1章5節
1章5節1項(30枚目) 無謀なる特攻の末路
誰も協力してくれないのなら、私1人でも行動します。私の思い通りに事が運ばないのなら、無理矢理にでも成してみせます。考え得る手段が揃わなくても、結果だけは引き寄せてみせます。何が何でも意地でも絶対に叩き出してみせます。
彼女の心情は満たされていた。
思い描く構想が実現できず、抑制され続けた結果、我慢は頂点に達した。
ホコアドク
その家に仕えていた執事見習いであり、今も付き従う、ビルガー・クルクの言いつけを破る。身の安全に
ホコアドクを牛耳る暴力組織を一網打尽に始末する。慌ただしくなっている状況で奇襲を仕掛ける。
火事を引き起こすことで彼女は
町を手中に収めた力、
強力無比であることは否定できないが、万能ではないことをフランネは知っている。自身が
さらにその姿をずっと保つできないことも知っている。
個人差はあれど、限界がある。姿を保つだけでもエネルギーを消費する。仮面の性質を再現できなくなるまで消耗すれば、自然と姿が解ける。
万全の態勢をずっと維持するのは土台、無理な話である。常に身構えていられない。これから
そのことを頭に入れていれば、攻め入る
根拠はないが、フランネは
現状、
偶然、当てはまったにすぎないが、この際、どのような過程を辿った上で行動に移したかなど、どうでもいい。
どちらにしてもフランネが取れる行動は限られていた。彼女はこの町に巣食う問題に
別にフランネは問題解決に向き合う必要はない。彼女は問題解決に介入できるだけの地位に座っておらず、またその責務を背負っているわけでもないから、無理に関わらなくていい。
役に立つどころか、事態が余計に
担うべき存在は既にこの町の外に陣取っているから無駄に頑張らなくていい。ホコアドクで悪行を働く
フランネが性的交渉を持ちかけてまで、
問題解決に乗り出さなければならない存在が怠けているのであれば、まだ理解できる。越権行為であったとしても、非常事態に
しかし現実は違う。
彼女はただ、自身の
十中八九、邪魔にしかならないと
毎日毎日、しつこく絡みつかれる町の人たちであれば、九割九分九厘、火に油を注ぐと評するであろう。
期待できるはずもない。フランネが
かつて存在した彼女の後ろ盾であればまだしも、今は大いに頼もしい存在はいない。ホコアドク周辺地域であれば、相当な上流階級だったが、今はその華やかな時代を臭わせもしない。
今の彼女を担ごうとする者はいない。見返りが乏しいため、相手にしない。関わるだけ、損をすると思っている者が大半だ。
そのような扱いを受けているにも関わらず、彼女は活動を続けている。どうしても譲れないことがあるから止まらずにいられない。
抱える
今さら動かれても迷惑だとフランネは思っている。もっと早くに動いていてくれれば、立ち止まることもできた。
一度は
だからフランネは屋敷に通じる地下通路を目指している。
この機会を逃せば、直接手を下せなくなる可能性が高いと思い込んでいるため、地下通路が隠されている小屋へと向かっている。
外へと逃げる緊急避難経路であるため、その場所は屋敷を隔てる壁の向こう側にある。屋敷から離れる目的のためにあるから、敷地内にないのは当然だった。
しかし今ではボロ小屋だ。
暮らす上での最低限の日用家具しかなく、盗みにわざわざ入る者はいなかった。運び出すだけでも苦労し、売っても大した額にならないため、手出しされていなかった。貴重品があれば、話は違っていたが、それも全くなかったため、放置されていた。
住処にしようと思っても、広い屋敷を持つ
誰も管理しないから小屋ががたつくのも無理はない。
けれどフランネには好都合である。
誰もいないから楽に侵入できた。町の人たちを抵抗活動への参加に勧誘する際、そのことを
突発的な行動だったが、地下に無事潜れ、屋敷へと向かえている。作戦自体、何でも屋に提案していた頃からあったが、実際にここまで事が進めたのは
一直線で屋敷の地下室に入り込めるが、そこに到着するまで、周囲は暗い。足元が見えるよう、等間隔に灯りが設置されているわけではない。陽も届かない。
壁に寄りかかり、転ばぬようにゆっくりと歩けば、行けなくもない。ひょんなことで足を滑らせる心配もそうそうない。足元見えない中、地上と同じように歩くよりかは危なくない。
いっそのこと、赤ん坊のようにハイハイで進むのも悪くない。四点でしっかりと体を支えられるから転ぶ確率も低い。身を低くしているから勢いづくこともない。踏み外しても大したことはない。
お尻を突き出す格好で進むことになるが、暗闇だから、恥ずかしくもなかろう。見られずに済むから気落ちせずに済むだろう。
しかし今回は灯りがある。
足元を照らすことができるため、気をつけることができる。転倒の危険性を減らせる。駆け足で進まない限り、問題はないと言っていい。
また持ち運ぶ荷物があるため、四つん
照明器具と油の入った
けれど到着した先で用意できないことを想定すると手ぶらで進むのは
地下室が使われていないせいで火も油もない可能性がある。到着してすぐに捕縛されそうになる可能性もある。
今まで運がよかったからと言って、この先も続く保障はない。
作戦を成功させたいのであれば、準備を怠るべきではない。完全な手札を揃えてから行動しろとは言わないが、それでも出たとこ勝負は止めるべきである。どうしても達成したいのであれば、
「ここにおられましたか」
さっそく風向きが変わった。フランネの背後から聞き覚えのある声が耳に届いた。
「今からでも遅くありません。引き返しましょう」
その声に反応して、彼女は振り返った。そこにはビルガーがいた。周囲を灯しつつ、汗だくになった姿で彼女に近寄る姿が見えた。
「殺されに行かなくてもいいではありませんか。
ビルガーは主人を説得する。不遇な目に
抱える怒りを晴らす機会を奪うことになり、そのせいで汚点として一生心に残り続けることが約束されていたとしても、ビルガーは行動する。何よりも生きていてほしいこと、そして生きていく先に新たな幸福を見出してほしいが故に、彼は主人を連れて、ここから離れようと試みる。
「ふざけないで」
しかし
フランネは灯りと油の入った
耳を押さえさせるほどに
「ここまで来て、引き返せるわけ」
再び動き出すことを止めさせるため、怒号を浴びせるが、効果はなかった。
走りにくい
ほぼ人がいないとしても、誰かが、特に
灯りのせいで存在がバレているかもしれないが、姿を現さないところを考えるに、まだバレていない可能性もある。もちろん、いないという可能性もある。目的は違えど、2人にしてみれば、それはそれで好都合である。
しかし存在することを前提にすれば、さらなる情報を与えてやる必要はない。
響きのせいで気づかれる可能性を考えれば、やるべきではない。邪魔されてしまい、成功の見込みが薄くなる。
フランネは火事の目論見、ビルガーは逃走の目論見。
それらが断たれる危機が訪れるため、忍ぶべきである。
襲撃を仕掛けるのであれば、集中が途切れているときに行った方が成功する。相手の対処を遅れさせ、そこを畳みかければ、終わらせられる。そこまでいかなくとも痛手を負わせられる。
少しでも成果を上げようと思えば、最善のタイミングで仕掛けられるように行動するべきである。相手に存在を知らせるのは以っての他である。
逃走するにしても、相手がいなければ、捕まる心配もない。捕まえようとする者がいるだけで失敗に近づく。
仮にその状況は脱せられたとしても後日嗅ぎつけられ、捕まるようでは逃げられた意味がなくなる。そのときに捕まらなければいいのであれば、まだしも。
どちらにしても情報が握られれば、相手は動きを見せる。抗う力を大して持っていないと自覚しているのであれば、それは好機ではなく、間違いなく危機である。駆逐できるのではなく、駆除される立場にある。
だから存在を知らせても都合が悪くなるだけなので、ビルガーは考えなしとも言える行動を起こす張本人、フランネの口を黙らせた。
「いったあ」
しかし彼女に抵抗された。
手を
そして叫び声を上げた彼の無防備な
すぐに向かって来ないように攻撃して、時間を稼ぐ。
「だってだってムカつくじゃない。日々の
いつだって彼女は
だから今回もその作戦で突破するつもりでいる。
余計なことを言わせる暇も与えず、展開を繰り広げていくフランネ。これ見よがしに口走る。
「襲撃するなら、あと1年待てよという話よ。そうすれば、私は結婚して、この町から離れていたのだから。今頃、悠々自適に暮らせていただろうに、全く空気の読めないこと。私に迷惑をかけないでほしかったもの」
彼女が口にする内容は自分を
家族や使用人たちが殺され、悲しんでいたのも全ては自分のため。
彼女が抱える怒りは今までの
抵抗活動に
内に広がる
しかし上手くいった試しはなく、誰からも賛同を得られなくなったから、フランネは個人芸へと走った。
周囲に期待できなくなったから1人で突っ走っているわけである。
「
言っていることは全く的外れではないにしろ、あたかも自身の稼ぎを吸い尽くしているみたいな言い回しはいただけない。彼女は稼業に何一つ貢献していないから、そのような
事実を曲解させてもらっては困るし、
抱える問題は
そしてホコアドクの問題だけに目を向けても、厄介な存在が指導者に当たっているため、簡単に手出しはできない。
生半可な戦力をぶつけても返り討ちにされるだけであり、相手陣営を勢いづかせるだけである。苦しむ人たちをさらなる影へと
荷が重いのであれば、
真意は分からないが表向きはそうであり、実際のところ、相応しい組織は存在しないのも事実。建前だと否定することもできない。
影響力だけで言えば、
自分の身勝手な都合で相手を食い散らかしても問題はなく、また理由さえあれば、悪逆に走っても問題はない。
悪逆が
そのことを世に
その企みを潰すためにも準備を万全にするのも致し方ない。
それでも不満があるのであれば、乗り込めばいい話である。
統治に関わろうとせず、その苦労に想像を働かせることもできず、知ろうとしない者が偉そうに語ることではない。
既存の統治機構に加わるもよし、新たに設立するのもよし。方法は問わないが、上から目線で発言したいのであれば、統治に一役買ってからにしろ。口だけで実行すらできない者が挟むことではない。
そのクセ、要求だけは高い。自身の意図に沿った内容で降りかかった不幸を他人に解決させようと強要する始末。
押しつけがましいにもほどがある。
「ともかく火事を起こせればいいの。別邸があるから屋敷が燃えても住む場所には困らない。火を点ければ、引き返すから、だから」
一緒に来て。一緒に来なくても見逃して。
言葉を口にできていれば、そのようなことを伝えていた。
彼を倒した瞬間に先に進まなかったのは自分に協力させるためであっただろう。今までの言い回しからして、
身代わりとしての役割を担わせるためにフランネは
倒れた拍子に彼は灯りを失ったとはいえ、ここは一直線である。見失うことはなく、暗がりで足を取られる危険性を無視すれば、引き離されたとしても追いつける。荷物を持って先に進む者とそうでない者の速度の差を比べれば、難しいことではない。
追いかけられる側がとてつもなく速いわけでもないから、彼女は立ち止まることを選択した。説得へと走った。ここまで追いかけてきた彼に対する期待が
先送りにしてもすぐに浮上することだから、いの一番に行った。止められることは確定事項だから早めに不安材料を消しに動いた。
止めにすら来ないのであれば、ビルガーはここに来ていない。今までも罵声を浴びせられ、暴力を振るわれても、見定めた主に付き従っている。多額の報酬を渡しているわけでもないにも関わらず、ずっと変わらない。
従って、先のことで1つ2つ傷つけられたとしても彼は裏切りに走るとは思えない。
沸点はとうの昔に超えていると見ても間違いない。半年近く毎日付き合わされれば、どこかで切れているはずだ。
仮にここで見限られたとしても、フランネに阻むものがなくなるからそれはそれで幸いである。この先に障害が待ち構えていたとしてもここで取り止めなくて済む。目的を果たす可能性がゼロでなくなるため、希望はある。
寄り添ってくれる唯一の存在を失うが、活動は続けられる。
上手い具合に事が運べば、
どちらにしてもフランネに都合がいいのでビルガーを納得させる。
その一押しを行う、最後の一手だったが、また話が途切れる事態になった。
彼女が突然、地面に伏せた。自らではなく、強制的であった。対処する暇もなく、転倒してしまった。
その拍子で灯りを手放し、完全な暗闇となった。周囲を照らす光源がなくなったため、どのような経緯で倒れたか分からなくなったし、先に進むのも難しくなった。
そして事態はこれだけに留まらなかった。
油の入った
これでは屋敷を火事にする目論見は果たせなくなった。
彼はこれを狙い、彼女にこのような仕打ちをしたのであろうか。目的を果たすための手段を奪うことにより、望みであった行動を封じたのであろうか。
確かに敬愛する主人の身の安全を考えれば、致し方ないと言えるだろう。
強引で不敬な所業ではあるものの、目的を達成する上で
特に彼女は身姿を隠せていない。いつも外出するときに着るサイズのあっていない上着を羽織っていないため、姿を見られれば、女性だとすぐに認識されてしまう。今までのように
だからビルガーは行動を起こしたのであろう。
行動しなかったことに対する後悔よりも行動したことによる
案外、先ほどの告白に対する腹いせで行動したのかもしれない。苦しみに耐え
けれどどちらでもなかった。
彼女の安全を鑑みた結果でもなく、また彼女に対する怒りをぶつけた結果でもなかった。
「一応、聞いておいてやる。お前らは何者だ」
それは第三者による襲撃だった。フランネたちとは逆の方向、つまり屋敷から来た、地下の監視に当たっていた
仮面の性質により圧力をかけられているため、動けずにいる。抵抗できずにいる。
その者の登場により周囲は明るさを取り戻した。手に持つ灯りにより2人は危機的状況を正しく理解できた。
フランネとビルガーがその者の存在に気づけなかったのは足音を立てることなく、近づかれたからだ。体を宙に浮かせ、物音を立てることなく、接近されたため、身構えることなく、倒された。
ただそれだけである。常人では不可能な方法を相手が取ってきたから抵抗する暇もなく、組み伏せられた。力場の制御により近づかれ、捕らわれる形となった。
「もう一度だけ聞いておいてやる。お前らは何者だ」
質問に対する答えがなかったため、念力の
「私たちは・・・うっ・・・
地面が少しずつ削れ、体が
しかし圧力に耐え切れず、途切れ途切れになってしまう。
「誰にも・・・はっぁ・・・見つかるわけにはいかなかったので・・・隠し通路を使い・・・いっい・・・ここまで」
けれど我慢して、続きを口にしていく。
ここで終われば、作戦は実行できなくなるため、その場しのぎであっても嘘を吐いた。地力でこの状況から脱することができないため、相手の警戒を緩めるように誘導する。できるだけ信じてもらえるように言葉を選んで。
「来まあああああっああ」」
しかし弁明空しく、さらなる力が加えられた。
急にかけられる強さが変わったため、思わず、
「この町の何でも屋からもたらされた情報を活用する者が現れれば、
既にこの通路は露見していた。何でも屋に口を滑らしたばっかりに作戦は筒抜けだった。町の何でも屋、クリント・チュートとサンドラ・プラーネは
つまり最初から詰んでいたわけである。
この地下通路に忍び込み、先に進んだ時点で終わっていたわけである。フランネはそんな初歩的な失敗をやらかしてしまった。依頼として何でも屋に引き受けてもらうがために明かすべきでない秘密を教えたのが
何でも屋が
それにも関わらず、フランネはビルガーに喋らせたわけである。口にした本人は
「だから反逆者として殺すだけだ。
とは言っても、もう死んでいるか」
そう2人は既に殺されていた。念力の
硬い
その圧力にやられ、2人は
ビルガーは声を上げる暇もなく、この世を去った。
クッションの上にいたフランネはすぐには死ななかったが、彼の後に続いた。最初こそ、叫び声を地下中に響かせて、しぶとかったが、それも長くは続かなかった。
落ちぶれた人生を歩まされた元凶を討つため、勢いで事を進めた無力なフランネ・フルスワットの
「さて、邪魔者は消した。戻るか」
侵入者2人を始末した念力の
しかし異常は既に起きていた。
彼が知らないだけだった。
知らせが届いたのは持ち場に着いたときだった。
地上が火の海に包まれる、あまりにも予想外の展開に陥っていることなど、このとき、知る
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