第一章 年下の婚約者 2

 普通の婚約式は、教会で行われるのが一般的だった。しかし、第三王子の婚約式ということで、王宮で行われることになったのだ。

 婚約式は、イシュミールとカインが国王の前で誓約書にサインをして、それを見届けた国王が二人の婚約を認めると宣言をするものだった。

 誓約書にサインをするために、横に並んだときに2歳年下のカインが以外に大きくてイシュミールはそれに驚いたのだった。

 年相応に、体つきはまだまだ華奢ではあるが、身長は高く、小柄で背の低いイシュミールよりも目線が上だったのだ。


 カインが誓約書にサインをしているときに、その横顔を見ているとカインがそれに気がついたのか、イシュミールに振り向いた。

 凝視していたことが恥ずかしくなったイシュミールは誤魔化すように、微笑んだ。

 すると、カインは金色の瞳を明るく輝かせてから、何かを言いかけて口を閉じた。

 そして、ぷいっと横を向いてしまったのだ。しかし、カインの耳は赤くなっていたので照れただけなのは一目瞭然だったのだが、イシュミールはじっと見ていたことを怒ってしまったのかと思い、慌てて自分も視線を逸らしたのだった。

 

 初々しい二人の婚約式は、つつがなく終わった。




 婚約式が終わった後に、お互いを知るためとお茶の席が設けられた。

 王宮の美しい庭園にお茶の席を用意したと言うことだったので、カインに案内されて向かうことになったが、イシュタルがここでわがままを言いだしたのだ。

 

「姉様!わたくしもご一緒したいわ。お願い、姉様」


「でも……」


 そう言って、困惑したイシュミールは困り顔でカインを見つめた。

 カインは、待ち望んだ婚約者のイシュミールとの二人きりが良かったが、婚約者の困り顔を見てため息を吐きたい気持ちをぐっと飲み込んだ。

 

「義理の妹となるからな、今後のために君も一緒でいい」


 そう言ってから、カインは改めてイシュタルを見て驚いた表情をした。

 双子だということは知っていたが、ここまで似ているとは思わなかったのだ。

 カインの許可を得たイシュタルは、花のような笑顔でお礼を言った。


「殿下、ありがとうございます」


 カインは、その花のような笑顔を見て、嫌とも言えず双子を連れてお茶の席に向かったのだった。


 席についたカインは、改めて挨拶をした。


「もう知っていると思うが俺は、カイン・エレメントゥム・アメジシストだ。年の差はどうしようもないが、イシュミール。これから俺の持てる力をすべて使って君を大切にすると誓うよ」

 

 そう言って、イシュミールの前に跪いてその手に口づけたのだ。


 挨拶に続いての熱い告白にイシュミールは驚いた。そして、13歳にしては堂々とした愛の告白にイシュミールは胸をときめかせたのだった。


 将来貴公子として女性たちに騒がれるであろう、カインに跪かれて告白をされ、あまつさえ、手の甲に口づけされたのだ。イシュミールは、そう言った経験が全く無かったため、恥ずかしさに、白い肌を赤く染めて恥ずかしさから、何も言葉が出なかった。

 恥じらうイシュミールを見たカインはデレッとした表情を一瞬したが、直ぐに表情を戻していたが、同席していたイシュタルにはバレバレだった。


 イシュタルは、一瞬面白くないと言った表情をしたが、それに気がつくものは誰もいなかった。

 

 そして、カインは用意されたお茶で喉を潤してから、嬉しそうな表情でイシュミールに話し始めた。


「君とまた会えてとても嬉しいよ。イシュミール、君と初めて会ったあの場所にまた二人でいこう!!俺は、あの時の君にまた会いたくて―――」


 そこまで言って、カインははっとして言葉を切った。

 カインは、君に会うために努力をしたと言うつもりだったが、それが格好が悪いと考えて途中で言葉を止めたのだ。

 誤魔化すように、咳払いをした後に言葉を変えた。

 

「君に会いたくて、俺は君を探したんだ」


 イシュミールを見つめる瞳は、蜂蜜のような甘さを含んだ視線だった。トロリとした、濃厚な甘さが周囲に漂っていたが、イシュミールはそれどころではなかったのだ。


 イシュミールはその言葉にピンとくるものがなかったのだ。以前、王宮に来たことはあったが、カインと顔を合わせるのは今日が初めてだったのだからだ。

 首を傾げていると、イシュタルが助け舟を出してきた。


「殿下?いつのことですの?お姉様が困っておりますわ」


 それを聞いたカインは、しまったと言った表情で慌てて付け加えた。


「今から、5年前だ。王家の花園でお前と会っている」


 そう言われて、イシュミールは5年前の記憶を探った。

 確かに、5年前両親に連れられて王宮に来た時に、庭園に行ったことはある。ただし、あれが王家の花園だったのかはわからない。それに、そこで会ったのは、王子ではなく庭師の子供の少年だった。

 そのため、心当たりが無いとカインの質問を否定した。


「殿下。申し訳ございませんが、5年前に殿下とお会いした記憶がございません」


 そう言って、申し訳無さそうにしていると、隣りに座っていたイシュタルが手を叩いてから何かを思い出したように言った。


「まぁ、あの時出会ったのは殿下だったのね。5年も前だと成長されて、すぐには気が付きませんでしたわ」


 イシュタルの言葉を聞いたカインは、呆然とした表情で双子の姉妹の間で視線をさまよわせた。


(どういうことだ?まさか、俺は間違ったというのか?あの時の子は、イシュミールではなく、イシュタルだったというのか?)


 カインが、初恋の少女だと思い強引に婚約を進めていた相手が、初恋の相手ではないとこの場で分かり、カインは青ざめた。しかし、既に婚約式は終わっていた。

 今更、相手が違ったから変えてくれと言って通るものではない。

 婚約式の前であれば、如何様にもできたが時既に遅く、婚約式は成立した後だった。


 婚約式をしたばかりでそれを覆すのは、王家にとっても醜聞になるため、カインはそれをぐっと飲み込んで引きつった表情と震える声で言った。


「そうか……。あそこで会ったのはイシュタルの方だったのか……」


 カインの沈んだ声に、イシュミールは凍りついた。

 本当に望んだ相手はイシュタルだったと、カインの表情で気が付き、心が痛くなった。

 先程まで感じていた、胸の高鳴りは消えていた。


 カインはなにか言いたげにイシュミールを見ていたが、それを遮るようにイシュタルが嬉しそうにカインに話しかけた。

 

「ふふふ。婚約したい相手は姉様ではなく、わたくしだったなんて、殿下は意外とおっちょこちょいですね。ふふふ。姉様もそう思うでしょ?」


 イシュタルの言葉に、真実を突きつけられたイシュミールは指先が冷たくなるのを感じながら、曖昧な表情で返事をした。

 

「そ、そうね……」


 それから、お茶会は気まずい空気の中、イシュタルが一方的に二人に話しかけて、二人が相槌を打つというものに終始した。

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