第7話
僕が芝生に腰を下ろすと、剣崎さんもちょこんという感じで、横に座った。
歓声があがって、ダートコースを馬が駆け抜けていく。
4コーナーということもあって、騎手が激しく手綱を振って、馬の走る気を煽る。
大外から伸びてくるのは本命馬で、先頭の馬に並び欠ける勢いだ。
僕たちがレースを観戦しているのは、4コーナー出口付近にある芝生席だ。地面に直接、座ってレースを見ることができる。家族連れには人気のスポットで、近くにはレジャーシートを敷いてお弁当を食べている親子の姿もあった。
僕たちは、そこで横に並んで座って、観戦していた。
あれから、僕は一言も喋っていない。この場に来たのも剣崎さんの後を付いてきてのことだったし、腰を下ろしたも剣崎さんが指で示したからだ。
落ち着くまでには、少しの時間が必要だった。
「このレースは本命馬が勝ちましたね」
剣崎さんはゴールの方向を見ていた。
「買わないのは正解でした。資金の足しになりませんから」
「いつから気づいていたんですか?」
僕はようやく口を開いた。意識したわけではないが、最初の一言が出てくると、自然に話ができるようになった。
「いつから僕が嘘をついているって気づいたんですか」
「最初からです」
剣崎さんは、いつものように視線をあわせずに応じた。
「大きな借金を抱えている人は、もっと目がぎらぎらしているものです。少しでも取り返すべく、一刻も早く、できるだけ多く馬券を買おうとします。それが三好さんにはありませんでした。何と言うか、普通でした」
「普通……」
「おとなしい方だと思いました。お金を借りるどころか、貸す方の人でしょう」
「……」
「確信したのは、馬券の買い方を見てからです。一万円の馬券を買うのに、ひどく緊張していましたよね。大きな借金を背負う人は、あの程度の額は買い慣れています。一〇万、二〇万と買っても平然としています。それがあの態度ですから。普段はもっと少ないのではありませんか」
「そうですね。百円単位。いわゆる豆券ばかりですね。一〇〇〇円、買うのも珍しいですよ」
慣れないことをするから、見透かされる。何とも情けない。
「あとは、報告書です。詳しく経緯が記されていました」
「報告書? あ、もしかして……」
「立野さんが届けてくれた書類です。依頼人については、ひととおり調べるようにしています」
剣崎さんは、ハンドバッグから書類を取りだした。
「これによると、借金をしたのは三好さんのお友達ですね。小川さんとおっしゃる方のようで、学生時代からの友人だとか」
「ええ、そうです」
もはや隠していても仕方ない。僕はすべてを語った。
小川は大学一年の春に知り合い、卒業するまでつるんでいた。学内でも学外でも行動を共にし、顔をあわせない日は一日としてなかった。アパートが学校に近いこともあり、バイト帰りに泊まって、そのまま大学に行くことも珍しくなかった。
頭のいい奴で、レポートやテストではさんざん世話になった。彼がいなければ、僕の卒業は危なかった。
「そんな優秀な方なのに、大学は卒業していないようですね。さんざん借金をして、今は引きこもり同然の生活であるとか」
「僕のせいなんですよ。あいつに競馬を教えてしまいましたから」
以前から興味はあったが、僕は年齢的に馬券が購入できるようになると、競馬にどっぷりとはまり込んだ。バイト代をすべて投入することもあり、その時には小川に昼飯をおごってもらったりした。
そんな僕を見ていて、小川も興味を持ち、いっしょに競馬場に通うようになった。はまり込むまでたいして時はかからず、夏休みには北海道まで馬巡りに出かけた。
「四年の時には、ろくに講義にも出ず、馬券ばかり買っていて。最後の試験は受けなかったので、留年扱いになって、そのまま退学となりました」
「なるほど、馬券にうつつを抜かして身を滅ぼしたわけですね」
剣崎さんはじっと書類を見ていた。
「気の毒とは思いますが、正直、それは自己責任ではありませんか。馬券で駄目になった人なんて掃いて捨てるほどいますよ。気にしても仕方ないと思うのですが、どうも三好さんはこだわっているようですね」
どこまで調べがついているのかわからない。黙っていればとぼけることもできたと思うが、いつしか僕は先をつづけていた。
「あいつが駄目になったのは、僕のせいなんです」
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