1章2節2項(6枚目) 蔓延る悪意の排除

 仮面の適合者バイパーを頂点に据え、仮面暴徒ブレイカーに連なる暴力集団、仮面暴突クラッシャー

 単体も厄介でありながら、さらに上回る脅威きょういを誇る後ろ盾。そのせいで町の人々は反撃に転じられず、今日に至っている。逆らう者がいないのも当然である。

 今を平穏に過ごせているのはその理由が大きい。

 抵抗しても、率先して喧嘩けんかを売ってきた者はいない。寝込みを襲撃されたこともない。今までの出来事からして予想もしていない。本当に行動を起こすとは誰も考えていない。

 だから警戒を怠るのも無理はない。

 仮に問題が生じても仮面の適合者バイパーの力で解決できる。

 外敵を認識するための見張りも1人立てていれば、事足りる。その者の報告があれば、対処できる。

 夜襲対策に限れば、この程度でいいと思われている。

 そのように考える辺り、危険因子を低く見積もっている。抗争中であれば、油断していると思われる布陣である。

 しかし平時にいてはこの程度でも問題はないと言える。

 決して破綻はたんしている作戦でもない。先を見通せない以上、これで十分だと満足するのも仕方がない。様々な要素を加味した上での決断である。

 破滅に陥ってもそれは結果論にすぎない。結論ありきで物を申すのは簡単である。終わりから逆算すれば、対処も容易に思い浮かぶ。実行できたかどうかは別にして。

 けれどそれがどうした。

 それを論じたところで現況が変わるとでも思っているのか。実績が消えると信じているのか。

 否、何も変わらない。

 実績から紐づく未来に対しての処置を講じるのであればまだしも、過去を非難しても状況は変わらない。

 せいぜいゆがめる程度。後の世に対する目晦めくらましが限度である。

 個人として否定したものの、誰かが強行したが故に起きた悲劇だと強調する。あたかも自分は何も悪くないと論じ、責任逃れをするために。

 誠意を尽くしたものの、残念な結果に終わってしまった。

 言い訳にしか聞こえない。事態を投げ出し、保身に走っているかのようにしか見えない。

 変えるべきは未来である。時を巻き戻せない以上、やるべきことはそれだけだ。

 決した出来事を受け入れ、曖昧あいまいな出来事を具現化することに役立てる。受け入れる出来事が気に入らなくてもだ。

 もっとも未来を築く機会が与えられていればの話だ。

 ここで終わる者たちからすれば、無駄な説法である。

 眠りについたままの者はそのまま眠り。起きていた者も眠りにつく。

 仮面暴突クラッシャーが住処にしている建物が崩壊すれば、その事態に至る。瓦礫がれきの下敷きになれば、命を落としても不思議ではない。

 覚醒状態であれば、命を永らえようと行動に移せる。生き延びる見込みを自主的に高められる。

 しかし意識喪失状態のときに巻き込まれれば、生存の見込みは神のみぞ知るところ。

 状況に応じた行動が取れないため、迫る勢いにまれるのみ。全てを見据え、回避策を講じていれば、話は別である。

 けれど仮面暴突クラッシャーは建物が崩壊する未来を想定していなかった。

 だから大人しく状況に任せることとなった。

 その結果、この世を去った。下敷きで息絶えた者がほとんどである。

 崩壊の衝撃しょうげきで体勢を崩し、地面に頭を叩きつけてしまった。そのせいで亡くなった者もいた。見張りの役割を全うできずに仲間の下へと旅立った者がいた。

 仮面暴突クラッシャーの構成員は襲撃された事実に気づくことなく、息を引き取った。

 しかし例外が1人だけいた。

 獅子しし仮面の適合者バイパーは無事だった。偶然にも目を覚ましていたから助かった。

 崩落するきしみを耳にして、仮面を素早く被った。それが功を奏した。瓦礫がれきに襲われはしたものの、仮面の適合者バイパーに姿を変えたことで押し寄せる重みから耐えられた。限界が訪れる前に瓦礫がれきを押しのけ、下敷きになる前にそこから這い出た。それにより命を落とさずに済んだ。

 ボロボロでありながらも状況を分析する。

 周囲に意識を傾けつつ、瓦礫がれきの上を歩き、足場が安定する地面に降り立つ。

 これで終いだと思わず、警戒する。戦いに備える。

 そこに畳みかけるようにして、獅子しし仮面の適合者バイパーを襲う者がいた。遠い場所から飛んでくる。屋根を蹴り、両腕を前方に突き出し、体を螺旋らせん回転させて。矢の如く、風を切り、一直線上に存在する標的に向かって。

 奇襲に気づいた獅子しし仮面の適合者バイパーはその場から飛びのいた。直撃を避けるため、地面を駆け、十分に距離を取る。

 受け止められないと判断して。立ち向かっても損傷を受ける割合が大きいと判断して。自分の攻撃が通らないと判断して。

 止まる間際、左足を軸にして、旋回する。右足を滑らして、土煙を上げて。いつでも襲撃者に攻撃を仕掛けられるように体勢を整える。落下地点付近と向かい合う形で。

 襲撃者は急な方向転換ができなかった。標的に攻撃を通せず、瓦礫がれきにめり込む始末。勢い余すことなく、突っ込んだため、体が潜ってしまった。

 しかし襲撃者は埋没したまま、終わらなかった。

 瓦礫がれきを押しのけ、勢いよく飛び出た。山なりを描いて、落下してくる。右手を拳にして、殴りにかかる。掲げた腕を振り下ろす。

 先ほどの攻撃を帳消しにするかのように仕掛けてくる。

 けれど当たらなかった。

 逆に反撃を食らう羽目に。

 待ち構えていた獅子しし仮面の適合者バイパーは余裕で対処できた。

 伸びてきた右を左手で制した。右手首を握り、捕まえた。半身になり、落下の勢いを利用する。そのまま引っ張り、地面に引きずり下ろす。生じた加速にともない、その場で半回転する。左足を軸にして、体勢を変え、両足で踏ん張った。

 拳打を阻止された襲撃者は生じた加速により体が捻じれ、空中で仰向けになった。

 そして思いっ切り、背中を地面に叩きつけられた。

 無様であった。初撃を外し、めげずに第二撃を繰り出したにも関わらず、相手に当てることすらできなかった。仕返しされる始末。情けない結果である。

 ここから挽回して、獅子しし仮面の適合者バイパーを倒す。そうすれば、今までのはずかしめも帳消しになる。過程はどうあれ、結果は立派なものとなる。

 しかし獅子しし仮面の適合者バイパーの反撃はこれで終わらなかった。

 地面に叩きつけた襲撃者の体が跳ね上がったところで追撃した。

 無防備な左肩にかぶりついた。片膝をつき、身を屈めて。

 外さぬため、襲撃者の左上腕をつかむ。右手首を握る左手とともに動きを封じた。

 遠慮えんりょすることなく、力を込められたため、襲撃者の左腕は断たれた。みつき箇所と裂け目から血が滴る。

 これで終わらない。

 襲撃者は獅子しし仮面の適合者バイパーに投げられた。何度も地面にぶつかり、転がっていく。その動きは数メートル先で止まった。

 左肩を砕いた。左腕を損失した。背中に衝撃しょうげきを受けた。右手首を始め、右腕にも衝撃しょうげきを受けた。断裂に至らなくとも損傷は受けている。外部は左ほど分かりやすくないものの、確実に内部に及んでいるはず。刺激が走り、体中に響いていると見られる。推測の域を出ない診断は否定できても損傷が見受けられるのは確実である。

 流血沙汰ざたであり、今も滴っている。現在進行形で被っている。

 声をらす事態である。絶叫してもおかしくない。受けた痛みを紛らわすために。逃避している現実を受け入れるために。自分は酷く傷ついていると強調したいがために。理由はどれであったとしても。

 襲いかかる激痛をしずめるため、傷痕を抑えることもあるだろう。少しでも和らぐのを期待して。その行動に効果があるのか分かったものではないものの。

 常人であれば、どれかに該当するだろう。苦痛に抗おうとして。

 ましてや襲いかかってくることはないだろう。

 人間離れした運動能力を持ち合わせていても触れられなかった。その力差を理解していれば、立ち向かう考えを捨てるだろう。敵う道理がないと分かれば、諦めてもおかしくない。

 獅子しし仮面の適合者バイパーはそのように判断していた。切断した左腕を手に勝利を確信していた。襲撃者の踊り狂う様を楽しもうと思い、立ち上がっていた。

 しかし襲撃者は諦めていなかった。

 それどころか、すぐさま、仕掛けてきた。

 右手を支えにして、体を起こした。ひざまずくような体勢に整えて地面を蹴った。跳躍ちょうやくして、獅子しし仮面の適合者バイパーに近づく。再び右手を拳にして、殴りにかかる。

 あれだけ痛めつけられておきながらも、攻撃の手を緩めなかった。無視できる苦痛ではあるまいし。激痛にさいなまれているにも関わらずに。

 それほどまでに譲れない道理を持っている。立ち向かうのを諦めていい理由にはならない。例え勝ち目が低くとも、戦意を放棄ほうきしてはならない。

 心意気は立派である。本当かどうかは知らないが。

 けれどこの場合、どのような答えでもよかった。

 どちらにしても襲撃者の拳打は直撃しなかった。獅子しし仮面の適合者バイパーはその攻撃を回避していた。

 しかし油断していたため、反撃に転じられなかった。

 かわすので精一杯だった。立ち位置から3歩ほど動いただけだった。

 攻撃が空振った襲撃者はそのまま地面と激突し、再び転がる羽目に。

 けれどすぐに獅子しし仮面の適合者バイパーに立ち向かう。

 右手を拳にして、殴りにかかる。

 しかしその拳は空を切った。

 獅子しし仮面の適合者バイパーが半身になり、相手に近づいたことで。

 同時に攻勢に打って出た。襲撃者の喉元のどもとつかんだ。引きちぎった左腕を捨てて。

 このままでもいずれ死ぬ。呼吸困難になれば、生命活動に支障をきたす。

 けれど獅子しし仮面の適合者バイパーは窒息死を狙っていない。

 さらなる流血を望んでいる。

 それを現実にするため、相手の首と右手をそれぞれ引っ張り、右腕を伸ばす。そこにかぶりついた。

 前腕部分に思いっ切り、力を込められたため、襲撃者は右手を失った。断たれた手は地面に落ちる。さっきと同様に裂け目から血が滴る結果に。

 どうせ殺すのなら、もがませたい。体中に刺激を走らせ、苦しませる。体内から血を減らし、死へと近づける。届かぬ目的を抱いたことを後悔させる。

 あらゆる面を以ってして、襲撃者をゆがませる。全ては絶望させるための布石にすぎない。

 襲撃者は青年男性である。

 しかし仮面の適合者バイパーなのかと問われれば、怪しいところである。

 常人ならぬ行動と運動能力を見せつけているが、仮面を被っている顔貌がんぼうには見えない。どこにでもいる人間の顔である。目や鼻や口などの配置が著しくおかしいわけでもない。外見に関すれば、群集に紛れてしまえば、見分けがつかない。

 仮面の適合者バイパーに姿を変える仮面には一定の性質が宿っている。

 けれど生命体を媒介にしなければ、その性質を発揮できない。

 常時、火や水や風などを放っているわけではない。特殊な仮面が単体で存在しても意味がない。使い手が存在して、初めて意味を為す。

 仮面に宿る性質は仮面の適合者バイパーの姿にならない限り、判明できない。知識で把握しているのであれば、話は違うものの。既知でもない限り、特定は困難である。

 それでも外面に特徴は表れる。

 生命体が持ちうる器量を超越した性質が浮き出ている。特定までに至らなくとも、候補は挙げられる。

 自己主張を隠せない代物である。

 それだけに襲撃者が仮面の適合者バイパーらしからぬと思えてしまう。

 しかしその事実を否定すれば、襲撃者の態度が説明できない。

 釈然は難しくとも仮面の適合者バイパーだと考えるのが妥当である。

 仮面の適合者バイパーの姿でいるから堪え切れているだけにすぎない。仮面のおかげで異常なまでの行動を取れているだけにすぎない。表面上に常人らしい態度を見せないのはそのためだ。

 割り切って行動を起こすのが賢明である。

 仮面の恩恵にあずかれないところまで追い詰める。仮面にエネルギーを注げないように痛めつける。

 その総仕上げとして、獅子しし仮面の適合者バイパーは男を地面に激突させる。衝撃しょうげきを加え、症状を進行させるために。一刻も早く。

 それを狙い、首を絞めたまま、右手を掲げる。男の両足を地面から離し、放り投げようとする。弧を描いて、地面にぶつけようとした。

 しかし甘かった。

 男は獅子しし仮面の適合者バイパーの右腕に絡みつく。両足で絞めにかかり、上腕部分の骨折を狙うかのように力を込める。人間離れした動きを両足に集約させた。

 本来、仕掛けた技を自ら崩さない役割を果たすため、両腕を使いたいところである。

 左腕と右手を失っては土台無理である。

 けれど獅子しし仮面の適合者バイパーが首を絞める行為で補われている。

 その攻撃で支えられていると言っても過言ではない。現状を見越した上で男は今できる攻撃を仕掛け、初めて相手に攻撃を届けた。

 今回も上手くいく。

 獅子しし仮面の適合者バイパーはそう思っていた。今まで余裕で対処できていたため、そのように想像していた。

 けれどふたを開けてみれば、この有り様。

 男の執念を見誤っていた。戦闘にいて、思惑通りに進みすぎた。相手の攻撃手段を奪う度に余裕ができていた。可能性を失くし、不利な状況に追い詰めていると思い上がっていた。

 気の緩みで攻撃を許してしまった。

 正直に言って、男に未来はない。

 投げられまいとして、攻撃に転じても、自分が苦しむ状況に変わりなかった。

 むしろ状況は悪化した。

 絶望の一途を加速させている。刺激は走り、血は抜け、息苦しくなった。窒息が加わり、苦悩へと誘う要因を増やした。

 死に急いでいるようにしか見えない。襲撃への後悔を抱く前に。屈服せず、勇敢に立ち向かった。そのように思い込んだ死を望んでいる。生き様の美化を狙ったかのように思える行動である。

 ただし諦めていない場合は意味が違ってくる。

 まだ相手を倒せる見込みがある場合は違ってくる。

 喉元のどもとの拘束を解かせるための戦術。追撃の一手である。

 代償を支払ってまで鷲掴わしづかみを続けなければならないのかと考えさせる。

 男の絡み攻撃で獅子しし仮面の適合者バイパーの右腕は使い物にならなくなる。

 永遠は難しくとも、しばらくはその状態にさせておける。骨折すれば、確実である。

 また普段より扱い勝手が悪い状態に陥らせられる。

 生活や戦闘や仕事などで右腕が全く使えない状況にならなくとも、手間がかかる程度にはなりえる。不便さを感じ、その勘案を含んだ上での行動になるため、普段より疲労が蓄積する結果になる。

 このまま絞め続ければ、男が死ぬことは間違いない。敵対者を排除できる。

 しかし判断に迷うところである。

 今後に支障をきたす負担を抱えるまでの価値がそこにあるのか。強行する意味があるのかと問われる。

 釣り合いが取れるのかと判断させられる。

 獅子しし仮面の適合者バイパーが代償を受け入れてしまえば、男が立てた作戦は台無しである。

 けれど見合わぬ価値と判断し、拘束を解いてくれれば、儲けものである。

 作戦に乗っかってくれれば、体の自由が保障される。さらなる攻勢に打って出られるようになる。

 出血している事実は変わらないから、どちらにしても死ぬことに間違いないだろう。

 それでも勝ち目がついえずに済む。

 せめてものの救いである。この町に巣食う害虫の駆除を目的に掲げていれば、それは達成するから。己の生死すら問われていなければ、尚更なおさらである。

 これらを踏まえた上で獅子しし仮面の適合者バイパーはどのような判断を下すか。

 強行するのか。回避するのか。男の思惑は不明であることを勘案した上で。

 しかし残念ながら、その答えは披露されなかった。

 不意打ちにより戦いの幕が引かれたからだ。

 獅子しし仮面の適合者バイパーは目の前の男に意識を向けていた。その者の始末に力を注いでいたため、反応に遅れた。

 背中に衝撃しょうげきを受けて、初めて気づいた。

 けれど対処できなかった。

 体がバラバラになってしまえば、何もできない。大別して頭と胴と四肢。細別すれば、腕だったり、膝下だったり、指だったりと。動かそうにも各箇所の損傷が酷かった。

 直撃した瞬間に詰んでいた。獅子ししの性質では太刀打ちできない。ぶつかる前に動き出していれば、まだ回避できていた。遠くから放たれた風の塊に当たる前であれば、生命活動の停止も免れていた。

 直撃した瞬間に解き放たれた。組まれた障壁が破れ、逃げ場が封じられていた風が勢いよく外に飛び出た。

 そのときに生じた風圧で傷を負った。獅子しし仮面の適合者バイパーを中心とした一帯が荒ぶる風に巻き込まれた。

 例外はなく、全てに及んだ。獅子しし仮面の適合者バイパーに絡みついていた男の体も引き裂いた。

 バラバラになった体の各箇所は風に乗り、そこら辺に散らばった。地面に落ちるまでの間も風に切られた。細切れとなり、跡形もなく、朽ちる箇所もあった。

 当然、仮面暴突クラッシャーの長が被っていた獅子ししの仮面にも被害は及んだ。風だけでなく、引き裂かれた体の一部分やその原形がなくなった破片などの激突により、仮面は砕けた。耐え切れないほどの負荷がかかったために。

 体がバラバラとなり、さらに仮面を失ったことにより獅子しし仮面の適合者バイパーは人間の姿へと戻った。息を引き取る前に仮面の適合者バイパーの姿は解けた。

 騒動は終わった。この町の仮面暴突クラッシャーは全滅した。住処もろとも一掃された。

 騒動が片付いた後、獅子しし仮面の適合者バイパーを始末した者がその場所に現れた。屋根を伝い歩き、現場に降り立った。

 建物を壊し、戦いに幕を引いた事実。

 風車かざぐるまを思わせる模様が浮かび上がった容貌ようぼう

 月明かりで照らされる黄金色に輝く首輪に、緑色の肌。よろいを連想させるかのように胸部と背面が盛り上がっている姿。

 外見と交戦結果を統合すれば、仮面の適合者バイパーで間違いない。

「こちら、ガクウ・ポルポ。レオレ・トフィー様、ラピス・ヌルク、ピルク・トフィー、応答お願いいたします」

 突然、仮面の適合者バイパーは呟いた。3人の名前を挙げたようだが、それに当たる人物は見当たらない。

「本日の定期連絡と戦果の報告で連絡させていただきます」

 状況把握を務めるため、現場を闊歩かっぽしている。

 同時に話を続ける。現況をみ込みやすいように口にしているわけではない。誰もいないにも関わらず、語っている様子。

 近くにいる誰かではなく、遠くにいる誰かに話しかけている。

 情報共有を念頭に置けば、理解できる。納得できる行動である。

 この者が被る仮面で通話ができるのかは不明であるものの。一方的な通話も怪しいところ。

「今しがた、町に巣食う仮面暴突クラッシャーの1つを殲滅せんめつしました。

 しかし最優先事項でありました、敵方の仮面の適合者バイパーの抹殺に注力していましたため、仮面を破壊してしまいました。

 回収できず、申し訳ございません。

 またその存在を仕留める際、私の傍付アテンダントおとりとなり、死に絶えました。

 欠員を埋める時間がないため、このまま1人で予定を進めさせていただきます。私が請け負った分の仮面暴突クラッシャー殲滅せんめつに尽力いたします」

 通話の謎は明らかにならないものの、間を取った報告を見る限り、通じ合っているのではないかと思える。

 バラバラの死体や瓦礫がれきの下敷きになった死体を目にしつつ、淡々と顛末てんまつと今後の予定を報告していく。

「そちらも進捗しんちょくに遅れが生じていらっしゃいませんか」

 報告すべきことがなくなったので、足を止める。

「はい・・・はい・・・全員、予定通りで何よりです。

 それでは残りの事案が片付き次第、合流を目指します。

 決行日に間に合うように任務を遂行いたします。

 以上で終わりにさせていただきます。失礼いたします」

 疑わしかった通話も本当のように思える。質問を投げ、その回答を得る辺り。独り言を口にしている可能性が低くなったと言えよう。

 通話が終わった後、ガクウはこの町から離れた。用事を果たし、別の町に巣食う仮面暴突クラッシャー殲滅せんめつに尽力するために。

 今までの内容が全て本当ならば、この町に仮面暴徒ブレイカーの魔の手が再び襲いかかる見込みは限りなくないと言える。

 ガクウとその仲間は明らかに仮面暴徒ブレイカー喧嘩けんかを売っている。獅子しし仮面の適合者バイパーと戦闘を繰り広げた共犯者も含めて。

 仮面暴徒ブレイカーの補給源全て、襲撃されるのであれば、1つ1つむごい仕打ちにしている場合ではない。数を絞っても同様である。

 その行為のために仮面の適合者バイパーを派遣すれば、拠点の戦力が手薄になる。

 ガクウたちの誘いに乗れば、襲撃の好機を自ら与えることになる。

 仮面の適合者バイパー以外を派遣しても、補給源の治安を預かる者たちに捕縛されてしまう可能性がある。倒される場合もありえる。

 戦力としての質は低くとも、量を減らす結果になる。

 どちらにしても手足となる配下が減り、残った者たちに負担が圧し掛かる。普段以上の労力になり、疲労もいつも以上になる。そのせいで動きが鈍り、ガクウたちの襲撃に響くと問題である。討伐のきっかけになり、下手すると組織が解体されてしまう。

 だから得策とは言えない。

 向こう見ずの馬鹿でもなく、先を見据えられている組織であるのなら、制裁を行う可能性は低いと言える。

 もちろん、この段階に限った話である。

 しばらく様子に徹する確率が高い。仮面暴徒ブレイカーがガクウたちを片付けない限り、安寧に過ごせると言える。

 しかし町の人々の反応は逆だった。

 陽が昇り、仮面暴突クラッシャーがいなくなった事実を知って、不安がった。他の場所でも同じ事象が起きていることを知らないため。

 襲撃されている事情を把握していないため、仮面暴徒ブレイカーから復讐ふくしゅうされると思い込んでいる。自分たちがやらかしていないにも関わらず、どこの誰かも分からぬ者たちから負債を押しつけられた形である。

 非情に迷惑な話である。

 植えつけられた悪意だけを刈り取らず、その芽まで摘め。中途半端に終わらせるな。

 町の人々はいきどおると同時に悲しみに暮れる。

 全てを知らなければ、無理もない。

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