1章2節3項(7枚目) 騙りを働いた者の末路
ある日の夜中、とある村で起きた騒動。若者数人は店からせしめた飲食物で宴会していた。月と
耳障りだった。ほとんどの村の人々を不快にさせる行為だった。
しかし誰も注意しない。
騒動に関わらない者は屋内に引き
誰も手出ししないので若者たちはさらに調子に乗った。
そこに1人加わった。村の外から来た者が乱入し、より盛り上がった。
けれどそれは一時的であり、今は静まり返っている。
和を乱し、場の雰囲気を一変させた。
「こんなことして、
先ほど騒いでいた、1人の若者が
「さあ?
乱入者はあしらう始末。
「
暗に自分たちは無力な存在だと伝えつつ、後ろ盾を明かしても、
「さあ?何せ新参者だ。知らないことが多いから教えてくれないかな」
乱入者は引くつもりが全くない。悪名高い組織の関係者と対峙しても動じていなかった。揺さぶられなかった。
それどころか、若者に歩み寄る。
その歩みに合わせ、尻餅をついている若者は後ろに下がろうとする。壁に阻まれ、それ以上、距離を取れないことを分かりつつも。
先ほどの乱入者、
道化の
赤の分厚いタラコ唇に、三日月に
格好は赤白の
赤と白。左右異なる色の靴を履き、その組み合わせの手袋を付けている。
注目を集める
それでも強そうには見えない。
目視できる範囲に武器となる道具を持っておらず、また隠し持っているようには見えない。
武器を持てば、十分に対抗できそうに思えてしまう。
素行不良者で構成された若者たちであれば、太刀打ちできそうだった。自陣に
いつも携えている
例えば、多対一で挑み、相手の攻撃が終わった瞬間を攻める。やられ役と攻め手に分かれて、行動する。
別の方法。例えば、多対一で挑み、相手に抱きついた後に一気に攻める。拘束役と攻め手に分かれて、行動する。
さらなる別の方法。例えば、多対一で挑み、相手の正面と背面に狙いを定め、同時に攻める。攻め手に人員を集中させる。
戦術を工夫すれば、追い詰められる事態には発展していなかったはず。
雰囲気に
1人倒されたときに降参していれば、地べたを突かずに済んだかもしれなかった。
そもそも
「答える気がないなら」
「分かっ・・・いいえ、承知しました。何でも答えます。
だから見逃してください。
お願いします」
けれどすぎたることに思考を費やしても無駄である。
反省し、次に活かすのも大事である。選択を間違え、己が求める結果を手にできなくなる悔しさを抱かないためにも。
しかしそれは今後活かす機会があればの話である。
そのためにも相手に
満足してもらい、大人しく帰ってもらうためにも。
だから若者は
「そうか。では答えてもらおうかな」
「いいえ、その前に約束してください。話したら、見逃してください」
さらに若者は腰を低くする。
額を地面に埋めるほどに頭を下げる。
「お前の言い分は分かったから早く質問させろ。これ以上は話す気がないと見なすぞ」
即座に道化の
見限られてしまえば、命の保障がなくなる。保障されるかどうか怪しいところではあるものの。
少なくとも道化の
出会ったときに質問を投げられ、その回答を拒否した後、すぐに
思い通りにならなければ、手を出すに違いない。実績に
これ以上、道化の
「そんなつもりはありません。話しますので質問をお願いします」
若者も危険が身に迫っていることを肌で感じ取ったため、これ以上、引き延ばすことを諦めた。
安全の確約を得られるままに事を先に進める。不安で仕方がないものの。
「
抵抗しない確認が取れたところで道化の
「ホコアドクを支配するのが目的だと思います。周辺」
「ちょっと待て。ホコアドクというのは何だ」
聞き覚えのない単語が出たためか、道化の
「町の名前ですけど、知りませんか」
「ああ、知らんな。俺は
道化の
こことは別の
「それでさっきの続きを話せ。周辺がどうとか言っていたよな」
道化の
「はい。周辺地域にも支配を広げていますから必ずしもそうだとは言い切れないと思います」
道化の
本人に質問すれば、解決する。
しかしそれはできない。
若者は質問できる立場ではなく、投げられた質問に答える立場にある。
素性に踏み込んだ瞬間に処分される処遇にある。そこまでは不明であるものの、道化の
強者と弱者。
実に分かりやすい上下関係である。
発言次第では逆らったと見なされ、始末される。下手に口出せば、若者の不良仲間と同じ目に
だから若者は追求しない。
身の安全を優先して、無視することに決め込んだ。
道化の
「周辺地域に支配を広げているのは事実かな」
「それは間違いないです。ホコアドクを豊かにするために支配すると噂で聞きましたし、現に他の場所にも進出していることは新聞でも報じられているので嘘ではありません」
出まかせではない裏づけとして、事実確認を行った。
しかしはっきりとしない受け答えが多いのは何故だろう。
「お前は悪名高い
関係者の割に
関係者か否か。関係者であったとしても詳しく知らされているか否か。
それを踏まえた上で立場を明確にする。本人の口から語ってもらうことにした。
「いいえ。あれは嘘を吐いていただけです。誰も逆らわないので
本当に関係者じゃないので、見逃してください。お願いします」
人々が
悪しき存在と認定された者に対処する治安組織はこの村にも存在する。
当然、村に迷惑をかける不良集団は取り締まりの対処に含まれるはずであった。
しかし
本当に
しかし
悪逆を抑え込む訓練を重ねてきた者を倒すのは生半可ではない。反抗期に入った若者が振るう暴力ではびくともしない。今後の手出しが行われないほどに痛めつける存在がいない限り、反抗するべきではない。
情報を集めなければ、判断は下せない。
事情の真偽は不明なものの、報復を視野に入れると手が出せないのも当然である。不良集団が調子に乗れるのも
けれど若者の発言で判明した。
張りぼてで村の人々に逆らわせず、
「それなら今、話している内容も嘘なのかな?
「そんなことはありません。絶対にないです。この上着で嘘だと思われていましたら、それは勘違いです。これは真似ただけです。本物らしくするためにホコアドクに行き、その服装を見て、作りました。新聞に書かれた内容と同じ姿をしていれば、簡単に信じてくれますから。バレたくもなかったので、わざわざ現地に行ったまでです」
口八丁だけで
これらが揃っていたから村の人々は逆らえなかった。嘘を真実に見せる手札を持っていたが故に手出しされなかった。
若者は疑惑を晴らす白状を即座に行い、道化の
命を失っても、情報
勘違いで命を
「だったら、
先ほどの問答で道化の
「知らないです。支配下を広げていますからまだ終わっていないのではないかと思います」
突っかかってこないから信用されていると見なしてもいいだろう。少なくとも今のところ。
そのように感じ取った若者は安心した。
しかし安全が保障されたわけではない。
だから油断することなく、質問に答えていく。
機嫌を損なわせないことを心がける。始末されないことを願って。
「じゃあ、
これ以上、会話したところで
「知らないですけど、自分たちが強いからではないですか。誰も歯が立たないから、そうではないかと思えます」
想像の割には的を射ていそうな答えである。自信過剰な輩であれば、納得できる話だ。
しかし所在の特定の有無は討伐に大きな影響を及ぼす。
場所が明らかであれば、戦法はいくらでも取れる。
戦力に物を言わせ、一気に終わらせる。
所在の特定に時間を
町全体を放火して、
多大な犠牲が容認されていれば、被害を度外視した戦法も取れる。物資と構成員を枯渇させ、活動を余儀なくさせる戦法も可能である。仮面に宿る性質を以ってすれば、あながち不可能ではない。
多様な襲撃を阻止したいのであれば、拠点を明らかにしないに限る。
ただし町の人々を在留させることを狙っていれば、話は変わる。
定期的な
不穏な動きを
常に目を光らせていると町の人々に思い知らせるためであれば、拠点を明かすのも致し方がないと言える。
どちらにしても
けれど今はどうでもいい。
仮説を立て、絞り込むのは後でもできる。
今は情報収集を優先すべきである。知らないことが多すぎる。何をするにしても理解が足りていなければ、決断も難しい。足を踏み外し、目的達成を目指せなくなるかもしれない。
新参者の道化の
だから話を先に進める。
「具体的にどんな風に立ち向かったのかな?人員だったり、装備だったり、仮面だったり、と何か分からないかな」
「そこまでは知らないです。
でもそれが本当だったら、ここでも話題になっていたはずですから、耳にしていたとは思います」
情報が拡散されない理由は様々であろう。
今も
戦力は分からなくとも、それだけは確実に言える。
「しかし
関連組織は違いますけど。
けれど近々、自ら討伐に出るみたいです。
新聞で見ましたし、噂でも聞きましたから確かだと思います」
漠然としているが、現況、手がつけられずにいることは確かである。統治機構でなければ、対処できないほどに
だから
これ以上、害意をばら撒かせるわけにはいかない。調子に乗らせる事例を認めるわけにもいかない。
今後の統治に響くのでここらで終止符を打つつもりでいることが
「じゃあ、誰が
「それは知らされていませんし、俺も知らないです。噂程度でありましたら、
でも俺は間違いなくいると思っています。
そうでもなければ、1年近くもホコアドクを支配することもできませんし、周辺地域に進出するのもできませんから。その辺の事情を考えると絶対にいますよ」
相変わらず、詳細は
わざわざ尋ねるほどではなかった。
「やっと
「これ以上は見過ごせない。人々の苦しみを救うために潰しにかかる。
そんな感じで報じられています」
「
「そんな噂が流れもしないから違うのではないかとは思いますけど」
期待はしていなかったが、やはり知らなかった。真意を知るほどの繋がりがないことは道化の
分からないなりに面白い意見を発することも期待していたが、それもなかった。
全く残念であった。
「そう言えば、現場に行ったわけだよな。どんな様子だったかな」
気を取り直し、質問を変える。
見聞した内容を訊いた。道化の
「暗かったですね。
暴力組織に支配されて、明るい雰囲気を
支配者陣営と支配下陣営。お互いに幸福になっていれば、周囲はさぞ混乱していたに違いない。
それが事実の場合、何を目論んで体制を崩壊させたか分からないところである。
新たな統治機構を立ち上げるため、大衆から支持を得る活動に勤しんでいるのであれば、理解できる。
既得権益を失う旧体制側が
しかしそのようなことはなかった。
「具体的にはどんな感じだったかな」
悩ませる事態に転じず、ひとまず安心を得た道化の
「口数は少なくて、回答を
「
「大っぴらには聞いていません。報復を恐れていれば、当たり前ですけど。俺もそうでしたし」
「
「殴ったり、蹴ったり、盗んだり、文句を言うのは当たり前でした。堂々とやっていました。
食事
女、特に美人だと最悪でした。胸や尻を触られていましたし、昼も夜も関係なく、路地裏で犯される人もいました。
ここまで酷いことをしても町の人たちは何もしませんでした。俺も含めて、痛い目に
暴行・
横暴な態度の数々。この村の不良集団とは比較にならない。本当に好き勝手にやる組織である。犯罪の抑止力となる治安組織が機能していないところがその証拠である。
規律の執行者たる、警備隊の
無様であり、
「それは誰に対してもやっていたのかな」
「いいえ、町の住人だけだと思います」
見境なく、犯行を繰り広げているのかと思えば、そうではないらしい。
「それはお前たちにちょっかいをかけられなかったから、そんなことを言っているのかな」
「それもありますけど、間違いなく、町の人だと思います」
「根拠はあるのかな?思い込みじゃないだろうね」
「首輪を
規則に従い、犯行の対象を決めているようだった。
しかし条件が首輪だけとは限らない。
町の人々以外でも
けれど試す必要はない。
討伐に動いた者を退けている辺り、その推察で間違っていないと言える。誰も命がほしいから、わざわざ試さなかった。
破滅願望を持った自殺者。
もしくは絶望からの脱却を諦めた者であれば、その限りではないかもしれないが。
その事実が表に浮かび上がっていないから、何とも言えない。
それはともかくとして、
だからホコアドクを訪れ、その場に立ち会っても、無視していた。
大人しくしていた。
裏を返せば、町の人々でなければ、安全が保障されていると言える。旅行目的で訪れても危険に晒される可能性は低い。
ただし女性だと話は変わる。
それが理由で女性の来訪数は1年くらい前から
「首輪を
そのような噂が立つくらいに
「お前はホコアドクから帰って、どれくらい経っているのかな」
「2か月くらいです」
「お前が帰って来られる辺りもそうだし、町から逃げ出せることを考えると、出入りは緩いのかな」
警戒がお粗末だから脱走できる。
道化の
「そんなことはないと思います。町の周りは
「出入口からは無理なのかな?一番逃げやすそうなところから行けないかな」
「逃げ道が1つしかないから逃げやすいとは言えませんね。そこにも見張りがいるから
出入口で捕まれば、それで終わり。出入口を抜けても、追いつかれれば、それで終わり。出入口を抜け、引き離しに成功しても、逃げ込んだ先で捕まれば、それで終わり。
捕まりたくなければ、永遠と逃げなければならない。息つく暇もなく、一生、怯えて生きないといけない。
過酷な人生と言えよう。途中で心が折れそうだ。
逃げなければよかったと
「ところで
「怖くて近づきませんでした。討伐に来たと思われ、殺されたくなかったので」
腰抜けにもほどがあるものの、身の安全を第一に考えれば、分からなくもない。
けれど本当に
「じゃあ最後だが、ホコアドクはどこにあるのかな」
道化の
「この村から北西に向かったところにあります。大体3・4日歩けば、着きますよ。行きたいようでしたら、お供しましょうか」
若者は付き添う誠意も見せる。
今までの発言が偽りであれば、このような真似はしない。嘘が明らかになれば、殺されてもおかしくない状況に追い込まれる。
このことからして、若者の発言は事実だと言える。
説明で不確かな箇所は
疑われたときの予防線も張っているから言い逃れできる。勘違いしていないかと指摘することもできる。
無視されれば、人生は終了してしまう。
それでも対策は講じている。
生き残れる対策を取っている。
もしも嘘を吐いているとすれば、
大義名分が生まれる危険を承知してまで一緒にいる気概はありえない。
これは
覚悟を以ってして、若者は道化の
「いいや、そこまでする必要はない」
若者は賭けに勝利した。
発言が信用され、同伴しなくてもいい。
まさに最高の結果だ。
しかし歓喜も束の間。
「な・・・んで」
若者は突然、苦痛を感じた。息も苦しくなった。
原因は若者の腹が
「何か、間違ったことでもしたのかな」
「や・・・く・・・そく」
力強く押し込まれているせいで言葉が途切れ途切れである。
話すのもきつい。呼吸するので精一杯である。
それでも若者は問いを返した。
「別にお前の命を助けてやると言った覚えはない」
平然と切り返す道化の
希望を諦めきれない若者の心を砕きにかかる。
「頭に乗るな。今まで散々調子に乗って、いざとなれば、助けを
若者の腹を何度も圧し潰す。離すと蹴るを繰り返して。
「お前がやってきたことをお前に返しただけだ。怒るのも大概にしろ。弱い者
何度も吐き出す
「同じように
助かる見込みがないと判断した若者は道化の
振るわれる暴力に対抗する暴力はない。体が苦痛に支配され、まともに動かせない。壁に阻まれ、倒れることも許されない。ただ受け入れるしかない。
せめてものの抵抗である。何の足しにもならないものの、恨みをぶつけていた。気持ちだけでも反抗していた。
「全く、その通りだな。
しかし当然だろう。
対等に付き合うべきではない者を
「何故、律義に対等に付き合わないといけないのかな?何故、損することをわざわざ俺が受けないといけないのかな?何故、
付き合い方に間違えた者に文句を言われる筋合いはない」
吐血しても
「俺は誰に対しても悪逆を働くつもりはない。
しかしお前みたいな奴なら、話は別だ。
お互いに傷つくつもりがない奴と対等に付き合うつもりはない」
「それに俺は許されている。何故ならば、返されることも覚悟しているからだ。逆に言えば、俺がお前から返されても文句は言わん。道を外した俺が悪いからな」
身勝手な言い分であるものの、そこまで決意しているのであれば、ある意味、立派である。
「しかしだ、見逃す約束は守ってやる。
誰にも手が出せないように
重く圧し掛かる。腹を貫かんとばかりに足で
いや、既に終わっていたのかもしれない。
攻め立てに興じていたため、どこで終わりを迎えていたか。道化の
「全く、弱すぎる。これだと俺が
全てを終わらせた道化の
「
様々な場所で買い物・食事・今回のようなゴミ掃除などの片手間に情報収集を行っている。善人から悪人まで、様々な人から聞き取っている。
それでも判明しない。
情報を統合してもさっぱりである。
情報を統合して、はっきりと浮かび上がらせられたのは
成果が
1年近くホコアドクを不当に占拠した
その町の最上位の監督先である
どちらに軍配が上がるのか。
その結果を間近で見届けたいがための行動である。
そのためにはどちらかの陣営に潜り込まなければならない。外野からでは結果しか分からない。そこに結びつく過程が明らかにならない。新聞などで報じられる内容は勝敗と今後の予想・方針しか分からない。
当事者が広めない限り、詳細は把握できない。そこに期待するのもありだが、裏切られた場合は入手が難しい。
当事者との接触を図る。
詳細を把握できなかったときは手間のかかる方法を取らなければならない。
その面倒事を避けるために道化の
「まあ、ホコアドクに着く途中にも町や村がある。そこに期待しよう。近くなればなるほど、知りたいことが拾えるだろう」
この場から立ち去るため、若者の腹に沈めていた片足を引っ張り出す。
今までの旅で知ることができなかった情報を入手できる未来を夢見て。
心躍れる騒動に関わらぬまま、収束しないことを
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