第二章 王子は婚約者に恋をする 1

 婚約式から数ヶ月経った日に、イシュミールが初恋の相手と知ったカインは、今まで以上に彼女を大切にするようになった。

 

 それまで、イシュミールは比較的自由に過ごさせてもらっていたが、真実を知った日にカインは、彼女を守るために守護騎士を付けることを決めた。

 

 カインは、守護騎士になるものの条件として、強さと既婚者という条件を付けた。

 強さは分かるが、何故既婚者なのかと騎士の選別をしているときに、騎士団長は疑問に思いカインに質問をした。

 するとカインは少し恥ずかしそうに頬をかきながら、気まずそうに視線を逸して、小さな声で言ったのだ。

 

「イシュミールに限ってないと思うが、万が一に備えてだ。べっ、別にイシュミールの側にいる男に嫉妬しそうで予防線を張ろうとしているとかではなく……。それよりも、騎士団で強いもので良さそうな者は居たか!」


 カインの心配事を知って、苦笑いする騎士団長は困った表情で申し訳無さそうに答えた。

 

「殿下申し訳ございません。現在の騎士団で力のあるものといえば、私と副団長ですが、生憎愛しい婚約者殿に付くことはかないません」


 その返答を聞いたカインは、然も当然だと言った様子で理解を示した。しかし、騎士団長は、カインよりも歳上なため、何枚も上手だった。

 

「そうなると、現在騎士団で三番目に強いと思われる者を付けることになりますが、既婚者ではないため除外ですな。そうなりますと、格段に腕は落ちるかと。しかし、10本の指には入りませんが、既婚者で腕の立つものを付けることは可能ですよ」


 そこまで聞いたカインは、3と10以下で恐らく相当な開きがあると感じた。騎士団長があえて、そう聞こえるように話していたとも知らずに。

 カインは、少し悩んだ上で言った

 

「そうか……。分かった。では、騎士団長のすすめる男でいい」


 カインがそう言ったとき、カインは気が付かなかったが、騎士団長は一瞬にやっと不敵な笑みを浮かべたのだ。

 その場にいた、騎士団長を良く知る騎士たちはそれに気がついて引きつった表情を浮かべていた。

 

 ―――騎士団長ーー!!いくら何でもそれはないでしょう!!

 

 そう、この選別は形だけで、元から誰を付けるのか騎士団内で決まっていたのだ。

 腕が立つものはたくさんいたが、それぞれ重要な立場にいるものだった。

 それに、既婚者という縛りも問題だった。

 騎士団で既婚者のものはそこそこいたが、腕の立つものとなると隊長レベルになり、職務を外すことはためらわれたのだ。

 そのため、腕の立つもで、役職についていないもので選別したときに、真っ先に現在騎士団でナンバー3になる男の名が挙がったが、婚約者を溺愛しているカインがそれを許すわけがないと考えた騎士団長が一芝居打ったのだ。

 騎士団長は、カインが何を心配して既婚者などという条件を付けたのか気がついていたが、強さの点からと騎士団内の役職などの関係から、そのことは無視しての人選だった。

 カインがその騎士を見たときどんな思いを抱くかは分かっていたが、これ以上ない人選だったため、あえてそのことには触れない騎士団長だった。

 

「分かりました。その決定に二言はないですね、殿下?」


 念を押すように言われたカインは、少し悩む素振りを見せたが、大切なイシュミールを守るためには強い力が必要だと腹を決めた。

 

「二言はない!!」


 その言葉を聞いた、騎士団長はカインにも分かるような、腹黒そうな笑顔を浮かべた。

 それを見たカインは、早まったのか?と早くも後悔してしまうほどだった。

 

 心配になったカインは、守護騎士になる男に会いたいと騎士団長に申し出た。

 しかし、騎士団長はそれを無理だと断ったのだ。

 

「殿下、申し訳ないのですがその騎士は現在遠方での任務が終わったところで、こちらに帰還中なのですぐには無理ですな」


 それなら仕方がないと、諦めたもののそれを後悔するカインだった。

 

 その騎士に初めてあったのは、叙任当日だった。

 イシュミールと合わせる前に、騎士の姿を確認すると言ってカインは先に守護騎士になる男の顔を拝みに行った。

 

 初めてあった、その騎士はカーシュ・セルゲイと言った。

 男爵家の次男というその男は、背がとても高く体つきもまだ13歳のカインと比べるまでもなくしっかりと筋肉がついていた。しかし、ゴリゴリの筋肉男といったわけではなく、バランス良く鍛え抜かれた体つきで、しかも20歳と若く。

 なにより、顔が良かった。

 短く切られたダークブラウンの髪は少し硬そうな印象を受けるが清潔感を出していた。

 意思の強そうな切れ長の瞳は榛色で、初対面のカインは大人の色気というものを初めて感じたくらいだった。

 そして、性格は非常に好青年だった。

 

 カインが部屋に訪れたことを知ったカーシュは、すぐに跪き家臣の礼をとった。

 

 礼儀作法も完璧で文句のつけようのない男だと、苦々しい気持ちで跪く男の頭を見下ろしていたが、いつまでもそうしているわけにも行かず面を上げること、発言の許可を出した。

 

 許可を得たカーシュは、落ち着いた低音の声でカインに挨拶をした。そして、カインが求める答えを言った。


「殿下の大切な婚約者殿は、俺が必ずお守りします」

 

 そう、肝心なのは顔ではない!!大切なイシュミールを守れるかどうかなのだ!!と考え直した開き直り感はあったが、目の前の騎士の自分とは違った男らしい姿に、心配になったとしても仕方がないと言えよう。

 何しろカインはまだ13歳なのだから。

 

 しかし、カインの心配は杞憂に終わった。

 

 叙任の際、カーシュは初めてあったイシュミールを見たとき、傍目で見ても分かるほどの忠誠心と心酔するかのような表情を見せたのだ。

 

 カインはその表情を見て確信した。

 カーシュがイシュミールに恋することはないと。その瞳に映るのは、神のごとく崇められる存在に等しいことを。

 


 そして、あの婚約式から一年が経った。カインは14歳となり、社交界デビューが可能な年齢となった。15歳になったらすぐに結婚式を挙げたいというカインは、すぐにでもデビューをしたいと言って、14歳でのデビューが決まった。

 

 イシュミールはというと、婚約式を挙げたときはまだ社交界デビューをしていなかったのだ。

 本当は、その年にデビューを果たすつもりが、カインがそれを許さなかったのだ。

 

 カイン曰く、「俺と一緒に社交界デビューをするぞ。その方が、色々と手間が省ける。デビューまでは、今まで通り、俺が屋敷に顔を見せに来るからのんびり過ごせ」ということだったが、それは建前で心の底は違った。

 

 イシュミールを知り、恋心が育ちつつあったときに、初恋の相手と知り更に思いは募った。

 社交界デビューをするものは、その時エスコートしたものと初めてダンスをする。

 大抵は親族だが、婚約者が既に社交界デビューしている場合は、その者が相手を務めるのだ。

 カインは、イシュミールの社交界でのファーストダンスを誰にも譲りたくなかったのだ。

 そのため、自分と同じ年にデビューをして欲しいと願ったと言うか、そう仕向けたのだ。

 

 そう言った事情で、イシュミールの社交界デビューする時期は変更となったのだった。

 そのため、イシュミールと一緒にデビューをしたいと言っていたイシュタルもデビューの時期を遅らせることとなったのだ。

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