1章2節5項(9枚目) 仮面暴徒に復讐したい者の末路①

「離っせえええええええええええ」

 男性がもがいている。

 家主の了承を得ずに敷地に入り込んだ。外と内の境界に当たる門を堂々と潜った。見張りに止められたにも関わらず、殴り倒して先に進んだ。

 不法行為がなされ、恐喝や強奪や殺傷などの危機に陥る可能性を考慮こうりょすれば、手荒な真似をされても仕方がない。

 しかし過剰な制裁、例えば、侵入者の首をらせていれば、話は変わってくる。

 法にのっとれば、そこまでは認められていない。生命の危機に繋がり兼ねないため。

「うるっさいわああ。大人しくしろやああ」

 けれど無断侵入を果たした男性はそこまでの仕打ちを受けていない。

 逃げられないように集団に囲まれ、二人がかりで両腕を抑えられている。

 それだけである。痛みがともなっているかもしれないが、それは無断侵入者が暴れるからである。襲いかかる気概が失せないから、拘束が解かれないように力を込めている。

 大人しくならないから必要な処置と言える。然るべき者に引き渡すまで我慢してもらうしかない。抵抗しなければ、痛い目にうことはなかった。

 そもそも勝手に屋敷に入り込まなければ、このような事態には発展していない。

 原因はこの無断侵入者にある。

 耳をはちきる勢いで叫ぶ無断侵入者がしかられるのもうなづける。逆ギレする資格はない。

 ところが屋敷の者たちに過失がないわけではない。

 いや、騒動の元凶と言ってもいい。

 むしろ、無法者は現屋敷の家主、もとい暴力組織の仮面暴徒ブレイカーである。2か月前、仮面暴徒ブレイカーがホコアドクを占拠しなければ、無断侵入者も行動を起こさなかった。

 それは断定できる。

 町の治安を預かる組織、ホコアドク治安局に所属。現場におもむく総責任者として、行動隊長の位を拝命。

 無断侵入者は町の治安を預かる者として職務を全うしているだけである。法にのっとり、執行者として役割を果たしているにすぎない。不当占拠による町の人々の苦しみを解放するため、行動を起こしたにすぎない。

 悪行を働く者たちにとがめられるいわれはない。

「離せ。離せ。離せ。離せ。離せ。離せ」

 だから今もジタバタと暴れ、絶叫が響き渡っている。

「待たせて申し訳ない」

 騒動に割って入る者が現れた。

 屋敷の正面扉が開き、ホコアドク治安局行動隊長に近づく2つの影。

 その内の1つ、先頭を歩いていた者は取り囲む列の最後尾に加わる。

 もう1つ、後方を歩いていた者はホコアドク治安局行動隊長の傍にいく。囲いを一部崩して、近づいてきた。かき分けることなく、周囲に道を作らせる辺り、この者は偉い立場に君臨しているのであろう。

 そのように思われる人物はホコアドク治安局行動隊長を目でとらえられる場所まで来ると立ち止まった。 

「手荒に扱って申し訳ない。危害を加えられる可能性があったから、抑えさせてもらった。

 しかしその必要もなくなった」

 弁明を終えるとすぐに拘束に関わっていた者たちに対して、何度か手を払った。

 指示を受け取ると逆らわず従った。

 ホコアドク治安局行動隊長は拘束から解放された。

 しかし囲いは解けていない。

 警戒が少し緩められたにすぎない。くまでも身動きが取れるようになっただけ。見逃す気は更々なく、状況はあまり変わっていない。

 逆に彼が大人しくなった。

 目の前にいる者が姿を見せてから。敵意を忘れているわけではない。にらみつけているが、飛びかからないだけである。危険は承知で侵入したにも関わらず、躊躇ためらっている。

 仮面の適合者バイパーたたずんでいるから慎重にならざるを得なかった。まともな対抗手段がないため、動けずにいた。

 例え、その姿が強そうに見えなくても。

 小さな目と丸い耳が相まって、かわいく見える。全身、山吹色の短い毛に覆われ、柔らかそうである。細めの胴に太い尾が生えている。体の半分くらいの大きさである。

 思わずたわむれたくもなる動物の姿であった。

 それでも仮面の適合者バイパーであり、見た目にだまされてはいけない。

 周囲を従わせ、あなどられない実力を持っていることは先ほどの行動で分かる。

 ホコアドク治安局行動隊長もそのことを理解しており、機会をうかがっている。戦力として圧倒的に負けているため、倒せるタイミングを待っている。一撃を叩き込み、倒せることを願って。

「俺は仮面暴徒ブレイカーの首領だ。それで貴様は何者であり、どのような用件でここに来訪した」

 先に沈黙を破ったのは仮面の適合者バイパーであり、暴力組織をまとめ上げる者であった。

 強者として自覚があるからだろう。腕を組み、堂々とした立ち姿である。相手の視線に怯むことなく、自己紹介を兼ねつつ、正体と目的を知るために男性に問うた。

「お前が首謀者なら、用件など、分かっているだろうが」

「いいや、分からない。貴様も勘違いで殺されたくはないだろう。仲間になりにきたのであれば、尚更なおさらではないか。

 だから話してくれないか」

 激高するホコアドク治安局行動隊長をなだめる首領。勘違いを起こさないために相手の意思を正しく把握しようと努めていた。

 財産が削がれる可能性。儲ける機会を自ら手放す可能性。窮地きゅうちに追い込まれる可能性。

 最悪、組織が崩壊する可能性もある。

 万に一つの失敗をしないためにも、首領は慎重に事を進めている。状況に応じた適切な行動が取れるように。

「ふざけるな。誰が仲間になりたいか」

 逆にホコアドク治安局行動隊長はえたける。冷静でいられずにいる。

 無闇に飛びかからない辺り、評価できる。実力差を忘れていない。

 けれど感情がまるで制御せいぎょできていない。

 己の衝動しょうどうで仕掛けてしまいそうだ。これでは相手のすきを付く作戦も機能しないだろう。自殺するために相手が待ち構えているところに飛びかかる形になりそうだ。

 殺さる時間を自ら早めていると言っても過言ではない。

「確かに貴様の格好を見れば、そうかもしれない」

 あおっていたことを素直に認める首領。

 実際、ホコアドク治安局の上着とズボンを身に着けている姿を見れば、十分に考え至れる。町を攻める際、散々、目にしたはずである。気づかないわけがない。

「しかしそれは決めつけにすぎない。

 人に知られてはならない理由がある可能性もないわけではないと言えないか」

 同時にふざけていないとも口にする首領。

 例えば、裏で繋がっていると思わせないためにえて格好を整えている。

 町の人々から怪しまれない工作を施している可能性がある。敵対しているフリを演じる可能性を切り捨てられていないと密に伝えていた。

「もちろん、邪推と言われれば、それまでだ。

 しかし貴様が口にしない限り、真相など、分からん。

 俺は問答無用で貴様の心の内を読み取るわけでもない。伝えようと努力してくれなければ、分かるはずもない。

 だから話してくれないか」

 再度頼み込む首領。上から目線で物を申しているものの、すぐに暴力に訴えようとしない。

 余裕があるからこのような態度が取れる。

 片やただの人間であり、他に味方はいない。

 片や仮面の適合者バイパーであり、周囲に多数の味方が存在している。姿を確認していない仮面の適合者バイパーの存在も忘れてはならない。

 比較するまでもない。差は歴然としている。立場の優勢を議論する余地はない。

 首領が好き勝手に振舞えるのも納得できる。覆る可能性は万に一つもない。奇跡でも起きない限り、逆転は難しいと言える状況である。

 だから容認するより他はない。

 高が知れたホコアドク治安局行動隊長では首領の態度を正すことなど、できないから。

「お前たちを殺しに来た。ただそれだけだ」

 けれど意見を変えることはしなかった。

 立場を理解した上での行動である。仮面暴徒ブレイカー脅威きょういは現場で勤しんでいた者が一番知っている。体感もしているから無謀なことをやっていると自覚している。実力も戦力差も重々承知である。

 それでも引き下がれないから屋敷に突撃した。

 この世で活動する権利が失われても譲れない道理があるために。

「1つ質問させてもらおう。何故、俺たちを殺したがる」

 今日までに至る蛮行を思い浮かべれば、その謎をある程度把握できるにも関わらず、えて質問を男性に投げつける首領。

「体面で行動しているのであれば、止めておけ。実力で敵わぬことが分からぬわけでもあるまい。誰かのためだというのであれば、尚更なおさら、放っておけ。それは不満が持つ者に任せろ。解消を願う者にやらせておけ。

 それよりも己が野望に注力しろ。命には限りがある。いつまでもこの世に留まっていられるわけではない。成し遂げられずに命がついえる可能性も十分にある。他人に構っている暇はないと思った方がいい。余裕があるわけでもあるまいし。

 そもそもな」

「ごちゃごちゃと、うっせえんだよ」

 講釈を垂れる首領にしびれを切らしたホコアドク治安局行動隊長。怒鳴りつけ、話を途中で打ち切る。

「誰のためでもない。俺の復讐ふくしゅうのためにお前たちを殺しに来ただけだ」

 首領の勘違いを正すように自分の目的を述べたホコアドク治安局行動隊長。

「約束を破ることになるが、追加で質問させていただく。

 何故、たぎらせられる。俺たちが町を支配してから1度、反逆を企てただろう。それが失敗に終わって、痛感したであろうに何故、えない」

「妻と娘をお前たちに奪われたからだ」

 他意が含まれないことを改めて明かすホコアドク治安局行動隊長。純粋なる私怨しえんであった。町の治安を預かる者としておもむいたわけではなかった。自分勝手な言い分で行動を起こしていた。

 しかしある意味では日々を苦しみながら生きる町の人々のためとも言える。

 結果に着目すれば、職務に対して矛盾が起きていない。非難されるまでのことではなかった。町に迷惑をかける者たちが取り締まれるのであれば、些細ささいなことである。

 わざわざ問題として取り出されることでもない。

「お前たちの襲撃時に仮面を奪われたときよりも怒りにとらわれている自覚があるぞ。

 あの襲撃で重傷を負った俺を妻は毎日、甲斐甲斐かいがいしく看病してくれた。お前たちのせいで暮らしが日に日に悪くなっていくにも関わらずにだ。

 そんな状況でも弱音を吐く姿を見せなかった。体がボロボロになっても変わることなく看病してくれた。

 ままを言いたい年頃にある娘もだ。幼いながらも苦痛に耐え、無理矢理、元気な姿を振る舞っていた。

 2人とも俺に心配かけまいと踏ん張り、俺を支えてくれたんだ。感謝が尽きることがなかった。受け継いできた仮面の存在を忘れるくらいに大事な存在だった。

 そんな妻と娘をお前たちは俺の目の前で手にかけたんだ。

 横たわる俺にも首輪をめようとして、止めに入った妻と娘を傷つけてくれたよな。殴り、蹴り、叩いてくれたよな。何度も拝み倒しても無視してくれたよな。

 しかもそれで終わらせず、妻の服を破ってくれたよな。

 嫌がる妻を俺の前でイチャついてくれたよな。俺が動けないことをいいことに堂々とかき回してくれたよな。止めて止めてと何度も泣き叫ぶ妻を無視して、体を絡み合わせたよな。娘が泣きわめいても無視して、えつに浸っていたよな。

 そしてお前たちは妻と娘を連れて行ってくれたよな。

 不甲斐ふがいなく思う俺に追い打ちをかけてくれたよな。あれほど悔やんだことはなかった。怪我さえなければ、躊躇ちゅうちょしなかった。今まで生きてきた中で最悪な日だったし、今も忘れることもできない。殺したくて殺したくて仕方がない日々だった。

 しかし戦えるくらいに動けるようになってからは喜んだよ。

 やっとお前たちに手にかけられると思ってな。

 そして今日、うたげをやると聞いて嬉しかったよ。

 いつ攻め込むかを考えていれば、そんな噂を耳にした。実際に食材や飲み物が運ばれていたから嘘ではないと信じられた。

 それをきっかけに俺は決心した。

 今の俺は大したことがない。仮面がないとなると、お前たちのすきを付く以外、復讐ふくしゅうは果たせないものだと思っていたからな。

 浮かれていれば、油断も生まれる。

 そこに勝機があると踏んで俺は殴り込みに来た。妻と娘を取り戻したい一心でな」

 抱えている怨嗟えんさは思いの他、大きかった。

 一言れ出すと勢いは止まらなかった。つまびらかに一気に吐き出された。声を荒げ、首領を責め立てていた。復讐ふくしゅうが終わるまで死なないことを心がけていたにも関わらず、気持ちに逆らえなかった。

 首領に無神経な質問を立て続けにされた結果、我を失い、暴走した。

 そこまで狂っていたにも関わらず、襲いかからなかったのは奇跡と言える。本能なのか経験なのかは分からないものの、簡単に殺せないと判断を下していた。歯痒はがゆくとも、復讐ふくしゅうを果たさずに終わるよりマシだったであろう。

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