閑話
閑話
今親しい人の名前を出して欲しい。親でも恋人でも友人でも浮気相手でも誰でもいい、自分だっていい。そしたら目をつむって暗闇からその人の顔を思い浮かべてほしい。十二分に表せたらその人の本当の顔を見てどのくらいあっていたか採点する。何点だっただろうか。
私は一切思いつかない。直前に鏡で自分の顔をいやというほど見ても目をつむると何も出てこない。周りの風景は思い出せる。
正面に鏡があり上の照明が反射してまぶしく、後ろの机が映り、その上にパソコンがあり。中央にパーカーを着た私がいて、視線を上げるとそこは空虚。直前に見てるので覚えていそうなものだが、肌色のなにかがあるぐらいしか出てこない。なにもない状態からやろうものなら目、鼻、口が存在するかどうかも怪しい。当然のことながら知識として目が二つ鼻が一つ口が一つと知っているからそれっぽいものがひねり出せるがそれまでだ。誰を思い浮かべても同じで、全部同じパーツが出てくる。
顔以外は思い出せるのだ。妹の今日の服装、母親の髪型、父親の体型。顔になると点でダメでそれは枠組みでしかなくなる。必死に思い出してやっとパーツの場所がわかる。
ただそのパーツは実物の記憶ではないものであると思っている。恐らく写真の記憶。どこかで見た何かのその人の写真の記憶、もしくはただのその部位の存在。
イラストなどは比較的思い出せる場合が多い。そういえばSNSでいろいろな種類の目がイラストにあったなあ、あのキャラクターはこういう顔立ちだった。
写真も同じく、じっと見て目をつむって思い出そうと思えば割と出てくる。ただそれで当人を思い出してしまったらそれきりでなにも出てこない。
目は目というパーツでしかなくなり、福笑いのようにずれたなにかが出てくる。肌色の枠組みに、個数のみがあっているパーツ。目は上下にずれ、鼻は中央になく、口は真っ赤の唇が出てくる。これでは人ではない。化粧をしない限り人の唇は赤くはならないのだ。
これが私のいつもの記憶の中にある『人』だ。顔が写っている場面などそうないし、顔が映っていたらそれはがらんどうである。
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