第一章 年下の婚約者 1

 アメジシスト王国の四大公爵家の内の一つ。アックァーノ公爵家には、双子の美しい姉妹がいた。


 双子の姉妹は、長く癖のない絹のように艷やかで美しいストロベリーブロンドの髪をしていた。そして、長いまつ毛に縁取られた大きな瞳は森のような深い碧色をしていた。

 肌は、雪のように白く、陶器のようだった。小さな顔には、小ぶりな鼻と艷やかなルビーのような小さな口が完璧なバランスで配置された、そうれは見目麗しい姉妹だった。

 双子の姉は、イシュミールといい、妹はイシュタルと言った。


 姉妹は見た目は瓜二つだったが、姉のイシュミールは活溌でお転婆な少女だった。妹のイシュタルは、大人しい性格をしていたが、両親に甘やかされたこともあり、我儘なところもあったが、天使のような見た目からか、両親や使用人たちはそれを許していた。

 そう、双子の姉妹にも関わらず何故か両親や使用人たちはイシュタルだけを可愛がっていた。

 イシュミールが幼い頃、小さな我儘を言ったことがあった。その内容は本当に些細なものだった。

 イシュタルの持っているようなぬいぐるみが欲しいという、子供らしい可愛い我儘だった。

 しかし、両親はそれを迷惑そうな表情で幼いイシュミールに厳しく言った。

 

「お前は姉なのだから、可愛い妹を妬むのはやめなさい」


 その時から、イシュミールは我儘を言わないように決めたのだ。そして、両親に逆らわず従順な姿勢を貫こうと。


 それからは、自分が顧みられないことを特になんとも思わなくなった。

 その理由は、自分の半身である妹が両親に大事にされればいいやという、自分のことなどどうでもいいといったような考えからだった。

 そう、イシュミールは双子の妹であるイシュタルをとても可愛がっていたのだ。彼女が、イシュミールのものを欲しがればそれを譲ってしまうほどに。

 

 

「姉様、わたくし……、姉様の持っているそのキラキラしたガラス玉が欲しいわ!!」


「姉様の食べているそのお菓子、とても美味しそうですわ!!」



 そう言って、イシュタルは事あるごとにイシュミールのものを欲しがった。

 イシュミールは、可愛い妹の頼みだと言うことで、事あるごとに欲しがるものを譲っていたのだった。

 すると、イシュミール嬉しそうな顔で、「姉様、姉様」と呼んで慕って何時も側に居ることを望んだのだった。


 そんなある日のことだった。イシュミールが15歳の時に、王家から縁談の話が舞い込んだ。


 王家からの婚約話を聞いた父と母は、なぜ可愛いイシュタルではなく?と訝しんだものだった。

 そして、王家に妹のイシュタルの間違いではないのかと何度か問い合わせたのだった。


 しかし、王家からの答えは、長女のイシュミールで間違いないとの回答だけが帰ってきたのだった。

 父と母はその回答に不満だったが縁談を断ることも、イシュタルを婚約者にと異を唱えることも出来ず、両親は渋々イシュミールの婚約話を受けることにしたのだった。


 イシュミールの婚約が決まった日から、家中の空気が前よりも彼女に冷たいものとなっていた。

 両親からは、そこにはいないといったように、空気のように扱われた。使用人たちからも、無視をされたり、陰口を言われることが多くなった。

 

 それに比例するように、イシュタルが甘えてくることが多くなった。

 イシュタルが、甘えるほどに何故か両親や、使用人たちがイシュミールに辛く当たるという、負の連鎖が続いていた。

 

 

 イシュミールの婚約者となったのは、第三王子のカイン・エレメントゥム・アメジシストだった。カインはその時、イシュミールの2歳年下の13歳だった。

 何でも、王子たっての婚約話ということで、全く接点がないと思われるイシュミールに何故?と周囲は疑問に思っていた。


 急遽決まった婚約だが、カインの強い希望でできるだけ早く婚約式をしたいということで、顔合わせもないまま婚約式を迎える事となった。そのためイシュミールは、婚約式の時に初めてカインと対面したのだった。


 婚約式は、王宮で行われるためアックァーノ公爵領から、両親とイシュタルと一緒に向かうこととなった。

 王都に向かう馬車の中で、イシュタルは不満を言って、両親とイシュミールを困らせていた。

 

「どうして、姉様が見たこともない人と婚約しないといけないの?姉様はわたくしの姉様なんだから!!婚約なんて嫌よ。ねぇ、姉様。これからもずっとずっとわたくしと一緒よ?わたくしから離れていかないで?」


「イシュタルそんな事は言わないで。これは王家からの命令で逆らうことはできないの。それに、一生一緒にいることなんて無理よ」


「どうして?わたくしは姉様とずっと一緒がいいわ?」


「だって、あなたもいつか家のために誰かと結婚をしないといけないわ?」


 イシュミールの言葉を聞いたイシュタルは驚き両親を見つめた。

 すると、両親は気まずそうな表情でイシュタルに言った。

 

「そうだな。お前を手放したくはないが、いつかは嫁いでもらうか、誰か婿に取ることになるな」


「ごめんなさいね。イシュタル。でも、いい人を探してあげるからね」


「嫌よ!!そんなの嫌よ!!」


 そう言って、イシュタルは馬車の中で泣き始めてしまった。イシュミールは慰めるために、泣き続けるイシュタルを胸に抱いて、背を優しく叩いた。

 

「イシュタル、これは貴族としての責務なのよ」


「知らない、わたくしは好きで貴族になったんじゃないわ」


「でも、わたし達はそう生まれてしまったの」


「嫌よ嫌よ」


 そう言って、イシュミールのドレスを涙で濡らして泣き続けたのだった。

 イシュタルの不機嫌は王都につくまで治らなかったが、イシュミールが根気強く慰めたお陰で、婚約式の当日には元通りになっていた。

 更に、イシュタルの機嫌を良くする物があった。それは、婚約式のために用意されたドレスにあった。

 

 普段姉妹は、見分けをつけるためという理由から同じドレスを着ることはなかった。イシュミールは、いつも質素なドレスを着て、イシュタルが華やかなものを着るようにと母から指示されていたのだ。

 しかし、今回はイシュタルの強い希望で久しぶりにお揃いのドレスを着ることになったのだ。

 両親は最初は渋っていたが、イシュタルがどうしてもとお願いすると、渋々許したのだ。

 

 双子は、淡いブルーのドレスを着ていた。レースと小さな宝石があしらわれた可愛らしいデザインのもので、可憐な双子にとても似合っていた。

 イシュタルは、久しぶりに着られるお揃いのドレスもあって機嫌を良くしていたのだ。

 

 イシュミールはイシュタルと両親と共に、婚約式の行われる王宮に向かっていた。

 馬車を降りてから、婚約式を行う広間に通されたときに、初めてカインと対面した。

 

 初めて見た、カインは珍しい青銀の髪をしていたことにイシュミールは目を引かれた。そして、王家特有の金色の瞳は強い光を放っていたことが印象的に感じた。

 初めてあったというのに、イシュミールを見つけた時のカインは、金色の瞳に喜びを溢れさせていたのだった。

 イシュミールは、そんなカインの喜びを含んだ瞳をみて、どうして初めて合うわたしを婚約者として望んでくれたのだろうか?とひたすら疑問に思うのだった。

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