第二章 そのおっさんは死んだ魚のような目をしていた 1
シーナは14歳となり、シエテから剣術、弓、槍、格闘術、魔術のすべてを一人前だと認められるようになっていた。
両親には最初は反対されていたが、その腕前を認められ、晴れて趣味の狩人業を満喫していた。
今日も一人で領主邸の近くの森に獲物を狩りに出かけていた。
今日の収穫は兎と鳥それぞれ三羽ずつと、なかなかの収穫にホクホク顔で、獲物を解体するために近くの小川に来ていた。
今日の夕食は豪華に肉料理だと、ウキウキしながら小川で手早く解体していると、人の気配がした。
今まで森の中でシエテ以外の人間に会ったことがなかったため、警戒して獲物もそのままに物陰にとっさに隠れた。
少しすると、ヨレヨレの汚れたおっさんが小川にフラフラと近づいて来たのが見えた。
それを見たシーナは、警戒する必要ないと判断をして、物陰から出て再び解体に取り掛かった。
(汚いおっさんね。でも、害はなさそうだし。それよりも今は早く処理をしないとお肉が悪くなっちゃうから、おっさんよりもお肉優先!!)
こうして、お肉を優先することを決めたシーナはおっさんの存在を無視して手早く解体を進めた。
汚れたおっさんは、突然現れたように見えたシーナに驚きつつも特に何も言わなかった。
そして、汚れたおっさんは小川に着くと綺麗な水に手を伸ばしてザブザブ顔を洗い出したのだ。
それを見たシーナは、ぎょっとした。
そして、見ず知らずの汚れたおっさんに吠えたのだ。
「ちょっとおっさん!!こっちは、解体中なんですけど!!汚水を流さないでくれる?汚いおっさんは川下でザブザブしてよ」
そう、汚れたおっさんはシーナが解体している場所よりも川上でザブザブしだしたのだ。
「おっ、おっさん……」
「そうだよ。おっさんだよ」
「おっさん……」
シーナに面と向かっておっさんと言われた、汚れたおっさんはショックを受けた様に、ヨロヨロと川下に移動して再び、今度は弱々しくサブザブし始めた。
シーナは、汚れたおっさんが余りにもヨロヨロだったため、少し心が痛んだ。
(おっさんに、おっさん言うのは普通だよ……。でも、あんなにショックを受けたみたいな表情されると調子狂うな……)
お詫びというわけではないが、おっさんを元気づけるためにあることを思いついたシーナはおっさんに声をかけた。
「ねぇ、お腹すいてない?」
シーナから声をかけられるとは思っていなかったおっさんは驚いた表情でシーナの方を見た。
その腹からは、「ぐ~~~」っと、素直な返事が鳴り響いた。
おっさんは、腹を擦りながら言った。
「ここ数日まともに食ってない……」
「ふふふ。腹で返事するくらいお腹へってんだね。よし、この鳥焼いて食べよう!!」
そう言って、解体したばかりの鳥を切り分けて、持ち歩いていたハーブ塩をまぶしてから火の魔術を使って焼いていった。
周囲には、香ばしく焼ける肉の匂いが広がった。
おっさんも匂いに惹かれるように、シーナの側に少しずつ寄ってきた。
シーナは何故か野生の動物が、餌を前に警戒心を起こしている様が目に浮かんで、少し面白くなった。
(なんだか、この汚いおっさんが小動物的な存在に見えてきた……。ふふふ。なんだか餌付けしている気分)
そんなことを考えている間に、いい感じに肉が焼けた。
ものすごく美味しそうに焼けたと、シーナは肉の焼き加減に満足そうにうなずいた。
そして、小さめに切った肉を口に運んで一噛み。
口の中に広がるジューシーな肉汁とハーブと塩のアクセントが効いて幸せな気分になったシーナは、大きめに切った肉をおっさんに差し出した。
美味しそうに食べるシーナを見て、おっさんは喉を鳴らしたがなかなか肉に手を伸ばしてこなかった。
シーナは、口の周りについた肉汁を舌でぺろりと舐めながら、何気ない口調で言った。
「せっかく美味しく焼けたんだ、熱い内に食べて。それに、早く受け取ってくれないと腕が疲れる」
そう言われたおっさんは、何かを考えたあとに大人しく肉を受け取った。そして、一口。
肉を食べた瞬間驚いた表情をしたあと、勢いよく肉を食べ始めた。
余程空腹だったのか、大きめの肉は一瞬でおっさんの腹の中に収まった。
おっさんが人心地ついたところを見計らったタイミングでシーナは、どうしてそんなに薄汚れているのか聞いた。
おっさんは、微妙な表情をしたあとに、経緯を話した。
「領主の屋敷に向かっていた。その途中で、赤子を拾ってな。その赤子を孤児院に預けるときに、持っていた金子を孤児院に寄付した。屋敷まで馬で一日もかからない距離だったから、金子袋ごとわたしてしまったんだが……。屋敷に向かう途中に、乗っていた馬が足を痛めてしまってな。それで、知り合いの宿屋にその馬を預けて、残りの距離を歩くことにしたんだが……。なんだ、その。あれだ。ちょっと道を間違ってしまったみたいで、森に入ってしまったんだ。それで……、あれだ。そう、ちょっとな」
そこまで聞いてシーナはこのおっさんの、お人好しなところと、迂闊なところと、うっかりなところが分かり爆笑した。
「あっはははははは!!おっさん、まじでお人好しで迂闊すぎるし、運悪いし、マジ迷子だし!!やばい!!ぶふーーーーーーー!!」
シーナは爆笑した後に慌てて謝った。
「ごめんごめん!!だってここ、領主邸が管理している方の浅い森だからさ」
「っ!!ここは、深い方の森ではなかったのか……」
「うん。そうだよ?」
森での遭難は、命に関わるもののため笑い事ではないが、この森は領主邸が管理している森のため浅いのだ。
少し逸れれば道に出るくらいの浅さなのだ。
そのため、動物はいるが、狩りを生業にしている本当の狩人はこの森ではなく、道を挟んだ向こう側にある深い方の森で狩りをする。
この森に入るのは、趣味で狩りをしているシーナと、それを見守るシエテくらいなのだ。
そのくらい、この森は浅いのだ。
それを出られないとはよっぽどの方向音痴なのだろうと。
しかし、おっさんは必死に否定した。
「違う!!断じて違う!!普段であればこんなことはない。その日は、悪天候で視界も悪く運悪く森に入ってしまっただけだ。それに、空腹で思考がまとまらずに、てっきり深い方の森に入ったと思い大事を取って動き回らなかっただけだ!!」
「ふーん」
シーナは、おざなりに返事をしてから残りの肉を食べるべく無言になった。
肉を完食したシーナは、解体した残りの肉を持って家に帰ろうとしたが、このままおっさんを放置してしまうのはどうかと考えて念の為確認した。
「ところでおっさん。森から一人で出られなさそうなら、案内するけど?」
シーナの良かれと思ってした発言におっさんは狼狽えた声を上げた。
「食事には感謝している。ただ、俺は迷子ではない。断じてだ。だから案内は不要だ。しかし、感謝は行動で示す」
そして、シーナが持っていた肉を持ち上げた。
「なるほど。荷物運びをするから、出口までと言うか領主の屋敷まで案内してほしいって―――」
「違う。感謝の気持を行動で示しているだけだ」
「そういうことにしておくよ……。じゃぁ、ついてきて」
そう言って、おっさんの顔を見た。
シーナはその時になって初めて汚れたおっさんの顔を見たのだ。
まだ汚れているし、無精髭のある顔だったが、キレイにすればさぞや色男であろうという顔だった。
しかし、薄汚れてくすんだ銀髪の前髪の隙間から見える目は、死んだ魚の目の様に濁った色をしていた。
その死んだ魚のような目は、王家特有の金色をしているように見えたが、おっさんの目が死にすぎてそっちの方にばかり気を取られていたため、金色だったことに注意が向かなかった。
その後、領主の屋敷の正門までおっさんを案内したシーナは、おっさんと別れたあとに、使用人用の門から自宅に帰って行った。
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