1章5節

1章5節1項(30枚目) 無謀なる特攻の末路

 誰も協力してくれないのなら、私1人でも行動します。私の思い通りに事が運ばないのなら、無理矢理にでも成してみせます。考え得る手段が揃わなくても、結果だけは引き寄せてみせます。何が何でも意地でも絶対に叩き出してみせます。

 彼女の心情は満たされていた。仮面暴徒ブレイカーに対する怒りで埋め尽くされていた。

 思い描く構想が実現できず、抑制され続けた結果、我慢は頂点に達した。

 ホコアドク随一ずいいちの資産家のお嬢様から落ちぶれた、フランネ・フルスワットはついに大胆な行動に出る。

 その家に仕えていた執事見習いであり、今も付き従う、ビルガー・クルクの言いつけを破る。身の安全に配慮はいりょしてくれていた彼の助言を無視して、かつて住んでいた屋敷、今は仮面暴徒ブレイカーの拠点になっている建物への侵入を試みる。

 ホコアドクを牛耳る暴力組織を一網打尽に始末する。慌ただしくなっている状況で奇襲を仕掛ける。仮面装属ノーブルの対応に追われているときに倒す。屋敷の地下室に火を放つことで事を成そうとしている。

 火事を引き起こすことで彼女は仮面暴徒ブレイカー壊滅かいめつを目論んでいる。

 町を手中に収めた力、仮面の適合者バイパーの力があったとしても、物事全てに対処できるわけではない。得手不得手があり、全員が全員、火に耐性があるわけではない。抗う術がなければ、ひとたまりもなく、死に至る。

 仮面の適合者バイパーであってもそれは例外ではない。

 強力無比であることは否定できないが、万能ではないことをフランネは知っている。自身が仮面の適合者バイパーでなくとも、人種主導の統治機構、特に仮面の適合者バイパー絶対主義を掲げる仮面装属ノーブルが権限の象徴として掲げる仮面については常識として身につけている。

 さらにその姿をずっと保つできないことも知っている。

 個人差はあれど、限界がある。姿を保つだけでもエネルギーを消費する。仮面の性質を再現できなくなるまで消耗すれば、自然と姿が解ける。

 万全の態勢をずっと維持するのは土台、無理な話である。常に身構えていられない。これから仮面装属ノーブルと戦うことを考えれば、無駄にエネルギーは使えない。非常時でもない限り、仮面は被れない。

 そのことを頭に入れていれば、攻め入るすきが必ずある。全員が全員、火力耐性を持つ仮面の適合者バイパーであっても、身の危険を感じていないとき以外は人間の姿でいると考えていい。その姿になる前に終わらせれば、仮面を持っていても意味がない。火事場から無理矢理突破できないまま、死に至る。

 仮面の適合者バイパーに姿を変われない者であれば、尚更なおさらだ。辺りが火に覆われる前に屋敷から脱出できなければ、この世からおさらばである。

 根拠はないが、フランネは仮面暴徒ブレイカー仮面の適合者バイパーが全員、火力耐性を持っていないと思い込んでいるため、これで壊滅かいめつできると見込んでいる。

 現状、仮面暴徒ブレイカーにその耐性を持った者は1人もいないため、彼女の作戦は有効と言える。受ける被害は甚大じんだいだと言える。見事に成功させれば、仮面暴徒ブレイカーに痛手を与えられることには違いない。

 偶然、当てはまったにすぎないが、この際、どのような過程を辿った上で行動に移したかなど、どうでもいい。

 どちらにしてもフランネが取れる行動は限られていた。彼女はこの町に巣食う問題にひるむことなく、正面切って対処できるだけの力量を持ち合わせていない。成果がともなわない行動であっても、やるしかない。思惑がバレていたとしても強行するしかない。現実的でなかろうと突き進むしかない。

 無謀むぼうにも問題解決に乗り出し、退くに退けないのであれば、選択の余地はない。たちはだかる壁が強大であったとしても、どうにか対処して、結果を出すしかない。外聞など気にせず、突きつける以外、道はない。

 別にフランネは問題解決に向き合う必要はない。彼女は問題解決に介入できるだけの地位に座っておらず、またその責務を背負っているわけでもないから、無理に関わらなくていい。

 むしろ、ちょっかいを出すべきではない。

 役に立つどころか、事態が余計にこじれ、収拾への手間がかさむだけだから、大人しくしておくべきだ。

 担うべき存在は既にこの町の外に陣取っているから無駄に頑張らなくていい。ホコアドクで悪行を働く仮面暴徒ブレイカーを討伐しようと仮面装属ノーブルが動いている。しかるべき機関が働いているため、介入しなくていい。

 フランネが性的交渉を持ちかけてまで、仮面暴徒ブレイカーに差し向けていた者たちとは格が違う。実力ははるかに違う。静観していられるほどに期待できる。

 問題解決に乗り出さなければならない存在が怠けているのであれば、まだ理解できる。越権行為であったとしても、非常事態にける迅速的解決に向けて動いているため、共感もできよう。

 しかし現実は違う。

 彼女はただ、自身のままを叶えるために口出ししているだけにすぎない。煮えたぎる怒りを発生させた元凶を潰すためだけに行動している。

 十中八九、邪魔にしかならないと仮面装属ノーブルは思っている。敵情のまともな情報収集ができておらず、その報告書も人様に理解させる内容に仕上がっていないのを目にすれば、いかに無能かがうかがえる。

 仮面装属ノーブルがあっさりと切り捨てる理由も理解できる。場を混乱させるだけの、情報の整理と伝達する技量が乏しい輩を評価しない理由など、考えるまでもない。

 毎日毎日、しつこく絡みつかれる町の人たちであれば、九割九分九厘、火に油を注ぐと評するであろう。

 期待できるはずもない。フランネが仮面暴徒ブレイカーに対する反抗活動を開始してから半年以上経過したにも関わらず、周囲から羨望せんぼうと称賛を受けるほどに分かりやすい結果を出していないから。

 かつて存在した彼女の後ろ盾であればまだしも、今は大いに頼もしい存在はいない。ホコアドク周辺地域であれば、相当な上流階級だったが、今はその華やかな時代を臭わせもしない。

 今の彼女を担ごうとする者はいない。見返りが乏しいため、相手にしない。関わるだけ、損をすると思っている者が大半だ。

 そのような扱いを受けているにも関わらず、彼女は活動を続けている。どうしても譲れないことがあるから止まらずにいられない。

 抱えるいきどおりのぶつけ先が失われるから行動している。

 仮面暴徒ブレイカーが討伐されれば、恨みを晴らす機会が奪われる。心残りが埋まらないまま、一生過ごすことになる。

 今さら動かれても迷惑だとフランネは思っている。もっと早くに動いていてくれれば、立ち止まることもできた。

 一度はふたにできたものの、外してしまえば、もう止められなかった。仮面暴徒ブレイカーを片付ける成果が実感できず、何度も諦めようとしても、諦めきれなかった。ふたをしても、すぐにあふれ出した。鎮火ちんかは望めず、対象を消すまで、その火は消えることはないと思えるほどに燃え盛っている。

 だからフランネは屋敷に通じる地下通路を目指している。

 この機会を逃せば、直接手を下せなくなる可能性が高いと思い込んでいるため、地下通路が隠されている小屋へと向かっている。

 外へと逃げる緊急避難経路であるため、その場所は屋敷を隔てる壁の向こう側にある。屋敷から離れる目的のためにあるから、敷地内にないのは当然だった。

 仮面暴徒ブレイカーに町を占拠される前であれば、定期的に掃除や修繕しゅうぜんなどをしていた。一時期、住み込みの者が使っていたが、途絶えてから何年も経っていた。フランネを含めた家族と執事長しか、本当の役割を知らなかったため、他の誰も維持する理由を知らなかった。不思議でありつつも使用人たちは小屋をきれいに保っていた。

 しかし今ではボロ小屋だ。

 暮らす上での最低限の日用家具しかなく、盗みにわざわざ入る者はいなかった。運び出すだけでも苦労し、売っても大した額にならないため、手出しされていなかった。貴重品があれば、話は違っていたが、それも全くなかったため、放置されていた。

 住処にしようと思っても、広い屋敷を持つ仮面暴徒ブレイカーはここに居座らない。屋敷に比べ、不便で狭い場所に好き好んで住む者はいなかった。

 仮面暴徒ブレイカーのせいで住む場所を奪われた人もそこには来なかった。仮面暴徒ブレイカーの視界に入るところで暮らしたいと思う者はいなかった。目に留まりやすくなるため、何かと苛められる口実が増えるだけなので、生活が苦しくなっても近づく者はいなかった。路上で暮らす方がまだマシだった。

 誰も管理しないから小屋ががたつくのも無理はない。

 けれどフランネには好都合である。

 誰もいないから楽に侵入できた。町の人たちを抵抗活動への参加に勧誘する際、そのことをつかんでいたため、障害なく、地下通路へとつながる階段を下りられた。陽が落ち、夜に切り替わろうとしていた時間帯だったため、誰にも見られることなく、小屋に辿り着き、床の一画に隠してあった階段を探し出せた。

 突発的な行動だったが、地下に無事潜れ、屋敷へと向かえている。作戦自体、何でも屋に提案していた頃からあったが、実際にここまで事が進めたのは僥倖ぎょうこうだった。誰とも出会わずに小屋に辿り着けたこと、地下通路に下りる階段が健在であること、そして準備をせずに道を照らし、火事を引き起こすための火種と油を揃えられたことは奇跡だった。

 一直線で屋敷の地下室に入り込めるが、そこに到着するまで、周囲は暗い。足元が見えるよう、等間隔に灯りが設置されているわけではない。陽も届かない。秘匿ひとくされているから、ほぼ誰にも会わずに済むが、照明器具を持ち込まなければ、先に進むのも難しい。

 壁に寄りかかり、転ばぬようにゆっくりと歩けば、行けなくもない。ひょんなことで足を滑らせる心配もそうそうない。足元見えない中、地上と同じように歩くよりかは危なくない。

 いっそのこと、赤ん坊のようにハイハイで進むのも悪くない。四点でしっかりと体を支えられるから転ぶ確率も低い。身を低くしているから勢いづくこともない。踏み外しても大したことはない。

 お尻を突き出す格好で進むことになるが、暗闇だから、恥ずかしくもなかろう。見られずに済むから気落ちせずに済むだろう。

 しかし今回は灯りがある。

 足元を照らすことができるため、気をつけることができる。転倒の危険性を減らせる。駆け足で進まない限り、問題はないと言っていい。

 また持ち運ぶ荷物があるため、四つんいで歩けない。

 照明器具と油の入ったびんのせいで両手が封じられている。現在と未来にいて、役立つ道具ではあるものの、怪我の確率を最小限に止める方法が取れない点を勘案すると邪魔である。

 けれど到着した先で用意できないことを想定すると手ぶらで進むのは不味まずい。

 地下室が使われていないせいで火も油もない可能性がある。到着してすぐに捕縛されそうになる可能性もある。

 今まで運がよかったからと言って、この先も続く保障はない。

 作戦を成功させたいのであれば、準備を怠るべきではない。完全な手札を揃えてから行動しろとは言わないが、それでも出たとこ勝負は止めるべきである。どうしても達成したいのであれば、尚更なおさら、考えなしに動くべきではない。

「ここにおられましたか」

 さっそく風向きが変わった。フランネの背後から聞き覚えのある声が耳に届いた。

「今からでも遅くありません。引き返しましょう」

 その声に反応して、彼女は振り返った。そこにはビルガーがいた。周囲を灯しつつ、汗だくになった姿で彼女に近寄る姿が見えた。

「殺されに行かなくてもいいではありませんか。仮面暴徒ブレイカーを討伐に来た仮面装属ノーブルが町のすぐそばにいますから危険を冒さなくても大丈夫です。近日中にこの苦しみから解放されますから大人しく待ちましょう」

 ビルガーは主人を説得する。不遇な目にわないよう、ここから連れ去ろうとする。それは彼の願いであり、だから諦めずに探し回った。そのせいで先ほどのような仕打ちを受けたとしても、主人の安全が保障されるのであれば、傷つくこともいとわないと思っている。

 抱える怒りを晴らす機会を奪うことになり、そのせいで汚点として一生心に残り続けることが約束されていたとしても、ビルガーは行動する。何よりも生きていてほしいこと、そして生きていく先に新たな幸福を見出してほしいが故に、彼は主人を連れて、ここから離れようと試みる。仮面暴徒ブレイカーに見つかる前に立ち去ろうとする。

「ふざけないで」

 しかしはたかれた。

 フランネは灯りと油の入ったびんを抱えているから実際に払いのけられなかったが、声をとどろかせることで彼の歩みを止めた。

 耳を押さえさせるほどに五月蝿うるさかった。それほどまでに大きく、響かせた。

「ここまで来て、引き返せるわけ」

 再び動き出すことを止めさせるため、怒号を浴びせるが、効果はなかった。

 走りにくい凹凸おうとつした道を駆け、彼女の口を押えたビルガー。

 ほぼ人がいないとしても、誰かが、特に仮面暴徒ブレイカーがいるかもしれない状況下でわざわざ存在を教えてやる必要はない。

 灯りのせいで存在がバレているかもしれないが、姿を現さないところを考えるに、まだバレていない可能性もある。もちろん、いないという可能性もある。目的は違えど、2人にしてみれば、それはそれで好都合である。

 しかし存在することを前提にすれば、さらなる情報を与えてやる必要はない。

 響きのせいで気づかれる可能性を考えれば、やるべきではない。邪魔されてしまい、成功の見込みが薄くなる。

 フランネは火事の目論見、ビルガーは逃走の目論見。

 それらが断たれる危機が訪れるため、忍ぶべきである。

 襲撃を仕掛けるのであれば、集中が途切れているときに行った方が成功する。相手の対処を遅れさせ、そこを畳みかければ、終わらせられる。そこまでいかなくとも痛手を負わせられる。

 少しでも成果を上げようと思えば、最善のタイミングで仕掛けられるように行動するべきである。相手に存在を知らせるのは以っての他である。

 逃走するにしても、相手がいなければ、捕まる心配もない。捕まえようとする者がいるだけで失敗に近づく。

 仮にその状況は脱せられたとしても後日嗅ぎつけられ、捕まるようでは逃げられた意味がなくなる。そのときに捕まらなければいいのであれば、まだしも。

 どちらにしても情報が握られれば、相手は動きを見せる。抗う力を大して持っていないと自覚しているのであれば、それは好機ではなく、間違いなく危機である。駆逐できるのではなく、駆除される立場にある。

 だから存在を知らせても都合が悪くなるだけなので、ビルガーは考えなしとも言える行動を起こす張本人、フランネの口を黙らせた。

「いったあ」

 しかし彼女に抵抗された。

 手をまれたせいで口から離してしまった。

 そして叫び声を上げた彼の無防備なすねを蹴り、転ばした。

 すぐに向かって来ないように攻撃して、時間を稼ぐ。

「だってだってムカつくじゃない。日々のいろどりは失せたし、不幸のどん底に落とされた許嫁いいなずけをあの男は助けに来ないし、頑張ったら頑張ったで誰も私に手を伸ばしてくれず、突き放してばかり。仮面暴徒ブレイカーが町に来てから散々なことばかり」

 いつだって彼女はくし立ててきた。彼が主人を負傷させないことは分かり切っていたから怒涛どとうに言葉で責める。駄々をこねれば、いつも彼が折れてくれた。条件付きだった場合もあるが、望む方向に傾いていた。

 だから今回もその作戦で突破するつもりでいる。

 余計なことを言わせる暇も与えず、展開を繰り広げていくフランネ。これ見よがしに口走る。腸煮はらわたにえかえっている心の内を吐露とろする。

「襲撃するなら、あと1年待てよという話よ。そうすれば、私は結婚して、この町から離れていたのだから。今頃、悠々自適に暮らせていただろうに、全く空気の読めないこと。私に迷惑をかけないでほしかったもの」

 彼女が口にする内容は自分を可愛かわいく思うばかりの心情である。自身が幸福であれば、他のことはどうでもいいと考えていた様子だ。

 家族や使用人たちが殺され、悲しんでいたのも全ては自分のため。

 彼女が抱える怒りは今までの優雅ゆうがさが崩されたことに対する感情でしかなかった。彼女にしてみれば、親しき人も道具にすぎなかった。交流を持てなくなることなど、二の次でしかなかった。

 抵抗活動にじゅんじていたのは仮面暴徒ブレイカーを倒した手柄が欲しかったわけではない。自身の関わりにより、憎き暴力組織を潰したかったからである。

 内に広がるもやを消し去るため、扇動せんどうを試みていた。町の人たち・何でも屋・仮面装属ノーブルなど、布石を打つ駒として扱おうとし、賞金稼ぎであれば、その駒として扱えていた場合もあった。ビルガーに約束させられたとはいえ、悪くはない作戦だったため、乗っかった。

 しかし上手くいった試しはなく、誰からも賛同を得られなくなったから、フランネは個人芸へと走った。

 周囲に期待できなくなったから1人で突っ走っているわけである。

仮面装属ノーブルも今さら出張ってきて、ふざけるなと言ってやりたかった。救うのなら、さっさと来なさいよ。未曽有みぞうの危機に陥っているのに鈍重すぎ。みつがせるばかりで返礼が少なすぎ。本当、統治者として落第もいいところ」

 言っていることは全く的外れではないにしろ、あたかも自身の稼ぎを吸い尽くしているみたいな言い回しはいただけない。彼女は稼業に何一つ貢献していないから、そのような愚痴ぐちこぼす資格はない。勉学に勤しみ、磨きをかけてきただけにすぎない。伴侶はんりょを支えるための投資と婚約者両家の良好な関係のつなぎ役としてはげんでいたとはいえ、その期間、家に金を入れていたわけではない。

 事実を曲解させてもらっては困るし、ままを言うものでもない。出向くのが遅いのは認めるが、統治機構である仮面装属ノーブルにも事情がある。

 抱える問題は仮面暴徒これだけではない。東の大陸中央部全土の事情と仮面解属クラウンの侵攻を抱え込んでいる。

 そしてホコアドクの問題だけに目を向けても、厄介な存在が指導者に当たっているため、簡単に手出しはできない。

 生半可な戦力をぶつけても返り討ちにされるだけであり、相手陣営を勢いづかせるだけである。苦しむ人たちをさらなる影へととし込むことにつながるため、事を慎重に進めるのも致し方ない。

 荷が重いのであれば、統治領域フィールドを分割すればいい話ではあるが、他に任せるに値する統治機構がないから仮面装属ノーブルが背負い続けている。

 真意は分からないが表向きはそうであり、実際のところ、相応しい組織は存在しないのも事実。建前だと否定することもできない。

 影響力だけで言えば、仮面暴徒ブレイカーの名が挙がるが、その集団は人々をおとしめる行為で治めている。周囲に悪影響を及ぼすものであり、世の中を混乱に陥れる。人々の安息という名の秩序を壊しにかかっている。

 自分の身勝手な都合で相手を食い散らかしても問題はなく、また理由さえあれば、悪逆に走っても問題はない。

 悪逆がまかり通ることも正義の1つ。

 そのことを世に喧伝けんでんし、そして浸透させることさえ、うかがえる活動を仮面暴徒ブレイカーは行っている。

 その企みを潰すためにも準備を万全にするのも致し方ない。犠牲ぎせいともなったとしても根絶やしにしなければ、苦しみの種は芽吹くだけであるため、そこは割り切るしかない。

 それでも不満があるのであれば、乗り込めばいい話である。

 統治に関わろうとせず、その苦労に想像を働かせることもできず、知ろうとしない者が偉そうに語ることではない。

 既存の統治機構に加わるもよし、新たに設立するのもよし。方法は問わないが、上から目線で発言したいのであれば、統治に一役買ってからにしろ。口だけで実行すらできない者が挟むことではない。

 そのクセ、要求だけは高い。自身の意図に沿った内容で降りかかった不幸を他人に解決させようと強要する始末。

 押しつけがましいにもほどがある。

「ともかく火事を起こせればいいの。別邸があるから屋敷が燃えても住む場所には困らない。火を点ければ、引き返すから、だから」

 一緒に来て。一緒に来なくても見逃して。

 言葉を口にできていれば、そのようなことを伝えていた。

 彼を倒した瞬間に先に進まなかったのは自分に協力させるためであっただろう。今までの言い回しからして、仮面暴徒ブレイカーがこの先にいても、彼を犠牲ぎせいにすることで屋敷に火を点けるようと考えていたに違いない。没落した後でも慕っていることを考えれば、危険が訪れれば、主人の盾になろうとビルガーが行動するのは目に見える。

 身代わりとしての役割を担わせるためにフランネはえて立ち止まったのであろう。

 倒れた拍子に彼は灯りを失ったとはいえ、ここは一直線である。見失うことはなく、暗がりで足を取られる危険性を無視すれば、引き離されたとしても追いつける。荷物を持って先に進む者とそうでない者の速度の差を比べれば、難しいことではない。

 追いかけられる側がとてつもなく速いわけでもないから、彼女は立ち止まることを選択した。説得へと走った。ここまで追いかけてきた彼に対する期待がよみがえったため、勧誘を行う。

 先送りにしてもすぐに浮上することだから、いの一番に行った。止められることは確定事項だから早めに不安材料を消しに動いた。

 止めにすら来ないのであれば、ビルガーはここに来ていない。今までも罵声を浴びせられ、暴力を振るわれても、見定めた主に付き従っている。多額の報酬を渡しているわけでもないにも関わらず、ずっと変わらない。

 従って、先のことで1つ2つ傷つけられたとしても彼は裏切りに走るとは思えない。

 沸点はとうの昔に超えていると見ても間違いない。半年近く毎日付き合わされれば、どこかで切れているはずだ。

 仮にここで見限られたとしても、フランネに阻むものがなくなるからそれはそれで幸いである。この先に障害が待ち構えていたとしてもここで取り止めなくて済む。目的を果たす可能性がゼロでなくなるため、希望はある。

 寄り添ってくれる唯一の存在を失うが、活動は続けられる。いきどおりを晴らそうと行動できないまま、人生を終わらずに済む。深い後悔を抱いたまま、生きていかなくて済む。自身が関わることなく、物事が完結することを望んでいなかった彼女にしてみれば、これで死んでも本望であろう。

 上手い具合に事が運べば、鬱憤うっぷんを晴らすことができ、区切りをつけられる。過去にとらわれることなく、これからの人生と向き合っていける。その後で寄り添ってくれる相手を見つければいいので、失っても構わないだろう。

 どちらにしてもフランネに都合がいいのでビルガーを納得させる。

 その一押しを行う、最後の一手だったが、また話が途切れる事態になった。

 彼女が突然、地面に伏せた。自らではなく、強制的であった。対処する暇もなく、転倒してしまった。

 その拍子で灯りを手放し、完全な暗闇となった。周囲を照らす光源がなくなったため、どのような経緯で倒れたか分からなくなったし、先に進むのも難しくなった。

 そして事態はこれだけに留まらなかった。

 油の入ったびんも手放し、割ってしまった。地面とぶつかり、中身をぶちまけてしまった。

 これでは屋敷を火事にする目論見は果たせなくなった。

 彼はこれを狙い、彼女にこのような仕打ちをしたのであろうか。目的を果たすための手段を奪うことにより、望みであった行動を封じたのであろうか。

 確かに敬愛する主人の身の安全を考えれば、致し方ないと言えるだろう。

 強引で不敬な所業ではあるものの、目的を達成する上で仮面暴徒ブレイカーと出会い、痛い目にわされる未来を考えれば、割り切れることではあろう。

 特に彼女は身姿を隠せていない。いつも外出するときに着るサイズのあっていない上着を羽織っていないため、姿を見られれば、女性だとすぐに認識されてしまう。今までのようになぶられを回避できなくなり、対象として見定められる状況にあるため、見つかれば、犯されてしまう可能性が高い。ホコアドクに来た仮面装属ノーブルを撃退する前哨戦ぜんしょうせんと称して、交わるに違いない。

 玩具がんぐとしてもてあそばれ、苦しい思いをさせるくらいなら、フランネの意思を無視してでも連れ帰るべきであろう。

 だからビルガーは行動を起こしたのであろう。

 行動しなかったことに対する後悔よりも行動したことによる悲惨ひさんさを重く受け止めたため、彼女に痛い思いをさせてしまうが無理矢理伏せさせたのではなかろうか。

 案外、先ほどの告白に対する腹いせで行動したのかもしれない。苦しみに耐えしのいでいたことは知っていたが、親しみを向ける理由が自身の人生をいろどるための道具としてみなしていたことだったと知り、傷ついたから倒した可能性も捨て切れない。

 けれどどちらでもなかった。

 彼女の安全を鑑みた結果でもなく、また彼女に対する怒りをぶつけた結果でもなかった。

「一応、聞いておいてやる。お前らは何者だ」

 それは第三者による襲撃だった。フランネたちとは逆の方向、つまり屋敷から来た、地下の監視に当たっていた仮面暴徒ブレイカーの仕業だった。騒ぎを聞きつけた念力の仮面の適合者バイパーが彼女を地面へと押しやったからビルガーと絡み合っている。

 仮面の性質により圧力をかけられているため、動けずにいる。抵抗できずにいる。

 その者の登場により周囲は明るさを取り戻した。手に持つ灯りにより2人は危機的状況を正しく理解できた。

 フランネとビルガーがその者の存在に気づけなかったのは足音を立てることなく、近づかれたからだ。体を宙に浮かせ、物音を立てることなく、接近されたため、身構えることなく、倒された。

 ただそれだけである。常人では不可能な方法を相手が取ってきたから抵抗する暇もなく、組み伏せられた。力場の制御により近づかれ、捕らわれる形となった。

「もう一度だけ聞いておいてやる。お前らは何者だ」

 質問に対する答えがなかったため、念力の仮面の適合者バイパーはより圧力をかけて、2人を潰しにかかる。答えなければ、このまま押し殺すと脅していた。

「私たちは・・・うっ・・・仮面暴徒あなたがたの協力者で」

 地面が少しずつ削れ、体がきしむ。圧し潰される痛みを和らげるため、悲鳴を我慢して、口にするフランネ。

 しかし圧力に耐え切れず、途切れ途切れになってしまう。

「誰にも・・・はっぁ・・・見つかるわけにはいかなかったので・・・隠し通路を使い・・・いっい・・・ここまで」

 けれど我慢して、続きを口にしていく。

 ここで終われば、作戦は実行できなくなるため、その場しのぎであっても嘘を吐いた。地力でこの状況から脱することができないため、相手の警戒を緩めるように誘導する。できるだけ信じてもらえるように言葉を選んで。

「来まあああああっああ」」

 しかし弁明空しく、さらなる力が加えられた。

 急にかけられる強さが変わったため、思わず、苦悶くもんの声を上げてしまった。

「この町の何でも屋からもたらされた情報を活用する者が現れれば、遠慮えんりょなく、殺せと上から命じられている。その時点でお前たちは協力者でも何でもない」

 既にこの通路は露見していた。何でも屋に口を滑らしたばっかりに作戦は筒抜けだった。町の何でも屋、クリント・チュートとサンドラ・プラーネは仮面暴徒ブレイカーの小間使いのように扱き使われていたから、らした時点で相手に伝わっていると考えるにしかるべきだった。

 つまり最初から詰んでいたわけである。

 この地下通路に忍び込み、先に進んだ時点で終わっていたわけである。フランネはそんな初歩的な失敗をやらかしてしまった。依頼として何でも屋に引き受けてもらうがために明かすべきでない秘密を教えたのが不味まずかった。

 何でも屋が仮面暴徒ブレイカーつながっている事実は町の誰もが知っている。もちろん、この2人も例外ではない。

 それにも関わらず、フランネはビルガーに喋らせたわけである。口にした本人は躊躇ちゅうちょしていたが、彼女から強く突かれ、結ぶことはできなかった。配慮はいりょを無駄にされた。

「だから反逆者として殺すだけだ。

 とは言っても、もう死んでいるか」

 そう2人は既に殺されていた。念力の仮面の適合者バイパーが宣言するまでもなく、終わっていた。大した内容ではないと判断したときから遠慮えんりょすることなく、一気に圧力をかけていたために。

 硬い岩盤がんばんに人型を穿うがたせるほどの威力いりょくだった。フランネの下敷きになっていたビルガーの姿を消すくらいに地面は削られていた。

 その圧力にやられ、2人はった。無理な加重により血管から大量な血が噴き出した状態で。

 ビルガーは声を上げる暇もなく、この世を去った。

 クッションの上にいたフランネはすぐには死ななかったが、彼の後に続いた。最初こそ、叫び声を地下中に響かせて、しぶとかったが、それも長くは続かなかった。五月蝿うるさく声を上げる度に強さを上げていったため、すぐに限界が訪れ、あの世に召された。

 落ちぶれた人生を歩まされた元凶を討つため、勢いで事を進めた無力なフランネ・フルスワットの生涯しょうがいはここで閉じ、また布石を打たずに行動する主をいさめきれなかったビルガー・クルクの一生もここで終わった。

「さて、邪魔者は消した。戻るか」

 侵入者2人を始末した念力の仮面の適合者バイパーは来た道を引き返す。地下の監視を続けるため、元の配置へと就く。異常事態に備えるため、屋敷へと帰る。

 しかし異常は既に起きていた。

 彼が知らないだけだった。

 知らせが届いたのは持ち場に着いたときだった。

 地上が火の海に包まれる、あまりにも予想外の展開に陥っていることなど、このとき、知るよしもなかった。

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