第一章 幕間 1

 カーシュ・セルゲイは精霊信奉者だとうことを周囲にはひた隠しにしていた。

 アメジシスト王国は、同じレオニルテーゼ大陸にある国からは精霊王国と呼ばれるほど精霊を愛する国民性を持っていた。

 国教会も精霊教という、簡単に言うと「精霊を崇拝し、自然とともに生きる」と言ったものだった。

 更に言うと、国の成り立ちから精霊と深いつながりのある国だった。

 しかし、実際に精霊を感じられる人間が多くいるかというとそうではなかった。

 

 そんな中、カーシュは極稀にだが精霊や妖精に愛されている人間が近くにいると、その恩恵を受けるかのごとく、その姿を見ることができる不思議な力があった。

 幼い頃、そのことを誰かに言ったことがあった。

 それが誰だったのかは覚えていないが、その誰かは「君の力はとても珍しい。精霊眼程ではないが、悪い人に知られるととても危険だよ。絶対に他の人に言ってはいけないよ?約束だよ坊や」と、優しく幼いカーシュに言った。

 今思うと、精霊からのお告げだったのかとも思われる出来事だった。

 

 それからは、心のなかで精霊を崇拝するようになったのだ。

 

 セルゲイの家は、男爵の爵位はあったが、領地は小さなもので次男のカーシュは家の世話になることはせずに、自分の力で生きることを決めた。

 そして、それなりに剣の腕に自信があったので少し安易ではあったが騎士になることを選んだのだ。

 

 騎士団に入る試験で、見事すぎる結果を残したカーシュはトントン拍子に出世街道を進んだ。

 そんなある日、騎士団長から呼び出しがあった。

 カーシュは、騎士団長のことを心底尊敬していたが、腹黒いところのある騎士団長からの呼び出しに面倒事を押し付けられそうな予感しかしなかったため、早々に逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 しかし、逃げ出すことも出来ず渋々と言った気持ちを隠しながら執務室のドアをノックした。

 

「セルゲイです。遠方での任務から帰還しました」


「おう。入れ入れ」


 中から、騎士団長の楽しそうな声が聞こえたことから、予感は確信に変わった。

 執務室に入り、敬礼をするが騎士団長はそれに軽く返してから、椅子に座るように促した。

 

「おー、任務ご苦労さん。でだ。早速だが本題だ。お前、第三王子の婚約者の守護騎士になってもらうから」


「は?」


「だから、第三王子の婚約者の守護騎士にn―――」


「繰り返さずとも聞こえていました。それよりも、俺が守護騎士ですか?ないです。無理です。ありえないです。お断りs―――」


「決定事項だ。拒否は認めん」


「どうして俺なんですか!第三王子の婚約者とは言え、俺みたいな若造には荷が重すぎます。分隊長とか、班長とか他にも適任者がいると思われます」


「王子殿下の希望は、実力のある既婚者だ」


「は?」


「だから、実力のある既婚者だ」


 カーシュは絶句した。何だその条件は?と。実力者なら分かるが、既婚者が理由というのがふざけている。護衛対象に不埒な真似などするはずがない。というか、王子殿下は騎士を信用していないという事実にカーシュは腹が立った。

 

「まぁ、お前の気持ちはわかる。だが、俺達は従うしかないんだよ。でだ。その条件を満たすものとなると、役職的に守護騎士に任命するのは無理な者しかいなかった。だから、殿下を説得して実力重視で選出した」


「はぁ。つまり殿下をうまく丸め込んだわけですね」


「う~ん。そうなるのかな?まぁ、それはいいさ。で、騎士団でナンバー3の実力者のお前を推薦したら、殿下は快く・・納得してくださったよ」


 カーシュは、頭を抱えたくなった。

 わざわざ、既婚者を指名するくらいだ。

 実力があろうとも、こんな若い男が選ばれれば、婚約者にまとわりつく虫として排除される未来しか見えない。

 そうなったら、騎士団を脱退してどこか遠くの田舎で隠居生活でもしようかと、カーシュは灰色の未来を思い描いたのだった。

 

 

 

 カーシュが王子殿下と対面したのはそれからすぐに行われた叙任のときだった。

 できるだけ好印象を与えようと、最大限の礼儀を尽くした。

 王子殿下も、そんなカーシュに少しばかりの刺々しい視線を向けてきたが、まだ大丈夫だと自分を鼓舞して護衛対象となる公爵令嬢との初対面を迎えた。

 

 ひと目会った瞬間に落雷でも落ちたのかと思うほどの衝撃がカーシュの身を襲った。

 公爵令嬢のイシュミール・アックァーノは、美しいストロベリーブロンドの髪を複雑な編み込みに結っており、その髪に小さな花をアクセントに飾っていた。

 雪のように白い肌は、絹のようなきめ細やかさがあり触ったら溶けてしまうのではないかと思ったほどだ。

 華奢な体は、鍛え抜いたカーシュが触れれば儚く折れてしまうのではないかと心配になった。

 

 それよりも、長いまつげに縁取られた深い森を思わすような碧色の瞳を見た瞬間、彼女が精霊眼の持ち主だとカーシュは気がついた。

 煌めく瞳に映る世界の恩恵を受けたカーシュは、久しぶりに優しくも暖かい精霊たちの存在を身近に感じたのだ。

 

(ああ。始祖の精霊王よ。そして、この世の精霊たちよ。この方と巡り合わせてくれたことに感謝します。俺は、この方の幸せをお守りすると誓います)


 カーシュは、その日からイシュミールのことを姫と呼び、大切にとても大切に守ったのだ。その命が尽きるまで。そして、命が尽きてからも。

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