そして貴様1人だけ逃げ出しても成功しない見込みが低いのもよく分かっている。

 俺たちを隠れみのにして、離れようとする魂胆こんたんは分かっている」

 同時に釘を刺す。なだめるかと思えば。

 ののしられているかのように聞こえ、また裏切りに対する制裁を下しても構わないかと問いかけているようにもうかがえる台詞だった。

 散々好き勝手にやっておきながら、いざ自身が被害者になりかければ、尻尾を撒いて逃げるとは情けない。同じ目にわされることを嫌っている臆病者おくびょうものであれば、追剥おいはぎなどせずに隅で縮こまっていろ。狙われず、恨みを買わないように大人しく暮らしていろ。

 それと協力関係にある自分たちに同意を得ないまま、一方的に自身の損失を押しつける真似をすれば、関係を破棄はきして、損失の補填ほてんに走らせてもらう。

 そのようにも受け取れる内容だった。勝手な行動を起こしそうなコレクターに圧力をかけているかのように見えた。

「俺たちに対して、ほぼ無敵な性質でも、他の者たちを相手にするとなると、まだ十分ではない。

 だから自分に向けられる注意を減らすた」

「自信がないからか。仮面装属ノーブルを打ち破れないからそんなことを口にするのか。弱い者苛いじめでなければ、食ってかかることもできないのか」

 都合の悪い展開になりそうだからか、コレクターはアストロンの言い分を全て聞く前に割り込んだ。臆病者おくびょうものは果たしてどちらかと言わんばかりに挑発する。

「俺を照準にした戦力を向けてきたとしても、俺だけなら、けに値するだけの試みは行える。特攻を仕掛けても成功する見込みは十分にある」

 過大評価もいいところである。

 仮面装属ノーブル謀反人むほんにんであるアストロン・イルルイドだけを追っているわけではない。今回の討伐にからむ目的のほとんどはこの男がきっかけではあるものの、彼を倒しても、全てが解決するわけではない。

 それでもホコアドクに寄せられた戦力が並ではないことは間違いない。

 レクタからその全容を教えられている首領が身震いするほどである。歓喜の類ではあったものの。

 感情の起伏はともかく、仮面装属ノーブルが派遣した部隊の中に指折りの実力者が紛れている。アストロンが交戦する楽しみにするほどの存在が。

 そのような強者と対峙するにも関わらず、アストロンは自信満々に突破できると言ってのける。

 戦闘局局長マーシャル・マスター戦闘局マーシャルパーティーの関係者を屠り、仮面装属ノーブルからの脱走に成功した実績があるから、堂々と口にできるのであろう。

 裏付けられる実力があるからこそ、その場しのぎとも言えるコレクターの挑発に乗っかってしまったのであろう。大したことないと口にされ、つい否定してしたくなったのであろう。事実とかけ離れた発言をしてくれたものだから。

「しかし集団での突破は難しい。

 兵としても仮面の適合者バイパーとしても、その練度は違うから残せる人員と仮面はそれほど多く見込めない。貴様たちを無視するが、甘く見積もっても、生き残るのは役どころに就く3人だけじゃないか。俺も誰かに構ってやる余裕がないから自力で残れるのはそんなもんじゃないか」

 コレクターの挑発に流されるまま、終わるかと思えば、アストロンは冷静に物事を見つめていた。

 そこまで面倒は見切れないと素直に認める。個人が頑張ったとしても首領とともに生き残れる者はそんなに多くないと語る。生き残れる可能性があるのは仮面の適合者バイパーくらいだとほのめかす。

「当然ながら、仮面も手放すことになる。仮面を被っていた者たちのはもちろん、使い道のない仮面、戦力拡大を促す仮面も見捨てることになる。大切なものではあるが、誰も自分のことで手一杯になるから、守り切れるはずもない」

 さも当たり前とも言える結果を口にするアストロン。それはどうすることもできない、変えられない流れだと説明する。

「貴様の提案をめば、大方、そういう結末を迎える。多くの人員と仮面を失うことになる。今、持っている財産も失うことになる。

 俺はそんな目にはいたくない。折角手にしてきたものの大半を放り投げる気はない。

 だから貴様の進言の全てを採用しない。

 勝率が高い道筋を捨てるわけにはいかない。今、組織を動かしてまで、門に向かうわけにはいかない」

 そこまで計算しているからこそ、アストロンはこの屋敷から出ようとしない。

 最初の方針を律義に守るのは状況を見据みすえてのこと。状況が大きく変わったとしても動くべきではない理由があるから動かない。自身で立ち上げた組織を瓦解がかいさせたくないと思っているからこそ、下手に動こうとしない。まだ特攻する場面でもないからこそ、屋敷に留まっている。

 コレクターの挑発を利用して、その理由を語り聞かせた。仲をこじらせ、自滅じめつに走らないためにも説き伏せる。仮面装属ノーブルにとって都合のいい展開に事が運ばないように事情を説明する。

「しかし最初の作戦をそのまま使うわけにはいかない。

 貴様の言う通り、いずれ、ここからは離脱する」

 正しくは使えない。

 情勢が大きく変わったため、練り直しは必要だと主張するアストロン。

 またコレクターの提案を受け入れていることを口にした。

 決して相対していないことを表明した。下手にわだかまりを持たせないためにその意を明確にした。

 仕掛けるタイミングだけが違い、根本は違わないと伝えた。

「いつまでもにらめっこしているわけにはいかない。人質がいなくなった分、あっちは急かされなくなり、逆にこっちが急かされるようになった。ここに留まったまま、あっちの兵力が増えれば、対応はできん。組織はもちろんだが、俺個人も難しい。休憩・休養を挟みつつでもなければ、到底、無理だ」

 出入口が固められているとはいえ、まだ絶望する人数が押し寄せられてはいない。完全に逃げ場を封じるほど、密集した陣形をくだけの人員が派遣されているわけではない。

 コレクターの言う通り、早めに抜け出さなければ、厳しい状況を迎える。時間が経過するほど、自分たちが不利になるのはアストロンも分かっている。

 だから機会を作る。

 仮面装属ノーブルが包囲するホコアドクから抜け出す作戦を2人に伝える。

「ひとまず当初の予定通り、誘い込もう。

 町唯一の出入口を守る戦力と俺たちを襲撃する戦力に二分し、屋敷に向かってきた奴らを負かしてから、この町を出て行く。追いかけ回せないほどの衝撃しょうげきを与えれば、十分に逃げられる」

 手薄くなった場所を抜くため、敵を引きつける。追跡させないためにも足を奪っておく。

 大体はそういう作戦で動くようにアストロンは2人に話した。

「本当なら、そうするつもりはなかったが仕方ない」

 コレクターの言う通り、利益のなくなった町に留まっていても意味がない。むしり取る相手がいなければ、配下の欲求は満たせない。

 謳歌おうかできず、面倒事を誰かに押しつけることもできなくなる。

 そうなってしまえば、配下は組織から離れていく。属する魅力みりょくがなくなれば、求心されなくなる。集まる者の数は減り、団結は弱まるばかりである。

 そしてアストロンがわざわざ組織を立ち上げた意味もなくなるから周囲を寄せつけるだけの価値を見せつけなければならない。

「これが成功すれば、はくをつけた、堂々とした疾走しっそうになる。強者には逆らわず、弱者を甚振いたぶるだけの貧者だと思わせない、さらなる悪逆さを演出できる。

 次に居座る場所での宣伝になる。下準備に時間をかけずとも浸透させられる」

 あなどられるわけにはいかない。められれば、自分たちのやりたいことも押し通せなくなる。始めから築き上げなければならないため、畏れは絶やすわけにはいかない。手間がかかり、今までの苦労が台無しである。

 心象の悪さが付きまとっている分、余計に質が悪い。時間と労力をより注がなければ、以前の勢力には並べず、それを超えることもできない。

 負かされて、逃げれば、非常に厄介である。再起できる望みはあっても立て直しは厳しいものとなる。苦労を重なることになる。

 そのわずらわしさを味わわないためにもアストロンは動く。是が非でも今回の騒動を自分たちにとって都合の良い結果になるように導こうとする。

「それで具体的にはどう動くつもりだ」

「それはな」

 コレクターの問いに答えようもした瞬間、扉が強く叩かれた。

 突然の出来事に身を固めた3人。話を中断し、警戒する。誰にも聞かれない前提で議論していたため、身を構えた。

 重要な話し合いのため、人払いをしていたにも関わらず、そこに割って来る者が現れた。

 約束を破り、そして何度も何度も叩かれたため、非常事態だということが窺えた。

 呼び掛けに対する答えを聞かないまま、部屋に入ってきた様子を見るとそれは確信へと変わった。

 伝令役が慌てふためき、呂律が回っていない状態で喋っている光景を見せられれば、想定外が屋敷に放り込まれた事実だと知るには十分だった。

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