1章2節6項(10枚目) 仮面暴徒に復讐したい者の末路②

 ホコアドク治安局行動隊長が仮面暴徒ブレイカーに対する恨み辛みをぶちまけた後、首領はふところから仮面を1枚、取り出した。

 そして男性の目の前に突き出した。

「そうか。この仮面よりも大事なのだな」

 それはホコアドク治安局行動隊長が仮面暴徒ブレイカーの襲撃時に被っていた仮面である。この場で考え得る最高の対抗策であり、微塵みじんに等しかった勝算を跳ね上げる代物である。男性がのどから手が出るほどに欲する武器である。

 しかし血迷ったのか、首領はその仮面をホコアドク治安局行動隊長に渡した。

 手首のスナップを活かし、放物線を描いて、手元に届けた。

 油断を誘う行動ではなかった。手に渡るまでちょっかいをかけなかった。

 彼も突然の行動で思わず、前のめりにチャンスをつかみに行ってしまった。殺される可能性は十分に考えられたものの、それを無視してでも行動していた。これを逃せば、仮面は手に入らないと思って。

 結果を見れば、実に都合の良い方向に事態は転がった。首領の思惑が分からずじまいではあるものの。

「勘違いするな。貴様に俺たちと対等に戦わせるチャンスを与えただけだ」

 疑問をぶつけられるよりも先に首領は口にする。

 同時に距離も取った。一っ飛びして、10メートルほど、距離を空けた。

「貴様の願いを本気で実現させたいのであれば、あのときのように仮面の適合者バイパーになればいい。配下に甚大じんだいな被害をもたらせた仮面を被ればいい。まだ体が本調子でないのであれば、少しでも穴を埋めるべきであろう」

 首領は演説しつつ、近くにいた配下を身振り手振りで呼び寄せ、指示を出す。ホコアドク治安局行動隊長を囲む者たちにその内容を伝え、解散させた。これから戦う舞台を整えていた。

「ふざけるなと俺をののしりたいのであれば、その仮面を破棄はきしろ。

 俺は貴様に敬意を示しただけだ。目指す方向性に違いがあっても、己のために邁進まいしんする者は尊敬に値する。他人の言いなりで他人にささげる人生を歩む者よりも余程魅力みりょくがある。

 だからチャンスを与えてやった。

 例え、俺の野望が道半ばで途切れることになったとしてもだ。

 所詮しょせん、その程度にすぎなかった。俺では成し得ない大業だったと自覚するだけだ」

 微塵みじんの後悔もないと語る首領。

 逆に言えば、男性にそこまでの覚悟を以ってして、ここに来たのかと問いかけているようだった。

 引き返すのであれば、今だと。自身の選択に偽りはないのかと。

「先に伝えておいてやるが、妻と娘を優先してくれても構わない。屋敷にいる可能性のある2人を探し出し、連れて帰ることを許可してやる。今もけがされていると思うのなら、さっさと駆けつけに行くがよい」

 不安をき立てる首領。

「さらに言えば、配下から片付けても俺は責めやしない。

 これは俺と貴様との決闘ではない。仮面の適合者バイパーが増えると厄介だと考えているのであれば、その心がけは正しい。袋叩きにされるだけだから、力を発揮する前に潰すのは定石だ」

 注意を怠るなと助言を添える首領。

「もっと言えば、仮面を持ち逃げしてくれてもとがめやしない。

 後々のことを考え、今はえて引いてくれても一向に構わない。万全な策を以って、妻と娘を救済したいのであれば、それもありだろう。今回は戦力増強のために出向いたと思えばいい。2人の苦痛を長引かせる結果になっても、悪くはない判断だと納得するのもありだ」

 勝機を見極めろとさとす首領。

「仮面を使うなり、使わないにしろ、全ては貴様次第だ。

 情緒を示さなくなるかもしれない玩具がんぐなど、俺は気にしないから勝手にしてくれ。

 貴様の選択次第で俺の行動は変わらない。貴様を抹殺するつもりだから、どうでもいい」

 ホコアドク治安局行動隊長に口を開かせないまま、様々な選択肢を口にする首領。逃走もありだとそそのかしつつも、その手段を封じていた。ときどき妻と娘の安否を保障しないことを教え、長期戦に臨む考えを捨てるように誘導していた。

 何よりないがしろにしている事実を直接、男性に突きつけることで感情の歯止めを制御せいぎょできないように試みていた。

 行動1つで首領の企みは崩れない。支障も生じない。脅威きょういとして気にかける価値すらないと。

「後悔するなよ」

 実に分かりやすい挑発にも関わらず、乗ってきたホコアドク治安局行動隊長。

 既に火が点いていたから当然の結果と言える。消火にあたらなかったから燃え盛るのも当然と言える。火種も十分に残っていたから勢いが増すのも当然と言える。

「最初からそのつもりだ。俺を存分に楽しませろ。

 距離を取ったのもそのためだ。配下からの報告通りであれば、貴様の土俵は遠距離戦であろう。

 だから存分に活かすといい」

 さらに駄目押しで油を注ぐ首領。

 念には念を入れ、闘争へとき立てていく。無力と評された価値を覆させる心理へと導いていく。

「付け加えておけば、俺は貴様が仮面の適合者バイパーになり、攻撃を仕掛け始める動作が確認できてから動くと宣言しておこう。

 変身した瞬間に終わりたくもないだろう。ありえたかも知れない未来を秘めながら、死んでいくのも心苦しかろう。

 それを考慮こうりょした上での配慮はいりょだ。感謝してくれてもいいぞ」

 調子に乗り、自ら標的になりにいく首領。

 同時に瞬時に反応できるように身構える。余計な力を抜き、男性と向き合う。口を慎み、集中力を高める。臨戦態勢に移行する。

「ああ、そうだな」

 やけくそ気味に返事して、ホコアドク治安局行動隊長は仮面を被る。

 もしかすると渡された仮面は偽物である可能性もあった。

 都合よく戦力増強できるのに疑いの目を向けるべきだった。偽物だった場合、作戦を練り直さなければならないからだ。

 願望を成就させるためなら、想定すべきであった。心が戸惑い、動きが狂わされ、復讐ふくしゅうが果たされないまま、終わらないためにも。

 動じないためにも不穏な事態を想定し、身構えておくべきだった。次の手が打てるように。

 しかしそれは杞憂きゆうに終わる。

 男性の姿は仮面の適合者バイパーに変わっていく。本物であったため、それは当然である。自身の仮面であり、それを職務で使っていたため、仮面の性質を引き出すのも難しくなかった。しばらく仮面を被っていなかった影響で相性が悪くなってもいなかった。

 まばゆい光に包まれた後、体のあらゆる箇所から発光する姿へと変貌へんぼうした。

 同時に右手を首領に向け、光を収束させる。散々、あおってくれた礼をくれてやるために。

「死っねええええええええええ」

 攻撃と同時に叫ぶホコアドク治安局行動隊長、改め、放射の仮面の適合者バイパー

 妻と娘を救い出す順番を変えても、結局、殺しにかかる仮面暴徒ブレイカーをどうにかしなければならない。

 だから先に始末することにした。

 照準を合わせ、光線を放とうとする。

 戦いの火蓋ひぶたが切って落とされる。

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