1章2節3項(7枚目) 騙りを働いた者の末路

 ある日の夜中、とある村で起きた騒動。若者数人は店からせしめた飲食物で宴会していた。月と焚火たきびを照明代わりに食べ、飲み、喋り、歌い、はじけていた。村の中心地である広場を占拠して、周囲の迷惑を考えずに浮かれていた。

 耳障りだった。ほとんどの村の人々を不快にさせる行為だった。

 しかし誰も注意しない。

 騒動に関わらない者は屋内に引きこもり、見て見ぬふりをしていた。宴会に興じる若者たちを取り締まらなかった。この村の治安を預かる者たちすらも。

 誰も手出ししないので若者たちはさらに調子に乗った。

 そこに1人加わった。村の外から来た者が乱入し、より盛り上がった。

 けれどそれは一時的であり、今は静まり返っている。

 和を乱し、場の雰囲気を一変させた。

「こんなことして、ただで済むと思っているのか」

 先ほど騒いでいた、1人の若者がすごんでくれば、

「さあ?ただで済まないのなら、話してくれないかな」

 乱入者はあしらう始末。

仮面暴徒ブレイカーに知れたら、どうなるか、分かっているのか」

 暗に自分たちは無力な存在だと伝えつつ、後ろ盾を明かしても、

「さあ?何せ新参者だ。知らないことが多いから教えてくれないかな」

 乱入者は引くつもりが全くない。悪名高い組織の関係者と対峙しても動じていなかった。揺さぶられなかった。

 それどころか、若者に歩み寄る。

 その歩みに合わせ、尻餅をついている若者は後ろに下がろうとする。壁に阻まれ、それ以上、距離を取れないことを分かりつつも。

 先ほどの乱入者、仮面の適合者バイパーの暴れ振りを目の当たりにすれば、怯えてしまうのも無理はない。

 道化の仮面の適合者バイパー

 赤の分厚いタラコ唇に、三日月にかたどった両目。そこからしずくとなった涙がこぼれ落ちる様が描かれた面貌めんぼうをしている。

 格好は赤白の縦縞たてじま模様で上下を着飾り、襟と袖口にフリルが施されている。

 赤と白。左右異なる色の靴を履き、その組み合わせの手袋を付けている。

 注目を集めるよそおいであり、良くも悪くもおとりとして大いに役立ちそうである。間抜けに見える出で立ちで油断を誘える。奇怪な身姿のせいで警戒心を抱かせる。時には和ませ、時には引かれる雰囲気を持ち合わせている。

 それでも強そうには見えない。

 目視できる範囲に武器となる道具を持っておらず、また隠し持っているようには見えない。

 武器を持てば、十分に対抗できそうに思えてしまう。

 素行不良者で構成された若者たちであれば、太刀打ちできそうだった。自陣に仮面の適合者バイパーがいなくとも。

 いつも携えている棍棒こんぼうに、手数、そして人員を活かせられていれば、相手を上回る可能性はあった。

 例えば、多対一で挑み、相手の攻撃が終わった瞬間を攻める。やられ役と攻め手に分かれて、行動する。

 別の方法。例えば、多対一で挑み、相手に抱きついた後に一気に攻める。拘束役と攻め手に分かれて、行動する。

 さらなる別の方法。例えば、多対一で挑み、相手の正面と背面に狙いを定め、同時に攻める。攻め手に人員を集中させる。

 戦術を工夫すれば、追い詰められる事態には発展していなかったはず。おもむくままに相手に突撃しなければ、若者の不良仲間全員、地に伏せられずに済んだはず。一騎打ちに持ち込まず、連係を取っていれば、孤立せずに済んだはず。神経を逆撫さかなでる動きに青筋を立てず、冷静に努めていれば、状況は違っていたはず。

 雰囲気にまれていなければ、まだ逆転の目もあったのかもしれなかった。

 1人倒されたときに降参していれば、地べたを突かずに済んだかもしれなかった。

 そもそも喧嘩けんかを買わず、速攻で逃げていれば、痛めつけられる目にわずに済んだかもしれなかった。

「答える気がないなら」

「分かっ・・・いいえ、承知しました。何でも答えます。

 だから見逃してください。

 お願いします」

 けれどすぎたることに思考を費やしても無駄である。

 反省し、次に活かすのも大事である。選択を間違え、己が求める結果を手にできなくなる悔しさを抱かないためにも。

 しかしそれは今後活かす機会があればの話である。

 喧嘩けんかには負け、武器は取り上げられ、脅しを無視され、逃げ場のない状況で生き残られればの話である。

 そのためにも相手にびる。

 満足してもらい、大人しく帰ってもらうためにも。

 だから若者はこうべを垂れた。

「そうか。では答えてもらおうかな」

「いいえ、その前に約束してください。話したら、見逃してください」

 さらに若者は腰を低くする。

 額を地面に埋めるほどに頭を下げる。

「お前の言い分は分かったから早く質問させろ。これ以上は話す気がないと見なすぞ」

 即座に道化の仮面の適合者バイパーは交渉を打ち切りにかかる。

 見限られてしまえば、命の保障がなくなる。保障されるかどうか怪しいところではあるものの。

 少なくとも道化の仮面の適合者バイパーが決定権を握っていることは間違いない。

 出会ったときに質問を投げられ、その回答を拒否した後、すぐに喧嘩けんかを売ってきた。その結果、若者の不良仲間全員、倒された。

 思い通りにならなければ、手を出すに違いない。実績にのっとれば、ついえてしまうと考えていい。

 これ以上、道化の仮面の適合者バイパーを刺激するのは得策ではない。警告を発する辺り、腹立てていることがうかがえる。

「そんなつもりはありません。話しますので質問をお願いします」

 若者も危険が身に迫っていることを肌で感じ取ったため、これ以上、引き延ばすことを諦めた。

 安全の確約を得られるままに事を先に進める。不安で仕方がないものの。

仮面暴徒ブレイカーは何を目的に活動しているのかな」

 抵抗しない確認が取れたところで道化の仮面の適合者バイパーは最初の質問を投げた。

「ホコアドクを支配するのが目的だと思います。周辺」

「ちょっと待て。ホコアドクというのは何だ」

 聞き覚えのない単語が出たためか、道化の仮面の適合者バイパーは話をさえぎった。

「町の名前ですけど、知りませんか」

「ああ、知らんな。俺は仮面展意の統治領域インテル・フィールドにいたからこの辺のことは知らん」

 道化の仮面の適合者バイパーが口にした、新参者という言葉の意味が判明した。

 こことは別の統治領域フィールドから来たのだから、地理を把握していないのは当然と言える。

「それでさっきの続きを話せ。周辺がどうとか言っていたよな」

 道化の仮面の適合者バイパーの疑問が解消したから話を先に進める。

「はい。周辺地域にも支配を広げていますから必ずしもそうだとは言い切れないと思います」

 道化の仮面の適合者バイパーの疑問は解消しても、若者にはに落ちない点が残った。

 余所者よそものがどのような理由で仮面暴徒ブレイカーに関わろうとするのか。若者を尋問にかける素性不明の仮面の適合者バイパーはどこの差し金なのか。

 仮面暴徒ブレイカーの悪名が他の統治領域フィールドまで広がっているのは確かなものの、立場と動機が見えない。

 本人に質問すれば、解決する。

 しかしそれはできない。

 若者は質問できる立場ではなく、投げられた質問に答える立場にある。

 素性に踏み込んだ瞬間に処分される処遇にある。そこまでは不明であるものの、道化の仮面の適合者バイパーと対等の立場ではない。

 強者と弱者。

 実に分かりやすい上下関係である。

 発言次第では逆らったと見なされ、始末される。下手に口出せば、若者の不良仲間と同じ目にわされるやもしれない。

 だから若者は追求しない。

 身の安全を優先して、無視することに決め込んだ。

 道化の仮面の適合者バイパーにもそれが分かるように即座に質問に答える。詮索せんさくせず、仮面暴徒ブレイカーの目的をにごした理由を語った。若者なりの推察を添えて。

「周辺地域に支配を広げているのは事実かな」

「それは間違いないです。ホコアドクを豊かにするために支配すると噂で聞きましたし、現に他の場所にも進出していることは新聞でも報じられているので嘘ではありません」

 出まかせではない裏づけとして、事実確認を行った。

 しかしはっきりとしない受け答えが多いのは何故だろう。

「お前は悪名高い仮面暴徒ブレイカーの傘下じゃないのかな?昼間、自慢していたのはお前たちではなかったかな?仮面暴徒ブレイカー喧嘩けんかを売って、生きていられると思うな。そんな脅していたのは誰だったかな」

 関係者の割に曖昧あいまいな表現ばかりするものだから、前提を正すことにした。

 関係者か否か。関係者であったとしても詳しく知らされているか否か。

 仮面の適合者バイパーが不良集団にいないことを鑑みれば、そこまで重宝されていないのは見て取れる。

 それを踏まえた上で立場を明確にする。本人の口から語ってもらうことにした。

「いいえ。あれは嘘を吐いていただけです。誰も逆らわないので仮面暴徒ブレイカーの名前を出していただけです。金を払わなくても、飲めるし、食べられるし、物を持っていけるから、名前を借りていただけです。

 本当に関係者じゃないので、見逃してください。お願いします」

 人々が安寧あんねいに過ごすため、規律を破る者を取り締まる。

 悪しき存在と認定された者に対処する治安組織はこの村にも存在する。

 当然、村に迷惑をかける不良集団は取り締まりの対処に含まれるはずであった。

 しかし仮面暴徒ブレイカーが後ろに控えていることを考えると手が出せなかった。

 後詰ごづめ脅威きょういを考えると慎重にならざるを得なかった。

 本当に仮面暴徒ブレイカーと繋がっている場合、手出しできない。状況はさらに悪化する。仮面暴徒ブレイカーの悪行に感化されただけの若者の集まりだったとしても。罪悪にうとく、圧迫で事を運び、旗色が悪くなった瞬間に言い逃れに走る愚物ぐぶつであったとしても。

 心象しんしょうは置いとくとして、可愛かわいがられているのであれば、刺激を与えるのはよろしくない。

 しかし仮面暴徒ブレイカーとの関係が嘘であれば、仮面の適合者バイパーのいない集団など、村の治安を預かる者たちの敵ではない。

 悪逆を抑え込む訓練を重ねてきた者を倒すのは生半可ではない。反抗期に入った若者が振るう暴力ではびくともしない。今後の手出しが行われないほどに痛めつける存在がいない限り、反抗するべきではない。

 情報を集めなければ、判断は下せない。

 事情の真偽は不明なものの、報復を視野に入れると手が出せないのも当然である。不良集団が調子に乗れるのもうなづける。

 けれど若者の発言で判明した。

 張りぼてで村の人々に逆らわせず、牽制けんせいしていた模様だった。

「それなら今、話している内容も嘘なのかな?仮面暴徒ブレイカーの実態を知られたくないから、かばっているのかな」

「そんなことはありません。絶対にないです。この上着で嘘だと思われていましたら、それは勘違いです。これは真似ただけです。本物らしくするためにホコアドクに行き、その服装を見て、作りました。新聞に書かれた内容と同じ姿をしていれば、簡単に信じてくれますから。バレたくもなかったので、わざわざ現地に行ったまでです」

 口八丁だけでだまされていたわけではなかった。掲げていた証を看破できなかった。

 これらが揃っていたから村の人々は逆らえなかった。嘘を真実に見せる手札を持っていたが故に手出しされなかった。

 若者は疑惑を晴らす白状を即座に行い、道化の仮面の適合者バイパーの考えを否定した。

 命を失っても、情報隠匿いんとくに務める。忠義に厚い若者だと評されて、殺される。

 勘違いで命をついえたくなかったから正直に答えた。

「だったら、仮面暴徒ブレイカーが町を支配する理由を知らないのかな?目的が達成したのかどうかは知らないのかな」

 先ほどの問答で道化の仮面の適合者バイパーは若者を偽物として扱うことにしたらしい。

「知らないです。支配下を広げていますからまだ終わっていないのではないかと思います」

 突っかかってこないから信用されていると見なしてもいいだろう。少なくとも今のところ。

 そのように感じ取った若者は安心した。

 しかし安全が保障されたわけではない。

 だから油断することなく、質問に答えていく。

 機嫌を損なわせないことを心がける。始末されないことを願って。

「じゃあ、仮面暴徒ブレイカーはわざわざ自分たちの拠点を明かしているのは何故かな?町中に拠点を構えているそうではないか。何故、討伐してくれとお願いするような真似をする理由も知らないのかな」

 これ以上、会話したところで仮面暴徒ブレイカーの目的は分からない。

 憶測おくそくが飛びうだけだから、別の質問に移った。

「知らないですけど、自分たちが強いからではないですか。誰も歯が立たないから、そうではないかと思えます」

 想像の割には的を射ていそうな答えである。自信過剰な輩であれば、納得できる話だ。

 しかし所在の特定の有無は討伐に大きな影響を及ぼす。

 場所が明らかであれば、戦法はいくらでも取れる。

 戦力に物を言わせ、一気に終わらせる。籠城戦ろうじょうせんに持ち込み、疲弊ひへいさせる。構成員自らの離反を誘い、組織の解体へと導く。

 所在の特定に時間をく必要がないため、短期決戦から長期決戦まで、幅広い戦法が取れる。

 町全体を放火して、仮面暴徒ブレイカーを討伐する。

 多大な犠牲が容認されていれば、被害を度外視した戦法も取れる。物資と構成員を枯渇させ、活動を余儀なくさせる戦法も可能である。仮面に宿る性質を以ってすれば、あながち不可能ではない。

 多様な襲撃を阻止したいのであれば、拠点を明らかにしないに限る。

 ただし町の人々を在留させることを狙っていれば、話は変わる。

 仮面暴徒ブレイカーに対する奉仕と献上。

 定期的な搾取さくしゅを望み、その仕組みを壊さないために見張っている。

 不穏な動きを鎮圧ちんあつする。例えば、逃亡を企てていれば、それをいち早く察知し、即座に取り押さえる。

 常に目を光らせていると町の人々に思い知らせるためであれば、拠点を明かすのも致し方がないと言える。

 どちらにしても仮面暴徒ブレイカーの目論見をつかんでいなければ、この辺の事情は分からない。

 けれど今はどうでもいい。

 仮説を立て、絞り込むのは後でもできる。

 今は情報収集を優先すべきである。知らないことが多すぎる。何をするにしても理解が足りていなければ、決断も難しい。足を踏み外し、目的達成を目指せなくなるかもしれない。

 新参者の道化の仮面の適合者バイパーも分かっている。

 だから話を先に進める。

「具体的にどんな風に立ち向かったのかな?人員だったり、装備だったり、仮面だったり、と何か分からないかな」

「そこまでは知らないです。仮面暴徒ブレイカーに立ち向かう話は聞きますけど、実際の話を耳にしたことがありません。新聞に書いてあったかもしれませんが、ずっと読んでいるわけではないから、書いてあったのかもしれません。

 でもそれが本当だったら、ここでも話題になっていたはずですから、耳にしていたとは思います」

 仮面暴徒ブレイカーに挑んだ者が生き残っていないから。仮面暴徒ブレイカーの強大さを誇示する宣伝を自ら行わないから。仮面暴徒ブレイカー自らの戦力を教えないために隠蔽いんぺい工作にはげんでいるから。

 情報が拡散されない理由は様々であろう。

 今も仮面暴徒ブレイカーは存在し、その討伐を難しくさせている。

 戦力は分からなくとも、それだけは確実に言える。

「しかし仮面装属ノーブルが直々に動いていないのは確かです。

 関連組織は違いますけど。

 けれど近々、自ら討伐に出るみたいです。

 新聞で見ましたし、噂でも聞きましたから確かだと思います」

 漠然としているが、現況、手がつけられずにいることは確かである。統治機構でなければ、対処できないほどに仮面暴徒ブレイカー脅威きょういになっている。

 だから仮面装属ノーブルは本腰を入れたわけである。

 これ以上、害意をばら撒かせるわけにはいかない。調子に乗らせる事例を認めるわけにもいかない。

 今後の統治に響くのでここらで終止符を打つつもりでいることがうかがえた。

「じゃあ、誰が仮面暴徒ブレイカーを率いているのかな?それと仮面暴徒ブレイカーには有能な人でも集まっているのかな?そこまで報じられているのかな」

「それは知らされていませんし、俺も知らないです。噂程度でありましたら、仮面の適合者バイパーはいるそうです。ホコアドクを襲撃した際にも見かけられたそうです。

 でも俺は間違いなくいると思っています。

 そうでもなければ、1年近くもホコアドクを支配することもできませんし、周辺地域に進出するのもできませんから。その辺の事情を考えると絶対にいますよ」

 相変わらず、詳細はつかんでいないものの、今回も想像の割に的を射ていそうな答えである。

 もっと仮面装属ノーブルが動き出すことを把握していれば、十分に答えられる内容だった。

 わざわざ尋ねるほどではなかった。

「やっと仮面装属ノーブルが動き出した理由の方はどうなのかな」

「これ以上は見過ごせない。人々の苦しみを救うために潰しにかかる。

 そんな感じで報じられています」

仮面装属ノーブルの本部や支部を攻撃したのかな?お前はどう思う」

「そんな噂が流れもしないから違うのではないかとは思いますけど」

 期待はしていなかったが、やはり知らなかった。真意を知るほどの繋がりがないことは道化の仮面の適合者バイパーも分かってはいたものの、質問せずにいられなかった。

 分からないなりに面白い意見を発することも期待していたが、それもなかった。

 全く残念であった。

「そう言えば、現場に行ったわけだよな。どんな様子だったかな」

 気を取り直し、質問を変える。

 見聞した内容を訊いた。道化の仮面の適合者バイパーは経験を基にした情報で仮面暴徒ブレイカーの存在を浮き彫りにすることにした。

「暗かったですね。しいたげられていれば、当たり前と言えば、当たり前ですが」

 暴力組織に支配されて、明るい雰囲気をかもし出していたら、不気味である。

 支配者陣営と支配下陣営。お互いに幸福になっていれば、周囲はさぞ混乱していたに違いない。

 それが事実の場合、何を目論んで体制を崩壊させたか分からないところである。

 新たな統治機構を立ち上げるため、大衆から支持を得る活動に勤しんでいるのであれば、理解できる。腐敗ふはいした風習にとらわれる人々の苦しみを救済するためであれば、納得できる。

 既得権益を失う旧体制側が仮面暴徒ブレイカーの悪名を広げている。制度が廃止される未来を恐れて、事実とは異なる情報を流し、大衆を洗脳している線は十分に考えられる。

 仮面暴徒ブレイカーが健全であれば、なくもない話である。不気味でもなければ、混乱しない話でもある。大衆の不安をあおる組織名になっているのも、悪評に扇動せんどうするためだと考えれば、不思議な話ではない。

 しかしそのようなことはなかった。

 仮面展意の統治領域インテル・フィールドに届く悪名は本物だった。

「具体的にはどんな感じだったかな」

 悩ませる事態に転じず、ひとまず安心を得た道化の仮面の適合者バイパーは詳細を求めた。悪名と評価される起因を探り、仮面暴徒ブレイカーの悪逆さ加減を認識するために。

「口数は少なくて、回答をにごすこともありました。店の人だとはっきりと答えてくれましたけど、日常会話になると駄目でした。必要最低限と言ったところです」

仮面暴徒ブレイカーに文句を言う人はいたかな」

「大っぴらには聞いていません。報復を恐れていれば、当たり前ですけど。俺もそうでしたし」

仮面暴徒ブレイカーはどんな行動を起こしていたのかな」

「殴ったり、蹴ったり、盗んだり、文句を言うのは当たり前でした。堂々とやっていました。

 食事どころだと金を払わずに帰っていました。好きなだけ飲み食いしても知らんぷりでした。

 女、特に美人だと最悪でした。胸や尻を触られていましたし、昼も夜も関係なく、路地裏で犯される人もいました。あえぎ声が表に届いても構わずにやっていました。

 ここまで酷いことをしても町の人たちは何もしませんでした。俺も含めて、痛い目にいたくなかったから、当たり前と言えば、当たり前ですけど。町の警備隊も同じでした。誰も殺されたくはないでしょうから」

 暴行・窃盗せっとう・無銭飲食・痴漢ちかん強姦ごうかん。殺人もあったかもしれない。

 横暴な態度の数々。この村の不良集団とは比較にならない。本当に好き勝手にやる組織である。犯罪の抑止力となる治安組織が機能していないところがその証拠である。

 規律の執行者たる、警備隊の凋落ちょうらく

 無様であり、あきれて物も言えない。

「それは誰に対してもやっていたのかな」

「いいえ、町の住人だけだと思います」

 見境なく、犯行を繰り広げているのかと思えば、そうではないらしい。

「それはお前たちにちょっかいをかけられなかったから、そんなことを言っているのかな」

「それもありますけど、間違いなく、町の人だと思います」

「根拠はあるのかな?思い込みじゃないだろうね」

「首輪をめた人にしかやっていませんでしたから、そうではないかと思います。俺は町に入っても首輪をめませんでしたので、そうではないかと思います」

 規則に従い、犯行の対象を決めているようだった。

 しかし条件が首輪だけとは限らない。

 町の人々以外でも仮面暴徒ブレイカー楯突たてつく者は犯行の対象になっていたことは間違いない。実際に仕掛けてみれば、その証明はなされる。

 けれど試す必要はない。

 討伐に動いた者を退けている辺り、その推察で間違っていないと言える。誰も命がほしいから、わざわざ試さなかった。

 破滅願望を持った自殺者。

 もしくは絶望からの脱却を諦めた者であれば、その限りではないかもしれないが。

 その事実が表に浮かび上がっていないから、何とも言えない。

 それはともかくとして、仮面展意の統治領域インテル・フィールドから訪れた道化の仮面の適合者バイパーは知らなくとも、若者は知っている。仮面装属の統治領域ノーブル・フィールドで活動する人々にとっては常識である。

 だからホコアドクを訪れ、その場に立ち会っても、無視していた。

 大人しくしていた。

 裏を返せば、町の人々でなければ、安全が保障されていると言える。旅行目的で訪れても危険に晒される可能性は低い。仮面暴徒ブレイカーの神経を逆撫さかなでしなければ、襲われる心配はない。

 ただし女性だと話は変わる。

 仮面暴徒ブレイカーもてあそばれる可能性がある。仮面暴徒ブレイカーが興味を持てば、手を出すこと、間違いない。特に美人だとその確率は高い。

 それが理由で女性の来訪数は1年くらい前から愕然がくぜんと減っている。町の人々の感覚ではあるものの。

「首輪をめた人が仮面暴徒ブレイカーに連れていかれた噂もあります。身なりはボロボロで、ホコアドクに向かったので、町から逃げ出した人じゃないかと言われています。そんな目にった人をこの村で見かけていませんので、本当かどうか怪しいですけど」

 そのような噂が立つくらいに仮面暴徒ブレイカーおそれられている模様だ。若者が言う通り、定かではない事実も含めて。

「お前はホコアドクから帰って、どれくらい経っているのかな」

「2か月くらいです」

「お前が帰って来られる辺りもそうだし、町から逃げ出せることを考えると、出入りは緩いのかな」

 警戒がお粗末だから脱走できる。

 道化の仮面の適合者バイパーはそのように考えた。

「そんなことはないと思います。町の周りはへいで囲まれていて、人1人飛び跳ねても手が届かないほどの高さはありましたから。運よく越えられても、外には見張りの仮面暴徒ブレイカーがうろついていますから、それもい潜らないといけません」

「出入口からは無理なのかな?一番逃げやすそうなところから行けないかな」

「逃げ道が1つしかないから逃げやすいとは言えませんね。そこにも見張りがいるからすきはありません。運よく通り抜けられても、すぐ傍にいる馬で追いかけられて、それで終わりです」

 出入口で捕まれば、それで終わり。出入口を抜けても、追いつかれれば、それで終わり。出入口を抜け、引き離しに成功しても、逃げ込んだ先で捕まれば、それで終わり。

 捕まりたくなければ、永遠と逃げなければならない。息つく暇もなく、一生、怯えて生きないといけない。

 過酷な人生と言えよう。途中で心が折れそうだ。

 逃げなければよかったとなげきそうでもある。後悔に見舞われそうだ。

「ところで仮面暴徒ブレイカーの拠点にお前は行ったのかな」

「怖くて近づきませんでした。討伐に来たと思われ、殺されたくなかったので」

 腰抜けにもほどがあるものの、身の安全を第一に考えれば、分からなくもない。

 けれど本当におそれるのであれば、仮面暴徒ブレイカーの関係者を名乗らなければよかった。

 今宵こよい、生死を天秤てんびんに掛けられもしなかっただろうに。

「じゃあ最後だが、ホコアドクはどこにあるのかな」

 道化の仮面の適合者バイパーは最後の質問を投げた。

「この村から北西に向かったところにあります。大体3・4日歩けば、着きますよ。行きたいようでしたら、お供しましょうか」

 若者は付き添う誠意も見せる。

 今までの発言が偽りであれば、このような真似はしない。嘘が明らかになれば、殺されてもおかしくない状況に追い込まれる。

 このことからして、若者の発言は事実だと言える。

 説明で不確かな箇所はにごしている。噂や自分の考えとして伝えているため、嘘を吐いていないことにしている。

 疑われたときの予防線も張っているから言い逃れできる。勘違いしていないかと指摘することもできる。

 無視されれば、人生は終了してしまう。

 それでも対策は講じている。

 生き残れる対策を取っている。

 もしも嘘を吐いているとすれば、命乞いのちごいをする者の行動として不可解である。

 大義名分が生まれる危険を承知してまで一緒にいる気概はありえない。

 これは信憑性しんぴょうせいを高める賭けである。

 覚悟を以ってして、若者は道化の仮面の適合者バイパーの返答を待つ。

「いいや、そこまでする必要はない」

 若者は賭けに勝利した。

 発言が信用され、同伴しなくてもいい。

 まさに最高の結果だ。

 しかし歓喜も束の間。

「な・・・んで」

 若者は突然、苦痛を感じた。息も苦しくなった。

 原因は若者の腹がへこんだからだ。道化の仮面の適合者バイパーの足で押しつけられて。

「何か、間違ったことでもしたのかな」

 唖然あぜんとする若者に対して、道化の仮面の適合者バイパーは問いかけた。

「や・・・く・・・そく」

 力強く押し込まれているせいで言葉が途切れ途切れである。

 話すのもきつい。呼吸するので精一杯である。

 それでも若者は問いを返した。

「別にお前の命を助けてやると言った覚えはない」

 平然と切り返す道化の仮面の適合者バイパー

 希望を諦めきれない若者の心を砕きにかかる。

「頭に乗るな。今まで散々調子に乗って、いざとなれば、助けをうか。実に面白い冗談だ」

 若者の腹を何度も圧し潰す。離すと蹴るを繰り返して。

「お前がやってきたことをお前に返しただけだ。怒るのも大概にしろ。弱い者いじめされる立場になって、泣きに入ってんじゃねえ」

 何度も吐き出すうめき声を無視して、若者の命をなぶり続ける道化の仮面の適合者バイパー

「同じようにいじめる、お前には言われたくない。そんなことを考えているのかな」

 助かる見込みがないと判断した若者は道化の仮面の適合者バイパーにらみつけていた。

 振るわれる暴力に対抗する暴力はない。体が苦痛に支配され、まともに動かせない。壁に阻まれ、倒れることも許されない。ただ受け入れるしかない。

 せめてものの抵抗である。何の足しにもならないものの、恨みをぶつけていた。気持ちだけでも反抗していた。

「全く、その通りだな。

 しかし当然だろう。

 対等に付き合うべきではない者をないがしろにするのは当たり前だ」

 執拗しつように攻める。にらみに恐れず、肌で感じ取った疑問に答える道化の仮面の適合者バイパー

「何故、律義に対等に付き合わないといけないのかな?何故、損することをわざわざ俺が受けないといけないのかな?何故、ままを聞かないといけないのかな?

 付き合い方に間違えた者に文句を言われる筋合いはない」

 吐血しても躊躇ちゅうちょしない。甚振いたぶりと並行して、持論を述べていく道化の仮面の適合者バイパー

「俺は誰に対しても悪逆を働くつもりはない。

 しかしお前みたいな奴なら、話は別だ。

 お互いに傷つくつもりがない奴と対等に付き合うつもりはない」

 吐瀉物としゃぶつで汚される嫌悪感を無視して、若者を苦しめ続ける道化の仮面の適合者バイパー

「それに俺は許されている。何故ならば、返されることも覚悟しているからだ。逆に言えば、俺がお前から返されても文句は言わん。道を外した俺が悪いからな」

 身勝手な言い分であるものの、そこまで決意しているのであれば、ある意味、立派である。窮地きゅうちに追い込まれ、泣き言を露わにしない限り。

「しかしだ、見逃す約束は守ってやる。

 誰にも手が出せないようにかしてやるよ」

 重く圧し掛かる。腹を貫かんとばかりに足でへこませた。その一撃で若者は事切れた。

 いや、既に終わっていたのかもしれない。

 攻め立てに興じていたため、どこで終わりを迎えていたか。道化の仮面の適合者バイパーは知らない。

「全く、弱すぎる。これだと俺がいじめているみたいではないか」

 全てを終わらせた道化の仮面の適合者バイパーはぼやいた。

仮面暴徒ブレイカーとやらが捕まらないから、その空気に当てられた馬鹿どもが調子に乗る。威勢だけの愚か者を相手にしないといけない。その大半が仮面暴徒ブレイカーに関係しない弱者だから、欲しい情報も手に入らん」

 仮面暴徒ブレイカーに迫る情報が不足している。目的・規模・戦力が定かではない。収集できても憶測おくそく範疇はんちゅうに収まるものばかり。

 様々な場所で買い物・食事・今回のようなゴミ掃除などの片手間に情報収集を行っている。善人から悪人まで、様々な人から聞き取っている。

 それでも判明しない。

 情報を統合してもさっぱりである。仮面暴徒ブレイカーの関係者と接触しなければ、それは叶わないだろう。

 情報を統合して、はっきりと浮かび上がらせられたのは仮面暴徒ブレイカーが与えた影響と仮面暴徒ブレイカーが拠点にしている場所くらいだ。

 成果がかんばしい。自分と関わりのない統治領域フィールド内で発生した問題に巻き込まれるためにはまだまだである。

 1年近くホコアドクを不当に占拠した仮面暴徒ブレイカー

 その町の最上位の監督先である仮面装属ノーブル

 どちらに軍配が上がるのか。

 その結果を間近で見届けたいがための行動である。

 そのためにはどちらかの陣営に潜り込まなければならない。外野からでは結果しか分からない。そこに結びつく過程が明らかにならない。新聞などで報じられる内容は勝敗と今後の予想・方針しか分からない。

 当事者が広めない限り、詳細は把握できない。そこに期待するのもありだが、裏切られた場合は入手が難しい。

 当事者との接触を図る。

 詳細を把握できなかったときは手間のかかる方法を取らなければならない。

 その面倒事を避けるために道化の仮面の適合者バイパーは情報収集を行っている。当事者として関わるために行動を起こしている。死ぬかもしれないものの、それは覚悟の上である。

「まあ、ホコアドクに着く途中にも町や村がある。そこに期待しよう。近くなればなるほど、知りたいことが拾えるだろう」

 この場から立ち去るため、若者の腹に沈めていた片足を引っ張り出す。

 今までの旅で知ることができなかった情報を入手できる未来を夢見て。

 心躍れる騒動に関わらぬまま、収束しないことをこいねがい、出発する。

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