1章5節3項(32枚目) 町に災害をもたらした者たち

 ほんの少し時をさかのぼる。これは町が盛大に燃える前の出来事。

 ホコアドクを囲むへいの外、ちょうど仮面暴徒ブレイカーが拠点にする屋敷の後ろに位置する場所。すぐ後方というわけではないが、ともかく町の最奥さいおうにある建造物の延長上にその者たち、5人が近づいていた。

 集団の先端に1人とその後ろに2人。合計3人の仮面の適合者バイパーと思しき者たちが前方を歩いていた。

 その者たち全員共通して、黄金色に輝く首輪をして、胸部と背面がよろいを連想させるかのように盛り上がっている。

 無数の矢印が描かれている仮面、円光を思わせる模様が描かれている仮面、そして風車を思わせる模様が描かれている仮面。

 それぞれが被る仮面は違っているのは当然として、それ以外で異なっているのは肌の色。先端に陣取る男性は黒に近しい灰色、その後ろに控える2人はそれぞれ陽光色と緑色の肌をしていた。

 そのうち、黒に近しい灰色の肌をした仮面の適合者バイパー1人だけ、体に線が入っていた。

 体の側面、よろいと思える部分から伸び、腰のところで股に向けて収束している。肌の色よりも濃ゆく、暗い色で引かれている。

 その3人を除けば、残る2人は人の姿をしている。仮面を被っておらず、素顔を晒す男女1人ずつ。仮面の適合者バイパーに見えない者たちが集団の後方を務めていた。

 この謎の集団で面が割れている者が3人いる。

 1人はガクウ・ポルポ。仮面暴徒ブレイカーから派遣された仮面の適合者バイパー獅子しし仮面の適合者バイパーが率いた集団、仮面暴突クラッシャー壊滅かいめつさせた男。

 ホコアドクを不当占拠する暴力組織の傘下さんかを潰しに回った1人が仮面の適合者バイパーの姿で歩いていた。風車を思わせる模様が描かれた仮面を被り、先頭にいる、黒に近しい灰色の肌をした仮面の適合者バイパーの後ろに控えていた。隣に陽光色の肌をした女性とともに。

 残る2人はティアス・ティフィカルテとピルク・トフィー。仲間の合流を待つため、ホコアドク近くにある森に潜んでいた男女。恋仲を装い、目的を隠蔽いんぺいしていた。

 その目的は仮面暴徒ブレイカーが持つ100枚の仮面にある。仮面装属ノーブルによる仮面暴徒ブレイカーの討伐に乗じて、仮面を横取りする計画を練っている。

 少人数であるため、直接克ち合わず、周到に準備を進めた上で事を成功へと導く。戦闘を主眼にしていないため、隠密おんみつに進めていく。

 目的は仮面にあるため、他がどうなろうと知ったことではない。統治領域フィールドの運営に関わる存在ではないため、劣悪な環境下に置かれている人々の救済など、歯牙しがにも気にかけない。

 災禍さいかをもたらす非道な存在を積極的に根絶やしにしようと微塵みじんにも思っていない。目的の達成が阻まれない限り、関与するつもりはない。

「早速だが、今宵こよいの作戦をお前たちに伝える。俺様たちの主、この世界に仮面をばら撒いたとうとき御方をなげかせた者たちに報いを与えるため、今日もはげめ」

 仮面暴徒ブレイカーが持つ100枚の仮面の回収を目的とした5人は町と外界の境界として立ちはだかるへいに辿り着き、そこに背を向ける1人の仮面の適合者バイパー、黒に近しい灰色の肌をした男性が全体に声を発した。話を始めるきっかけを作る。

 他の者たちはその男性の行動にならい、足を止める。発した言葉に耳を傾けるため、列を崩し、横並びへとなる。その男性と向き合う形で話を聞く。

 細部に違いはあれど、各地に伝わる世界再興物語に登場する存在、一部では神様とあがめられている存在を口にしつつ、本日の作戦を伝えようとしていた。現実に存在していたか怪しい存在に仕えている、と戯言ざれごとに思われてもおかしくない言動を抜かす輩は口を動かす。

 妄言もうげんもしくは妄信もうしんしている、現実と虚構の区別をつけられない愚か者、と評されているかもしれない男性の言葉を周囲も否定せず、受け入れる。

「この場は俺様、中級索敵者ミドル・サーチャー、レオレ・トフィーが代理を務める。正式な指揮官が合流するまで、本作戦は俺様が指揮を執る」

 集団内で通じる自身の身分と階級を明かし、そして名前も口にして、先へと進めていく。

「俺様たちの主の失望を買わないよう、仕える俺様たち、近似人種アプレイスと俺様たちに協力する人種一同、務めを果たす」

 口上が凝り過ぎていた。設定を作り込み、なりきっている。さも使者であるかのように振舞うレオレ。

 それに反発しない周囲もまた同類だった。恥ずかしがらず、誇らしげであった。

 はたから見れば、世界再興物語に執心し、自身の行動の正当化に利用している集団に見える。仮面の適合者バイパーに姿を変える際に聞こえる言葉通り、世界に仇なす者たちから仮面を取り上げている、危険思想を持つ者たちと思われても仕方がない。

 利益をむさぼり、損失を押しつけ、責任の所在を他者に転嫁させかねない集団である。

 この場合、問題が生じれば、その神様、とやらに投げるであろう。あがたたえる存在のために尽くしたから、自身は悪くなく、罪があるとすれば、自身が仕える主の判断である。

 しかしそれは許されない所業である、と訴えるであろう。

 滅亡めつぼうの危機にひんしていた星の命運を変え、人類に恩恵をもたらした存在を糾弾きゅうだんするとは何事か。制約を受け入れ、与えられた力を自分勝手に利用しておきながら、制約通りに処断に走れば、逆ギレするとは何事か。

 自身の判断と行動を悔い改めろ、と物申してきた者にぶつけるであろう。

 無価値であることを認めたくなければ、消しかけに走るのは明白である。行動とそれによる利益を取り上げられたくないのであれば、尚更なおさら。己が積み重ねたことを否定され、崩れ去ることを嫌っていれば、交戦に揺るぎはない。

 敬愛する主のため、という建前で動くに違いない。

 例え、その存在が過ちだったと認めたとしても、否定するであろう。根こそぎ奪われる立場に追いやられることを嫌えば、どのような手段に打って出てでも、主を止めに走るであろう。

 真に付き従う者でもない限り、大いに起こしうる行動である。自分たちが祀り上げる神様を頂点にした集団であり、その存在もしくは準じる存在が下した判断を絶対とする教示が叩き込まれていれば、徹底抗戦にはげまない。すんなりと受け入れる。納得できなくとも、主の顔を立てて、手を引く。尊重すべき相手を見誤っていなければ、己の矜持きょうじは捨てられる。

 今までレオレが口にした言葉が本当であればの話である。

 そして主と定める存在に傾倒していればの話である。

 それらの前提でなければ、成り立たたない。

「打ち合わせを始める前にこれだけは言っておく。ここでは俺様以外、細胞回線リレーションを発動させるな。密談でエネルギーを使うな。通信を使うのは俺様だけだ。他は消耗を避けるためにも、これ以上の鍵認証キーセンスを禁じる」

 先の真意はさておき、本格的に話を始める前に禁則事項を述べていくレオレ。

 打ち合わせを円滑に進めるため、余計なやり取りを封じた。話に集中させるため、ヒソヒソ話を禁じた。

 そういう設定でいくと明言した。

「本日の行動は2つ。1つはホコアドクの処分。もう1つは仮面装属ノーブルの陣地への強襲を決行する」

 肯定と否定、どちらの反応もうかがうことなく、本格的な話へと移った。周囲の反応を無視して、先へと進める。

仮面暴徒ブレイカーが防壁代わりにする町並みとそこに住まう者たちをこの期に一気になくす。地の利を活かして、相手の進撃をいなし、数を減らす作戦を取らせないようにする。

 今朝方、離れ離れになっていた俺様たちが合流した際、ピルク・トフィーが改めて語ってくれたが、仮面暴徒ブレイカーはこの町に派遣された仮面装属ノーブルよりも規模が劣っている。そのことからして、十分にその選択も考えられる。

 だから予め切れないようにしておく。

 今確認したところ、仮面暴徒ブレイカーの多くの構成員は屋敷にいることが判明した。敷地の外にいるのは町唯一の門を見張る者たち、4人と判明した。その中に仮面の適合者バイパーに姿を変えられる者がいないことを確認した。

 これにより仮面暴徒ブレイカーは今すぐに討って出ないことが確定した。

 理由としては長期戦を視野に入れているからであろう。備蓄をたんまり用意している報告が入っているから、そのように読み取れる。

 初日から戦力を減らすまいとしていることがうかがえる。屋敷に固めている理由はそのようなところではないか。

 だからその目論見を潰すためにも町を更地にする。

 仮面装属ノーブルに攻められやすい盤上ばんじょうにすることで絶え間ない緊張と消耗で追い詰める。回復させる暇を与えず、短期間で終わるようにこれから仕込みに走る。仮面装属ノーブルのさらなる増援で状況がき乱される前に終わらせるように働くとする」

 彼らの到着を待っていたピルクたちは本日、無事合流を果たした。

 そして今宵こよい仮面装属ノーブル仮面暴徒ブレイカーが騒動を起こしているすき仮面暴徒ブレイカーが持つ仮面を横取りするため、その布石を打ち明けた。

 その行動の意味を状況と照らし合わせつつ、区切ることなく、レオレは一気に説明した。

 今さら話すようなことではないが、仮面暴徒ブレイカー仮面装属ノーブルには戦力差があり、特に仮面を持たない者たちとの差が大きい。

 レオレたちが入手した事前情報を前提に語れば、数にして、前者は80人弱、後者は400人弱。おおよそ5倍の差がある。

 今回の仮面暴徒ブレイカーの討伐に関わる、仮面装属ノーブル仮面の適合者バイパーはまだ全員揃っていないものの、揃ってしまえば、仮面暴徒ブレイカー仮面の適合者バイパーとの数は互角になる。

 仮面の適合者バイパー同士、1対1で組み合えば、それ以外の戦力の形勢は1対5となる。単純な発想ではあるものの、仮面暴徒ブレイカーは劣勢にある。

 しかし仮面装属ノーブルの戦力が揃う前に攻め入れば、多少、戦局は好転するように思えるし、その可能性は大いにある。

 相性があるため、一概に言えない。

 それでも1対多、仮面の適合者バイパーの数で劣る仮面装属ノーブル仮面暴徒ブレイカーが追い詰められる見込みは出てくる。

 仮面を持たない者たちの差が大きくとも、主力である仮面の適合者バイパーがいなくなれば、その差も十分に覆る。消耗しているとはいえ、尋常じんじょう離れした存在に仮面を持たない者が勝つ見込みは低い。片付けた後に参戦でもしてこられたら、絶望的と言える。

 それだけ仮面の適合者バイパーは厄介な存在である。

 唯一とも言える仮面装属ノーブルすきを付かなければ、仮面暴徒ブレイカーは討伐される運命にあるだろう。

 けれど仮面暴徒ブレイカーはそのすきを付こうとしない。

 レオレの言った内容、どこで仕入れた情報か定かではない代物が事実であるならば、仮面暴徒ブレイカーのほとんどの構成員は屋敷に引きこもっている。自身に訪れている好機に気づいていないため、劣勢な状況を覆す望みは薄いと言える。

 それでもまだ救いはあった。

 仮に互いの戦力が揃ってから抗争が始まったとしても、仮面装属ノーブルはそのつもりでいるが、いきなり仮面暴徒ブレイカー窮地きゅうちに追いやられる事態には発展しない。

 一気に攻め込まれる地形ではない。へいがあり、建物があり、何より仮面暴徒ブレイカーの被害者がいるため、仮面装属ノーブルは手出ししにくい。

 救済のために動いている、と表明しているため、町の人たちを見殺しにできない。盾にされれば、躊躇ちゅうちょせざるを得ない。

 その者たちを犠牲にすれば、糾弾きゅうだんの火種になりかねない。仮面暴徒ブレイカーの被害者が生き残っていれば、そのときの状況を口にする恐れがある。悪評が立てられる可能性があるため、仮面装属ノーブルはおいそれと見捨てられない。

 懐柔かいじゅうにより口封じができたとしても、対象かられてしまえば、無意味である。その数を把握できていなければ、結論は変わらない。

 弊害へいがい懸念けねんを引きずったまま、事態が硬直すれば、討伐は長期に及ぶ。町に派遣されている部隊だけで片付けられないのであれば、さらなる人員が町に雪崩なだれ込む可能性が出てくる。

 その芽をみ取るためにレオレは町を更地にすることを宣言した。仮面暴徒ブレイカー仮面装属ノーブルの弱点を攻め、戦局を好転させる、下手をすれば、町に派遣された仮面装属ノーブルを追い返すことになれば、騒動はさらなる面倒事へと発展する。

 わずらわしい方向に進むことをレオレは嫌がっているため、その要素を潰す行動を起こすことにした。

 仮面暴徒ブレイカーにとっての有利な条件を排除して、さらなる劣勢へと追い込む狙いでいる。苦境に立たせ、滅亡めつぼうへのカウントダウンを早めようとしていた。

「そうは言っても仮面装属ノーブルが動かなければ話にならないから、そっちの尻を叩き、部隊に動いてもらうことにする。仮面暴徒ブレイカーの討伐を長引かせないためにも、基地を襲撃し、あっちの物資と人員を削る。

 長期戦に臨めないように仕向ける。十分な資源を持たせないことで早期解決へと向かわせる。時間をかけるほど、苦しむ状況に追い込まれるように働きかける。切羽詰まらせた状態で任務に当たらせる。こっちの行動を止められない程度に弱らせる。

 仮面暴徒ブレイカーとの戦いの前に被害が出たとしても、仮面装属ノーブルは撤退することもできん。それをやってしまえば、相手を勢いづかせることになり、また逃げ出す機会を与えることにつながるから、仮面装属ノーブルが尻尾を撒くことはできない。

 仮面暴徒ブレイカーが調子に乗り、余計に手がつけられなくなるから、下がることはない。部隊の維持が保てないほどに損耗させない限り、それはありえない」

 しかし仮面装属ノーブルに協力してもらわなければ、先の狙いは実現できない。

 2つの勢力が争っているすき仮面暴徒ブレイカーが持つ仮面100枚を手にする算段で動いているため、彼らは仮面暴徒ブレイカーを直接潰せない。撤退時に襲撃されないことを考慮こうりょしていたため、関与しないことにしていた。

 そのため、自分たちが担えない役割を仮面装属ノーブルに押しつける。

 ホコアドクで悪逆を冒す暴力組織の討伐名目で動いているから、そのように働きかけなくても動きはするが、より積極的になるように発破をかけることにした。

 仮面暴徒ブレイカーが防壁代わりに目論んでいた町並みとそこに住む人たちがいなくなれば、仮面装属ノーブルは大分楽に攻められる。人質がいなくなるため、遠慮えんりょする必要がなくなる。

 時間をかけて、なぶり殺しにわせることもできる。救済せんとしていた人たちにさらなる苦しみを与える心配がなくなるため、仮面暴徒ブレイカー疲弊ひへいさせていく作戦が取れる。弱り切ったタイミングで全力をぶつければ、確実に仕留めることを見据みすえた行動も起こせるようになる。

 その作戦を取らせないためにレオレは仮面装属ノーブルの基地を壊しに行くことを宣言した。地獄になる未来を想像させ、事態を早急に収束させるように促すために行動を起こすことにした。全滅ぜんめつは狙わないが、撤退しない程度には追い込むつもりでいる。

 どちらか一方に味方をするつもりはなかった。等しく衝撃しょうげきを与えるつもりでいる。

「それで前者の作戦を低級索敵者ロー・サーチャー、ラピス・ヌルクが務めろ。

 後者の作戦は低級索敵者ロー・サーチャー、ガクウ・ポルポが務めろ。

 俺様は2人の作戦を管制するためにへいの上に立つ。

 残る2人はここで待機。お前たちの存在に気づく輩が現れれば、ピルク・トフィー、お前がその者を仕留めろ。俺様たちの正体に感づかれる要因を排除しておけ」

 本日決行する2つの行動のそれぞれの意味を語った後、レオレはそれぞれに役割を課す。各個に指示を渡らせる。

「ラピス・ヌルク。お前は日輪の仮面の性質で町を燃やせ」

 ホコアドクの処分について、その行動に当たらせる彼女にレオレは具体的な指示を授けていく。円光を思わせる模様が描かれている仮面を被った、陽光色の肌をした女性にその役割を背負わせる。

「日照で温めるのがお前の持つ仮面の基本的な性質だが、鍵認証キーセンス過剰展開オーバーフローを起こせば、恒星として太陽が保持する熱を再現できるから、その熱量をホコアドクに叩きつけろ」

 普通はできないが、近似人種アプレイスであれば、仮面に宿る性質以上の力を引き出せるということか。かたっていないとするならば、彼女が持つ能力で仮面に宿る性質の真髄しんずいとやらで町一帯を覆うことができるということか。

「ただし仮面暴徒ブレイカーが持つ100枚の仮面の保管先である屋敷と町を囲むへいには被害を及ぼすな。

 仮面が今も屋敷にあることは先ほど確認したから、回収できない事態を引き起こすな。間違っても屋敷に火をつけるな。

 そして仮面暴徒ブレイカーが逃げ出さないように囲いも取り除くな。

 仮面装属ノーブルから引き離れる要因は作るな。足止めする者がいなくなれば、俺様たちの目的が果たせなくなるから、被害を及ぼさないように制御しろ」

 真意は不明だが可能であるからこそ、指示を下しているのであろう。

 そしてその指示はただ燃やせばいいだけではなかった。

 狙って燃焼させる注文がつけられた。

 一体どこから仕入れた情報なのかは不明だが、彼らが目的にする仮面の保管先に被害を及ぼしてはいけないことくらい、誰でも分かる。屋敷が火事になれば、一緒に燃えてしまう危険性が出てくるから、とてつもなく抜けている者でもない限り、分からないことではない。

 仮面装属ノーブルの対応に目が向いているすきに仮面を回収する方向で作戦を組んでいるため、前提を破綻はたんさせないように動くのは当たり前である。

 仮面暴徒ブレイカーを釘づけにする存在がいなければ、自分たちで働くしかなくなる。仮面暴徒たいしょうを抑えつつ、その上で仮面を回収しなければならない、非常にわずらわしい状況で打って出ることになる。

 それを避けるための作戦であるから被害を及ぼさないように調整を図るのは当然である。負担がかかるとしても、正確さが求められるのは致し方ないと言える。

「お前はこの行動を以ってして、死んでもらう。

 だから後顧のうれいなく、全力全開の本気で望め。

 俺様たちの目的のため、生命活動に必要なエネルギーを枯渇させろ」

 さらなる注文を一切の怯みなく、淡々と、冷たく口にするレオレ。

 町を処分すれば、ラピスの存在価値はない、と告げたような台詞だった。

 命を糧にしなければならないほどに仮面の回収もくてきを重要視している。そのためであれば、自殺を強要することもいとわない。遠慮えんりょなくしぼり尽くす選択を平然と提示できる。

 仕える主のためであれば、命すらも踏みにじれる、と言うことであろうか。

「いくら死んでいいからと言っても、燃やしたままにするな。放置すれば、へいに火が移ってしまう。

 だから生命活動の限界が訪れれば、出現させた熱量は消せ。

 引き起こした結果はどうにもならないが、火種を取り除けば、それ以上の被害にはならないから忘れずに実行しろ。

 ただし自身を燃やす程度は残しておけ。

 俺たちの存在をぎつけられないためにも証拠は消しておけ。的確過ぎる対策を打たれないように情報は死守しろ。

 屋敷に火が及びそうな場合も同じだ。回収すべき仮面は間違っても燃やすな」

 残酷な未来を告げておきながら、まだ注文をつけるレオレ。

 これから死にに行く相手に容赦ようしゃなく、仕事を重くする。予想外の展開にならないように調整するように言づける。

 その結果が命だけでなく、生きた痕跡こんせきすらも捨てさせることになったとしても、仕事はきっちりと成し遂げろ、と沈黙する彼女に投げていた。

索敵者サーチャーとしての役割は生き残った者で引き継ぐ。

 だから安心してくといい」

 残酷で非情な指令を渡されたラピス。

 しかし彼女は何一つ反論することなく、うなずいた。

 命をなげうつことは確定しているにも関わらず、全く恐怖を抱いていなかった。顔には表さず、体も震えていなかった。凛々りりしくたたずむ姿だった。あるがまま、受け止め、晴れ晴れとしていた。

 周囲も周囲である。同胞が死に行くにも関わらず、何も申さない。指揮官に逆らえないにしても、おくびにも気にかけていなかった。

 そこまでするのか、と言いたげにティアスが少し狼狽うろたえていたが、結局、何も物申さなかった。言ったところで決定が覆るわけではないため、諦めていた。自身に関わることではなかったため、流していた。

「次にガクウ・ポルポ。お前は風の仮面で仮面装属ノーブルの陣地を荒らせ」

 ラピス個人に話すことがなくなったため、仮面装属ノーブルの陣地を強襲するガクウへと移る。感慨にふけることなく、次の行動の詳細を語る。レオレは冷徹に先を進めていく。

「お前も過剰展開オーバーフローにより大量の風を放出して、空から攻めろ。長期戦に臨めないよう、汗水垂らして作ったであろう基地を破壊しろ。その衝撃しょうげきを以ってして、備蓄や武器を奪い、人員を死傷してまわれ」

 彼もまた、死に行く彼女と同じ能力を発動するように命令される。

くまでもちょっかいをかけるだけであって、全滅ぜんめつはさせるな。

 仮面暴徒ブレイカーに攻め入れさせる戦力は残す。悠長ゆうちょうに攻められないよう、戦力を削るだけだ。手を引かせないよう、襲撃にはげめ」

 完膚かんぷなくまでに叩き潰すわけにはいかなかった。一思いに終わらせるのであれば、加減なく、やれたことであろう。

 わざわざ生き地獄に彷徨さまよわせる目に追い込まなければならないとは。

 仮面暴徒ブレイカーを釘付けさせる存在が必要だとはいえ、負担がのしかって仕方がない。

 ラピスと同様、つくづく注文が多い。

「知っているだろうが、空中戦をまともにやってのけるのは大鷲おおわしの仮面を持つ1人、ハロルド・ローハイだけだ。奴の動向には注意を払っておけ」

 行動に当たり、障害となる存在を口にするレオレ。

「あと、可能性としては低いが、キハル・ソンシャン、セリュ・トーリ、ライク・シン、この3人も警戒しておけ。仮面の性質上、介入してくるかもしれない。距離の関係上、手出ししてこないと思われるが、頭には入れておけ。つまらないミスで死ぬなよ」

 さらに邪魔になりそうな存在をガクウに告げていく。

 事前情報を基に今回の作戦に関与してくる可能性のある人員の名前を伝える。

 求められている結果はラピスと変わらない厳しさではあるものの、彼女と違い、気遣われている。

 わざわざ敵性戦力を教えてくれる。

 ガクウも認識済みであろうが、丁寧ていねいに教えてくれた。ラピスと違い、身を案じてくれていた。贔屓ひいきにされていた。

「長居は無用だ。ここで潰す気はないから、町を包み込む炎が消えれば、撤退しろ」

 しかし心配されているわけではなかった。

 単純にここで命を散らせるつもりではなかったため、口にしただけだった。

 まだまだ扱き使う気でいたから、レオレはガクウに死を強要しなかった。

「その行動を起こす前にラピスを町の中央まで運んでくれ。ラピスには焼却に力を注いでもらいたいから、手間をかけるがよろしく頼む」

 そして注文がさらに1つ加えられた。

 ラピスは自力で着火地点まで行くのかと思えば、そこは仮面装属ノーブルの陣地に向かうガクウを使う気でいた。

 レオレは彼をまだまだ働かせる気でいるから、案外、この行動で自死する彼女は恵まれているのかもしれない。これ以上のわずらわしい作業を背負わないで済むかと考えれば。その引き換えがこの世から消えることであるから、嬉しく感じるとは思えないが。

 今回の目的が達成できるのであれば、後顧のうれいもなく、死ぬことができるとラピスは考えているかもしれない。無駄死にではない結果がもたらされるのであれば、悔いはないと思っているのかもしれない。

 けれどそれが本当に成り得るか否か、正直分からないところである。

 見届けでもしない限り、判断は難しいであろうに。目的が達成する未来が過去にならない限り、安心はできないであろうに。

 どうして彼女は自身の死を納得できるのやら。先を見通せているのか、というくらいに諦観している様子だ。

「作戦に変更があれば、俺様が細胞回線リレーションを発動させて指示する。それがない限り、自身の判断で行動しろ。それを理由にして、状況報告を怠るな。有利・不利に関係なく、こまめに連絡しろ。

 ここで待機するピルク・トフィーも異変があれば、連絡を入れろ。追って指示をする。

 また作戦終了する際も細胞回線リレーションで伝える。

 撤退後の合流場所は、本日の今朝方、森で合流した場所とする。死なない手筈てはずになっている者は肝に銘じておけ」

 ガクウにさらなる仕事を押しつけたレオレは申し訳そうに思うことなく、全体へと指示を広げていく。彼個人に話すことがなくなったため、対象を切り替えた。状況に応じた行動が取れるように命令を下した。

「話は以上、早速、開始する」

 目的、仮面暴徒ブレイカーが持つ100枚の仮面を手にするため、各行動を担うに相応しい人物を選定し、その者に任せたレオレ。

 事を予定通りに進めるため、無駄を省いていく。周囲に有無を言わせることなく、先へと進めていく。質問や抗議を一切受け入れる素振りは見せず、作戦に移る。

「俺様たちの主の望みのため、仕える俺様たち、近似人種アプレイスと俺様たちに協力する人種一同、務めを果たす」

 再度、打ち合わせの冒頭で口にした、同じような台詞を吐くレオレ。

 主に仕える忠誠心に誓い、是が非でも成功させる所存であった。神様の願望が叶うのであれば、これから巻き起こす悲劇で心を痛めない。被害を受ける人々に同情し、寄り添うことはしない。

 行動によって周囲にばら撒かれる不利益よりも自身にもたらされる利益を優先して執り行われる。

 悪逆で欲望を満たす仮面暴徒ブレイカーしかり、権威けんいを守るために仮面暴徒ブレイカーの討伐に動く仮面装属ノーブルしかり。

 事情は異なれど、根本は変わらない。己の都合を第一に行動している。被害は違えど、周囲の者たちを巻き込むことはいとわない。

 さらに言えば、遠い昔に仮面の適合者バイパーに姿を変える仮面をばら撒いたとされる存在の使者だと豪語するレオレたちは味方の犠牲すらも許容している。

 目的を遂げるためであれば、協力相手を手放すことすら止むなしで行動を起こしている。命が脅かされている者が平静を保っているのも不気味ではある。朽ちることをいとわずに歩むのはちょっとした恐怖である。

「ピルク、足場を作って、俺様をへいの上まで送れ」

 宣下とともにラピスとガクウは行動を起こし、待機を命じられたピルクは兄の指示に従い、へいに近づいて、そこに背を向けた。レオレと入れ替わるように立ち位置を変える。目的のため、それぞれ行動を起こす。

「あのお。質問が」

 1人だけ迅速じんそくに行動しない者がいた。やらなければならないことがないわけではないものの、今すぐに取りかかることではないと判断した、ティアスは自身の側を通り過ぎようとしていたレオレに声をかけた。誰も質問も口答えもしないまま、黙々と行動する中、ティアスは波紋はもんを立てた。左手を挙手して、彼を止めようとしていた。

「出番がない奴は出しゃばるな。探索者サーチャーに付き従う、傍付アテンダント風情が物申すな」

 しかし速攻で却下された。

 身分差を理由に退けられた。

鍵認証キーセンスを使えないお前のために打ち合わせの時間を設けてやったんだ。現況と今後の流れを把握させるために時間を取ってやったんだ。これ以上、余計な手間を増やすな」

 理由はそれだけではなかった。

 本日の作戦を完了させ、踏み外すことなく、成果を上げたいがためにレオレはきつく言い放った。急ぎ足で事を進める。

「どうしても話したいのなら、同じ身分に当たる、俺様の妹と話していろ。一時的に預かっている者に対してまで、俺様は可愛かわいがるつもりはない」

 考慮こうりょされている点もあるが、とことんまでに突き離されるティアス。

 極力、レオレが関わりたくないと考えているためか、引き離していく。口を挟まれる前に畳みかけていく。

「当然だが、今日の作戦が終わってからだ。死にたくなければ、気を緩めるな」

 さらに厳しく言いつけ、立ち止まるレオレ。

 その先にはピルクが待ち構えている。

 2人が言葉を交わしている間、途中から一方的な展開ではあったが、その間にラピスとガクウはへいの外からいなくなっていた。ガクウがラピスの腹に手を回し、そのまま姿勢で彼女を抱えて、飛んで行った。ここの反対側にある仮面装属ノーブルの陣地に行く次いでに彼女を投下するために。

 彼らの行動を見守るため、レオレも行動を起こす。

「準備はいいか。いくぞ」

 ピルクに向かって声をかければ、

「「鍵認証キーセンス精緻挙動オペレーション」」

 2人は同時に叫ぶ。

 その瞬間から体に変化が起きる。手と前腕と下腿かたいに線が現れた。血管が浮き出たような模様が描かれる。

 そしてそれぞれ、次の行動に移す。

 レオレはピルクに向かって、走り出す。地面に足跡を残すほどに力を込め、距離を一気に詰めていく。

 ピルクは腰を落とし、踏ん張る。両手を交わせ、地面を踏み込み、跳んできた兄の両足を支える。ひざを曲げ、屈んだ状態となった彼をてのひらで受け止める。彼女はそのまま勢いよく上空に突き上げ、レオレは限界まで伸び切った足場を踏み場にして、跳躍ちょうやくした。二段階の加速を経て、彼は宙返りを決めて、見事、へいの上に立った。

 注文通り、ピルクはレオレを送り届けた。

 ここまでの結果を見せられれば、あの設定もあながち嘘ではないのかもしれない。

 先ほど声高に発した単語や身分や階級、そして世界再興物語で伝えられている存在に仕えているなどという戯言ざれごとも真実であるのかもしれない。

 仮面を被らず、仮面の適合者バイパーの姿とは思えなかった者にあれほどの力技を見せつけられれば、可能性は十分にある。

 ティアスと一緒に森に潜んでいるとき、仮面の適合者バイパーを仕留められるだけの実力は持ち合わせている、ような強気な発言をしていたのもこの能力を持っていたからであろう。

 今は浮かび上がっていないものの、突如現れた模様のことも含めれば、世界再興物語に登場する、仮面をばら撒いたとされる者は実在し、その者から授けられた能力ではないかと考えても可笑おかしくない。人種が持ちえない能力を身につけているため、決して突飛の発想ではない。

 レオレが打ち合わせ中に現況を捉えたような情報を口にできたのも、その授けられた能力が関係するのかもしれない。どこかにいる誰かからの耳打ちで知り得た、と言われても信じられそうだ。

 しかし仮面の恩恵によるものではないかとも考えられる。

 元の姿を維持している可能性も捨てられない。宿る性質を発揮するときだけ、あのような模様が描かれるのかもしれないし、あのような力技を可能にしているのかもしれない。人の姿に擬態ぎたいしているだけの可能性も十分にある。

 能力を発揮したレオレが仮面の適合者バイパーであることを考えれば、その妹、ピルクも仮面の適合者バイパーである、という推測に至ってもおかしいことではない。

 判断材料が足りないから、何とも言えない。

 仮にレオレたちがあがめる存在が実在する証拠が突き付けられたとしても、信じてもらえるかどうかは別である。実証されたとしても受け入れられるかどうかは別である。真意であったとしても、闇にほうむられる可能性は十分にあり得る。自分たちにとって、不都合な内容であれば、尚更なおさら

 この場合、この状況にいて、真意はどうでもいい。

 気にすべき点は他にある。

 存在を悟られたくないと思っているのであれば、大声を上げるべきではない。それを行うだけの成果はあったと思えるが、もう少し隠密性おんみつせい考慮こうりょすべきではないかと思えてしまう。黙ってできないものかと考えさせられる。

「話には聞いていたけど、すごい馬鹿力を発揮するものだ」

 彼がいなくなった後、ティアスは彼女に話しかけるため、近づいた。

精緻挙動オペレーションがあれば、俺も戦えたし、細胞回線リレーションがあれば、今日の作戦もわざわざ口にしなくてよかった。俺は足を引っ張っているな」

 自身の至らなさを自虐じぎゃくっぽく口にするティアス。レオレにないがしろにされ、気を落としているようだ。

「何より遠い場所にいる、あの御方の言葉を俺が代弁できたものの。誰かに頼ることになるとは」

 不甲斐ふがいなさにさいなまれ、ますます気持ちが暗くなっていくティアス。務めを果たせない自身の未熟さをなげいてのようだ。

「クッソ。俺が愛する、あの御方とつながれて、何ともうらやましい」

 空に向かって、先ほどの仲間の誰よりも大きく、叫び声を上げるティアス。

 全く別の理由だった。ねたましく、にじみ出たが故に作戦行動中にも関わらず、そのような危なっかしい行動を起こしてしまったようだ。やることがほとんどないとはいえ、無警戒すぎる。

「本当、いいよね。俺は心細い思いしているのにお前たちはいつでも楽しめて」

 ひがみへと走るティアス。

 己ができないことを相手ができるからと言って、ピルクに絡むのはいかがなものかと思う。口にしたところでできるようになるわけでもあるまいし、余計に自身がみじめになるだけだ。

 そして実在しなければ、恋いがれる意味すらもない。

 ティアスが求める、鍵認証キーセンス、とやらが本物であればの話ではある。うらやましがるとしても、その能力が存在しなければ、口にするだけ無駄である。努力等でどうにかできる代物ではない。手も届かない虚像にあこがれても触れることは叶わない。

 ありえないものを構想として捉え、それを基にして組み上げるのであれば、話は違ってくるものの、それ自体を手中に収めようと躍起やっきになっても、時間がいくらあっても足りない。

 構造・機能・性能などによる代替は叶っても、掌握しょうあくは無理だ。次元が異なっている。

 しかしティアスはピルクたちが発動させた能力を本物だと信じているため、ねたんでいる。

 誰かとつながりたい願いも諦めきれずにいる。

 それ自体、周囲が口出しすべきことではない。親切心を込め、邂逅かいこう時にさとしにかかることは構わないが、それ以上は無用である。

 正しく言えば、関わろうとするだけ徒労になるから、挟むべきではない。

 その者が抱える代物が諦めきれないものであれば、いくら語っても変わらない。末路を見せても譲らない。別の道を探そうとして、指針は手放さない。

 説明を受けた上でなおも追求する道を歩むのであれば、放置する以外、道はない。強制的であれば、選択肢はいくらでも存在するが、相手が折れない以上、任意に持ち込む方法はない。

 あまりしつこく付きまとえば、身の危険に晒されるだけである。耳障りな雑音を消しに、目障りな動きを潰しに自由を奪いに来るだけだ。

 だから見捨てるのが賢明と言える。

 徒労に終わることになったとしても、自身が幸せな時間を過ごせるのであれば、それでいい。その者が周囲を脅かし、実害を伴わせる事態に発展するような場合でもない限り、勝手にやらせておけばいい。終わりを迎える際に泣いてすがっても知らない。

「ちっ。真面目かよ。兄の言伝通り、話してもくれないのかよ」

 ティアスの事情を知っているが、それとは関係はなく、無視するピルク。森に潜んでいたときなら、軽口を叩いていた彼女だが、今は作戦行動中のため、口を閉ざしていた。

 身分の高い者からの指示であったため、その意思は頑なだった。ウザく関わるティアスが色々と話しかけても返しの一言をいれない。ティアスが恥じらいを持って、彼女の胸や尻を触っても反応の1つも見せない。森に潜んでいたときのようにほほを染め、色っぽく誘おうとしてこない。ティアスの行動に対して、おちょくりの1つもなかった。

 その態度は作戦が終わり、合流地点に着くまで変わらなかった。

 へいの外からでも分かる、町が燃え盛っている間も。

 ホコアドクに住まう人たちが逃げ出す暇もなく、焼かれ、天に召されている間も。

 仮面装属ノーブルの陣地が滅茶苦茶になり、そこでガクウが戦っている間も。

 死に際だと判断して、ラピスが町の炎をみ込み、自身の肉体を火葬かそうしている間も。

 へいの上から全体を見渡していたレオレが作戦終了を告げたときも。何も伝わっていなかったティアスに教えるためにそのときだけ喋りはしたものの、用件が終われば、すぐに口を閉じた。

 そして生き残った者全員が森へと撤退している間も。

 彼女はずっと警戒していた。上の者の言いつけを守り、ティアスと話すことはなかった。

 その間、ずっとティアスは時間を持て余せていた。自身は期待されていないため、周辺の警戒に真面目に取り組んでいなかった。異変があったとしても、もう1人、同じ任務に就いているピルクが事に対処するため、真剣に向き合う気力はかなかった。

 ティアスの態度がどうであれ、何事もなく、その日の作戦が終われたため、口喧くちやかましく言うことでもない。結果論ではあるものの、レオレが想定する騒ぎにならなかったのだから、問題はない。

 誰も注意しなかったのだから、えて穿ほじくり返さなくていい。今後、真剣味を持って、行動しなかった結果、自身が死んだとしても、誰のせいでもない。省みもしなかった自身が悪い。

 その1人のせいで周囲に迷惑がかかる、と誰かが思っているのであれば、仲間の誰かが口にする。目的が果たせなくなるかもしれないから、場を乱す行動は取るな、と訴える。作戦に当たるための人員が欠けるから、勝手に死ぬな、と教え込む。

 しかし誰も言わなかったということは大して気にしていないのであろう。

 推測ではあるものの、欠けたところで支障がないから触れないのであろう。

 仮面装属ノーブル仮面暴徒ブレイカーが起こす騒動に関わる人員が圧倒的に少ないにも関わらず、早々に仮面の適合者バイパーの1人を使い捨てるほどだから、特別な能力を持ち合わせていないとされるティアスのことなど、余計に気にも留めていないのであろう。

 仮面暴徒ブレイカーに打撃を与える、文字通り火種となった、ラピス・ヌルクを失っても悲しまず、前を突き進むあたり。

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