1章2節4項(8枚目) 仮面暴徒誕生

 ホコアドク。仮面装属の統治領域ノーブル・フィールドの南方に位置する町の1つ。辺りは草原。西の港町と東の温泉街に通じる森がそれぞれ近くにある。

 漁港が盛んな町と南方随一ずいいちの観光名所。

 2つの町と比較すれば、特色を挙げにくい、至って平凡な町。

 しかし不当占拠で有名になった。

 それは今から1年前に起きた。快晴の日、奥歯が見えるほどに大きく口を開いた紋章が背中に描かれた上着を羽織る集団によって。後に仮面暴徒ブレイカーと呼ばれる暴力組織がホコアドクを我が物にするため、約100名の手勢で白昼堂々、攻めてきた。

 町を支配するに当たり、仮面暴徒ブレイカーは4つの行動を起こした。

 1つ目は統治を担う役場を制圧。襲撃時に発生した町の人々の混乱を長引かせる目的で行われた。全体の指示を滞らせ、町の人々の意思をバラバラにした。集団としての行動指針を不明にして、逃走・潜伏・迎撃・救助など、団結を阻止された。伝令代わりの鐘を鳴らさせる暇を与えないことで誘導が封じられた。

 2つ目は町の唯一の出入口を制圧。町の人々を留まらせる目的で行われた。今後、町の人々を自分たちの代わりに働かせ、しぼり取ろうと仮面暴徒ブレイカーは画策していた。その数を減らさないため、町の外に出ようとする者たちを足止めしていた。

 しかし逃げ道は他にもあった。

 町を取り囲むへいを乗り越えれば、騒動から逃れられたものの、そこは放置された。へいは人1人飛び跳ねても手が届かない高さだったため、人員はかれなかった。

 仮面の適合者バイパーもしくは運動能力が桁外れに高い者であれば、自力で突破できる可能性はあったものの、そのような存在は少数である。

 確実に越えるための踏み台を用意するにも時間がかかる。短い時間で済まそうにも、当時、協力を強いられなかった。

 逃げ道自体、色々と考えられる。

 けれど戦力も人員も潤沢じゅんたくではないため、理不尽な行いから最も助かると見込まれる逃げ道に絞られた。

 多くの人数を町に留まらせることを主眼に仮面暴徒ブレイカーは出入口を死守した。逃走者がいない、完璧かんぺきを目指していなかった。

 3つ目は抵抗勢力の排除。町の防衛機能を低下させる目的で行われた。荒事への対処に慣れている町の治安を預かる者たちが真っ先に狙われた。騒動を鎮圧ちんあつさせる可能性が最も高い存在を倒すことで町の人々を大人しくさせた。不可能だと思い込ませ、荒事の対処に従事しない大多数の人の動きを封じた。自分たちが好き勝手にできるよう、仮面暴徒ブレイカー蹂躙じゅうりんした。

 決して順調ではなかった。町の治安を預かる者の中に仮面の適合者バイパーがいたから簡単にいかなかった。

 光を放出する性質で町の一画を襲っていた仮面暴徒ブレイカーの構成員が全て仕留められた。その影響を受け、そこにいた町の人々は希望を抱いた。仮面暴徒ブレイカーを追い出せると思い込めた。

 けれど仮面暴徒ブレイカー仮面の適合者バイパーの登場で一変した。

 仮面の適合者バイパーとしての練度の差で敗北した。仮面に宿る性質を使いこなせていなかったので倒され、仮面が奪われてしまった。

 その出来事により町の人々が抱いた希望が砕かれた。戦況は仮面暴徒ブレイカーに傾いた。

 しかしホコアドク唯一とされていた仮面の適合者バイパーがいなくなっても逆らう者は一定数いた。

 他の区域はともかくとして、仮面の適合者バイパーが倒される瞬間を見たにも関わらず、抵抗する者はいた。

 当然ながら、その者たちは狙われ、倒された。

 食い下がる者たちを消し、町の人々をより威圧した。

 目的と関係しないが、逃走を企てた者も狙われた。今後、仮面暴徒ブレイカーに対する貢献を担う者の数を減らさないためであった。

 酷く逆らわない限り、手荒に扱わず、ほどほどで済ました。

 ただし町の人々を鼓舞こぶさせるほどの抵抗を見せれば、命はまれた。

 抑圧に手間がかかるため、危険因子は早々に潰された。

 4つ目は今後の活動拠点となる屋敷の奪取。集団で住める場所を求めていたから町で最も大きな屋敷に狙いを定め、行動を起こした。

 屋敷にいた者は全て殺された。今後の活動で邪魔になるため、この世から追い出された。屋敷に住まう夫婦はもちろん、門番・執事・メイド・秘書も始末された。

 それらを軸に事を運び、それらが全て完了したとき、町は仮面暴徒ブレイカーに占拠された。

 しかし仮面暴徒ブレイカーは手を緩めなかった。

 町の人々を落ち着かせなかった。暴力に訴え、金品・食料・人間など、魅力みりょくに思えたものを次々と奪った。

 振るわれる暴力から逃れるため、駆け足で逃げる者もいれば、物陰に潜む者もいた。自ら差し出す者が現れるくらいにおそれられていた。

 懇願こんがんしても考慮こうりょしてもらえなかった。自分の命と同等以上のものが持っていかれそうになっても結果は変わらなかった。

 抱えて逃げても結果は変わらなかった。捕まえられた後、奪われていた。

 唯一、潜伏に成功した者は奪われずに済んだ。仮面暴徒ブレイカーの目に届かなかった者は手放さずに済んだ。

 けれどそれは一時的であった。

 見つかれば、奪われていた。先延ばしにするだけであり、根本的な解決には至っていなかった。大切なものを手元に残せられた反面、永劫えいごう見つからないよう、恐怖を抱えて生きる羽目になった。耐え忍び、生きることを余儀よぎなくされた。

 それに加え、仮面暴徒ブレイカーの横暴に振り回されるため、肉体的にも精神的にも疲労が溜まる。町の人全員、被害を受けている。過激な仕打ちを受けたくないため、大人しく受けて入れていた。

 しかし長く続かなかった。

 仮面暴徒ブレイカーの横暴により町の人々の心は擦り減った。日々、苦渋くじゅうを味わい、我慢するのも難しくなっていった。

 不満が積もりに積もり、1か月後、反撃に出た。

 現状に不満があっても仮面暴徒ブレイカー脅威きょういに怯える者もいた。おそれに当てられ、盲目もうもく的に生きる者もいたため、全員ではなかった。

 来たる日のために秘密裏に参加を表明した者たちだけで行った。有志を募り、牙を研ぎ、準備を進めていた者たちで挑んだ。

 平穏な日々に戻すため。大切なものを取り戻すため。仮面暴徒ブレイカー復讐ふくしゅうするため。

 理由は違えど、目的は一致していた。

 襲撃時、表立たなかった仮面の適合者バイパーも参加した。大切なものを守るため、隠匿いんとくしていた仮面を使ってでも戦うことにした。後ろめたさがあり、他の人から非難される懸念けねんがあっても立ち上がった。

 それほどまでに仮面暴徒ブレイカーの行いは許せておけなかった。

 幸いにもそのことで責められることはなかった。ののしっても事態は変わらない。都合よく仮面の適合者バイパーになれる人材が現れてくれるとは思えなかったため、仮面を取り上げなかった。戦力が低下するだけなので、脇にかれた。

 それほどまでに手段を選んでいられなかった。

 それでも惨敗ざんぱいだった。

 仮面暴徒ブレイカーには敵わなかった。戸惑いが見られたのは最初だけで、すぐに押し戻された。淡い夢としてき消された。

 反撃に関わった者たちは可能な限り、生かされた。これからの働き手を残すため、考慮こうりょされた。

 ただし制裁は免れなかった。

 二度と逆らわぬように痛めつけられた。反撃に関わった者を引きずり回し、町中にぶちまけられた。改めて町の人々に恐怖を植えつけた。

 さらに町の人々に鉄製の首輪をめた。

 自分たちが誰の管理下にあるのかを教え込むために行われた。

 逆らえば、罰をせられる。暴行という名の罰を以ってして、二度と過ちを犯させないように説かれる。受け入れない限り、罰はされる。過激さは増すばかりであり、それが原因で死ぬ者もいた。

 罰をせられる対象は仮面暴徒ブレイカー以外の存在。仮面暴徒ブレイカーに逆らうような真似をすれば、平等に執行される。

 しかし町の人々以外が対象になることは少ない。

 仮面暴徒ブレイカーが横暴を働くのは首輪をめた町の人々。特別な理由がない限り、部外者には手出しされない。自ら喧嘩けんかを売らなければ、何もされない。明確に敵意をぶつけもしない限り、おとがめなしとされている。女性を連れていない限り、理不尽な目にはわない。

 従って、部外者が逆らうことはまれであり、処罰の対象になる数も少ないのも当然である。

 部外者も酷い目にいたくないので、仮面暴徒ブレイカーに積極的に関わろうとしない。

 町の人々は今までの光景が目に焼き付いていたので、反抗する者の数は自然と減った。許しをうくらいがせいぜいであり、それも滅多に行わなかった。大抵は痛めつけられる。酷い目にうのは目に見えているから、諦観ていかんするようになった。

 仮面暴徒ブレイカーの仕打ちに耐え切れず、脱走を試みた者もいた。実際に成し遂げた者もいた。

 けれどその者は捕まえられた。

 より過激な罰をされ、死ぬまで償わされた。えて生き永らえさせ、苦しめた。逃げても無駄なことを教え込まれた。町中に広められたため、逃げ出そうと考え、実際に行動を起こす者の数もいなくなった。救われないと感じたため。

 少しでも苦しみから解放されたいと思い、仮面暴徒ブレイカーびる者が現われた。役に立ち、便宜を図られることで仮面暴徒ブレイカーの仕打ちから逃れようとした。

 実際に効果はあった。役に立つほど、贔屓ひいきされた。気に入られれば、仲間として迎えられた。仮面暴徒ブレイカーの中で立場は低くても、搾取さくしゅされる側から支配する側へとなれた。別の辛さはあるものの、以前と比べれば、苦しみは緩和された。

 逆に迷惑をかければ、標的になる。

 仮面暴徒ブレイカーの横暴を真っ先に受ける羽目になる。悪い意味で優先的に選ばれ、酷い目にわされる。

 迷惑をかけたかどうかを判断するのは仮面暴徒ブレイカーであり、そのさじ加減は適当である。仮面暴徒ブレイカーの役に立ったとしても、虫の居所が悪いせいで役立たずと思われるかもしれない。見た目や体臭や特技などに言いがかりをつけられ、全く評価されないこともある。

 ずっと待遇が変わらないことは珍しくもない。

 この兼ね合いを考慮こうりょするとびるのも勇気がいる。不安もあって、積極的には行えない。そのせいで命を落とした者もいたため、仮面暴徒ブレイカーの横暴を受け止めるだけにしている者が多い。

 こうして実績を積み重ねた結果、仮面暴徒ブレイカーはホコアドクを手中にできた。

 しかし周囲は許さなかった。

 好き勝手にやる仮面暴徒ブレイカーは統治機構から目を付けられている。仮面装属の統治領域ノーブル・フィールドの秩序を乱す存在として排除の対象になっている。

 組織として直接動くこともあれば、懸賞金をえさに討伐への協力を求めている。

 名声を手に入れようとする賞金稼ぎ。大切なものを奪われた恨みで行動する復讐ふくしゅう者。ただ目立ちたいだけで行動する者。

 討伐に協力しようとする者は様々な思惑で動いていた。

 個人から団体まで。素人から専門家まで。無名から有名まで。

 幅広い者が関わっていた。

 それでも仮面暴徒ブレイカーの支配は揺るがず、無敗を誇り続けた。

 町の人々の苦痛を長引かせる結果になった。それが1年以上続き、町の人々は希望を見いだせないまま、日々を過ごしている。

 あまりの強さで討伐に協力しようとする者はほぼいなくなった。懸賞金が上がっても状況は変わらず、命欲しさで挑む者もいなくなっていく一方である。

 最近だと1人の女性が町中で遊んでいた仮面暴徒ブレイカーの構成員に喧嘩けんかを売ったくらいだ。派手な殴り合いに発展したから仮面の適合者バイパーと対峙する事態になった。

 戦局が大きく不利になっても女性は果敢に挑んだ。自ら降伏しなかった。例え、体がボロボロになっても執拗しつように立ち上がり、仮面の適合者バイパーとの戦闘にじゅんじた。自身の攻撃が当たる回数が少なく、当たったとしても大したダメージを与えられなくても立ち向かった。

 最終的には女性が気絶したところで幕が下りた。その場にいた者が気に入る容姿だったため、拘束され、仮面暴徒ブレイカーが拠点にする屋敷に連れていかれた。

 消息は今も不明。なぶられ、快楽に浸る、仮面暴徒ブレイカーの道具としてもてあそばれているのかもしれない。精根尽きた抜け殻が発見されていれば、その推測の裏付けにもなるだろうに。

 直近はその程度であり、討伐活動にはげむ話は耳にしない。

 活動に関して、仮面装属の統治領域ノーブル・フィールドの統治機構に対しても同じことが言えた。討伐対象が手強く、被害規模の拡大に目をつぶる始末である。

 その惨状さんじょうに見かねた仮面装属の統治領域ノーブル・フィールドける最高意思決定機関、仮面装属ノーブルは重い腰を上げた。下位組織に任せるのを止め、自ら動き出した。

 仮面暴徒ブレイカーは今、難局の只中ただなかにいる。

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