第一章 幕間 2

 薄れる意識の中、カーシュの視界の中にいる大切な人は、カーシュのために泣いてくれた。

 その流してくれた涙はきっと温かいのだろうなと思いながら自分の命が消える瞬間、温かいなにかに包まれるのを感じた。

 

 次に気がつくと、真っ白な空間にいた。

 カーシュは周囲を見渡すと、目の前に悲しそうな表情を浮かべる精霊たちがいた。

 

 精霊たちはカーシュに言った。

 

「愛子の守護者よ。私達の力が及ばず、辛い目に合わせてしまった。本当にすまない」


 その言葉を聞いたカーシュは全力で否定した。

 

「あなた達は何も悪くない!!悪いのは、あの恐ろしい女だ!!」


 カーシュがそう言っても精霊たちは悲しそうに首を横に振った。


「いいや。あの子も可愛そうな子なんだよ。どうしてこうなってしまったのか……。どこで道を間違ってしまったのか……」


 精霊たちの余りにも悲しそうな姿にカーシュは声を失った。

 

 精霊たちは、カーシュに詫びるように言った。

 

「すまないね。君にこんなお願いをすることは心苦しいのだが、どうしても愛子を救い出したいのだ。だから、君の力を借りたいんだ」


 精霊たちの言葉にカーシュはハッとした。

 自分が死んだあとイシュミールがどうなってしまったのかと。

 

「姫は!!姫は無事なのか!!」


 カーシュの取り乱した様子を見て、精霊たちは声を震わせた。

 

「君の命が尽きてから数週間ほどの時が経過している。愛子はなんとか命をつないでいる状態だ。でも……、もう限界だよ。迎えに行きたいが、あの場所は結界があって私達の声が届かないんだ。だから君の力を借りたいんだ。君の声ならきっと結界の中にも届くはずだから」


 そう言って精霊たちはカーシュにこれから何を見ても心を強く持つようにと言って、真っ白な空間にある場所を映し出した。

 それは、どこかの塔だった。

 高い塔には小さな窓があるだけで他に中を見られるようなものはなかった。

 精霊たちは、最上階の小さな窓を示した。

 カーシュは示された最上階の小さな窓から塔の中を見て、声もなく絶叫した。

 

 そこには、すっかり窶れて疲れ切った表情のイシュミールがいたのだ。

 カーシュが切断した腕は適切な処置がされていないようで、壊死を防ぐために切断したはずが二の腕まで壊死が広がっていた。

 それに、何故かイシュミールの右足の足首から下が無くなっていた。

 その事実に、カーシュは頭が焼ききれるのではないかと言うほどの怒りが沸き起こった。

 よく見てみると、右足首は壊死しており石壁から伸びている鎖の先にある足枷とその近くにある右足を見て理解した。

 こんな高い塔に閉じ込めておいて、更に足枷をしたのだと。

 こんな劣悪な環境であんな錆びた枷を嵌められれば、イシュミールの華奢な足首はすぐに傷つき、そこから菌が入り壊死してしまってもおかしくはなかった。

 

 カーシュは泣き叫んだ。あんなひどい目にあったイシュミールが、何故このような仕打ちを受けなければならないのかと。

 

 カーシュの嘆きが聞こえたのか、ぼんやりとしていたイシュミールがこちらを見た気がしたのだ。

 カーシュは必死に叫んで手を伸ばした。

 

「姫!!姫ーーーー!!もういいんです。もういいから!!どうか、どうか俺の手を掴んでください!!!」


 カーシュの言葉を聞いた精霊たちも優しい声で口々にいった。

 

「愛子よ、もういいのです。こちらに」

「私達の可愛い、可愛い愛子よ。もういいのです。楽になっていいのです。さあ、こちらに」


 そんな、カーシュと精霊たちの声が聞こえたのか、イシュミールは右手で今にも倒れそうな体を支えながら、必死に左手のないその腕をカーシュたちの方に伸ばしたのだ。

 そして、互いの思いが届いたと思った瞬間、「パチンッ」と金属が爆ぜるような音がしたと思ったと同時に、イシュミールと精霊たちを阻んでいた結界が消失した。

 それを確認した精霊たちは、直ぐにイシュミールを優しく包み込み、その場から連れ去ったのだ。

 

 

 カーシュと同じ様に真っ白な空間に連れてこられたイシュミールは、自由になることを望み転生した。

 

 イシュミールが転生の準備に入ったことを確認してから精霊たちはカーシュにお礼を言った。

 

「ありがとう。君のお陰で、あの子をあのまま死なせずに済んだ。もしあのまま死んでしまっていたら、きっと永遠にあの塔に魂が閉じ込められて永劫の苦しみに囚われてしまっただろう。でももう大丈夫。今度は、自由に生きられるように、暖かい家族の元に生まれるように転生の準備をしているから安心してね。そうだ、君にもお礼をしたい。君はこれからどうしたい?」


 精霊たちにそう問われたカーシュは考えることもなく即答した。

 

「姫の家族として生まれて、姫を守り慈しみ愛したい」


 カーシュの返答を聞いた精霊たちはくすくすと笑いながらからかうように言った。

 

「くすくす。あれ?恋人になるには家族じゃ駄目だよ?」


「いや。恋人でなくていい。俺は家族として姫を大切にしたい。そして、今生で与えられなかった家族の愛で姫を包み慈しみ守り愛したいんだ」


「ふふふん。君は欲が無いようで欲張りだね。分かったよ。家族として生まれるように転生の準備をしよう」


「ありがとう。感謝します。それと、厚かましいお願いなのだが……」


「分かっているよ。できるだけ記憶を引き継げるようにしておく。でも完全じゃないよ?」


「それでいい。姫を守るためには、俺の学んだ戦闘技術が役立つはずだ。それと姫を守り慈しむ心さえ引き継げれば問題ない」


「はいはーい。愛子の記憶はどうしよう。確認してなかったや。一応、それとなく。そうだ、夢物語のように夢で見るようにしよう。そうすれば、自分で決めてもらえる。夢が夢で終わるのも、それを前世の自分だと考えるのも次のあの子が自分で好きに決めればいい。それこそ自由ってもんだよね」


 精霊たちの楽しそうな謎理論で、イシュミールの記憶についてはどうなるか分からないが、記憶があってもなくてもカーシュのやることは変わらない。

 家族として生きる彼女を次こそ幸せにするのだということには。

 

 

 こうして、カーシュ・セルゲイの記憶を持ったシエテ・ソルが生まれた。

 シエテは、カーシュの記憶をほぼ受け継いだ状態で生まれた。

 シエテとして、生まれ変わったカーシュは、ある程度の歳になると体を鍛えだし、戦えるように技術を磨いた。

 次に、今があれからどれくらいの時が経ったのか、ここがどこなのかを確認をしたのだ。

 時間はそんなに経ってはいなかったが、場所は最高だった。

 あの忌まわしい、アックァーノ領からも王都からも遠く離れた辺境の地。ディアロ領に生まれたのだ。

 ここならば、双子の妹として生まれた大切な女の子がのんびりスローライフを満喫できるとシエテは考えた。そして、タガが外れた。

 双子の妹のシーナはとても愛らしく、目に入れても痛くないくらいだった。

 前世のことがなくても溺愛せずにはいられない可愛さだった。

 シーナと家族として暮らすうちに、イシュミールとしてのシーナではなく、ただのシーナとして愛するようになっていった。

 

 そう、記憶を受け継いだとしてもシエテはカーシュではないのだ。

 シエテがそう考えた瞬間から、シエテはシエテとして生きるようになった。

 そして、カーシュでは思っても行動できなかった、全力での甘やかしを思う存分実行したのだ。

 ただ、その行動は余りにもシスコン過ぎて家族から引かれるほどだったことに彼が気がつくのは大分後だった。

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