1章5節2項(31枚目) 災害に見舞われる町

 燃える、燃える、燃える。

 ホコアドク一帯が火の海になっている。

 囲いがあっても燃え盛る大火は隠しきれない。へいの高さを優に超え、内側で起こる有り様を容易に想像させた。

 開きっぱなしの町唯一の門からも様子の一部がうかがえるため、難しいことではなかった。逃げ場のない炎に焼かれる町の人たちや建築物などを見れば、いかに被害は甚大じんだいかが分かる。

 周りと比較すれば、その場所で起きている異常さが理解できる。夜の影響を受け、辺りは暗いが、町だけが昼並み、いや、それ以上の明るさで満たされている。月と星の光量ではまかなえない景色が目にできる。

 全容は把握できなくとも、一端を見せつけられれば、痛ましい現実だと認識できる。目の前に広がる荒れ模様が自然にそうさせる。

「どういうことだ」

 この男もそう。仮面暴徒ブレイカー討伐部隊の総司令官、キハル・ソンシャンはかけ離れている現状に驚きを隠せずにいる。部下から受けた報告の真偽を確かめるため、拠点の外に出れば、まごうことなき事実に意表を抜かれた。

「私に話していない情報でもあるのか」

「いえ、そのようなことはありません。本日、午後に伝えた内容以上のことはありません」

 ビックリはしているが、慌てふためいてはいない。想定外ではあったものの、冷静さは欠いていない。

 隣にいる仮面暴徒ブレイカー討伐部隊の副司令官、レック・レーフェンに激昂げきこうせずに問いかけるあたり、取り乱していない。戸惑いを部下にぶつけず、確認するべき点をくあたり、己の立場を忘れていない。今やらなければならないことに注力している。

「相手にとっても想定外なのか。

 それとも想定内なのだろうか」

 仮面暴徒ブレイカーの関与次第で対処が変わってくる。

 想定内であれば、これを機に行動を起こしてくる。

 出入口付近に伏せている構成員を動員して、攻め討って来るか。

 それとも仮面装属ノーブルさえも知りえない町の出入口から逃げ出しているのか。

 闘争と逃走。どちらにしても尋常じんじょうな火事で仮面装属ノーブルの注意をらして、戦力的不利な状況を打破しようと試みていることには違いない。

 しかしそれは仮面暴徒ブレイカーの筋書きで事態が進んでいる場合に限る。

 想定外であれば、今頃、仮面暴徒ブレイカーは慌てているに違いない。出入口から遠い位置に拠点とする屋敷があり、その道程に炎が及んでいるため、逃げるのもままならない。他に逃げ道がないにしても、渦中に飛び込むのは自殺行為と言える。

 さぞ苦しんでいることであろう。本当に町から脱出できる出入口が他になければ、尚更なおさらに。

 ほこを交える前に終わりを迎えるため、歯痒はがゆく思うであろう。自分たちの利益を守れず、一生を謳歌おうかできずに人生という名の舞台から降りることになるから。

 これを契機に仮面暴徒ブレイカー全滅ぜんめつするかもしれない。

 全滅ぜんめつする危機は回避できても、より劣勢な状況に追い込まれることは間違いないだろう。

 町が焼き崩れ、入り組んだ道がなくなれば、防壁としての役割が失われる。仮面装属ノーブルに攻め入れやすい布陣になるため、状況はより不利に働く。

 仮面装属ノーブルを返り討ちにする望みはますます厳しくなると見ていいだろう。打開策がなければ、本当に終いである。

 町とそこに住まう人々にしてみれば、大変不幸な出来事ではあるが、この世に悪逆の大輪を咲かせずに済むことを考えれば、これは必要な犠牲だと言えよう。

 仮面装属ノーブルが持ち込んだ財産を無闇に散らさずに済めば、今後の運営に大きな支障はないと言えよう。組織に携わる数を大きく減らさないため、実にお得な事態だと評価できよう。

 はばかることなく、口にすれば、世間に非難されるから、慎むことではあるものの、仮面装属ノーブルにとって非常に喜ばしい。

 想定外ではあったものの、内心、笑いが止まらない。部隊を指揮する立場にあるものの、可笑おかしくて仕方ない。

 その点に気づいてしまうと嬉しく思わないわけがない。都合のいい方向に転がってくれれば、手間をかけずに問題を片付けられるから。

 しかし喜んでばかりはいられなかった。

 この火事のせいで仮面暴徒ブレイカーが持つ仮面まで失ってしまえば、上層部から酷く非難されることになる。屋敷にいる暴力組織が焼け死ぬのは構わないが、そこにあると思われる仮面まで燃えてしまえば、重い罰を受ける可能性もある。討伐任務は果たせても、回収任務を果たせなかったから、その責任を取らされることになるだろう。

 町が焼失したことに対する事後処理のわずらわしさよりもそちらが気がかりである。

 仮面暴徒ブレイカーの討伐にいて、決断して起こしたわけではないにしろ、厳しく見られることは間違いない。潜入先にいる仲間の口添えがあったとしても、何らかの処分が下されることだろう。免れるのは厳しいと言える。

 だがその展望になると決まったわけではない。

 絶望的状況ではあるが屋敷に火が及んでいない可能性は捨て切れない。探ろうにも道が炎で阻まれているため、何とも言えないが、ありえないことではない。

 楽観的に構えようが、悲観的に構えようが、どちらにしてもやれることは限られおり、今は見えない展望に頭を働かせている場合ではない。

 そのことに気づいたキハルは現実に目を向けた。任務を遂行するため、現状拾える情報で判断して、周囲に指示する。気を緩めたせいで仮面暴徒たいしょうを逃がしてしまえば、それこそ、懲罰ちょうばつへと発展する。

 処分されないためにもキハルは気を引き締め直した。

「持ち場を離れずに警戒に当たれ。自分たちが全滅ぜんめつしないことを優先して動けと、広めに行け」

 検討した結果、キハルは待機することにした。町の騒ぎを見ている部下たちのざわめきを止めるため、この事態の報告に来た者に命令する。状況が読み切れないため、様子をうかがうことにした。いつでも動けるように気を配ることに決めた。

「残念ながら、今からあの火の量を抑えには走れない。不可能だから消火に当たるな。人命救助に動くな。その身が焼かれれば、任務に支障が出るため、心苦しくとも町には近づくなと、伝えに行け」

 人々の安寧あんねいのために動いていると宣言しているとはいえ、どうにもならないことには手を出さない。突然発生した火の手、それもみるみるうちに火の海になった町を救う選択肢はなかった。今から素早く鎮火ちんかできる手札もないため、切り捨てた。任務の真意を果たすためにも戦力を温存することにした。仮面装属ノーブルの損失を防ぐため、飛び込む決断には至らなかった。

「さっさとしろ」

 命令した部下が中々動かないため、キハルは急がせた。その者に発していることを示すため、指を差した上で。

 けれど実行に移されなかった。

 仮面装属じぶんたちに及ぶ脅威きょういが発生したため、キハルの命令は取り消されることになった。明確に撤回したわけではないものの、状況がそうさせた。

 突然吹いた暴風のせいで動こうにも動けなかった。町の方角から、いきなり上空から叩きつけられた突風にやられ、予定が崩された。

 屋内から外に出たキハルとレック、そして周辺警備に当たっていた者たちはあおりを受けた。

 かろうじて踏み留まった者、地面に跪いた者、地面に背中を打ちつけた者、飛ばされた者。

 傷つきの有無と酷さに個人差はあるものの、平然と立っていられた者はいなかった。外にいた者で絶命に至った者はいないものの、手痛くやられた。

 防御体勢に移せた者はおらず、また次に起こりうるかもしれない出来事に備えられる者はいなかった。無防備な状態を晒すことになった。

 被害は外にいた者だけではない。1日かけて構築した基地と屋内にいた者たちも被った。

 むしろ、そちらの被害が甚大じんだいだった。

 組み立てたテントは吹き荒れた風に耐え切れず、ペシャンコに崩れるものもあった。支えが部分的に壊されたものもあれば、テントごと飛ばされるものもあった。

 さらに風の勢いに乗ったテントが別のテントにぶつかり、破壊に至ったものもあった。

 その勢いが止まるまで、進行方向にあったテントに突撃する始末。数を引き連れ、壊しに走った。

 その中にいた者たちにも大きな被害が出た。程度の差はあれど、無傷で済んだ者は少なかった。異変への気づきへの差はあれど、回避できないまま、物量に圧し潰さる者がほとんどだった。逃げ場がほとんどない場所にいたため、重みに押しつけられた。

 中途半端な倒壊で済んだおかげで奇跡的に助かった者、天井の布が落ちて体に巻きついた程度で済んだ者もいた。響いた轟音ごうおんに驚き、その場に転げるだけで終わった者もいた。

 微々的被害だった者も中にはいた。不安視することなく、引き続き任務に従事できる者もいた。

 しかし大抵がそうではない。

 倒された柱の下敷きになった者、飛んできた柱で体がえぐられた者、テントを突き破った風に運ばれた物体にぶつけられた者。

 何かしらの怪我を負う者の数が多かった。手当を受け、体を休めれば、再び任務に従事できる者もいれば、手当てを受けても重傷すぎて、復帰に望めない者いた。

 酷い話、その場で息絶えた者もいた。任務を成し遂げることなく、った者も確実にいた。

 5秒ほど吹き続いた風に当てられたせいで部隊は酷く損耗し、日中かけて構築にはげんだ基地はボロボロになった。死傷者が出て、多くのテントが使い物にならなくなった。任務に支障が出る事態へと発展した。

 治めるどころか、騒ぎは余計に大きくなり、混乱が周囲に伝播でんぱするのはそう時間はかからなかった。

「やってくれたなあああ」

 大した怪我を負わなかったキハルは空に向かって怒号を放つ。仰向きに倒れた体を起こし、厄災やくさいとなった突風が吹いた先に向かって、声を張り上げた。

 頭にきていたとしても自然現象にぶつけても仕方がない。報復できるわけでもないから叫ぶだけ無駄である。

 普通であれば、そうだが、この時ばかりは違った。

 空に浮かぶ者がいた。朧気おぼろげではあったものの、捉えることができた。火に照らされ、その姿を見ることができた。

 キハルが視線を送る先に緑色の肌をした存在が宙に立っていた。甚大じんだいな被害をもたらした風を止め、仮面装属ノーブルを見下ろしていた。

 それ以上、詳しいことは分からないが、常人では不可能な芸当、仮面の適合者バイパーでなければ、説明がつかない出来事を起こす者がそこにいた。

 その声に釣られ、キハルの周囲にいた者たちは空を見上げた。キハルを見て、その矛先ほこさきを追うことで認識した。外にいて、体の自由が利く者は奇怪な現象を今も起こす、正体不明の存在に目が向いた。戦闘に発展するかもと思い、動ける者は警戒した。

 取り乱したかと思いきや、キハルは全体の意識を切り替えさせた。これ以上、被害を広げないためにも空に目を向けさせた。対処できるように構えさせた。明確な敵が現れたため、そちらに誘導した。

 しかし気を引き締めたところで大きく動けない。

 場所が場所なので手出しできない。

 その領域に踏み入るか、それともこちらに引き込むか。

 間合いを解決しなければ、宙に浮く存在に手が出せない。

 その問題を容易に埋められなかったため、キハルは周囲に具体的な指示を出せずにいた。敵対者と認めた相手に注意を払いつつ、自陣をキョロキョロ、目を動かしていた。

 仮面の適合者バイパーには仮面の適合者バイパーを。自身が持つ仮面で現状を打破するのが難しいのか、被る素振りも見せなかった。後生大事にふところに忍ばせている仮面に手を伸ばさなかった。

 周囲も一歩踏み込めずにいた。

 場を乱さないためか、多くの者は総司令官の言葉を待っていた。

 部隊として、正体不明の存在をどのように取り扱うべきか、方針が決まっていなかったため、独自に動こうとしなかった。

 自軍に被害をもたらしたから敵であることは間違いないだろうが、有無を言わせることなく抹殺するか、それとも捕縛して情報を引き出すかの方向性が定まっていないため、上の判断をうかがっていた。

 特に仮面を持たない者がその層を占めていた。手が届かないにもほどがあるから待機に務めていた。物理的な意味だけでなく、突飛すぎる状況に食い込めないという意味も含めて。

 事情は違うものの、仮面を持つ者も行動を起こせなかった。号令を待たずして、先んじて踏み出す気概を持ち合わせた者もいたが実際に事を起こせずにいた。同じ常軌を逸した力があっても相性のせいで仕掛けられずにいた。自分なりに考えた、上が求める結果に手が届きそうにないから動けずにいた。

 有効と思える策を思いつけず、各々、地面に張りついていた。怪しい挙動を見せないか、対象を監視するしかできなかった。歯痒はがゆい気持ちであふれていたとしてもにらみつけることしかできなかった。

「引っ捕らえええ」

 そう、ただ1人の例外は除いては。

 静まりかえる場所に声が響いた。己が果たす行動を口にして。

 誰もまともにちょっかいを出せずにいたところに空をける者が輝きと共に現れた。翼を生やした仮面の適合者バイパーに姿を変え、仮面暴徒ブレイカー討伐部隊に喧嘩けんかを売った者に近づく存在が颯爽さっそうと現れた。空中で不遜ふそんたたずむ敵対者に相対する、勇敢なる仮面装属ノーブルがそこにいた。

 この場面でも遺憾いかんなく力を発揮できる唯一の戦力、キハルが探し出そうとしていた空中戦に打って出られる存在、仮面装属工作局ノーブル・ストラクチャパーティー第一等級初級者ファースト・ビギナー、ハロルド・ローハイが翼を羽ばたかせ、突撃する。

 翼の一部に目立つ白さと手足・口元の黄色さを除けば、全体的に暗い茶色に覆われている鳥類、大鷲おおわしがモチーフとなった仮面の性質を借り、風と一体となって、襲撃する。

 鋭きくちばしを武器に敵をえぐりにかかる。自身を槍に見立て、空気を突き破り、見定めた対象へと猛進する。

 しかしその攻撃は相手に届かなかった。

 両手を前に突き出し、そこから風が放たれたことにより勢いを止められた。逆風を当てられ、退けられた。うねりを上げる旋風により、弾き飛ばされた。

 勇ましく声を張った男は仮面装属ノーブル喧嘩けんかを売った仮面の適合者バイパーに近づけなかった。

「くっ」

 それならばと別の角度から突撃を仕掛けるハロルド。体勢を立て直し、勢いつけて、ぶつかりに行く。

 けれど結果は変わらなかった。

 放たれる風に阻まれ、相手のふところに踏み込めなかった。

「それなら」

 あしらわれたハロルドは同じ行動を取る。

 しかし同じ手で返され、近づけない。

 けれど彼は諦めなかった。

 飛ばされた体を旋回して、愚直に別の角度からの突撃を繰り返す。

 何度も行うことで相手の警戒を緩めさせようとしていた。単調に同じ作業を行わせ、油断させようとしていた。動きが疎かになった瞬間を狙い、一気に距離を詰め、攻撃を当てる。怠慢を誘う作戦でハロルドは動いていた。

 要は根比べだ。どちらが先に参るかを賭けた勝負に打って出た。

 数に頼れれば、ここまでの苦労はしていない。連係ができていれば、注意を引きつけている間に敵を叩くこともできるが、地上の仲間との協力が望めない以上、期待できなかった。参戦してこない以上、自身が取れる方法で相手をめる以外、他に道はない。

 しかし仮面装属ノーブルにちょっかいをかけた仮面の適合者バイパーは中々隙を見せない。

 全方位、あらゆる角度から突撃を仕掛けるハロルドの猛攻を淡々と防ぐ。淀むことなく、彼を寄せつけない。きもせず、風をぶつけ、相殺する。一直線に投擲とうてきされるが如く、空気を突っ切る男をそれ以上の勢いで押し戻す。

 果敢に繰り返すこと、12度。十分な成果を上げられることなく、13度目の突撃をハロルドが試みようとした、そのとき、状況が大きく動いた。

「はっ」

 正体不明の仮面の適合者バイパーの背後で燃えていた町の炎が突然消えた。留まることの知らない、まるで業火がこの世に顕現けんげんしたかのような状況が崩れた。嘘だったかのようになくなった。

 場景じょうけい衝撃しょうげき的過ぎたため、思わず、ハロルドは止まってしまった。自身が成そうとしたことがかすむくらいの情報が目に入ったため、突撃の構えを解いてしまった。

 そのタイミングでハロルドの相手をしていた仮面の適合者バイパーは撤退し始める。背中を堂々と晒して、その場から一目散に離れていく。後方から攻撃を受けても構わないと受け取れるくらいに無防備だった。劣勢な状況に追い詰められていないにも関わらず、いち早く、この場所から離れたがる素振りを見せていた。

 相手の思惑がどうであれ、何度も失敗しても挑戦したハロルドにとって、最大のチャンスが訪れたわけだが、その後を追うことは叶わなかった。

 放出する風を推進力にして、爆走する者の後ろなど、追えなかった。いくら空を飛べるからと言っても、吹き荒れる暴風の中を突っ切るのは難しかった。巻き起こされた流れに逆らえず、その影響をまともに受けたため、大きく引き離された。大きな傷害は負わなかったものの、風に捕らわれ、追跡できなかった。

 やっと動けるようになった頃にはその者の姿は消えていた。1度も相手に触れることなく、相手を逃がしてしまった。

 逃走した方角は分かっていたがハロルドは追わなかった。仮面暴徒ブレイカーが拠点にする屋敷の方角に飛んで行ったことは知っていたが、その周辺に降り立った確証がなかったため、ハロルドは屋敷には向かわなかった。

 賢明な判断だった。敷地内に降り立つ瞬間を目にできていたとしても、別の敵と鉢合わせするだけだから、確証があっても深追いするべきではない。

 戦闘面に秀でている管轄パーティーに所属していた、元仮面装属戦闘局ノーブル・マーシャルパーティー第三等級熟練者サード・エキスパート、現仮面暴徒ブレイカーの首領のアストロン・イルルイドが座している場所に単独で乗り込んでも勝算はない。

 元とはいえ、管轄パーティー階級ランクで単純に比較しても敵わないのは明白である。資材調達や人材発掘など、各管轄パーティーの職務に支障をきたさないように活動に勤しむ職務に就いている者では太刀打ちできないことは分かり切った事実である。

 厄介な存在が確実に1人おり、さらに敵の仲間がいることを考えれば、ハロルドの判断は間違っていない。仮面暴徒ブレイカーに潜入している仲間と合流できれば、事情は多少変わってくるものの、それができなければ、無駄死にである。みすみす戦力を減らさなかっただけ的確に判断できていたと評することができる。

 今回は緊急事態だったため、致し方ないが、そもそも支援を生業にする工作局ストラクチャパーティーが戦闘に直接関与するべきではない。

 仮面の適合者バイパーであるから、再現された性質を活かせれば、戦うこと自体、難しいことではない。立ち回り次第で勝利をつかむこともできる。

 しかし戦闘の適性に欠けているため、工作局ストラクチャパーティーに配属されていることを忘れてはいけない。

 適性が必ずしもないとは言い切れないが、それでも日々の訓練や業務に費やす密度を考慮こうりょすれば、その差をなくすのは容易ではない。

 複数の強みがあったとしても、職務の関係上、普段鍛えられない分野への時間の注力が優先できない以上、戦闘にける実力を高めるのが困難になるのは致し方ないと言える。

 普段の行いが戦闘への資質に直結しないわけではないにしろ、専門に特化した環境に身を置かなければ、鍛え上げたい部分の実力は磨きにかけられないことであろう。

 そうなると実力の向上も期待できないと言っても過言ではない。何がきっかけで伸びるかは定かではないにしろ、より濃い体感でなければ、培われることもないだろう。

 実力を保たせることに躍起やっきになるのが関の山と言える。

 最悪、衰えさせてしまうことに繋がりかねない。

 それだけの格差があるため、工作局ストラクチャパーティーに属する者が戦闘に勤しむべきではない。戦線が維持できるよう、支援に徹するべきである。

 一概に言えることではないが、少なくともハロルド・ローハイに関して言えば、前線におもむくべきではない。

 単独でどうにかできるのであれば、他の仮面の適合者バイパーを率いた部隊を上層部は立ち上げていない。ハロルドが相応しい実力を兼ね備えていれば、ホコアドクに派遣されていたのは1人だけだったに違いない。集団で活動することに変わりがなくとも、彼を総司令官にして、現地に送り込んでいたに違いない。

 その者が戦闘面で期待され、今回の任務に選ばれていない点は現実で十分に物語られている。

 様々な情報と推察を統合すれば、これ以上の越権は許さておらず、また独断で決めることではないのは確かと言える。裁量は地上で待つキハル・ソンシャンにあり、ハロルドはそれに従うのみである。

 彼はそのことを理解し、弁えている。

 だから部隊の総司令官に任せることにした。

 仮面装属じぶんたちに襲撃を仕掛けてきた者の正体とその目的、さらに町で起きた出来事への関与、そして今後の立ち回りなど、様々な不明点への判断を。

 自身は直接対峙して感じ取った情報と空から見た残骸ざんがい、つまり燃え尽きた町と破壊された基地の様子をキハルに報告する。検討事項に対する判断材料を提供するためにも。

 私見を述べれば、ハロルドは仮面暴徒ブレイカーからの回し者ではないと思った。短絡たんらくではあるが、彼らが身につける上着を羽織っていなかったから、そのように考えた。

 事前情報として受け取っていた仮面暴徒ブレイカー仮面の適合者バイパーで今回の出来事を起こせるような存在がいなかった点も含めれば、全く別の第三者が仕掛けてきたものではないかと判断した。暴力組織に潜入している仲間を信じれば、あながち間違っていないと言える。

 ではその正体は誰かと問われれば、分からないとしか言えない。

 不明なものは不明としか答えようがない。

 それでも判明している事柄はあるため、それだけでも彼は伝えるつもりでいる。

 緑色の肌であった点、風を操っていた点、風車と思しき形容が仮面に刻まれていた点、そして黄金に輝く首輪をめていた点など、報告できることは数多くある。

 それらの情報を含め、ありのまま、伝えることにした。事実と仮説を混合せず、口にするため、ハロルドはキハルの下へとけ寄った。

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