1章2節7項(11枚目) 仮面暴徒に復讐したい者の末路③

 いざ、開戦。

 そう思いきや、突然、右手に集めていた光が弾けた。その衝撃しょうげきでホコアドク治安局行動隊長は右手を高く挙げる形に。暴発の影響で2メートルほど、後ろに吹き飛んだ。仮面が外れたせいで踏ん張り切れなかった。仮面の適合者バイパーでなくなったから上体が浮かされ、仰向きになって倒れた。

 全ては仮面の恩恵が与れなくなったことで生じた。

「興が冷めた」

 彼が落とした放射の仮面を拾い上げるために近づいた首領。戦う気概が失せたのか、気が散漫していた。

つかんでおきながら、活かないとは何事だ。報告にあった戦いぶりを肌で感じ取れると期待していれば、拍子抜けだ。やる気がないなら、仮面を被るな」

 なげきつつ、仮面を拾い上げる首領。

 しかし反論させてもらえれば、首領の期待には応えられたはず。

 予期していなかった出来事だった。

 ホコアドク治安局行動隊長は変身が解けたことに戸惑っていた。首領の言葉が耳に届かず、呆然ぼうぜんとしていた。不用意に接近されても、身構えなかった。

 事態の究明に働いていた。

 そのようなことをしている場合ではなく、攻撃してくるであろう首領から距離を取るべきだった。

 もしくは仮面を先に拾い上げておくべきだった。

 首領より先に手にできる可能性があったのであれば、行動するべきだった。頼みの綱であれば、尚更なおさらである。

 打開策が見つかったときに仮面がなければ、どうしようもない。変身できるように事態を転がしておくべきだった。

 それでも労力を疑問解消に傾けていた。

 踏ん切りをつけるためにも総動員させている。

 仮面の適合者バイパーに変身できていないのであれば、話は単純だった。仮面との相性が悪化していれば、それは十分にありえる。仮面を被っても、光に包まれることなかった。

 しかし実際は仮面の適合者バイパーになれた。

 従って、資格が消失したわけではない。

 そのことが原因でないとすれば、仮面に宿る性質の再現が止まってしまった。

 つまり仮面の適合者バイパーの姿を維持できなくなったことになる。

 その方法はいくつか存在する。

 生命活動が停止する。

 仮面に宿る性質を再現するに必要な肉体が失われる。

 仮面に宿る性質を再現するに必要なエネルギーが注げなくなる。

 仮面を被る当人の意思で仮面を脱ぐ。

 並大抵ではないが仮面を壊す。

 しかしどれも当てはまらない。

 何度も仮面の適合者バイパーになってきたホコアドク治安局行動隊長ももちろん知っている。公になっているため、この世界にける常識の1つとして数えられている。

 体調が万全とは言えないが、このときに力尽きるほどではなかった。すぐに仮面の適合者バイパーの姿が解けるほどではなかった。

 当人は正確に把握していなかったが、何となく感じ取っていた。

 いや、覚悟していたと言った方が正しいか。

 簡単に倒れる気はなかった。意地でも最後まで持たせるつもりでいた。気を張り詰めていた。

 気合と根性で戦いを繰り広げるつもりでいた。

 けれど結果は散々だった。

 首領が動くことなく、自滅した。自ら望んでいないにも関わらず。

「相手にする価値すらない」

 男性を侮蔑ぶべつした後、首領は後方に下がった。またしても一っ飛び。

「ちなみに言っておくが、俺の配下に加わりたいとほざいていても拒否していた」

 仮面だけ手に入れても仕方がないにも関わらず、仲間に迎い入れたくない理由とは何か。仮面の適合者バイパーは限られている。反抗勢力を不安視するのであれば、懐柔かいじゅうする手が残されている。

 しかしその点を考慮こうりょしていないかのような言い回しをするのは何故か。

仮面の適合者バイパーがここにいるからだ」

 その答えはホコアドク治安局行動隊長から奪った仮面を扱える人材を既に確保していたからである。

 移動した先で首領は回収した仮面を配下の1人に渡すことでその意を示した。仮面の新たな担い手を紹介するとともに席が埋まっていることを告げた。

「さて雌雄しゆうを決しないのであれば、早々に処分しよう。あれだけの啖呵たんかを切ったのだ。見逃してもらえないものだと知れ」

 死の宣告とも受け取れる内容が発せられても呆然ぼうぜんとしたままでいるホコアドク治安局行動隊長。立ち直ることもなく、倒れたままでいる。果たさんとする復讐心ふくしゅうしんをどこに落としたのやら。抜け殻となっており、抵抗する気概も見せなかった。

「この者の覚悟は本物だ。法を犯すことをいとわない。己のままを貫き通す。

 だから貴様を躊躇ちゅうちょなく殺せる」

 そのことを証明するためか、首領から放射の仮面を受け取った男性は仮面の適合者バイパーに変身する。

 するとまばゆい光に包まれ、体のあらゆる箇所から発光する姿へと変貌へんぼうした。

 仮面を被ったときの男性と変わらぬ姿へと変わった。

「俺たちのいしずえになるのだ。誇りに思いたまえ」

 しかしその言葉は彼の耳には届かなかった。

 そのときには死んでいたからだ。

 収束した光で額が貫かれ、そのまま線を描いて、体を焼き切られた。

 それによりホコアドク治安局行動隊長の息は絶えた。

 その者の死を見届けた後、仮面の適合者バイパーとなった男性は仮面を外し、元の姿へと戻った。二度と立ち上がらないことは明白だったので、臨戦態勢を解いた。

「死体は丁重に片しておけ。明朝、町中で晒す。服従しない者の末路を教え込ませるとしよう」

 町の人々が反逆を企てないために使うと通達する首領。

 その意を汲み取った者が数人を連れ、行動に移していく。死体を端っこへと寄せていく。

「邪魔が入ったが、予定通りうたげを始めよう」

 後片付けに動いたのを見て、話を変える首領。

 町を支配してから2か月経過していた。それを記念したパーティーを開催するつもりでいたから外に仮面暴徒ブレイカーの面々が集まっていた。

 決してホコアドク治安局行動隊長を出迎えるためではなかった。

「諸君、分かっていると思うが、気を緩めるな。ままを貫き通したいのなら、足元をすくわれるな。好き勝手に生きるのであれば、油断せずに行け」

 配下に釘を刺す首領。緊張感を忘れるなと発破をかける。

「しかしそれはそれとして、楽しむべきところでは楽しめ。

 切り替えは大事だ。有事と平時、常に身を引き締めていては消耗するだけだ。踏ん張り所で力が発揮できなくなることもありえるから、休息はしっかりと取れ。

 水を差される形にはなったが、今日という日を大いに楽しめ」

 締めるところで締めれば、問題ないとさとして、演説を終える。

 その後すぐに喚声かんせいが湧いた。今まで我慢していた鬱憤うっぷんを晴らすかのように騒ぐ。

 祝いの席で問題が発生すれば、不満になるのも当然である。お預けを食らっていたのであれば、尚更なおさらである。

 しかし問題が解消されたとなれば、気がたかぶるのは致し方ない。

 下手に騒がず、指示に従わせられていたのであれば、尚更なおさらである。

 喚声かんせいが合図となり、食材や料理や飲み物が屋敷から運ばれる。給仕として扱き使う町の人々に面倒事を押しつけ、仮面暴徒ブレイカーの面々は楽しむ。流石さすがに見張りは町の人々に任せられず、交代で務めなければならない。攻め込まれる可能性は低くても、用心にこしたことはない。致し方がない部分である。

 うたげに移行するのが確認できると首領は屋敷に引っ込んだ。他に3人を引き連れて。

「全く茶番に突き合わせおって」

 屋敷に入るなり、首領に悪態をつく男性。全身をローブで覆い、深くフードを被っている。体格も顔もつかませない人物である。

「ああいう口実がないと警戒心は植えつけられないからな。現実に起こり得ると認識させておかなければ、手痛い目にうからな。彼が都合よく来てくれなかったら、配下に教えられなかった。

 だから感謝している。

 俺だけの力ではどうしようもできなかったから、協力してくれて、本当にありがたいと思っている」

 苦言を呈した男性に首領は頭を下げる。無意味ではないと伝え、なだめる。

「やらせであったとしてもか」

「今後、この町以外にも支配の手を伸ばすから、油断してほしくなかった。注意を聞き流される可能性を考慮こうりょすれば、当事者として関わらせた方が刻みやすい。配下の自覚を促すためであれば、演出も致し方ない」

 目的を果たすためであれば、仕込みもやると白状する首領。先ほどの出来事は首領の導きによるところだった。

 仮面暴徒ブレイカーが拠点にする屋敷にホコアドク治安局行動隊長が出向けるほどに体が回復していることを把握していた。一応、有名人ではあったため、監視を付けていた。

 見張っていたときに攻め込むタイミングを悩んでいる様子だった。そのような報告が上がっていたから、後押しした。今日、うたげをやると町に情報を流すことで来訪へと誘導した。

 上手くいかなかった場合、別の方法で誘い出すか、もしくは諦めて口頭で説明することを考えなければならなかった。

 しかし釣れてくれたことで模索する手間が省けた。

 確信はなかったものの。

 その上手くいった場合に備え、わざわざ放射の仮面をふところに忍ばせていた。放射の仮面の適合者バイパーでもないにも関わらず。

 ホコアドク治安局行動隊長をもてあそぶ目的で本来の担い手から拝借していた。職務と妻と娘、そして最後に仮面。かの者が持ちうる誇りを根こそぎ奪うために。仮面の資格も手から離れてしまったと思い込ませるために。

 途中、仮面の適合者バイパーの姿が解けたのも仕組んだことだった。囲いの中に仮面の適合者バイパーを潜ませていた。タイミングを見計らい、仮面を引き剥がした。仮面に宿る性質で無力化を謀った。放射の仮面の所有権が移っていたから可能だった。

 わざと武器を渡せたのはその理由があってこそ。討ち取られてもおかしくない状況に導けた理由はその方策があったからこそ。

 仮面暴徒ブレイカーの誰もが逆らわない首領と対等に接する者のおかげである。

「ところで弟よ。仮面を被ったときに聞こえる声はどうにかならないか。長ったらしい上にうるさいんだが」

 首領の後から入ってきた男性がその隣にいる男性に愚痴ぐちる。いたたまれなかったからか、露骨に話題を変えた。

「残念だが、わずらわしさはどうにもならない。解決不可能だ」

 弟が答える前に首領が答えた。仮面とはそのようなものだと説明する。

「気に入らないのであれば、今の立場を捨てればよかろう。貴様をここで失うのは惜しいが、貴様の選択を尊重しようではないか」

「ご配慮はいりょはありがたいことですが、遠慮えんりょさせていただきます。やっと仮面を手に入れられたので、その点は目をつぶります」

 速攻で気遣いを丁重にいなす男性。今さら地位を下げたくはなかったから不満を受け入れることに。後ろめたさが消えた後であれば、尚更なおさらである。

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