1章6節3項(35枚目) 一晩明けた後の屋敷の状況②
首領を除く、
昨日と同じ位置にある椅子に腰かけて3者は意見を出し合う。今後の方針を決めるための話し合いをしていた。
「ひとまず確認だが、昨夜の出来事は
柔らかく訊いてはいるが、疑っている。
「私が聞いていた限りですと、町とそこに住まう人たちを焼き払う作戦はありませんでした」
即座に誤解を解きにかかるレクタ。余計な言い回しをせずに首領の疑念を晴らしにかかる。食いかからず、極めて冷静に対応する。
仮に
「それに考えてもみてください。
身に降りかかる害悪が分かった上での問題解決には走らないと口にするレクタ。
「
人々の
大衆の命を使い捨てにして、問題解決に図れば、暴動が起きる。
明日は我が身に起きることではないかと思い込まれれば、そのような未来もありうる。過ごせたであろう未来が奪われた実例がある分、思い込むなとは言えない。否定できない材料の存在のせいで
近くに集落がなく、暴力組織が根城にする町に訪れる者が少ないとしても、選択できることではない。目撃者を排除できているとしても、
裏付けはなくとも、
事実か否かは関係ない。重要なのは自分たちに利益がもたらされるか否かである。
あるがままに受け止めると口にしても、到底信じられない内容が報じられれば、否定に走る場合もある。踏ん切りがつかなければ、拒絶する。
自身にとっての悲劇であったとしても、決別するための材料を手にしない限り、探求は終わらない。
自身にとっての祝福であったとしても、疑い深ければ、納得する材料を手にするまで行動する。
以上の事を踏まえ、実際に事を起こせば、
「それに」
「そのくらいで結構。貴様が裏切っていないと信じているから安心しろ。熱弁しなくてもよい」
まだ言い足りなかったようだが、アストロンはレクタの話を区切った。下手に話が
これ以上、弁明に付き合う必要はないと判断してのこと。
裏切っていないことを口にして欲しかっただけなので、話を誘導にかかる。
「俺も所属していたから、そのくらい想像できる。
レクタが口にした内容に
「お前の言葉を信じるなら、既に見限られたことになるな」
しかし意図を介せず、コレクターは疑問を投げた。
「耳にしなかったのは暴力組織に与していると判断されたからじゃないか。策を台無しにされないためにも秘密裏に進められていたんじゃないのか」
疑いの目をレクタに向ける。下手を打ったせいで自分たちが追い詰められているんじゃなかろうかと訴えていた。証拠はないものの、置かれている状況を考えれば、思いつくことであり、また納得してしまうことである。
「いや、それだと大人しすぎる」
レクタが反論するよりも先にアストロンが先に口が開いた。
「いや、十分に
「そういう意味じゃない。分かってて言っているだろう」
「さて、何のことやら」
「ともかくだ、こいつが裏切り者扱いされているのなら、今、攻められていないのが
茶々を入れるコレクターの言動を無視して、話を進めていくアストロン。
「今から4日後に攻めて来ることをレクタから聞いていた。それまで動き出さないと」
レクタは訳あって
「その日に向けて、俺たちは対策を
もたらされた情報を基にアストロンは作戦を考えていた。
もしもその情報がなければ、
攻め込まれる時期を把握していなければ、人質を盾にする前に攻撃を受けてしまう展開が起こりうる。管理することなく、町中にばら撒いたままにしておけば、敵に襲撃されるタイミングで必ず盾になってくれるとは限らなくなる。
自分たちの意図する位置に配置していなければ、盾の役割は果たされない。思い切った行動を相手に取らせない作戦が機能しなければ、純粋にぶつかりあっていた。
また人質を管理していなければ、
交戦時、
仮に
人質の存在はそれだけ戦局を揺るがす。戦力が
しかし
さすがに野放しにしていれば、町から飛び出していたため、見張る労力は当てていたが、それはいつもと変わらない。
相手の出方を
逆に無警戒でいれば、
動き出すきっかけを与えないためにも装っていた。情報が筒抜けであることを
警戒させる意識は表面上の狙いだけでも十分に機能するため、裏の狙いは明かさなかった。
交戦の決行日を知らせば、外に対する警戒が
「
昨晩の出来事が
「
仮に
秩序を守るために動いているわけだから、早々に片付ける事案であることは間違いない。周辺地域には悪影響が及んでいるものの、これ以上、見過ごせないが故に討伐に動いているから、
下手に長引かせれば、
「その点を考えれば、まだ見限られていないと断言してもいい」
だからアストロンはレクタを
敵と判断するには材料が揃っていないため、見限らずにいる。あからさまな証拠が浮き出てもいないから表面化させていない。
先の言動と裏腹な行動を起こせば、
だからコレクターの追及を取り下げようとアストロンは動いていた。
使える
「それに昨日の出来事は演出とは思えないから、こやつは裏切っていないと断言できる」
また作戦の穴を突かない戦法を
「せっかく構えた陣地を壊し、さらに怪我人や死者も出している。物資や労力や人材を台無しにしてまで、演技をするとは思えない」
外の様子を見回らせた者たちの報告で
いくら
何より派遣された立場にある。本部や支部の
そのことからして、不容易に捨てていいわけではないことくらい、すぐに思い至れる。余分に用意していたとしても不足の事態を想定していれば、無駄にしていいわけではないことくらい、考えつく。
任務を遂行した後に訪れる高揚感で無駄な浪費に走るのであればまだしも、まだ何も終わっていない。過去と現在と未来の負債、どれ1つも片付いていない。浮かれるには気が早い。
そのような観点からしても昨晩に起きた、町の外での出来事は
「それに弱みを触れ回る真似もしないと言っていい。奴らは恥を晒す真似だけは絶対にしない」
被害に
そのように広める気が更々ないとアストロンは思っている。やられ放題だった
長きの沈黙を破り、討伐に動いたと思えば、敵に泡を吹かされるとは情けない。自身が定めた秩序に逆らうことを容認するようであれば、統治機構として上に立つ資格はない。
自分たちの特権が奪われかねない状況に陥らせ、盟主として相応しい存在は己だと
それはなりふり構わず、デタラメに行動を起こしたがる、
どこまでの道程を含めるかの議論はあるものの、少なくとも
だからこそレクタはまだ見限られていないとアストロンは結論付けている。
「それは同意です。決してありえません。私が知らない作戦を持ち出すことはありましても、自身の評価を
レクタも同意する。元と現役、2人の証人により、昨晩の出来事は
両陣営が預かり知らぬ存在による仕業と考えている。
レクタはそのように考えているかは知らないが、少なくともアストロンはそのように思っている。状況と様々な想像から鑑みた結果、それが一番妥当だと考えている。
「裏切ってもいない、見限られてもいない。百歩譲ってそれは信じるとして、この場所はもう見捨てるべきじゃないか。敵に対する有利な要素が消え、
利用価値のなくなった場所を捨て、新天地での活動に目を向けるべきではないかと提案するコレクター。
先ほどの話が心から同意できないようだが、納得するまで時間をかけているほど、暇でもないため、話題を切り替えた。追求を取り下げ、差し当っての危機に備えた対策へと移らせようとした。
その1つとして意見を述べた。
自分たちが
その押しつけ先がなくなった今、この場所に拘る必要もないとコレクターはアストロンに訴えた。組織の気力が低下している今、やる気を
「わざわざ動かなくていい。それでは敵の思う
しかしアストロンはその意見を却下する。
「いや、考えてもみろ。何の価値もない場所を必死に守り、勝利したとしても大した利益は出ないだろうし、その代償に支払うものの方が
それに対してコレクターは食い下がる。損益を計算した結果、割に合わないから手を引くべきだと助言する。
「どうせ脱出するなら、戦力が万全の今であり、ここに
後で逃げに転じようと考えた場合、その時に抜けられる保障がないため、勝算のある今を狙うべきだと忠告する。
「町の外に拠点を構えられた時点でその作戦は詰んでいる。多少、あっちに想定外のことが起きたとしても、出入口を固められていることには変わりない。今さら動いても意味がない」
「逃げる気はさらさらなかったが、俺たちが逃げ出せないように
良くも悪くも町からの脱出口は1つ。
名目として、秩序を脅かす害意を刈り取るために
相手が逃げるつもりはなくともそこに人員を割かなければならない。無視できないことである。
今回の行動に
「改めて説明しなくても分かっている。わざわざこいつが教えてくれたことでもあるから
コレクターはレクタを指差しつつ、アストロンに食いかかる。
分かった上で引き
「貴様の気持ちは察している。自分の利益優先で動きたいことは理解している。最も大切とする所有の仮面をあいつらに奪われたくないから、口にしていることは分かっている」
先ほど
コレクターは仮面とその使い手の両方を欲している。相応しき存在が装着し、その姿を愛でたい。その願望が叶えるため、
その至福の時間が壊されそうになっているから、逃げ出そうとするのは当たり前と言える。自身の望みを可能とし、念願だった仮面を手放したくないと思えばこそ。
もちろん集めた仮面とその使い手も手放したくはないが、最悪、やり直すことができる。
またその使い手もこの世界のどこかに必ずいるため、今、適合している者たちを失ったとしてもそこまでの痛手ではない。
探し回る手間さえかければ、見つかるため、最悪見捨ててもいい。引き込む算段に頭を悩ませることになるが、自身が生き残ることを前提にしていれば、致し方ないことである。楽しみを捨てたくなければ、割り切る以外、他にない。
それに今は手元に
人材との巡り合わせが問題ではあるが、それは
仮にその仮面も取り上げられたとしても、複数枚、世界に存在するため、まだ諦めきれる。再び手にすることは難しかったとしてもまだ
しかしコレクターが大事にする所有の仮面は世界に1つしかない。
この世界に存在する17枚の
共同で使う可能性もあり得るが、独占される恐れを持っていれば、その可能性は限りなく低い。特にこの男は独占欲が強いため、余計にない。
世界唯一の仮面の1つであり、コレクターの欲深い性格を思えば、1度たりとも渡したくない気持ちは読み取れる。仮面の価値をよく知る、仮面の
どちらの仮面であったとしても警備と警戒が厳しい中、奪い取るのも簡単ではない。
前回は偶然にも入手できる経路が整い、試みが成功したから、コレクターは手にできている。
コレクターと約束したアストロンがその辺をよく知っている。
「そして貴様1人だけ逃げ出しても成功しない見込みが低いのもよく分かっている。
俺たちを隠れ
同時に釘を刺す。
散々好き勝手にやっておきながら、いざ自身が被害者になりかければ、尻尾を撒いて逃げるとは情けない。同じ目に
それと協力関係にある自分たちに同意を得ないまま、一方的に自身の損失を押しつける真似をすれば、関係を
そのようにも受け取れる内容だった。勝手な行動を起こしそうなコレクターに圧力をかけているかのように見えた。
「俺たちに対して、ほぼ無敵な性質でも、他の者たちを相手にするとなると、まだ十分ではない。
だから自分に向けられる注意を減らすた」
「自信がないからか。
都合の悪い展開になりそうだからか、コレクターはアストロンの言い分を全て聞く前に割り込んだ。
「俺を照準にした戦力を向けてきたとしても、俺だけなら、
過大評価もいいところである。
それでもホコアドクに寄せられた戦力が並ではないことは間違いない。
レクタからその全容を教えられている首領が身震いするほどである。歓喜の類ではあったものの。
感情の起伏はともかく、
そのような強者と対峙するにも関わらず、アストロンは自信満々に突破できると言ってのける。
裏付けられる実力があるからこそ、その場しのぎとも言えるコレクターの挑発に乗っかってしまったのであろう。大したことないと口にされ、つい否定してしたくなったのであろう。事実とかけ離れた発言をしてくれたものだから。
「しかし集団での突破は難しい。
兵としても
コレクターの挑発に流されるまま、終わるかと思えば、アストロンは冷静に物事を見つめていた。
そこまで面倒は見切れないと素直に認める。個人が頑張ったとしても首領とともに生き残れる者はそんなに多くないと語る。生き残れる可能性があるのは
「当然ながら、仮面も手放すことになる。仮面を被っていた者たちのはもちろん、使い道のない仮面、戦力拡大を促す仮面も見捨てることになる。大切なものではあるが、誰も自分のことで手一杯になるから、守り切れるはずもない」
さも当たり前とも言える結果を口にするアストロン。それはどうすることもできない、変えられない流れだと説明する。
「貴様の提案を
俺はそんな目には
だから貴様の進言の全てを採用しない。
勝率が高い道筋を捨てるわけにはいかない。今、組織を動かしてまで、門に向かうわけにはいかない」
そこまで計算しているからこそ、アストロンはこの屋敷から出ようとしない。
最初の方針を律義に守るのは状況を
コレクターの挑発を利用して、その理由を語り聞かせた。仲を
「しかし最初の作戦をそのまま使うわけにはいかない。
貴様の言う通り、いずれ、ここからは離脱する」
正しくは使えない。
情勢が大きく変わったため、練り直しは必要だと主張するアストロン。
またコレクターの提案を受け入れていることを口にした。
決して相対していないことを表明した。下手に
仕掛けるタイミングだけが違い、根本は違わないと伝えた。
「いつまでも
出入口が固められているとはいえ、まだ絶望する人数が押し寄せられてはいない。完全に逃げ場を封じるほど、密集した陣形を
コレクターの言う通り、早めに抜け出さなければ、厳しい状況を迎える。時間が経過するほど、自分たちが不利になるのはアストロンも分かっている。
だから機会を作る。
「ひとまず当初の予定通り、誘い込もう。
町唯一の出入口を守る戦力と俺たちを襲撃する戦力に二分し、屋敷に向かってきた奴らを負かしてから、この町を出て行く。追いかけ回せないほどの
手薄くなった場所を抜くため、敵を引きつける。追跡させないためにも足を奪っておく。
大体はそういう作戦で動くようにアストロンは2人に話した。
「本当なら、そうするつもりはなかったが仕方ない」
コレクターの言う通り、利益のなくなった町に留まっていても意味がない。
そうなってしまえば、配下は組織から離れていく。属する
そしてアストロンがわざわざ組織を立ち上げた意味もなくなるから周囲を寄せつけるだけの価値を見せつけなければならない。
「これが成功すれば、
次に居座る場所での宣伝になる。下準備に時間をかけずとも浸透させられる」
心象の悪さが付き
負かされて、逃げれば、非常に厄介である。再起できる望みはあっても立て直しは厳しいものとなる。苦労を重なることになる。
その
「それで具体的にはどう動くつもりだ」
「それはな」
コレクターの問いに答えようもした瞬間、扉が強く叩かれた。
突然の出来事に身を固めた3人。話を中断し、警戒する。誰にも聞かれない前提で議論していたため、身を構えた。
重要な話し合いのため、人払いをしていたにも関わらず、そこに割って来る者が現れた。
約束を破り、そして何度も何度も叩かれたため、非常事態だということが窺えた。
呼び掛けに対する答えを聞かないまま、部屋に入ってきた様子を見るとそれは確信へと変わった。
伝令役が慌てふためき、呂律が回っていない状態で喋っている光景を見せられれば、想定外が屋敷に放り込まれた事実だと知るには十分だった。
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